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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第二章 新人戦
14/24

二日目

 全国魔法高等学校合同新人戦、2日目、匠達は、この日のスタート地点である第6エリアで、試合開始の合図を、今や遅しと待っていた。

「さて、みんな、昨日の会議の内容覚えてるよね。私はちゃん……と、お、覚えてるよ。私は土御門君と安倍刀治の真剣勝負を鑑賞……でいいんだよね」

「木葉、間違ってないから、迷いながら言うのやめてくれ」

「あはは……」

 大まかに作戦の確認をしていた。

 木葉の言動はいつものことで、アリシア達は、聞いているが、気にしていない。

 それぞれの装備の点検をしており、後はただ待つだけだった。

 そして、試合開始の合図が鳴り響く。

「まずは式神で相手の位置を把握する。安倍と冬海はどこかを陣取るはずだが、それを待つ必要はない」

「それじゃ、俺達は他のやつを探し回れるよう分散するか。随時連絡をするように」

 匠達はアリシアと技術科の三人に別れ、二人を迂回するように散開し、古都校との戦いに備える。

 腕時計型の端末以外にも通信機を持ってるため、もし負けて端末を奪われたとしても連絡を取ることは出来る。

 そして、しばらくすると、木葉達のいる第6エリアに、他のチームが入り、戦闘開始の合図がそれぞれの端末から発せられた。

 それと同時に、土御門から連絡が入る。

「古都校だ。第9エリアから入ってきた。安倍と冬海は、お互いを見える範囲に置き、中心へ向かってきている。他の生徒は、取り囲むように散開したが、一人は入ってすぐのところに残ったぞ」

