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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第二章 新人戦
13/24

一日目

 全国魔法高等学校合同新人戦一日目、匠達は、各校に与えられた控室で、最後の打ち合わせをしており、匠はチームメンバー用の端末を配りながら、木葉に確認した。

「木葉、端末は持ってるよな」

「もちろんだよ。えっと、ここでなら口に出していいんだよね。私達のスタート地点は、第2エリアだね」

「確か、一つのエリアが1km四方で、4×4の16エリアだから、地図と照らし合わせると、山と森があるエリアですね」

 アリシアは、地図を見ながらスタート地点を確認する。

 そこからの戦略を考えるためだ。

「山と、水辺、避ける」

「ああ、北海道と東北、九州が、その辺を得意とするエリアだよな。得意な地形のあるチームは、そこに行きたがるもんだよな」

「木葉さん達は、得意な地形ってあるんですか?」

「私は、見晴らしがいいと、楽かな。後、富士山が近いと、加減が難しくなるよ」

「私は、特にこれといった場所はないです」

「遮蔽物、多め」

「古流の術者は、山での修行もあるが、俺はそこまで影響の出る地形はない」

 静江の質問に対し、それぞれの得意な地形を口にする。

 だが、静江と土御門は、木葉の言葉の意味を測りかねている。

 けれど、いつものことと判断し、流した。

 地図から山や水辺の位置を把握し、自分達が得意なエリアと、他校が得意なエリアにわけていく。

「第2エリアは、山があるな」

「西側の第1エリアは山と水辺ですし、南西の第5エリアは水辺が多いですね」

「後は、樹海の第3・第7エリアと、若干の旧市街地がある第6エリアか」

「第6、エリア、無難」

「樹海は足場悪いからねー。たっくん、作戦参謀として、どう思う?」

「その肩書覚えてたのか……、まぁいい。初戦だから、足場の悪い樹海は避けておきたい。それに、第6エリアなら、水辺に行こうとする九州校や、水辺から逃げようとする他校と戦えるはずだ。バトルウィークが、遭遇戦を行う陣取り合戦である以上、戦えないのが一番怖い。3とか7だと、会えない可能性もあるからな」

