会場入り
ある日の放課後、匠達技術科の三人は、技術棟にある工作室で新しいデバイスの構想をねっていた。
「くっそ、防御系魔法用デバイスって難しいな」
「どう頑張っても、夢というより、便利グッズですからね」
「最悪、両腕に盾半分づつ付けて、合わせると障壁が出るくらいしないと、駄目そうだな」
匠が考えを話した途端、鉄也が噴き出した。
「く……、ちょっとデバイスマスター志望としては、興味深い仕組みだ」
鉄也は、頭の片隅でその仕組を考え始めている。
けれど、本来の目的を忘れてはいない。
その証拠に、端末におぼえ書きをする程度だった。
「そういえば、アリシアさん大丈夫ですかね?」
「ああ、ボーダレスの襲撃が多いって言ってたな」
「しかも、たまに怪我してくるんだぜ」
他国にいるボーダレスの構成員が入国することは防げているが、元々いた構成員によるマホラック関連施設への襲撃が日本全土で行われており、捜査官であるアリシアは、多忙を極めている。
三人が防御系魔法用デバイスを作ろうとしている理由には、新人戦以外に、アリシアのためということもあった。
「アリシアちゃんも、俺達に気を使ってるみたいで、危ないってわかってる時には、呼ばないしな」
「俺達はあくまでも協力者だ。だから、実力次第で、連れていける範囲があるんだろ」
「そうは言ってもな……」
「しかたありませんよ。私達は高校生なんですから」
「アリシアちゃんも高校生だぜ」
「それはそうですけど……」
静江の一言で、アリシアに関する話題を終わりにし、本題へと戻る。
けれど、三人には、力になれないもどかしさがあった。
そして、そのまま進まない作業を続けている。
数週間が過ぎ、一学期の最終日、終業式を行うために全校生徒が集められている。
檀上では生徒会長である小川玉梓が挨拶を行っていた。
「さて、長い話は先生方だけで十分だな。全員よく知っていると思うが、夏休み中に全国魔法高等学校合同新人戦が行われる。代表は既に知っているな。ちなみに、少し気が早いが、秋の選抜戦になると、各学年3チームが代表になる。次があるというのは、恵まれたことだ。次があるうちに挑戦してみろ。代表チームと生徒会、風紀委員会は、会場までの足が用意されており、宿泊施設も手配されている。個人で応援に行きたいやつ、羨ましがりながら自分で手配しろ。と言いたいところだが、既に団体申込が終わっているはずだな。会場での他校とのトラブルには気を付けるように。各学校の風紀委員会が、有志の会場警備をしているから、恐ろしいぞ。以上」
玉梓が言いたいことだけをいい、檀上を去っていった。
この後、式典は滞り無く行われ、無事に解散となった。
ほとんどの生徒達は、この後についての話を盛り上げているが、小川木葉率いるチームのメンバーは、生徒会長からの呼び出しを受けている。
ただし、生徒会には、終業式の片付けがあるため、木葉達もそれに駆り出された。
「玉姉は絶対これが目当てだ」
「同感だ」
「どっちにしろ、俺は生徒会のメンバーだから、片付けるんだけどな」
木葉達は文句を言いながらも手を動かす。
そうしなければ、終わりが見えてこないからだ。
さらに、匠が辺りを注意深く見渡すと、ところどころに生徒会や風紀委員会以外の生徒が見え隠れしている。
そのことから、玉梓に何かを握られている生徒が駆り出されていると判断した。
「さて、片付けの有志諸君、ご苦労だった。一学期はいろいろあったが、これで綺麗サッパリだな。では、解散」
匠は、玉梓の台詞から、匠は推測が正しかったと判断した。
そして、他の生徒達を解散させた後、玉梓は当初の予定通り、匠達を1ヶ所に集めた。
「それじゃあ生徒会室へ行くか。薄、お前もだ」
「こっちを一段落させたらいくから、先行っててね、玉ちゃん」
風紀委員には、まだ仕事が残っているため、恐山薄は手が離せない。
そのため、玉梓が木葉達を連れて行くことになった。
「さて、楽しみだな」
玉梓が不吉な笑みを浮かべるせいで、木葉達は、落ち着くことが出来ず、生徒会室に着くまで気が休まることはなかった。
玉梓の案内で生徒会室に着くと、そこには既に生徒会の面々が到着していた。