「人数的にはどうだ」

「両側へ二人づつ、ある程度の距離を保っている。ちょうど鉢合わせ出来るくらいだ」

「まぁ、主だった二人が別行動するって言えば、こうなるのはわかりきったことか」

「私達が、安倍刀治と土御門冬海に戦力を割けば、他の生徒により背後から襲撃をかけられますからね」

「とにかく、各個撃破」

 ニアが締めくくると、それぞれがそれぞれの役目を果たすために行動を開始する。

 そして、一番早く接敵するのは、木葉達だった。

「みーつけた」

「小川、戦法とか考えてないのか」

「私は観戦だし」

「……お前、何のために着いて来た……」

 木葉と土御門のやりとりを見て、安倍は不敵な笑みを浮かべていた・

「現代魔法使いとしては、優秀だと聞いていたが、あくまでも授業の中での話か。なら、実戦というものを教えてやる。『前鬼・後鬼』」

 安倍が二枚の人型の呪符を取り出す。

 それに、魔力を流し込むことで、手足に枷を付けた二体の鬼が表れた。

 その姿は、見るものに恐怖を与える。

 ただ、それは、普通の魔法使いに対してのみだ。

「それがお前の選んだ式神か」

「土御門家三男、お前は安倍家長男に対し、そんな口が聞けるのか?」

「今は敵だ。『スタート:鎌鼬(かまいたち)』」

 土御門は、デバイスに魔力を纏わせ、魔法を起動する。

 発動した風の刃が式神へ向かうが、安倍は何もしなかった。

 その行動が示す通り、二体の式神に対し、何の影響も与えることが出来ていない。

「現代魔法とは、その程度か? 行け」

 安倍の命に従い、二体式神が、それぞれ土御門と木葉へと接近する。

 式神ということもあり、その膂力は人をはるかに上回る。

 そのため、気付けば、二人の目の前へと移動していた。

 二体の式神は、腰に刀を持っているが、それを抜くことはなく、その両腕を使い、襲いかかる。

「ちょ、あぶ……、無理、よっ、それ、って今の危ない」

「小川、黙って動けないのか」

 二人は辛うじて式神による攻撃を避けている。

 だが、どこか手加減されているようだった。

「だって、式神の打撃なんて死ぬよ」

「刀を抜かないだけ感謝しろ」

 式神が刀を抜けば斬り殺してしまう。

 それは、新人戦のルールに触れるため、安倍は式神による肉弾戦を行っていた。

 けれど、その一撃は、重症を負いかねない。

「土御門、君。私、逃げ、る」

 木葉は、前鬼を引きつけたまま下がり、次第に式神による周囲の破砕音だけが聞こえ始めた。

 そして、それと同時に他の場所でも大きな音が聞こえる。

「どうやら冬海の方も始まったようだな。それにしても、随分と頼りになる助っ人じゃないか。しっかりと式神を一体引き受けたんだ」

「く……、あいつ何がしたかったんだ……」

「ほら、考えこんでいる時間はないぞ。刀を抜いていない状態では、本来の力は出ないが、それでも十分に脅威のはずだ」

「そうだな。なら、俺はちゃんとやろう。『スタート:乱気流(らんきりゅう)』」

 襲ってくる式神に対し、回避行動を取りながら呪符を撒く。

 そして、デバイスに魔力を纏わせ、局所的な乱気流を発生させる。

 それは、式神の動きを止めるに十分な働きをした。

 けれど、動きを止めることが限界でもあった。

「その程度か」

「無論、まだだ」

 土御門は式神を避け、安倍の元へと向かう。

 強力な式神と戦うのであれば、式神ではなく、その術者を狙う。それは、使い古されているが、十分な効果が見込める戦法だ。

 けれど、その戦法には、ある条件が必須とされる。

「忘れたか? 俺は、武倍だぞ」

 安倍は呪符を束ね、一振りの刀を作り上げる。

 その刀自体に特殊な力はないが、武門の家柄の長男である安倍は、それだけで動きに変化が生じる。

「刀を握ったときが、本当の俺だ」

 安倍の刀は的確に土御門の急所を狙って振り下ろされる。

 そして、斬られた土御門の姿が、呪符の束になり、消えた。

「『スタート:(おろし)』現代魔法ってのは、音声発動が基本だが、古流の術は、手順さえ踏めば、名を告げる必要はない」

 土御門は、撒いた呪符の一部を使い、風を何層にも重ね、纏うことで姿を隠していた。

 そして、安倍の背後から土御門の声が聞こえ、その直後に、安倍に真上から風が吹き降ろす。

 その風により、安倍は、地面へと押し倒された。

 だが、安倍という壁が消えたことで、土御門の姿を追っていた式神が、土御門へと腕を振りぬく。