 匠は、他校の動きに関して都合のいい解釈を告げた。

 バトルウィークでは、一日に2戦まで出来るが、制限時間が来てしまえばそこまでだ。

 そのため、他校の位置がわからない以上、得意な地形を目指して動くしかない。

「じゃあ第6エリアでいい?」

 木葉が確認するが、誰からも異論が出ず、最初に目指すエリアが決まった。

「よし、じゃあ技術科の俺達は、邪魔にならないように逃げるから、任せるぞ」

「待て、真木。戦わないつもりか」

「いや、俺らがいても邪魔だろ。少し離れて、ニアの魔力タンクの回収と補給に専念するさ」

 匠達技術科の三人は、魔法使いとしての実力に関しては、普通の域を出ない。

 そのため、直接戦闘をしようとは考えていなかった。

「障壁くらいなら張るから、こっちは気にしなくていいぜ」

「タンクの、回収、助かる」

「ニアの許可も出たし、それで行くか」

「え……、本当にそれでいいんですか?」

「だって、しずっちも、普通の現代魔法使いじゃん」

 静江は、木葉にそう言われ、ただ笑うことしか出来ない。

 そして、スタート地点へと向かう時間になった。





 第2エリア中心付近、そこには、辺りの風景と比べ、確実に異質な設備が存在した。

 それは、審判棒と呼ばれ、相手チームのリーダーが持つ端末をそこにかざすことで、勝敗が判定される。

 また、最初のスタート地点の目印としても使われていた。

「山に少し登った辺りか。南に行けば、道があるから、とりあえず向かおう」

「他のチームが同じエリアに入れば、端末が教えてくれるからね」

 木葉とアリシアを前にし、ニアと土御門がそれに続く。

 現代魔法を得意とする二人と、後衛としての魔法特性を持つニア、未完魔法の使用により古流魔法を高速発動する土御門、それぞれが、存分に力を振るうための立ち位置だった。

 そして、第6エリアとの境目で一度止まる。

「さて、入ってすぐに戦闘開始になったら、道がギリギリ見えるくらいの位置を通って、始まらなかったら、道を通るでいい?」

「ええ、そうしましょう」

「それじゃあ行くよ」

 木葉が先陣を切って第6エリアへと入る。

 その結果、端末は一切反応しなかった。

 そのため、元から存在する道を通り、旧市街地へと向かう。

「5から逃げてくれば、こっちでいいけど、他からだったらどうしようか」

「相手の位置はわからないんだ。始まったら俺が調べる」

 土御門はそう言いながら数枚の呪符を見せる。

 それだけではわからないが、土御門の発言を合わせると、探索魔法に使う呪符のようだ。

 現在位置は、リーダーである木葉を基準に判断されるため、木葉は慎重に境を跨ぐ。

 けれど、その行動に大した意味はない。

 そして、しばらくすると、全員の端末が戦闘開始を告げる。

「うわ、驚いた」

「土御門」

「ああ、急々如律令」

 探索用の古流魔法はそこまで時間のかかるものではなく、魔力操作によってある程度まで省略出来る。

 だが、省略出来るのは、発動までであり、発動から効果が現れるまでには、まだ時間がかかる。

 土御門の呪符が光の粒となり、周囲へと広がっていく。

 その粒の一つ一つが土御門へと感覚を伝え、広範囲の知覚を可能にする。

「見つけた。第5エリアからの道にいる。あの校章は、中国校だ」

 新人戦の出場チームは、防護服の腕と胸に所属校の校章を付けることになっている。

 それは、敵味方の識別や、相手チームがどこかを把握するために使われるが、試合が始まってから偽造することは許されている。

 けれど、手間と効果を考えると、偽造するチームは、片手で数えるほどしか出ていない。

 そのため、偽造の可能性を考慮していなかった。

「私とアリっちで一気に行くから、二人共援護お願いね」

「木葉、油断しないでね」

「わかってるよ」

 そう言うと、木葉とアリシアは土御門の示す方向へと駆け出す。

 デバイスに対し、常に魔力を注ぎ込むことで、いつでも魔法を起動出来るよう準備している。

 匠は、後から着いていこうとしている土御門に声をかけた。

「土御門、相手は何人だ?」

「あ、ああ。全部で7人、恐らく前へ出てきてる4人が魔法科だ」

「基本構成はどこでも同じか。俺達は後ろから向こうの技術科を見張る」

「ああ、マギリ、行くぞ」

「私は、射程範囲内」

 ニアは、プリズムスコープを持ち、いつでも撃てるようにしている。

 だが、土御門はデバイスすら手にしておらず、どう考えても準備が出来ていないのは土御門の方だった。

 だが、走りながら準備を整えることで、遅れを取り戻す。

「さて、第5エリアからの道だと、結構近いな」

「土御門君がいなくなると、通信越しでしか相手がどこかわかりませんね」

「そこが問題――」

 鉄也が口を開いていると、少し離れた場所から何かが激突した音が聞こえ、その音に反応し、目を向けると、巨大な水飛沫が上がっていた。

 だが、そこは湖の方ではあるが、匠達がいる第6エリアだ。

「木葉が暴れたか……」

「そういえば、木葉さんは火の魔法だと火力の制御が難しいから、水の魔法で火力の大幅ダウンって言ってましたね」

「その発想、木葉ちゃんらしいな」

「とりあえず、合流するぞ」

 匠達が水飛沫の上がった場所へ向かうと、そこには先に行った木葉達4人がおり、近くには中国校の校章を付けた生徒7人が倒れ、気絶しているようだった。

 よく見れば、腕時計型の端末を相手の端末に近付け、取り外している。

「たっくん、全員分集めたから、審判棒に持ってくよ」

 バトルウィークの選手に渡されている腕時計型の端末には、他のチームの端末を外す機能が付いている。