そして、玉梓が生徒会長としての定位置に座る。
「それでは、改めて紹介しよう。私の部下達だ」
「会長、そんな雑な紹介はやめてください」
「む、そうか。なら、詩歌、任せた。もちろん、面白くだ」
玉梓に言われ、明るい髪色の女子生徒が、自己紹介を始める。
「わかってますよ。まずは、私、副会長の松尾詩歌です。次に、会計の大蔵縁君」
「よろしくですな」
眼鏡をかけた男子生徒が、匠達へ向けて簡単に挨拶をし、詩歌が次の紹介を始める。
普通の紹介に、玉梓はつまらなそうだが、誰も口を挟もうとしなかった。
「次に、私のチームメイトでもある書記の時原白ちゃんです」
「……よろしく」
前髪で目元が隠れているため、椅子に座りながらも、どこを見ながら挨拶しているのかわからない。
ただ、匠は何処かで感じたような異質な気配を感じ取っていた。
「それで、君達の後ろにいるのが、主務の御庭影次君、土御門君の指導役だよ」
「いやー、よろしくよろしく。僕は、そこの縁と同じチームです故」
匠達は、急に背後から声をかけられ、反射的に振り向くと、笑顔を貼り付けた男子生徒が現れていた。
その反応に気を良くしたのか、御庭は、さらに話し始めた。
「土御門の生徒会内での教育担当をしている故、実に反抗的な後輩の指導は楽しかたよ」
「影次、その意見には同意だが、それを本人の目の前で言うとは、なかなかだな」
「僕は、会長の部下です故」
玉梓と御庭が、不気味に笑い出し、土御門は、引き攣ったように笑っている。
予想以上の苦労がありそうだな。
匠は、反射的に土御門に同情していた。
玉梓の行動には慣れているが、御庭景次という未知数の人物がいるため、苦労がどれだけ増えるか想像出来ずにいる。
「まぁ、この恐怖の魔神と、似非忍者は、ほっとくけど、生徒会長の仕事の中には、後輩の指導ってのがあって、会長は、2年生から生徒会のメンバーを選んで、魔法使いとしての指導をするっていう決まりがあるの。だから、会長以外は、2年生なんだよ」
「それで、松尾先輩、俺達は何で呼ばれたんですか?」
この場合、本来であれば、チームリーダーの木葉が話を進めるべきだが、こういったことには向かないため、匠が代わりに話し始めた。
そして、当然のように、詩歌を相手に話している。
匠は、その方が話が早く進むと考えていた。
「えっと、新人戦の打ち合わせだと思ってくれていいよ。ただ、他校との話し合いは、生徒会でやるし、有志の会場警備は、風紀委員会がやるから、覚えておいてってことと、出発日時の確認かな?」
「その程度なら、データで貰えれば確認しますが?」
「まぁ、顔合わせも兼ねてるからね」
「そういうことだ。匠、私を放っておいて、話を終わらせるとは、言い度胸だな」
話が終わりそうになると、玉梓が急に割り込んできた。
だが、今まで気付かなかったのではなく、割り込む頃合いを見計らっていた。
その証拠に、玉梓は不敵な笑みを浮かべ、頭の中では自らが楽しめる会話のパターンをいくつも用意している。
「土御門、任せた」
「は? ちょっと待て」
その考えを感じ取った匠は、土御門の言葉を聞き流しながら、盾にすることで、玉梓の視線を防いだ。
だが、この程度で防げるわけがなく、ただ無言の時が流れた。
その結果、思いもよらぬところから追い詰められる。
「……真木君、……返答」
匠は、生徒会が玉梓のテリトリーであり、敵地だと判断した。
「は、はい。玉姉、まだ用事残ってる?」
「ふん、まぁいい。最後に、生徒会のメンバーは実力者だ。それぞれが途轍もない隠し球を持っているから、何かあったら頼るように。もちろん、薄も、恐山の出身だから、十分頼りになるぞ」
「わかりました」
匠達は、一年生の中では実力者揃いだ。だが、上級生の実力者達と比べれば、何枚も劣る。それは、マホラックの捜査官であるアリシアにとっても同じことだ。
こうして狭い部屋に一緒にいるだけで、それがひしひしと伝わって来ていた。
8月のある日、匠達は、全国魔法高等学校合同新人戦が行われる、青木ヶ原の樹海付近へ向かうため、関東校に集まっていた。
移動に使われるバスでは、前方に生徒会、次に風紀委員会、一番後ろに、選手である匠達が座っている。