「ぐ……」

 打撃の瞬間に合わせ、防御しながら後ろに跳ぼうとするが、勢いを殺しきることが出来ず、そのまま背後の木へと吹き飛ばされる。

「貴様……」

「俺は、魔法使い、だぞ。武門の、お前に……接近戦を、挑むわけが……ない」

「だが、その状態で戦えるのか?」

「さあな」

 土御門は、痛む体にムチ打ち、動きまわりながら、呪符を撒き続ける。

「呪符すら持っていられないのか?」

 安倍は、式神を使い、土御門を追いかける。

 気付けば、土御門は最初にいた場所へ戻って来ていた。

「『スタート:旋風(せんぷう)』それから、おまけだ」

 土御門は、迫り来る式神に対し、風の魔法を発動し、吹き飛ばす。

 その上、曲げた人差し指を親指の腹で弾き、音を鳴らした。

 その行動が古流魔法の引き金になり、動きながらばら撒いた呪符が反応し、弾指の音を中心のある一点へ向け、放出した。

 呪符の一枚一枚から発せられる音は大したものではない。だが、それが集中する場所では、膨大な衝撃が生じる。

 そして、そこには、安倍の式神がいた。

「後鬼!」

 安倍の式神は、核となる呪符ごと爆ぜた。

「生憎と、呪符を残す余裕はなくてな」

「こうなったら、俺の手で」

 安倍は呪符によって作られた刀を強く握りしめ、動けずにいる土御門へと向かう。

「術師としては、俺の勝ちだな」

「だが、この勝負は俺の――」

 安倍は強い力の接近を感じ、一気に背後へと跳んだ。

 直前まで安倍がいた場所を炎の龍が突き進む。

 その龍は、その魔法を発動させた人物の元へと戻った。

「土御門君、油断しちゃ駄目だよ」

「小川……」

 土御門は驚きのあまりに上手く声を出すことが出来なかった。

 だが、それは木葉が一枚の呪符を手に、無傷で戻って来たことではない。

 木葉の操る炎の龍から魔力とは違う力を感じたからだ。

 そして、それは安倍も同様だった。

「小川木葉、お前が何故その呪符を持っている。神気を封じた呪符は、それぞれの本家で厳重に保管されているはずだ!」

「何のことかな?」

「土御門春清、まさか、お前は本家から盗んで、部外者に渡したのか」

 確かに、土御門の本家には、神気を封じた呪符が保管されている。だが、そんな場所に分家の三男が入れるはずがなく、少し考えればわかることだった。

 けれど、衝撃のあまり、頭に血が登っている安倍には、それすら考える余裕はない。

 そして、激高している安倍を目の当たりにしたせいで、土御門は冷静になっていった。

 そのおかげか、木葉の手にしている呪符が、何をしているのか感じ取ることが出来た。

「安倍刀治、よく見ろ。あの呪符は、魔力を吸収し、神気を生み出している。本家で保管しているのとは、まったくの別物だ」

「だが――」

「それに、俺がそこに入れるわけがない。それは、分家長男のお前もわっているはずだ」

 安倍はそれ以上何も言えなかった。

 土御門の言葉を聞き、考えたからこそ、木葉が持つ呪符が、何かわからなくなっていく。

「今は、戦闘中だよ。それに、考えたところで、これが何かわかることは、永遠にないよ」

 そう言うと、木葉は炎の龍を消し、呪符の発動をとめ、腰のケースへと戻した。

 そして、黙って立ち尽くす二人へと投げかけた。

「私は観戦しに来たの。だから、続けていいよ」

 その言葉を聞き、それぞれのすべきことを思い出した二人は、戦う姿勢を見せるが、突然のことに調子を崩され、上手く立ち回ることが出来なくなっていた。

「やれやれ、土御門君、一ついいこと教えてあげる。女の子はね、好きな人には、少しくらい強引にされたいもんなんだよ」

 木葉は、自らの意見を女子の代表のように語る。

 だが、それは土御門が調子を取り戻すには十分だった。

「『スタート:音重(おとかさね)』」

 土御門は、反射的に魔法を起動した。

 音の発生点に、ばら撒いた呪符を。

 目標地点には、安倍刀治を。

 出力は、意識を奪う程度に。

 そして、安倍が反応しきる前に、式神を破壊した古流魔法と同じ現代魔法が発動する。

「お、おま……」

 その衝撃は抑えられ、安倍の意識を奪う程度で済んだ。

 けれど、今は新人戦の最中であり、それで十分だった。

 土御門は静かに安倍のもとへ歩み寄ると、腕時計型の端末を使い、安倍の持つ端末を外す。

 これで、安倍の敗北が確定した。