 端末を外された選手は、その戦闘が終了するまでの行動を禁じられ、勝敗が決した後に、審判棒から端末を回収することで、次のエリアに移動することが出来る。

 勝敗に関わるのは、リーダーの端末だけだが、隙を突かれリーダーの端末を奪われないために、相手チーム全員の端末を外すことは、基本と考えられていた。

「岡山にある中国校か。きび団子持ってないかな?」

「貰ってもそっちに着くなよ」

「ぶー、私がたっくんの敵になるとでも思ってんの?」

「そこだけは信用してるよ」

 岡山には、『きび団子』という門外不出の洗脳魔法が伝わっている家系が存在する。

 その家系についての詳しい情報は出回っていないが会話のネタとしては、よく使われていた。

 相手チーム全員の端末を回収したため、現状誰かが襲ってくることはありえない。

 そのため、匠達は余裕を見せながら移動している。

 そして、第6エリアのほぼ中心に設置してある審判棒に到着した。

「木葉、ちょっと待ってくれ」

 審判棒に中国校の端末を入れようとしていた木葉を匠が制した。

「どしたの?」

「現状の確認をしたい。入れてからだと、時間経過で進入禁止が解かれるからな」

「匠、今戦闘中なのは、第8・9・12・14エリアだ」

 鉄也は端末を操作し、他のエリアの状況を報告する。

 他のエリアにどこのチームがいるかはわからない。けれど、戦闘中や新入禁止のエリアを審判棒の近くで確認することは出来る。

 そのため、早く戦闘を終わらせたチームほど、より多くの情報を手にすることが出来た。

「一応エリアの斜め移動も出来るから、北側に行かない限り、移動先のエリアで戦えそうだな」

「匠さん、他のエリアでの戦闘が終わった場合、どう動くと思いますか?」

 アリシアは、いくつかの推論を立てるが、どうとでも考えられるため、匠に一任した。

「まず、中国校は第5エリアから来た。それは間違いない。なら、他の戦闘中エリアも考えると、7・10・11のどこかだな。第10エリアには、旧市街地が少しあるが、後は他のエリアも含め、全部樹海だ。なら、樹海での戦闘になれるという意味でも、7か11がいいと思う」

「なら、第7エリアだ」

「木葉、ないと思うが、一応聞いておく。何でだ? ちなみに、ラッキーセブン以外で頼むぞ」

「……えっと、……たっくん、斜め移動って何か面倒なことするんだよね。なら、7でいいと思うよ」

 木葉は、明らかに視線を逸らし、何かを考えていた。

 だが、その結果出てきた答えが、却下するほどの理由でもなかったため、匠は反応に困っている。

「匠さん、考えこんで他のチームに動かれても難ですから、第7エリアで、待ち構えましょう。審判棒を取れれば、他の状況も確認出来ますし」

「それもそうだな。全員動けるな?」

 匠の言葉に全員が頷く。

 このバトルウィークにおいて、樹海や山などの足元に不安のある場所での戦いは避けることが出来ない。そのため、初日の2戦目に樹海で戦うことで、不安定な足場に慣れようと考えた。

「それじゃあ、戦闘中エリアから、進入禁止エリアに変わるから、第7エリアまで、ダッシュだよ」

 木葉は、そう言うと審判棒に中国校の端末を入れる。

 それと同時に、第6エリアが進入禁止エリアに変更された。

「行っくぞー」

「木葉、足元には注意してね」

「大丈夫だよ、アリっち。魔法使いを舐めるなー」

 木葉はそのまま樹海を駆け抜ける。

 アリシアは、危ないと思いながらも、木葉の運動神経に感心していた。

 だが、木葉のように駆け抜けることはせず、慎重に進んでいく。

 そして、しばらくすると、木葉がエリアの境目で匠達を待っていた。

「遅いよ」

「まったく、ゲームの魔法使いは、低体力だぞ」

「これは現実だよ」

 匠と木葉は息を切らせてはいない。

 さらに、アリシア達は、すぐに呼吸を整えた。

 けれど、静江だけは、息を切らせ、何とか整えようとしている。

「私だけ……」

「静江ちゃん、気にしないほうがいいよ。木葉ちゃんは元気印だし、二人は……、捜査官と身軽だから」

「でも、大型デバイス抱えてるんですよ。それに、弾倉も沢山……」

「慣れ」

 ニアの言葉に、静江は、ただ気を落とすだけだった。

「まぁ、しずっちを戦力として数えるなって言われているから、気にしなくていいよ。それより、行くよ」

「ああ」

 木葉は、エリアの境をまたぎ、第7エリアへと入った。

 だが、端末は開戦を知らせず、沈黙している。

「まだ見たいだね。急いで棒を確保だ」

 それだけ言うと、木葉は駆け出そうとするが、匠が木葉を抱きしめるようにして押さえる。

「待て、いつ始まるかわからないんだ、今度は一緒に動くぞ。警戒しなくていい分、早く着くはずだ」

「たっくんのエッチ」

「不可抗力だ」

 そう言いながら匠はすぐに体を離す。

 ただ、腕に残る感触は、しっかりと記憶していたが、防護服越しだったため、あまり嬉しい感触ではなかった。

「それで、手の感覚を記憶に留めてること悪いけど、何で止めたの?」

「げふん、防護服のせいで固かっただけだ。一応、通信機はあるが、離れすぎるももまずいだろ。広範囲の索敵が出来るのは土御門だけなんだから」

「それじゃ、急いで審判棒を確保しますか」

 今度は最初に決めた立ち位置を守るように移動を開始した。

 そして、もうすぐ審判棒が見えてくる。

 その時、全員の端末が鳴り響く。

「チッ」

「任せろ」

 土御門が呪符を撒き索敵の古流魔法を発動させる。

 エリアをまたいでの索敵が禁止されているため、他のエリアにいるチームを確認することは出来ないが、エリア内に魔法を広げる技量があれば、戦闘開始直後に相手の位置を把握することは出来る。