出発直前、一番後ろでくつろいでいる木葉の元へ、玉梓がやってきた。
「忘れ物だ」
玉梓は、木葉に対し、二つの皮で出来たケースが付いたベルトと、二種類のデバイスを手渡した。
それは、連休の際に、ボーダレスとの戦闘で使った物。
それに気付いた面々は、その意図を測りかねている。
木葉は、渡されたものよりも、玉梓の雰囲気に違和感を覚えた。
「玉姉、どうしたの?」
「保険だ。それと、アリシア=ジーニア、出発したら、話がある」
玉梓はそれだけ言うと、バスの前方へ戻っていった。
その後、玉梓が席に付くと、バスが動き始める。
「土御門君、何緊張してんの?」
「こ、この状況で、な何故、平然としてられる。せ、生徒会の先輩にはなれたが、風紀委員会の先輩達も、げ、現代魔法の実力者揃いだぞ」
「ふーん、同じ学校の先輩に緊張してたら世話ないね」
「でも木葉さん、技術科の私も緊張しますよ」
「そんなもんなのかー」
バスが出発してしばらくすると、アリシアがふと、思い出した。
「そういえば、匠さん、妹がいるっていってましたよね。家を開けて大丈夫なんですか?」
だが、その言葉に反応したのは匠ではなかった。
「アリっち、何でつっちーのこと知ってるの? ねぇ、何で? ねぇ、ねぇ……」
木葉は笑顔でアリシアに迫った。
けれど、その笑顔には、普段の表情とは違い感情が感じられず、見るものに恐怖を植え付ける。
その証拠に、アリシアは木葉の表情に怯え、上手く話せずにいた。
「えっと……、その……」
「前に妹がいるって話しただけだ」
「じゃあ、何でアリっちは言い淀んでるの?」
「アリシアもいい加減慣れただろうだ」
匠が助け舟を出したお陰で、アリシアは多少であるが、平静を取り戻すことが出来た。
「流石に、普段と違いすぎて無理です。えーと、それで、妹さんは大丈夫なんですか?」
「中学の後輩指導で寮に残るって連絡貰ったよ」
アリシアは強引に話題を戻すが、それに答えたのも、木葉だ。
「らしいな。両親も俺の制服姿には興味ないからって旅行から帰ってきてないし、俺も新人戦に出るって言ったら、一人じゃ暇だから、寮で一夏の王国を作るって言ってたぞ」
「あー、言ってたね」
「司ちゃんらしい言い方だな」
鉄也も、匠との付き合いが長く、真木司という匠の妹のことは知っている。
匠の妹を知らない面々は、疎外感を覚えているが、外から様子を見ているため、匠が、声には出していないが、あまりこの話題を長引かせたくないと感じ取っていた。
「優秀な妹さんなんですね」
「ねぇねぇ、バスで移動といえば、お菓子だよ」
木葉は匠の変化の理由を理解しているため、普段の行動を装い、強引に終わらせた。
その後、木葉達は、他愛もない話を続けていたが、高速道路に入ってしばらくすると、玉梓が車内用のマイクを片手に後ろを向いた。
「さて、アリシア=ジーニア、話をしよう」
「はい」
「まぁ、簡単な事だ。お前がマホラックの捜査官だということは、生徒会も、風紀委員会も知っている」
玉梓は、真面目な雰囲気を醸し出しながらも、淡々と告げた。
そして、その言葉を裏付けるように、生徒会と風紀委員会の面々は、黙って頷いている。
「な、何で、そのことを……」
「マホラックは秘密裏に、生徒として捜査官を送り込む。だが、秘密を秘密のままにするには、協力者が必要だ。そのため、学校側には通達がある。そもそも、怪我の多いお前が怪しまれないはずがなかろう。怪しまれないのは、知られているからだ」
アリシアは、確かに怪我をして登校することが多い。けれど、その怪我について、学校側に説明を求められたことはない。
そのことを思い出したアリシアは、その理由をようやく理解した。
「アリシア=ジーニア、元々、気にしてないようだが、誰かは知らんが他の学校にもマホラックの捜査官が在籍している。お前が捜査官だからといって、気にする必要はないと、覚えておけ」
「わかりました」
「その様子を見ると、余計なお世話だったようだな。それなら、後一言だ。お前達、関東校の代表として、死力を尽くせ。以上だ」
玉梓は、木葉達を激励し、最後にニアを見詰め、小さく笑う。
そのことは気付かれているが、誰も意味を理解出来なかった。
