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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第二章 新人戦
15/24

三日目

本日二話目の投降なので、お気をつけ下さい。

 二日目の試合が終わり、匠とアリシアは、玉梓に北陸校の疑惑を報告しに向かった。

 二人は木葉も誘ったが、北陸校を先制して倒したので、証拠をつかめなかったため、何をされるかわからないといい、行くことを拒否している。

 玉梓との待ち合わせ場所に着くと、そこで薄がお茶を飲んでくつろいでいた。

「玉姉と、恐山風紀委員長もいたんですね。新人戦のことで話があります」

「待て匠、薄にだけは丁寧じゃないか。それに、いつもより少し礼儀正しいだと」

「玉姉は、気心の知れた仲ってことだよ」

「匠さん、それよりも本題に入りましょう」

 目的の話をする前から脇にそれたため、アリシアは口を挟んだ。

 元々、簡単な用件は伝えてあるため、急ぐ必要もないが、ゆっくりする必要もない。

「ああ、連絡した通り、北陸校に不正疑惑がある。古都校の証言では、使用制限のかかっている『ダイダルウェイブ』を使用したことから、ボーダレスのプログラムを使用している可能性がある」

「なるほど、ボーダレスか……。他に証拠はないのか?」

「私達との試合では、魔法を使う前に倒してしまったので、何もわかりません。ただ、今日の一戦目が北海道校だったので、小川生徒会長の方から確認して欲しいんです」

 アリシアの言葉に対し、玉梓は口元をにやけさせ、いつもの楽しむような雰囲気を醸し出した。

 その変化に対し、匠達は背筋を震わせる。

 二人は、玉梓に話をしたことを、激しく後悔した。

「それは、マホラックの捜査官としての要請か?」

「えっと……」

 アリシアは言葉を濁らせる。

 ここでの返答を誤れば、何が起こるかわからない。

 そのため、必要以上に慎重になっていた。

「そりゃ、技術科としては、そんなもんに手を出すのは、許せないな」

 匠が助け舟を出した。

 匠は技術科の生徒として、自らの手で作ったのならまだしも、他人が作ったもので何かのルールを破ることは、許せなかった。

 だが、それを口にすれば、アリシアがいい顔をしないのは明らかであるため、そこまでは口にしない。

「そうです。私達はちゃんとした新人戦のルールの下、競っているんです。そこに、ルール違反どころか、法に違反するものを持ち込むなんて許せません」

「はっはっは、随分と行儀の良い考え方だな。だが、ルールを変えずに違反することは許せない。私なら、ルールを変えるために動くからな。まぁ、アリシア、お前が選手として要請するというのなら、その希望、叶えよう。後、古都校にも確認を取る。それで、話はそれだけか?」