「見えた。東海校だ」

「厄介だな」

「そうなのか?」

「おいおい、土御門、現代魔法をもっと勉強したほうがいいぜ。東海校は、三重の鈴鹿にあるんだぜ。俺みたいに、デバイスマスターを目指しているやつからすれば、一度は訪れたい場所だぜ」

 東海校は、古流魔法には疎いが、他の学校を遥かに凌駕するほどのデバイスに関する知識を持った生徒が多い。

 さらに、産業に関わる魔法やデバイスの研究を行っているため、他の学校とは毛色が違う。

 そのため、匠や鉄也すら知らない何かを使ってくる可能性がある。

「まさしく、現代魔法教育の聖地らしいよ。でも、古流の知識は皆無らしいから、私と土御門君で何とかするしかないかな」

「優秀な技術者がいる以上、魔法科の生徒の実力も、数段あがると思っていいはずです」

 アリシアは、楽観視する木葉に対し、やんわりと注意を促す。

「なら、たっくんがいるから問題ないよ」

「待て待て、東海校は、俺とは分野が違うし、あそこは厄介だぞ」

「それに、もう始まってるぜ。案ずるより生むが易しって言うだろ。こっちの戦い易い方法で行くしかないぜ」

 鉄也が、話し込んでいる木葉達に対し、指針を決めるよう促す。

 注意が必要な相手である以上、もたもたしている時間はなかった。

「土御門、相手はどう動いた?」

「4人と3人にわかれたな。4人の方が、前を歩いているから、恐らく魔法科だろう」

「わかった。それじゃあ配置はいつも通り、相手のデバイスもニアのようなギミック検定品かもしれんから、挙動には気を付けるように」

「了解だよ」

 木葉を筆頭に魔法科の4人が前進する。

 匠達は離れた位置から追いかけるが、周囲への警戒を怠らない。

 けれど、それは杞憂に終わり、木葉達と東海校の4人がお互いを発見する。

「『スタート:炎夢(えんむ)』」

 木葉は、発見と同時に幻術を発動した。

 けれど、範囲は絞れても、対象を絞ることが出来ないため、味方にも襲い掛かる。

「『スタート:アイスバインド』いきなりはやめてください」

「問題、ない」

「結局、俺の出番はないんだな」

 それぞれの後ろにいる3人には届いていないが、前にいた4人には、効果が現れている。

 ただ、アリシア達は、この魔法の解除方法を知っているため、炎の幻を見るとすぐさま解除した。

 それと同時に、アリシアは魔法を起動し、ニアはプリズムスコープの引き金を引く。

 一瞬で4人を無力化したため、土御門は何も出来なかった。

「さて、後は技術科かな」

「『スタート:エアブリット』」

「急々如律令」

 土御門は、魔法を起動する声に反応し、呪符を撒き障壁を展開する。

 そして、風の弾丸を土御門の障壁が防ぎきるが、東海校の3人はこれで終わらなかった。

「『スタート:エアブリット』」

 移動を続けながら同じ言葉が何度も響き、風の弾丸が幾重にも襲いかかる。

 それは、同じ場所に何度も着弾する。

「ねぇ、おかしいよ。声のする方と、魔法の飛んでくる方向が違う」

「発射地点、変更、可能」

「何かね、そうじゃないんだよ。声とデバイスの位置が違うのかな?」

「それはありえません。魔法を起動する際には、声に含まれる微量な魔力と、デバイスに流れ込む魔力が同一人物のものか判定してるのですから、他人のデバイスは使えません」

 アリシアは、当たり前の事実を口にする。

 それは木葉もわかっている。だからこそ、違和感を覚えていた。

「待て。あの魔法、同じ場所に何発も当ててる」

 土御門の言う通り、東海校の魔法は、土御門の障壁の同じ場所に何度も着弾している。

 まるで、衝撃を一点に集中し、障壁を破ろうとしているようだった。

「魔力で修復出来る障壁なら、問題ないよね」

「ああ」

 木葉達は現状を確認し、次の一手を考える。

 そうしているうちに、風の弾丸の発射間隔が短くなるが、それは問題にならなかった。

「撃つ」