関東校の生徒を乗せたバスが、目的地である青木ヶ原の樹海付近に建てられている宿泊施設へと到着した。
そこは、ここで開催される競技用の施設であり、戦闘系の競技が行われるたびに使われている。
「よし、到着だ。技術科の三人、荷物は任せて、申請してある設備の確認へ行け。御庭に案内させる」
「さぁ、三人共、こっちだ。それと、今日の予定は、移動しながら説明する故」
着いて休む暇もなく、匠達は設備の確認へと向かうことになった。
そもそも、競技用の施設である以上、貸し出される設備に不具合があれば、それは、運営側にとって、途轍もない悪影響を与えるため、日頃から整備はしっかりとされている。
そのため、こういった確認行為は、習慣以上のなにものでもなかった。
設備の確認へ行った面々を見送ると、玉梓が、残りの生徒を一箇所に集める。
「いいか、よく聞け。この施設は、大きく分けて10個の立入禁止区域と、共有スペースに分かれている。立入禁止区域というのは、各学校に割り当てられたエリアだ。くれぐれも他の学校のエリアに近付かないように。屋内の練習場や整備施設は、それぞれのエリアに準備されているが、屋外練習場は、共有スペースだ。外で練習するときは、見られていると思え。薄、風紀委員の方は、頼んだぞ」
「わかってるよ、玉ちゃん。明日の集合時間まで、別行動になるから、私達は行くね。はい、風紀委員、行くよ」
薄は、そのまま風紀委員を連れ、主催者側への連絡へ向かった。
玉梓も行く必要があるが、それはもう少し後のこと。
「もう到着している学校もあるし、これから来る学校もある。明日には、全学校が揃い、夕方に挨拶代わりの宴会がある。それまでは自由だが、問題は起こすなよ、面倒だからな、以上。それでは、縁、土御門と一緒に、男の荷物を持ってけ」
「一人二つですな」
「わかりました、先輩」
「さて、黒田の分は、私が持とう」
玉梓の行動に、生徒会の面々と木葉が驚きを隠せずにいる。
だが、玉梓は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「小川会長、私が持ちますよ」
「くっくっく、いいんだよ、ジーニア。別に、手が滑って中身をぶちまけるなんて、非道なことはしないさ。ただ、私が持った。その事実が、相手に考えさせるんだ」
玉梓が不敵に笑い続け、その光景に、木葉達は怯えるだけだった。
その日の夜、選手用の男子部屋では、三人が、新人戦について話し合っている。
「土御門、未完魔法には慣れたか?」
「ああ、処理内容を書いた魔法陣を使うのは、少し勝手が違うが、問題ない」
「未完魔法専用デバイスってのも面白そうだが、どんなに夢があっても、未完魔法じゃ、検定は無理そうだよな」
「そこについては、禁止はしないが、公認もしないって言われてるから、難しいだろうな」
全ての古流魔法を現代魔法に翻訳出来るわけではないので、ワイズマンカンパニーは、未完魔法の存在を許してはいる。
だが、未完魔法に著作権を認めておらず、既存の現代魔法を未完魔法に変更し、使うという行為が発覚した場合、それ相応の対応を取ると宣言していた。
「まぁ、今は使えるし、それが戦力になるんだ、文句を言うのは筋違いだろう」
「それにしても、土御門、玉梓会長に牙抜かれすぎじゃないか?」
鉄也は、入学直後の土御門しか知らず、チームを組んでからの土御門に、違和感を覚え続けていた。
「自らを傷付ける牙なら、無くてもいい。それに、牙はそれだけじゃない」
「それでいいならいいさ」
三人は、この後、明日に備え、早めに寝ることにした。
次の日の夕方、出場校の生徒が揃い、開会式代わりのパーティーが開催される。
「みなさん、古都魔法高等学校生徒会長、古式咲です。昨年度新人戦優勝校ということで、挨拶させていただきます」
古式による挨拶が始まるが、古都校の生徒と、古式系の古流魔法に縁のある生徒しかまともに話を聞いていない。
現代における日本の古流魔法は、古式系、恐山系、アイヌ系と呼ばれる三つに分けることが出来る。
昔は、地域ごとに特色のある古流魔法が存在したが、現在ではそのほとんどが古式系に統合されており、文字通り古式家が知らない古流魔法は存在しない。