「それだけだ。後のことは任せていいか?」

「ふっ、任せろ」

 二人は、玉梓に全てを任せ、明日の試合に集中することにした。





 匠達は、三日目に備え、作戦会議を行っている。

 けれど、そこには気の緩みが感じられた。

「今のところ4勝で、最大6勝だから、明日も全部勝てば、優勝は揺ぎないよ」

「木葉、油断してると、足元すくわれますよ」

「私何もしてないんですけど、いいんですか?」

「静江ちゃん、俺達技術科は、試合前に仕事は終わってるんだぜ」

 匠が二日目の結果を改めて確認している間、木葉達は雑談に興じている。

 事実、4勝しているのは関東校だけであり、3勝は東北校、古都校の2校である。

 古都校には既に勝利しており、東北校は不作と言われていたため、強敵と言える相手はいないと判断していた。

「よし、確認完了。スタート位置が確定してるのは、北海道校が第14エリア、北陸校が第10エリア、東海校が第8エリア、古都校が第2エリアか」

「真木、1勝のチームって行動を縛られるんだな」

 二日目以降、スタート位置は前日の獲得エリアから決めることが出来る。

 そのため、1勝の場合、スタート位置が固定されてしまう。

 逆に、1勝もしていない場合、スタート位置がランダムになるため、誰もの予測がつかない。

 そのため、2勝しているチームが、一番有利に立ち回れるようになっている。

「そんで、2勝してるのは、私達とどこ?」

「今日2勝したのは、俺達と、東北校、九州校の二つで、それぞれ12・16エリアと3・4エリアだ」

「ねぇ、東北校って本当に不作?」

 それは、誰しもが思っていた。

 東北校の生徒会長は今年は不作だと言っていたが、この成績を考えると、不作とは思えない。

「東北が勝ったのは、九州校と私立選抜と東海校か……」

「九州校と東海校は、技術科がメインの学校だから、不思議じゃないし、私立選抜に負けると、秋の選抜戦の枠減らされるから、ここも不思議じゃないな」

「運がいいんだね」

「まぁ、そうなるな」

 成績がよかったため、改めて確認してみると、強いというより、運がよかったという内容だった。

 そのため、東北校を脅威ではないと判断した。

「今年は恐山の関係者がいないとは聞いていたが、それだけでこうも変わるものなんだな」

「土御門君、古都校も、古流の名家出身者がいなければ、同じようになるかもよ」

「そ、そんなことは……」

 土御門は反論しようとするが、東北校の惨状を目の当たりにしたため、強く言い返せなかった。

「ほら、そのくらいにして、明日のこと決めるぞ。まず、俺達は第6・11エリアのどちらかからスタート出来るわけだが、古都校とはもう一度戦いたいとは思わない。そこで、第11エリアからスタートし、付近のエリアで2戦しようと思っている。何か意見はあるか?」