「三男に負けた長男に、娘を嫁がせる家があるとは思えないな」

 土御門の呟きは、意識を失っている安倍には届かない。

 けれど、土御門にとって、この結果が何よりのものだった。

「ねぇねぇ、土御門君、さっきのって私への意趣返し?」

「教えるわけがないだろ。それとも、お前もその呪符について教えてくれるのか?」

「んー、無理だね。全てを知られたら、口封じをしなきゃいけないくらいには」

 木葉の雰囲気は普段と何一つ変わらない。けれど、その言葉に秘められたものを感じ取った土御門は、呪符の件を記憶の底に封じ込めた。





 少しさかのぼり、木葉と土御門が安倍刀治と遭遇したころ、別の場所では、別の戦いが始まろうとしていた。

 ニアは、匠達が作ったプリズムスコープを握りしめ、冬海がいるであろう場所へと向かう。

 しばらくすると、強い力の気配を感じ取り、木に背中を預け、様子を伺った。

「確か、ニア=マギリさんですよね。少し、お話しませんか?」

 ニアは、気付かれている以上、隠れても無駄だと判断し、慎重に姿を現す。

 けれど、引き金に指をかけたままにし、周囲への警戒を怠らない。

「少し、だけ」

「ありがとうございます。それにしても、私は古流魔法使い、貴女は現代魔法使い、随分と対極の存在ですね」

「同意。でも、魔法に、優劣、ない」

「ええ、その通りです。別に、それぞれの魔法について語るつもりはありません。ただ、気の休まるひと時が欲しかったんです」

「そう……」

 ニアは、冬海の真意を測り損ねている。

 最低限の警戒はしているが、一向に戦う素振りを見せず、本当に、ただ話をしたがっているようだった。

「ニア=マギリさん、貴女は、自由ですか?」

「……」

「すみません、答えにくい質問だったようですね」

 ニアは答えなかった。

 その意味をどう受け取ったのかはわからない。

 冬海は、勝手な解釈を避けるため、そのことについて考えることをやめた。

「余計な時間を取らせてしまってすみません。それでは、始めましょうか」

 そう言いながら呪符を取り出すが、魔法を使うそぶりを見せない。

 ただ微笑み、ニアが動くのを待っていた。

 そのため、ニアは、一発の弾丸型魔力タンクを取り出す。

「投げる」

「わかりました」

 それは、古来より伝わるスタートの合図。

 ニアは、弾丸型魔力タンクを放り投げた。

 そして、放物線を描き、地面へとぶつかり、音がなった瞬間、二人は動き出した。

 ニアは、大きく下がりながら引き金を引き、魔力弾をばら撒く。

 それに対し、冬海は、防護服に仕込んだ呪符を撒いた。

 ニアがばら撒いた魔力弾は、『フレキシブル・リフレクト』により、その軌道を変え、冬海へと殺到する。

「急々如律令」

 冬海は、撒いた呪符を使い、氷の鏡を作り出した。

 それは、ニアの弾丸を受け止め、そのまま跳ね返す。

「反射、鏡」

 魔力弾は跳弾させているため、そのままの角度で跳ね返しても動き回るニアへは届かない。

 そのため、ニアは、さらに手数を稼ぐために魔力弾を散弾にし、木々の間を駆け抜けながら攻撃を続けた。

「ええ、『氷鏡(ひみ)』という術です。それでは、次はこちらの番です」

 冬海は、『氷鏡』を維持し続け、その全てを無力化している。

 そして、使っていない呪符に魔力を込めた。

 その結果、呪符自体が複雑な軌道を描き、ニアへと襲いかかる。

「無駄」

 ニアは、散弾にした魔力弾でその呪符を撃ち落とす。

 けれど、それは冬海への気を逸らすための囮だった。

「ニアさん、溺れてください」

 言葉に魔力を込めることで、呪符が反応する。

 呪符が氷の結界で密室を作り、中にある呪符が魔力を水へと変化させ始めた。

 その結果、ニアは変化した悪い足場に対応することが出来ず、呪符を撃ち落とし損ねた。

「く……、壁、壊す」

 ニアは、前方にある左手用の引き金を引き、魔力弾に特殊効果を付与する。

 そして、結界の基点になっている呪符の一枚に狙いを定めた。

 その行動は、決定的な隙となるが、それでもニアは、寸分違わず命中させる。

 その結果、着弾と同時に、付与された効果により、魔力弾が爆発した。

 冬海はその行動に驚き、急いで結界を解いた。

「結界による擬似的な密室とはいえ、爆発させるなんて……」

「結界の、性質、に、よる。それに、広い」