そのため、遠い近い関係なく、古式系に繋がる古流の家の者は、この場で話を聞かないという選択肢は存在しなかった。
だが、ここまできて長い話を聞きたくないというのが、ほとんどの生徒の本音だ。
そんな中、重要な話が始まる。
「それでは、明日からの新人戦、種目はバトルウィーク、その初期配置を決めるための抽選を始めます」
その言葉を合図に、16個の腕時計型の端末が運ばれてくる。
「これは、明日の新人戦のチームリーダー用の端末です。これには、明日のスタート地点が記載されているので、これをランダムに持っていってもらいます。それでは、各チームリーダーは、前へ」
古式の合図に従い、新人戦の各チームリーダーが、前へと集まる。
昨年度優勝校の古都校が最初に取り、私立選抜のリーダーが最後に取ることしか決まっていないため、多少の譲り合いが生じた。
けれど、一名、そんなことを気にしない人物がいる。
「誰も取らないなら、次私ー。どれにしようかなー」
木葉の行動に、眉をひそめる生徒もいるが、無駄な時間が省かれるため、喜んでいる生徒も、数多くいる。
端末を選んだ木葉は、前に選んでいったリーダーにならい、古式の側にある機械に、腕時計型の端末をかざした。
「これで、登録完了です。確か、小川木葉さんでしたね」
「ええ、関東校のチームリーダー、小川木葉です」
「お姉さんとは力の方向性が違いそうですね。まぁ、私と戦うことがあれば、それは選抜戦でしょうが、今年の一年生に勝てないようでは、私には触ることすら出来ませんよ」
「玉姉が、古都校の生徒会長は面白いって言ってましたけど、本当ですね。私は魔法使いですから、物理的に触りませんし。それに、玉姉も、触りませんよね」
木葉は、そのまま笑いながら匠達の元へ戻る。
そのため、古式の表情が一瞬変化したことに気付くことはなかった。
「たっくん、これにした。何か良さそうだったから」
「木葉、番号見ても、絶対に口に出すなよ」
「もー、わかってるよ」
二人が話をしている間に、他のリーダーも端末を選び終わり、古式による挨拶も終わりに近付いていた。
その後も各校の生徒会は、挨拶周りに行き、風紀委員会は、会場警備も兼ねているため、純粋にパーティーを楽しむことが出来るのは、新人戦に出場する面々だけだ。
「なぁ、土御門、古都校の方、新人戦のメンバーで知ってるやついるか?」
純粋にパーティーを楽しむことが出来ても、楽しむかどうかは、本人次第。
優勝を目指すチームや、優勝しなければどんなめに会うかわからないチームは、この時間を有効に使おうとしている。
「二人だな。一人目が、安倍刀治、安倍分家の長男だ。安倍家だが、古流の術者というより、武門の家柄だから、魔法使いと同じように考えると、厄介だ。二人目が、土御門冬海、俺とは別の土御門分家の長女だ。かなり優秀な術者だから、並の術者と同じように扱うと、痛い目を見るぞ」
「なるほどな、前衛と後衛に、他とは一線を画す術者ってことか。厄介だな」
「たっくん、情報収集もいいけど、パーティーだよ。楽しまなくちゃ」
「それもそうだな。じゃあ、木葉、後で恐山先輩に東北校の新人戦メンバーについて、知ってることがあるか聞いてくれ」
「覚えてたらね」
「ちなみに、私は他の学校の捜査官については、知らされていませんから」
「バスで玉姉が言ってたから、そうだろうとは思ってたよ」
匠達が、相手の分析をしていた頃、生徒会同士の水面下での戦いが始まっていた。
「これはこれは、前年度新人戦優勝校である、古都校の生徒会のみなさん、今年もよろしくお願いいたします」
「これはこれは、前年度選抜戦優勝チームのリーダーである、関東校の小川生徒会長と、その部下の方々じゃないですか」
出会い頭に、関東校の生徒会長小川玉梓と、古都校の生徒会長古式咲が、一触即発の雰囲気を醸し出している。
「しかし、そちらの得意とする論文系ではなく、三年連続になるバトルウィークを選ぶとは、どういった理由で?」
「ふふ、私は面白い人と言われているようなので、理解しがたいでしょうから、理由をお教えしましょう。私達古流の術者は、一部の者達にあらぬ誤解をされていますから、それを払拭するためです」