 誰もが、もう一度古都校と戦おうとは思っておらず、匠の意見に反論はなかった。

「じゃあ、明日は東北校を襲撃しよう。すぐに第12エリアに行って、いなければ15か16エリアに行けば、会えるはずだから」

「まぁ、そのあたりが無難か」

 そして、この日の会議が終わった。

 そして、全員が部屋へ戻ろうとする頃、木葉が匠に声をかけた。

「ねぇ、たっくん、ちょっと散歩に行こうよ」

「どうしたんだ、急に」

「うーん、ちょっと貸しの確認に行こうかなと」

「はぁ、古都校のエリアには入れないぞ」

「理由なんて、何でもいいんだよ。たっくんとゆっくり出来ればそれで」

 匠は、そのまま木葉と散歩に出かけることにした。

 他の面々はそんな二人を見送っているが、声をかけるようなことはせず、ただ黙っている。

 時間も遅いため、間違いが起こらないとは言い切れないが、匠なら大丈夫。そういった信頼があった。





 その頃、玉梓は薄を連れて古都校の古式を呼び出していた。

「小川会長、一体どんな用件ですか?」

「どうせ報告は受けているんだろう。北陸校の件だ」

「ルール違反の可能性がある。そう聞いています。ですが、制限のかかっている魔法を使うなんて、可能ですか?」

 古式家は、古流の名家の中でも、中心に位置する家で、他の家よりも現代魔法には疎い。

 それでも、学校で教わる最低限のことは知っているため、それが可能だとは信じられなかった。

「事実、使っているし、ボーダレスという犯罪組織も存在している。なら、否定することはあるまい」

「ですが……」

「まぁ待て、北海道校の神威(かむい)もすぐに来る。あいつの話を聞いてからでも遅くはないだろう」

「アイヌの血脈ですか。そもそも私達の術とはまったく違う流れを持つ魔法なのに、古流魔法という大枠で一括りにされるのは、我慢できませんね」

「そんなこと知るか。私には関係ないし、向こうも同じかも知れんぞ」

 そんな時、入口から声が聞こえた。

「俺としては、他者が勝手に作った枠組みなんてどうでもいいがな。それが細分化された物でもだ」

 そこには、北海道校の制服を来た人物が立っており、腕には生徒会長という腕章をしている。

「神威か。よく来てくれたな」

「なに、うちが負けた相手が失格になれば、順位があがるかもしれないからな」

「それで、確認は取れたか?」

「ああ、『ダイダルウェイブ』だったらしい」

 神威の言葉に、玉梓は妙な違和感を覚えた。

 本来のボーダレスというプログラムであれば、使う魔法に制限はない。

 だが、今回に限って言えば、『ダイダルウェイブ』しか使われていない。

 そのことが、引っかかっている。

「馬鹿の一つ覚えだな」

「言ってやるな。そもそも優秀な現代魔法使いじゃないんだ。高出力の魔法をいくつも使えるようになるとは思えない」

「まぁ、そんなところか。それで、古式、異論はあるか?」

「ここまでくれば、確定でしょう。それで、どうしますか?」

「今暴いたところで、知らぬ存ぜぬで証拠を消されるだけだ。明日試合が始まってから追求するべきだと思う」

「気付いたのは貴女の方ですから、任せます」

「俺も、同意見だ」

 こうして、三人の話し合いは終わった。

 だが、三人は妙な笑顔を浮かべている。

 その理由は共通しており、扉の外で誰かが聞いているのに気付いているからだ。

 けれど、玉梓は無言で、面白そうだと二人に伝え、黙認した。





 匠と木葉が宿泊施設の外を散歩していると、近くで魔法を使う気配を感じ取った。

 だが、二人は面倒事に巻き込まれたくなかったため、敵意はないと理解していながらも遠ざかるように歩く。

 しかし、そんな二人の考えとは裏腹に、魔法の気配はどんどん近付いて来た。

「チッ、面倒だな」

「まったく、たっくんとののんびりデートなのに」

 そう言いながら、明らかに二人を追ってきている反応に対し、デバイスを手にする。

 そして、魔法を使った人物が視界に入った。

「安倍刀治と、土御門冬海か」

「何だ、そっちもデートか」

 二人は軽口を叩くが、安倍と冬海は真剣な顔をしている。

「約束の確認に来た」

「貸し一つってちゃんと覚えてたんだ」

 木葉は、貸しの確認といいながら出てきたが、そんなことをするつもりは毛頭なく、口実以外のなにものでもなかった。

「もちろんだ。それで、俺達は何をすればいい」

 安倍は悔しそうな顔をしながら木葉に尋ねた。

 そもそも、古流の名家である安倍分家の長男である安倍刀治は、現代魔法を使う古流魔法が伝わっているだけの家の人間に借りを作るということが許せなかった。

「わかってないなー。貸しってのは、貸しておくから意味があるんだよ。返してもらったら、終わりじゃん」

「しかし!」

「刀治様、私達は借りている立場です。なら、強く出る資格はありません」

 冬海からは悔しさを感じられない。

 ただ、淡々と述べる言葉は、安倍を諭すようだった。

「ああ、そうだな。小川木葉、借りはこのままでもいい。だが、そのことを口外しないと約束してくれ。そうすれば、俺もあの呪符のことは口外しない」

 魔力を神気へと変換する呪符、それは、古流魔法の歴史の中で、存在しないと言われている物である。

 そのため、そんなものがあると知れれば、それぞれの本家が本気で動きかねない。

 そうなった時、普通の家がどうなるかは、考えるまでもなかった。