 二人は手を止め、次の行動を考える。

 その間にも水が引いていき、足場の状態が変化していく。

 ニアは、魔力タンクの残量を確認し、別の手を考えた。

「それでは、こちらから――」

「こっち、から」

 ニアが隠れていた木から飛び出し、魔力弾を生成する。

 だが、今度の魔力弾は、針のように細く長い。

 それが連射され、冬海の周囲で跳弾を繰り返す。

 その結果、冬海は動きを封じられた。

「針の弾丸で、檻を作ったわけですか。ですが、跳弾の制御にかなりの力を使っているようですね」

「……」

 ニアは答えられなかった。

 檻を作る弾道の制御に、襲い来る呪符の迎撃、この二つに思考の殆どを割いているため、話す余裕はない。

「体を拘束しても、術は使えますよ。急々如律令」

 冬海は、周囲の呪符へ意識を集中し、古流魔法を使うための準備を始める。

 だが、それがニアの狙いだった。

「『スタート:フレキシブル・リフレクト』」

 プリズムスコープは、檻の維持と呪符の迎撃に使っているため、処理能力を考慮し、通常のデバイスを使い、魔法を起動する。

 けれど、それは跳弾の魔法。

 だが、それは檻を形作る弾丸の軌道に割り込み、全ての弾丸を冬海へ向け、跳弾させた。

 その結果、冬海は、針型の魔力弾により、鋭い一撃を連続で叩きこまれた。

「――!」

 冬海は声にならない悲鳴を上げた。

 そのまま崩れ落ち、倒れこむ。

「まだ、やる?」

 ニアは冬海の前まで移動し、プリズムスコープの先端を突き付けながら確認する。

 冬海は辛うじて意識を保ってはいるが、動ける状態ではない。

「降参です」

「端末」

 ニアは、腕時計型の端末を操作し、冬海の端末を外す。

 けれど、ニアの顔に歓喜の表情はなかった。

 何故なら、周囲を見渡し、回収する魔力タンクの多さに辟易しているからだ。





 別の場所では、匠が古都校の生徒を『炎夢(えんむ)』で無力化し、端末を奪ってから他の生徒と遭遇しないように逃げ回っていた。

 だが、警戒していたにも関わらず、古都校の生徒と遭遇してしまった。

「ちっ『スター――」

「待ってくれ、端末は渡す」

 先制しようとした匠に対し、古都校の生徒は腕時計型の端末を投げてよこした。

 その行動に違和感を覚えながらも、匠は端末を受け取り、安堵する。

 そして、その生徒を見詰め、一つの結論を出した。

「お前、技術科か」

「ああ、そうなんだ。だから、戦えない」

 その言葉に、匠は肩の力を抜き、その場に座り込んだ。

「古都校の技術科って大変そうだな」

「そうでもないよ。僕の家は、呪具師の家系だから」

 古流魔法で使われる呪具は、使用者本人が作ることもあるが、基本的には呪具師の手により大量生産されている。

 中には、その家でしか作れない物もあり、名家お抱えの家もある。

「そうか。俺は、関東校の技術科、真木匠だ」

「僕は、西岡(にしおか)(まさる)だ。君も技術科なら、一戦交えるのもありだったなー」

 西岡は笑いながらそんなことを口にした。

 それが冗談だということは、初対面の匠にも見て取れる。

「呪具か……、ちょっと興味あるんだよな」

「現代魔法が基本の学校なのに、呪具に興味があるって珍しいね」

「ああ、俺は翻訳者志望だからな。古流の知識も必要なんだよ」

「翻訳者? 関東校なのに?」

 古流の名家が多い古都校には、名家お抱えの翻訳者の家もある。

 だからこそ、関東校の生徒である匠が翻訳者志望ということに、西岡は違和感を覚えた。

「気にするな。それより、せっかくだ。情報交換しようぜ」

「昨日戦った相手校の情報かい?」

「その通り。まぁ、口頭で言える範囲でいいから」

「そっちが先でいいなら」

 その発言に対し、匠は笑いながら答えた。

「当たり前だ。まぁ、どんな情報を渡すかは、俺のを聞いてからにしてくれ。まず、中国校、ここは、相手が何かする前に、うちの魔法科が倒したから、知らん。次に――」

「待て待て、それって情報なのか?」

 西岡は匠を止めた。

 だが、匠にとってそれは予想通りの反応だった。

 何故なら、立場が逆なら匠も止めるからだ。

「何もないという情報だ。次に、東海校だが、ここは、何かすっげーデバイス用意してくると思ったんだけどな……。恐らく遠隔発動が可能なデバイスだ。同じ射出点から、同じ場所へと違うやつが『エアブリット』を連発してたからな」