 ニアが引き金を引き、魔力弾が東海校の生徒へ襲いかかる。

 そして、跳弾を繰り返す弾丸を回避しきれず、そこに付与された衝撃によって吹き飛ばされた。

「何がしたかったのかな?」

「東海校ってのは、技術者に偏ってるから、防御魔法は多重展開による張り直しが基本なんだよ。だから、魔力で修復する使い方は、馴染みがなくて忘れてたんだろ」

 匠の声がする方を見ると、最初に倒した4人の端末を外している。

 匠達は、木葉達が戦っている中、その場を迂回し、端末の回収へ回っていた。

「良くも悪くも、技術者ってことだね」

「そういうことだ」

 優秀な技術者だと思っていたため、未知の技術を気にしていたが、戦闘経験の少ない頭でっかちなタイプであったため、木葉達は何の苦労もすることなく勝利を収めた。

 それだけに、拍子抜けしているが、勝ちは勝ちであるため、端末を審判棒に納めに行く。

「さて、2戦したし、私達は撤収だね」

「明日に備えて、応援に来てる生徒に、他校について聞いとくか」

 こうして、木葉のチームは戦場を後にした。





 その日の夕方、匠達は、観戦に来ていた関東校の生徒に他校の様子を聞いて回っていた。

 だが、具体的な成果があったわけではなく、注意すべきことが見えていない。

 そこで、一縷の望みに賭け、生徒会や風紀委員会の面々に話を聞こうとしていた。

 そんな匠達を待っていたかのように、魔法高等学校の制服に身を包んだ二人の人物が立ち塞がる。

「関東校の新人戦出場チームで間違いないな?」

 匠達は、リーダーである木葉を見るが、木葉だけは匠を見ていた。

「木葉、俺に対応しろと?」

「だって、私より向いてるじゃん」

 匠は、小さくため息を着きながら相手をすることにした。

「はぁ、それで、何の用だ? 確か、古都校の安倍刀治と……」

「土御門冬海です。そちらの春清君同様、分家の人間ですけどね」

「俺達のことを聞いてるなら話は早い。俺はリーダーの小川木葉に用がある」

 安倍は木葉を見つめるが、木葉はめんどくさそうにしている。

「えー、たっくんが代理じゃ駄目?」

「技術科に用はない」

「はぁ、仕方ないなぁ。それで、何の用?」

 木葉の声から心なしか感情が消えている。

 だが、初対面の安倍達にそれを察することは出来ない。

「俺達は、第9エリア、第13エリアで勝利を収めた。そこで、明日は第9エリアから始め、第6エリアに行く。お前達は、そこで待て」

「つまり、そっちが私達に挑むってことだよね。でも、受ける義理もないんだよね」

「逃げるのか?」

 安倍は挑発するように告げた。

 だが、相手が悪い。

「ん? 面倒だから逃げるよ。そんで、他のチームにばら撒こうかな。古都校のスタート位置は、他の学校も知りたいだろうし、信じる信じないは別にして、結構有利に立ち回れそうだから」

 挑発の対象が木葉である限り、木葉が乗ることはない。

 けれど、安倍にそのことを知る由はなかった。

「つまり、お前達は第7エリアから始めるということか?」

「それもありだね」

 安倍が木葉を睨みつけるが、木葉の方は飄々としているため、話にならなかった。

「よく考えろ。俺達は2勝、お前達も2勝だ。このまま続けば、俺達はどこかで戦う必要が出てくる。なら、早い内に決着をつけようじゃないか」

「別にタイブレーク突入しても私はかまわないよ。それとも、古流のプライドが、それを許さないのかな?」

「……」

 安倍は口を閉ざした。

 そもそも、安倍が木葉達に明日の勝負を持ちかけた理由は、正しくそこにある。

 古流の名家出身である安倍にとって、順当に勝利を重ねることは絶対であり、延長戦などありえなかった。

「それにね、勝ち負けはともかく、そっちはプライドを守れるだろうけど、こっちにはメリットがないんだよね。だから、そっちの都合で私達に勝負を受けろっていうのは、都合良すぎだよ」