「へー、借りがある相手を脅すのかー。負けたくせに、大した度胸だね」

「俺が負けたのは、土御門春清だ」

「そういえば、あの式神の人形、燃やしちゃってごめんね。まぁ、新人戦用の急造品だよね、どうせ」

 口では謝っているが、その表情は馬鹿にしているようだった。

 燃やされる方が悪い。

 そう言いたげな表情をしている。

 そして何より、安倍の人形が、急造品ではないことを理解しての発言だった。

「形あるものいつかは壊れる。破壊されたのは、俺の未熟さが原因だ。だから、お前に謝ってもらう筋合いはない。それで、条件は飲むのか?」

「いいよ、飲んであげる。ただし、この後のたっくんとのデートを邪魔したら、怒るからね」

「こっちが優先かよ」

「もちろんだよ」

 木葉はそれだけ言うと、散歩の続きを始める。

 安倍と冬海はその場に取り残されたが、気を取り直し、宿泊施設へと戻っていった。

「古流の誇りってのが、大事なのかねぇ」

「そんなことどうでもいいよ。今は二人っきりなんだから」

「それもそうだな」

 二人は、このまま静かに歩き続けた。





 全国魔法高等学校合同新人戦三日目、それぞれのチームが、スタート位置に着き、開始の合図を今や遅しと待っている。

「ねぇねぇたっくん、残りの夏休みどうしようか」

「どうも何も、気分屋の司が帰ってくるかも知れないから、確認しないといけないんだよな」

「あー、人のこと言えないけど、つっちーなら、帰ってきそう」

 木葉と匠の会話に、土御門は苛立ちを隠せなかった。

「お前達、何でそんなに呑気にしてられるんだ。今日が最終日なんだぞ」

「まぁ待て、今の二人に何言っても無駄だ。それに、木葉ちゃんも気分屋だから、このままの方が調子いいはずだぜ」

「しかし……」

 土御門は、鉄也の言葉を否定出来ずにいる。

 けれど、気分屋ではない土御門にとって、この二人の醸し出す雰囲気は耐えられるものではなかった。

「木葉さん、始まれば、全力。ほっとく」

「ああ、そうなんだが……」

 土御門にとって居心地の悪い時間は、もう少し続くことになる。





 各校がスタート位置についた頃、ボーダレス対策として、各校の生徒会が会議室に集まっていた。

 そして、玉梓が温情を込めて口を開く。

「さて、今日が最終日だ。そこで、一つ確認しておきたい。北陸校の稲穂(いなほ)、言うべきことはあるか?」

 玉梓の言葉に反応し、全員が北陸校の生徒会へ目を向ける。

 その意味を感じ取ったようだが、北陸校の生徒会は、冷や汗をかきながらも無言を貫き通した。

「そうか。では、私から話そう。わからない奴がいないと信じたいが、北陸校のチームが、『ダイダルウェイブ』を使ったという話を聞いた」

 その瞬間、東北校の生徒会以外が、信じられないという反応をした。

「それが、どうしたんですか?」

「まぁ、恐山なら、わからなくても普通だな。『ダイダルウェイブ』というのは、高出力魔法に分類され、使用制限がかかっている。もちろん、新人戦でその制限が解かれることはない」

「なるほど、現代魔法の決まりですか。そして、古式様と、北海道校の生徒会が、その被害者ということですね」

「まぁ、そういうことだ。理解が早くて助かる」

 言外に古都校と北海道校もわかるはずがないと言われたため、2校の生徒会は、不快感を露わにしているが、他の学校にとっても当然のことなので、それを口にすることはなかった。

「さて、稲穂、言い訳はあるか?」

「ふっ、どうせ、現代魔法に疎い古流の奴が何かと勘違いしたんだろ」

「なら、新人戦の運営委員会に訴えて、北陸校のデバイス検査と、ワイズマンカンパニーのネットワークの調査を依頼しようか?」

 嘘を許さないという圧力を込めた視線が玉梓から放たれている。

 稲穂は、些細な抵抗のため、ただ口を噤むことしか出来なかった。

「さてさて、らちが明かないな。出来れば自ら認めて欲し――」

「小川ー」

「『スタート:磐座(いわくら)』」

 稲穂は準備していたデバイスを構え、通常操作で魔法を起動した。

 それに対し、玉梓は、音声操作で魔法を起動する。

 デバイスの通常操作では、魔法使用時のポイントが通常価格となるため、そんなことをする人物はいない。

 けれど、音声の認識に関する全てのプロセスが省かれるため、音声操作では追いつくことが出来ない速度で魔法が発動する。

 事実、稲穂が起動した魔法が発動し、雷撃が玉梓へと襲いかかる。

 そして、誰もが雷撃により玉梓の身が焼かれる光景を想像した。

 けれど、玉梓の魔法が発動した直後、その身を雷撃が貫いた。

「小川さん」

 周囲から悲鳴のような声が上がる。

 けれど、玉梓の口元が不敵に歪む。

「無駄だ」

「何故だ。障壁は間に合って……」

「障壁系の魔法であれば、射線上に構築する手間があるが、擬似的にではあるが、岩の不変性を自らに再現する魔法なら、そんな手間はかからない」

「何だ……その魔法は」

「誰が手の内を公開するか、ばか」

 玉梓が立ち上がると、静かに稲穂のもとへ向かった。

「さて、今のは殺人未遂だな。私じゃなければ死んでたぞ」

 稲穂は逃げようとするが、怯えのせいで、上手く動けずにいる。

「う、うるさい。そ、そもそも、お前達が、悪いんだ。古流だなんだって威張りやがって。現代魔法に力を入れても、東海だの、九州だの、結局俺達のところには、余りものしかこない。それで新人戦だ? ふざけるな」