「射出点を操作出来ない人向けのようだけど、実戦では使えそうにないね」

「まぁ、遠隔操作が出来るなら、人が入れない場所とかでは使えそうだな。まぁ、今後に期待だ」

 技術者の一人としては、興味がそそられる技術ではあった。

 だが、今回は役に立たない技術であり、式神を使い、射出点を自由に出来る古流魔法使いにとっては、相手の行動として予想できる範囲だった。

「それじゃあその情報の対価だけど、僕が見たのは、一戦目の北陸校が、『ダイダルウェイブ』を使ってきたことくらいだよ」

「待て、どういうことだ!」

 匠は驚きのあまりに声を荒らげた。

 対価としての情報が、使用魔法一つということに不満があったのかと西岡は考えたが、匠は、デバイスの情報しか出していないため、情報の価値にたいした違いはない。

 そのため、不満を露わにしているが、匠が驚いたのは、そこではなかった。

「何で『ダイダルウェイブ』が使えるんだよ。西岡、お前はそのことに疑問を感じなかったのか?」

「どうしてだ? 優秀な魔法科の生徒がいれば、使えてもおかしくはないだろ」

「確かに、優秀な生徒なら、使えてもおかしくはない。だが、制度として、おかしいんだ。『ダイダルウェイブ』は、使用制限のかかっている高出力魔法だぞ」

 匠が理由を話すが、西岡はそれでも意味をわかっていなかった。

「ああ、すまん。呪具師だもんな。現代魔法の制度には疎いか」

「何か引っかかるが、その通りだ」

 匠は、西岡が疑問を覚えなかった理由を考えた。

 呪具師という職業や、古都校の生徒という立場を考えれば、ワイズマンカンパニーやマホラックの制度を知らなくても不思議はない。

「ワイズマンカンパニーは、現代魔法の中でも、一部の高出力魔法には、使用制限をかけているんだ。理由はわかるだろ。あの規模の魔法を町中で使えば、被害は計り知れない」

「でも、今は新人戦で……」

「教育機関の親善試合だぞ。そんな死にかねない魔法の使用許可が出るわけ無いだろ」

「でも、術には、制限なんて……」

「そりゃ、古流からの反発もあるし、いくら高速発動が研究されているからといって、現代魔法に速度で勝てるわけじゃない。一般的な古流魔法使いなら、大規模な魔法には、それ相応の時間がかかる。それに、ワイズマンカンパニーは、現代魔法の企業で、古流魔法の企業じゃない。規制のしようがないさ」

 西岡は、匠の言葉に一応の納得を見せる。

 だが、現に北陸校が使っているため、納得しきることが出来なかった。

 そんな話の中、木葉から連絡が入った。

「あー、あー、聞こえてる?」

「ああ、聞こえてるぞ」

「古都校の端末は、全部回収したみたいだから、審判棒に集合だよ」

「ああ、わかった」

 それだけ言うと、連絡が一方的に切れる。

 古都校との試合が、二日目の一戦目であるため、これ以上時間をかけることは出来ない。

 そのため、二人は連絡先を交換する約束をして、別れた。





 匠が審判棒の元へたどり着くと、そこには全員が揃っており、他のエリアの状況を確認していた。

「悪い、遅れた」

「もー、心配したよ」

「匠さん、木葉を止めるのが大変なんですから、急いでください」

 実際に、木葉をなだめていたアリシアは、かなりの疲労を見せている。

 そうでなくても、安倍と戦った土御門や、冬海と戦ったニアは、昨日の試合終了時よりも、消耗しているようだった。

「ちょっと気になることがあってな。古都校の技術科と情報交換してたんだが、北陸校が『ダイダルウェイブ』を使ったらしい」

「え……」

 土御門はその意味をわかっていないようだが、他の面々は驚いた表情をしている。

 けれど、匠はその中で一人、その表情に疑問を感じていた。

「なぁ、木葉、本当にわかってて驚いてるのか?」

「え……、やだなー。私が信じらんないの?」

 土御門は、古流魔法使いであるため、古都校の生徒と同様に匠の言葉の意味を理解出来なくても不思議ではない。だが、匠は、木葉が理解しているとは、思えなかった。

「そうか……。じゃあ、説明してくれ」

「えっと……。あの、そう、あれだよ。あれ? 『ダイダルウェイブ』は、危険だから、使っちゃ駄目なんだよ。きっと」

 広い意味では間違っていないため、匠は釈然としないものを感じているが、否定することは出来なかった。

「まぁいい。高出力魔法の使用制限の話だ。そこに引っかかるから、使えないはずだ。使うには、マホラックの捜査官権限とか、各国の警察や軍関係者といった、それ相応の立場や権限が必要になる」