「つまり、お前達にも利のある話をしろということか」

「そういうこと。例えば……」

 木葉は、そう言いながら指を一本立て、それを見せつけるように前に出した。

「貸し一つ」

 木葉は悪い笑みを浮かべる。

 だが、その行動に対し、安倍の返答は意外なものだった。

「そんなものでいいのか。いいだろう、但し、お前達が勝ったらだ」

「それは当然だよ。私達が勝ったら、安倍刀治、土御門冬海、二人に貸しを一つづつ。これが、私達からの条件」

「どうせ勝つのは俺達だ。ならば、何の問題もない。俺と冬海は、それぞれが他の生徒と別行動をする。何人で来るかは知らんが、俺達に勝つ手段を考えることだな。では、明日第6エリアで」

 安倍は踵を返し立ち去ろうとするが、そこへ声がかかる。

「刀治様、少し話をしていってもいいでしょうか?」

「何故だ?」

「同じ土御門の分家同士、積もる話もありますので」

「好きにしろ」

 今度こそ刀治は立ち去る。

 そして、姿が見えなくなると、土御門冬海が土御門春清に向き直った。

「春清君、久しぶりですね。昨日、声をかけてくださればよかったのに」

「流石にあいつの前で声をかけるわけにはいかないだろう」

「ねぇ、土御門君、私達もういい?」

 珍しく木葉が空気を読み、立ち去ろうとする。

 だが、静かに消えずに声をかけるところが木葉らしかった。

「小川木葉さん、私は貴女にも興味があるので、居てもらってもいいでしょうか?」

「たっくん、たっくん、大和撫子がいるよ。本物だよ」

「木葉も、表情緩めずに真似してれば、外見はそう見えるのに、勿体無いな」

「失礼だよ。まったく」

 木葉は憤慨してみせるが、匠はそれがそう演じているだけだとわかっていた。

「ふふ、面白い方ですね。春清君、随分と楽しそうなチームですね」

「否定はしないが、それだけでないのが辛いところだな。それで、何の用だ?」

「少し……、話をしたかっただけです。古都校は家柄が全てですから、迂闊な発言は出来ません。ただ、こうして話をするだけで、気が休まります」

「そうか、昔見たいにはいかないんだな」

「春清君が、長男なら、違ったかも知れませんね。それで、小川木葉さん、答えてくれるとは思いませんが、貴女が今日使った水龍系の術、あれからは凄まじい力を感じましたが、貴女、何者ですか?」