「それを言うなら、関東も同じだ。結局お前は、何をするにも都合のいい現実しか見ていない」

 そして、玉梓はデバイスを突きつけるようにして、続けた。

「もう、諦めろ」

「もう、遅い」

 その瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。

 反射的に音がしたであろう方へ振り向くが、玉梓だけは、稲穂を見つめ続けていた。

 そのため、音に紛れ逃げようとした稲穂は、動くことが出来ずにいる。

「お前、何なんだ」

「小川玉梓、関東校の生徒会長だ」

「そういうことじゃない。さっきの魔法、岩の不変性を擬似的に再現するなんて、聞いたことないぞ」

「誰が教えるか。『スタート:バインド』」

 稲穂を魔法によって拘束し、状況を確認するために薄へと連絡を取る。

 そして、その返答は、最悪の一言だった。

「ボーダレスの襲撃だ。おそらくは、こいつのデバイスで魔法を使うと、連絡が行くようになっていたんだろう。古式、この場の指揮を取っても異論はないな?」

「昨年度の新人戦優勝校だからといって、私を立てる必要はありません。小川会長、貴女に任せます」

「そうか、他も異論はないな? よし、各校は、生徒会と風紀委員会単位で動いてもらう。ここの警備担当職員と協力して、ボーダレスを退けろ。それと、新人戦の開催エリアに一年を向かえに行く必要がある。それぞれの学校から、適した方を向かわせ、無事に連れて帰ってこい。なお、北陸の生徒は、全員拘束する」

 玉梓の指示に従い、各校が動き出した。

 ただ、古式だけが、玉梓のもとへ歩みよる。

「小川会長、私には脅威となる相手を退ける力があります。必要なら、言ってください」

「何だ? 神でも降ろすのか?」

 玉梓の返答に、古式は笑って返した。

「知っていたんですね」

「古流の名家、その中心だ、古式家は。その直系の長女がわざわざ言うんだ。推測するのは、容易だ」

「ただ、生徒会、風紀委員会の全員が必要になるので、そこだけは覚えておいてください」

「古流の儀式は、面倒だな。まぁ、効果を考えれば納得だがな。それでは、私達も行くか」

「ええ」

 二人は、並んで歩き出した。

 その様子を遠巻きに見ていた各校の生徒達は、不思議そうに見つめている。

 けれど、そんなことは関係なく、事態は進んでいった。





 新人戦開催エリア、木葉のチームでは、開始早々に木葉を第12エリアへと先行させた。

 その結果、狙い通りに、東北校との試合が確定していた。

「ほらほら、どうしたの?」

 木葉は炎の龍を従え、匠達が合流するまでの時間稼ぎをしていた。

 木葉一人でも何とか出来るが、万が一ということもありえる。

 そのため、魔法科が全員揃うまでは待つよう言われていた。

「くそ、舐めやがって」

「あの龍やばいぞ」

 炎の龍が木葉の周囲を囲み、東北校の生徒による魔法を届かせない。

 さらには、遠くから見てもわかるように目印になっている。

 そんな時、選手に配布されている腕時計型の端末が鳴り響くが、周囲の轟音にかき消され、誰も気付かなかった。

「休戦です」

 木葉と東北校の間に立つようにアリシアが現れる。

 けれど、木葉達から見れば、その行動は不可解なものだった。

「木葉、一旦しまえ。東北校も、端末を確認してくれ」

 アリシアの登場でその場は止まるが、交戦状態は維持していた。

 けれど、後から来た匠の一言で、木葉は炎の龍を消す。

 そして、そのまま隙だらけの状態で端末を確認し始めた。

「何これ?」

「見ての通りだ。東北校も早くしろ、時間がない」

「どういうことだ」

「書いてある通りだ。戻るぞ」

 そこには、宿泊施設や本部がボーダレスの襲撃を受けているため、新人戦を一時休止とし、安全のために戻ってくるよう記載されていた。

 さらに、可能であれば、ボーダレス繋がっていることが予想される北陸校の拘束が指示されている。

「そうか。なら戻るか」

「ああ、ただ、ボーダレスがこの辺りに潜んでいないとも限らない。注意しろよ」

「待ってくれ。移動を始める前に、決めておきたいことがある。お前達の方が実力があるのはわかった。それに、俺達は今年、不作なんていわれてるからな。だがら、お前達の指示に従う。下手に対等にして、混乱したり、仲間割れするのも面倒だからな」