「そうです。だから、北陸校が『ダイダルウェイブ』を使うなんて、ありえません。マホラックからも、そんな許可を出したという話は聞いていないんですから」

 いつ、どこで、誰に許可を出したという話は、捜査官の耳に届くものではないが、例外的な許可が出たのであれば、そういう話は自然と広がる。

 そのため、アリシアはワイズマンカンパニーが許可を出していないと言い切ることが出来た。

「だから、次は北陸校と戦おうと思う」

「事の真偽を確かめるためですね」

 アリシアは、捜査官としての自分に協力するためだと考え、匠に礼を言おうと考えた。

 そのための確認だが、匠の答えは、予想とはまったく違うものだった。

「いや、古都校との試合では使ったらしいが、話が広がってない事を考えると、二戦目の中国校とでは使ってないと判断していいだろう。つまり、古流を軸にした、現代魔法に疎い学校を狙ってるはずだ。なら、俺達からすれば、狙い目だろ。向こうの手数を縛れるんだからな」

 匠の言い草に、アリシアは目眩を感じた。

 一瞬でも期待した自分が馬鹿だったと、思ったからだ。

「たっくん、悪い顔してるね。でも、北陸校がどこにいるかわかるの?」

 匠は、現在の全エリアの状況を表示させた。

 その表示によると、第3・6・8・10・16エリアが、戦闘中か、戦闘終了後間もないことを示している。

「北陸校のスタート位置は、昨日の獲得エリアである第10エリアだ。そして、他のエリアの状況を考えるに、第10エリアで何処かの襲撃を受けたはずだ。襲ったのは、昨日の獲得エリアと一戦目の状況を考えると、第14エリアの北海道校だろう。ここも、アイヌ系の古流魔法がメインの学校だ。まぁ、襲われたから、狙ったわけじゃないだろうが」

「そうすると、後の古流がメインの学校は、東北校だな。恐山の支配地域だし」

 鉄也は、次に北陸校が狙う学校を推測した。

 それは、匠の考えと同じだった。

「まぁ、そうだろうな。東北校のスタート位置は、第15エリア。だが、第16エリアで戦闘があったから、おそらくは、エリアを獲得出来なかったどこかと戦ってるんだろう。勝敗はどうあれ、東北校の移動可能エリアは、11・12・15エリアだ。そこえ、11エリアに行き、様子を見て15エリアに行くというのが、参謀としての考えだ。だが、北陸校の用意した手が、制限のかかっている高出力魔法だけとは限らない。だから、意見があれば、出してくれ」

「私はそれでいいよ」

 それぞれが匠の案について考えている。だが、木葉だけは、考えるのを放棄し、匠の意見に賛成していた。

「私は、捜査官として、事の真偽を確認したいので、直接戦ってみたいです。何かあれば、ボロを出すはずですから」

「まぁ、どこかわからない相手より、予想できる相手の方が、戦い易いよな」

 鉄也の意見もあり、次の目的地が決まる。

 この相談にもかなりの時間を使っているため、戦闘開始に関係する、リーダーである木葉を先に行かせ、状況を計画通りに進めることにした。

 その目論見通り、木葉は、無事に第11エリアに到着したが、まだ戦闘始まらなかった。





 木葉と合流し、一度審判棒を目指すことになった。

 そして、審判棒を目指す途中、腕時計型の端末が、戦闘開始を告げる。

「任せろ」

 土御門が慣れた手つきで式神を飛ばす。

 そして、式神が調べた結果を口にした。

「北陸校だ。第10エリアから来たばかりみたいだな。だが、何かの魔法を使ってるが、何かまではわからない」

「そこまでは誰も期待しないよ。だって、誰にも出来ないから」

「そうか……」

 土御門は不甲斐なさそうにしているが、索敵が出来るだけでも便利なのに、相手が何をしているかわかるまで期待するはずはない。

 そして、匠はすぐに次の指示を出した。

「さて、木葉、土御門、二人で先行してくれるか? 一応はアリシアのために足を掴んでやろうじゃないか」

「りょうかーい」

「真木、お前、悪どいな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。さっさと行け」

 木葉と土御門が先行し、匠達が固まって動くことになった。

 そして、先行した木葉達に追い付くと、そこには、木葉と土御門が北陸校の端末を回収している場面に出くわした。

「……何があった?」

「あはは、開幕で倒しちゃった。だから、何もわからなかったよ。ごめんね」

「俺は、何も出来なかった……」

 匠は、北陸校の違反の証拠を掴んだときのことを考えていたが、木葉の行動により、その全てが水泡に帰した。

 ただ、木葉に怪我がなかったことに関しては、安堵を見せている。

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