現代魔法は、古流魔法に比べ、発動速度や細かい調整が可能と言われている。
だが、現代魔法が登場して以来、古流魔法においても魔力操作による高速発動や、感覚的な調整の改良に力を入れており、一流の古流魔法使いには、現代魔法と同じように古流魔法を使う者もいる。
そのため、古流魔法が現代魔法に劣るという考えを訂正するために、今回の競技を選んだと説明していた。
けれど、本当の理由は、玉梓へのライバル心だ。
そのことは、玉梓も重々承知している。
「そうか。それは楽しみだ」
この後もこの二人は近寄りがたい雰囲気を醸し出していたため、他の学校の生徒会は、挨拶にかなりの苦労をしていた。
「それでは、他への挨拶もありますので、これで失礼します」
「ああ、最後に一つだけ、各校の生徒会長と風紀委員長を集めて話がしたい。出席してくれるか?」
玉梓は、終始笑顔で居続けたが、最後の台詞だけは、真面目な顔をしている。
それだけに、古式は、ただならぬ雰囲気を感じ取り、頷いた。
結果、玉梓は全ての生徒会長と風紀委員長の参加を取り付けた。
その日の夜、大きめの会議室を借りた玉梓は、他の会長と委員長が到着するのを待っていた。
その傍らには、関東校の風紀委員長である薄もいる。
「あら、薄ちゃん、やっと会えたわね」
「これは、零様、お久しぶりです」
薄は、恐山本家長女の恐山零に対し、分家の人間としての挨拶をした。
「そんなかしこまらなくていいのよ。ここは恐山じゃないのだから」
だが、恐山零は、本家と分家という間柄ではなく、一人の友人として声をかけたに過ぎなかった。
二人は同い年ということもあり、小さい頃から共に恐山系の古流魔法の修行を続けてきた。
そのため、小さい頃は、気安く呼び合っていたが、本家と分家という間柄を理解してから、薄は、距離を取るようになった。
「いえ、どこであろうと、零様は、本家の方ですから」
零は、それがしかたのないことだと理解しているため、話の入口として使うにとどめている。
「恐山、それくらいにしてやってくれ。薄をいじるのは、私の領分だ」
「ふふ、相変わらずね。それにしても、関東校は、いい一年生がいるようね」
「ふっ、そう思うか」
「ええ、古都校と一緒に共倒れして欲しいくらいにはね」
「そっちは不作のようだな」
玉梓の言葉に、恐山零は笑顔を崩さないが、反論するそぶりを見せないため、図星を疲れているようだった。
「他など関係ありません。今年も優勝するのは、私達古都校ですから」
二人の会話に、いつの間にか現れていた古式が加わる。
日本における大多数の古流魔法の総本山である古式家の古式咲に、少数ながらも独自の進化を遂げた古流魔法を持つ恐山家の恐山零、そして、今までの試合において、たった一つの現代魔法で優勝を勝ち取ってきた小川玉梓、毎年優勝を争う三人が三者三様の笑顔を浮かべている。
そのため、周囲からは、近付きたくないと思われていた。
「さて、どうやら揃っていたようだな。今回は集まってくれて、ありがとう。明日からの新人戦を前に、情報の共有をしておきたい。と、その前に、古式、司会をするか?」
「内容を知りませんから、遠慮します」
玉梓は、昨年の新人戦優勝校である古都校を立てるために、声をかけるが、予想通り辞退された。
そのため、早速本題に入る。
「そうか。それでは、早速本題だ。ボーダレス、知っているな。6月になってから、マホラックから通達があったはずだ。ボーダレス日本支部長ガリレオを捕まえたことにより、奪還や後釜争いで、ボーダレスの動きが活発になったと。私は、後釜争いであれば、この新人戦も狙われると考えている。そのため、どんな些細なことでもいい、みなの意見を聞きたい」
全員に思い当たる節があるのか、玉梓の言葉を静かに聞いている。
けれど、その時、玉梓は微かな違和感を覚えた。けれど、それが何かわからず、すぐに頭の隅に追いやる。
学校によっては、ボーダレスが入り込もうとしているという話さえ聞こえているため、より多くの情報を欲しているのは、どこも同じだ。
玉梓を筆頭に、教え合える範囲の情報を伝え合うが、明確になったことは、日本中でボーダレスの活動が活発化したことだけだった。