 匠は、意外そうな顔を見せている。

 不作と言われているにしても、新人戦の出場チームである以上、その中では実力者ということに間違いはない。

 ならば、もう少し強行な姿勢を見せると思っていた。

 だが、柔軟な対応に、匠の視線は尊敬の眼差しに変化していた。

「なぁ、東北校で何があったんだ?」

「別に。ただ、持ってた自身を完全に砕かれた。それだけだ」

 その答えに匠は興味を惹かれるが、今はそれを聞いてる時間がない。

「そうか。じゃあしばらくは頼む」

「このチームのリーダーはたっくんだからね」

 木葉は匠を指差すが、そのせいで東北校の面々は疑問符を浮かべている。

「関東校のリーダーは小川さん、君じゃないのか?」

「確かに私だけど、たっくんなの」

「えっと、木葉はそういうの向かないし、木葉が何も言わずに言うこと聞くのは、匠さんだけなので」

 アリシアの言葉を聞き、東北校の面々は無理やり納得することにした。

 そもそも、初対面のチームなので、詳しく聞く時間はないと判断してのことだ。

 新人戦の宿泊施設は、新人戦開催エリアの北側に存在する。

 現在地である第12エリアからは、エリア二つ分北へいかなければいけない。

 そこで、技術科の生徒を中心にし、東北校を先頭、木葉達を後ろにし、左右にもそれぞれから一名出すことにした。

 始めは順調に進んでいたが、初動で遅れていたことが、致命的だった。

「匠さん、背後、来る」

 最後尾のニアが、何かを感じ取り、警戒を促した。

 樹海エリアということもあり目視できないが、何かの魔法を使っている気配が微かに感じられる。

 匠は、迎え撃つか、このまま逃げるか迷う。

 だが、相手がどんどん近付いてくることに気付き、迎え撃つことに決めた。

「向かう撃つぞ。木葉、前に出れるか?」

「わかったよ」

 全員が止まり、木葉が背後から来る相手に対して、立ち塞がるよう位置取る。

 そして、微かにだが、木々の間から背後から迫り来る人物の姿が見えた。

「『スタート:炎夢(えんむ)』」

 木葉は範囲を調整し、魔法を放つ。

 普段なら周囲に一切気を使わないが、解除方法を知らない東北校がいるため、相手へ向けて放つようにした。

「こ、木葉、誰かもわからないのに……」

「だって、あの服装、選手でも、学校関係者でも、会場の関係者でもないよ。なら、敵でしょ」

 微かに見え隠れした相手の姿は、魔法高等学校の制服でもなく、他の関係者のようにも見えなかった。さらにいえば、開催エリアに関係者がいるはずがない。

 だが、それを一瞬で判断し、何の躊躇いもなく魔法を放った木葉に、東北校の生徒は微かだが怯えていた。

「木葉さん、まだ、いる」

「だねー。ちょっと遠かったから、かからなかったよ」

「このまま帰らせてくれればいいんだが……」

 けれど、そう希望通りにはいかず、木葉達への敵意を露わにし、接近する速度を上げてきた。

「ニアっち、援護お願いね。『スタート:火仙龍(かせんりゅう)』」

 木葉は炎の龍を生み出し、一直線に敵へと向かわせた。

 ただそれだけで、目の前に広がっていた樹海が焼き払われる。

 そして、炎に焼かれる敵の姿が露わになった。

「ぐ……」

「このガキ」

 幻術の炎に焼かれている敵と、現実の炎に焼かれている敵、そのどちらもが既に戦意を失っていた。

 あるのは、炎の痛みによる木葉への敵意だけだ。

「とりあえず、あいつらはもう無理だな。行くぞ」

 匠達は、宿泊施設へ戻ることを最優先にした。

 目の前にいる敵に、何か出来るはずはないと判断したからだ。

「匠さん、まだ、いる」

 ニアは、微かにだが、敵の気配を感じ取った。

 けれど、それはニア以外にはわからない気配だ。

「どこにいるの?」

 木葉の問に対し、ニアは指を指し示した。

「ふむ、やはき気付かれるか」

 そこから現れたのは、他の敵とは違う雰囲気を纏った男だ。

 けれど、到底味方とは思えなかった。

「誰だ」

「ふむ、翻訳者である君には興味がない。私の興味は、ガリレオの覚書きにあった両魔眼(ダブル)の少女……、いや、君は複魔眼(デュアル)か」

「魔眼、研究者……」