 初戦で木葉が使った魔法による余波は、他のエリアにも届いていた。

 その中でも、古流魔法に関わる人物は、その余波だけで、木葉の力を感じ取っている。

「秘密だよ。ふゆみんが土御門君に言った言葉の意味を、明確にするなら、教えようかな?」

 土御門冬海は、木葉からふゆみんと呼ばれた直後、それが自分のことだと理解出来ていなかったため、目を丸くしている。

 だが、それは木葉以外も同様だった。

 そして、少し遅れて理解した土御門冬海は、小さく笑い出した。

「ふふ、ふゆみんですか。そんな呼ばれ方、したことありませんね。それにしても、鋭いんですね」

「ふっふっふー」

「冬海、古都校は大変なのか?」

「それはわかっていて、聞いているんですよね。古い家の長男が、見合った実力の女子を選ぶための場所ですよ」

「だから、実力のある冬海は、安倍刀治に選ばれたと……」

「私達に選択権はありません。そして、これが古い家です。それは、春清君も理解しているはずです」

 古流の名家は、その力を維持するため、昔ながらの血による関係を求めている。

 その結果、日本における古流魔法の中心地である京都、そこある古都校は、縁談を持ちかけるための場所として使われていた。

 そして、家を継ぐのは長男と決まっているため、古都校には長男のみが通うことになっている。

「随分と古い風習だね。私は自分の意思でたっくんを選び続けるよ」

「古流の名家はいろいろと難しいんだよ」

 匠はそう言いながらも、自然な流れで木葉の頭を撫でていた。

「今年は安倍家が最も格式の高い家ですから、他からの妬みも凄いんですよ。私の意見を挟む場所はなかったのに……」

 最後の言葉は、ひっそりと語られ、匠達がしっかりと聞き取ることは出来なかった。

 ただ、一瞬、表情が曇ったことだけは、しっかりと見られていた。

「冬海、愚痴ぐらいなら聞くぞ」

「ありがとうございます。ただ、これ以上いると、妙な勘ぐりを招くことになるので、今日はもう戻ることにします。それでは、明日、戦場で」

 土御門冬海は、乱れのない所作でこの場を立ち去る。

 その姿に圧倒されていたが、我を取り戻したアリシアが木葉に詰め寄った。

「木葉、仮にも土御門家の人ですよ。そんな人に対して、何て呼び方してるんですか!」

「えー、だって、土御門君は私に絶対服従だよ。それに、ふゆみんも笑ってたから、大丈夫だよ」

 アリシアは木葉の返答に頭を抱えている。

 木葉の行動には慣れていたつもりだったが、その考えを越えての行動だったため、動揺を隠せなかった。

「何だ何だ、面白そうな話だな」

 その声に反応し、全員が振り向くと、そこには玉梓が立ち塞がっていた。

「た、玉姉……」

「他校の試合内容を聞きたいと連絡を受けて待っていたのに、まったく来ないから、探してみれば、随分と楽しそうだな」

 見慣れたはずの不敵な笑み。だが、そこから放たれる威圧感に抵抗することは出来なかった。

「玉姉、すまん。それじゃあ場所を変えるか?」

「ふ、ここでいいだろ。他校に関してだが、お前達の敵になるのは、古都校ぐらいだ。東北校は恐山家の誰かがいれば、話は別だが、今年はいないし、生徒会長が不作だと言っていたが、その通りだった。後は、北海道校だな、あそこはアイヌ系の古流だが、力を発揮するにも状況が限られる。得意地形で相対しなければ問題ないだろう。まぁ、雪山なんてないがな」

「まぁ、山には要注意か。それだけで東北校と北海道校の両方の得意地形は省ける」

「それと木葉、呪符は持っておけ」

「知られるとまずくない?」

「あれが何か悟られなければ問題ない」

 土御門が呪符という言葉に反応する。

 木葉は、土御門の前では呪符はおろか、古流魔法に関わる道具を一切使っていない。

 そんな木葉が呪符を持っているということが不思議で仕方なかった。

 けれど、二人の会話に口を挟むことが出来ずにいる。

「わかったよ。一応、持っておくよ」

「それじゃあお前達、食事には遅れるなよ」

 玉梓は話が終わると、どうどうと立ち去る。

 その姿を見送って入るが、そろそろ夕食の時間なので、そのまま玉梓の後を追いかける形になった。





 夕食後、簡単な打ち合わせを始めた。

「古都校は魔法科6人、技術科1人のよくある古流系の学校の編成だな」

「何で魔法科が多いの?」

「古流魔法は、デバイスではなく、祝詞や舞、呪具何かを使うから、そんなに技術者を必要としないし、そういった呪具を作るには、別種の高度な知識を必要とするから、技術科の生徒を入れる必要性がないんだ。まぁ、新人戦の規定で、両方の学科から人を出さなきゃいけないから、ルール上しかたなくってところだな」

 匠は、諦めたようにルールを説明した。

 そもそも、木葉が細かいルールを知っていると思うのがおかしいという共通認識が出来ている。

「なるほどね。それで、土御門君、安倍刀治とふゆみん、どっちと戦いたい?」

 木葉は前置きを全て省き、唐突に考えを口にした。

 そのため、伝わらない部分もあったが、重要な部分だけは土御門に伝わったようで、土御門は考えるそぶりを見せている。

「……俺は、安倍刀治と戦いたい。あいつに勝ちたいんだ」

「勝てるの?」

「あいつは武倍(たけべ)だ。なら、魔法戦である以上、勝ち目はある」

「なるほどね。新人戦じゃ、刀剣の類で直接攻撃は出来ないもんね」

 バトルウィークの新人戦では、素手や魔法を使っての直接攻撃は許可されている。だが、刀剣類や、魔法を関与させない遠距離武器の使用は禁止されている。

「それって……?」

 木葉は土御門の言葉の意味を理解している。

 けれど、アリシアはその意味を理解出来ず、普段ならありえないことにショックを受けていた。

「ふっふっふ、アリっち、意味がわからないって顔だね。しょうがない、私が、教えてあげよう。古流魔法の家では、その分家が持つ役割を表す字を付けることがあるんだよ。それで、武倍の武は、武門を表してるわけ。わかった?」