 ニアは、眼前にいる男の正体に薄っすらと感づく。

 そもそも、複魔眼という言葉を知っている人物は、かなり限られる。

「何か、難しい話が始まりそう」

「何、難しい話は始まらない。彼女を渡してくれれば、それでいい。そもそも、この次期日本支部長を決める争い、私にはどうでもいいことだ」

「たっくん、この人やばい人だよ。小柄でかわいいニアっちを手篭めにする気だ」

 匠達は頭を抱えている。

 木葉のせいで、集中することが出来ず、どうするべきか判断しかねている。

 だが、今何が起きているのか、そのことだけは理解することが出来た。

「なぁ、次期日本支部長を決めるってことは、お前以外にもいるってことだよな」

「その複魔眼の少女を渡すのであれば、答えよう」

「木葉」

「『スタート:ライトニングウォール』」

「『スタート:水仙龍(すいせんりゅう)』」

 木葉は驚きを隠せなかった。

 先ほど使った『火仙龍』ではなく、水の魔法を放った。

 だが、敵は、それをわかっていたかのように、雷の壁を生み出した。

 けれど、一つ。

 敵にとって大きな誤算があった。

 水の龍が雷の壁を突破し、敵を吹き飛ばす。

「驚いたよ。でも、現代魔法は、そういう調整が得意なんだよ」

「ああ、驚いた。どうやら足りない情報があったようだ」

「ふっ、負け惜しみだよ」

「木葉さん、注意。相手、魔眼、所持者」

「ああ、名乗っていなかったな。俺は、ボーダレスのラプラスだ。次期日本支部長候補の一人だ」

「相手、私の、眼と、同じ」

 ニアはそう言いながら左目を指さした。

 そこにあるのは、『ヴィジョン』という名の、未来視の力を持つ魔眼の一つ。

 同じ魔眼だからこそ、近くにいてその存在を感じ取ることが出来た。

「だが、両魔眼と複魔眼では、戦い方はことなるがな」

 匠は、ラプラスの言葉を聞き、懸命に頭を働かせた。

 魔眼の詳しい違いはわからないが、両目とも未来視の魔眼だという推測は立つ。

 さらに、他の候補者がいることは確実だが、どこにいるかもわからない。

 そのため、チームを分散することも考えたが、それはあまりにも危険だと判断した。

「敵も味方も、珍しい魔眼がいっぱいですね」

「……珍しい」

 背後から声が聞こえ、反射的に振り向くと、そこには見慣れた制服を着た女子生徒が二人。

 関東校の生徒会副会長、松尾詩歌と書記の時原白が、悠然と立っていた。

「まっつん副会長と、書記のとっきー先輩だ」

「小川木葉さん、その呼び方は、怒りますよ」

 詩歌は、笑いながらも木葉の恐怖心を引き出した。

 玉梓で慣れているはずの木葉が、他の人によって恐怖に怯えることは、とても珍しい。

 そのため、木葉はきちんと言い直した。

「松尾副会長と時原先輩、こんにちは」

「はい、こんにちは」

「……こんにちは」

「やれやれ、敵を目の前にしながら、雑談に興じるとはな。思わず呆けてしまった」

「それじゃあ、もう少し呆けていてください。真木君、とりあえずみんなを連れて戻ってください。ここは私達で抑えますから」

「わかりました、お願いします。よし、逃げるぞ」

 匠は嬉々として逃走を開始する。

 けれど、逃げようとしない人物が二人いた。

「相手、魔眼、所持者。なら、残る」

「相手がボーダレスなら、逃げられません」

 ニアとアリシアだった。

 相手が未来視の魔眼を持つ以上、味方にも未来視が必要だと考え、戦略上必要だと判断したニア。

 相手がボーダレスの支部長候補であるため、捜査官として捕まえるべきだと判断したアリシア。

 詩歌と白は、その二人を咎めることなく受け入れた。

「真木君、そっちは任せますよ。それで、せっかくですから二人には協力してもらいます」

「残りたいけど、護衛が必要だからね。二人共、後でね」

 二人は手を振って木葉達を送り出した。

 そもそも、相手がどれだけいるのかわからない以上、どちらを選んでも絶対の安全はない。

 だからこそ、それぞれが出来ること、そして、しなければいけないことを選んだ。

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