 木葉は胸を張り、偉そうにしている。

 そもそも、漢字圏ではないアリシアが知っているはずはなく、木葉は匠達からジト目を向けられていた。

「そ、そうなんですか。難しいんですね」

「まぁ、アリシアが知らないのは普通だろ。木葉、威張れることじゃないぞ」

「む、たっくんが酷い」

「それで、話を戻していいか?」

 話が横にそれ、口を挟めずにいた土御門は、頃合いを見計らい割り込んだ。

 そもそも、作戦会議中であり、古都校との試合の計画を建てているので、誰も土御門を咎めることはなかった。

「あー、ごめんごめん。それじゃあ、安倍刀治とふゆみんの得意なこととか教えて」

「ああ、まず安倍刀治だが、前にも言ったように、術者というよりは、武人だ。基本的な術や呪具は使えるが、大規模な物は使えない。そして、一番厄介なのは、式神だ」

「土御門さん、式神って使い魔のような物ですよね。それをサムライが使うというのは、イメージが違うんですが……」

 アリシアが申し訳なさそうに口をはさむ。

 この辺りのことは、古流魔法の家系特有の話になるため、アリシアが理解出来ないことはしかたない。

 そのため、土御門は外国人がよく勘違いすることだとわかっていた。

「まず、侍という枠には入らないんだが、そこまで詳しい話はしなくていいだろう。今は、刀を得意とし、式神を扱える人物が、敵にいるということだけ理解してくれ」

「わかりました」

「それで、続きがだ。詳しいことは知らないが、安倍刀治の式神はかなり強力な物だと聞いている。すまないが、それ以上の情報はない」

「しかたないだろ。現代魔法が出来てから、その対抗のために、古流の家系が技術交流を始めたんだ。式神に関することだって、混ざり合ってんだ。特定出来るわけがない」

 鬼や霊を式神として使役する技術も、古式系や恐山系ですら混ざり合い、先祖由来の式神を他家に模倣させている家もある。

 そのため、現在では自分の戦い方にあった式神を選ぶのが、一般的になっていた。

「そう言ってくれると助かる。次に、冬海だが、水や氷の術を得意としている。だが、何かで頂点に立つというより、何でもそつなくこなす方だ。最上級でなければ、どんな術でも使いこなす。弱点といえるような物は、特に思いつかない」

「土御門君、ふゆみんの方が厄介じゃないか。高火力の魔法をぶつけても、相性でカバー出来るんだから、火力不足は弱点にならないよ」

「なら、私が、やる。古流の、家系、現代、魔法、使い、少ない。経験、少ない、はず」

 今までの話を聞き、ニアが立候補する。

 確かに、現代魔法の中でも、射撃に特化したニアであれば、その戦い方になれるまでは、有利に動けるはずだ。

 そのことをニア以外も理解したようで、土御門冬海にニアをぶつけることが確定した。

「では、私と木葉で残りの4人を何とかしますか」

 アリシアは、至極真っ当なことを口にした。

 だが、木葉、それを良しとしない。

「うーん、上手く言えないんだけど、私は土御門君に付いた方がいい気がするんだよね。相手に式神がいる以上、相手は二人なんだから」

 木葉の言うことも一理ある。

 相手が強力な式神であれば、それがどんな戦い方をしようとも、弱点になることはありえない。

「はぁ、しょうがない。俺達も加わるしかないか。アリシアは、残りの4人を手当たり次第に襲ってくれ。俺達も、それなりに対処する」

「ちょっと待ってください。私もですか?」

「静江ちゃん、匠が諦めたんだ。俺達も諦めるしかないぜ」

「でも……」

 静江は、生粋の技術者であり、魔法使いとしての実力は、一般的な位置を下回る。

 そのため、他の二人よりも、魔法使用の戦闘に対する苦手意識が強い。

 だが、遊ばせておく戦力はなかった。

「鉄也、黒田さんと動いてくれ。お前のおもしろ魔法は、応用力が高いからな」

「酷い言い草だぜ。まぁ、事実なんだがな。静江ちゃん、よろしく」

「わ、わかり、ました……」

「アリシア、残りの4人を無力化したら、ニアの応援も頼む」

「間に合うかはわかりませんが、それが順当ですね」

「後は、地形だが、第6エリアは、南西側の一部が旧市街地だ。樹海と市街地、どっちが戦い易いんだ?」

 土御門とニアは、自らの得意な地形を考える。

 この日は、足場の悪い樹海エリアで行動していたため、その点については慣れている。

「樹海、遮蔽物、多い」

「確かに、樹海の方が戦い方に幅を出せとは思うぞ」

「そうか、なら、樹海で待ち受けるか」

 こうして、古都校に対する作戦が決まった。

 これが上手くいくかはわからないが、匠達は、二日目に備え、早めに休んだ。

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