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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第二章 新人戦
11/24

悩み

 新しい週に入り、全国魔法高等学校合同新人戦の出場チームを決めるための模擬戦に参加出来るチームが、発表された。

 その中には、木葉をリーダーとしたチームが、当然のように入っており、諦めを見せるチームや、一矢報いようとするチームがおり、新人戦に向けて盛り上がっていった。

 放課後には、あちらこちらにある小部屋が、各チームのミーティングルームとして貸し出され、模擬戦に向けての準備を行うようになる。

「さてさて、みんな集まったね。ところで、今年の種目のバトルウィークって、遭遇戦って聞いてるけど、何で模擬戦するの? 条件違わない?」

 元々いた匠達四人は、毎度のことで慣れているが、静江と土御門は、木葉の言葉を聞き、唖然としている。

「黒田、土御門、慣れろ。木葉、バトルウィークの詳細なルー……、知ってるわけ無いか」

「なにおー、失礼な。知らないけど」

 木葉は憤慨して見せたが、知らない以上、それに何の意味もなかった。

「まず、バトルウィークは、遭遇戦だ。それについての詳しい内容だが、新人戦の出場チームは、全10チーム。各地方の半官半民で作られた魔法高等学校と、完全な私立の選抜チーム、通称私立選抜だ。ここについては、置いておこう。木葉がパンクするからな」

 匠が他のメンバーを見回すと、木葉以外は前もって理解しているという顔をしている。だが、木葉だけは、頭の中で混乱しているようだ。

「つまり、あれだよ。精鋭チームだよ」

「まぁ、それでいいなら、そう思っててくれ。それで、ルールだが、新人戦の場合、青木ヶ原の樹海近辺を16のエリアに分割し、同じエリアに入ったチーム同士で戦う。だから、基本的には一対一だ」

「あー、だから、ある種の遭遇戦なのね」

「そうだ。まぁ、もっと説明してもいいが、まずは、目の前の模擬戦だ。負ければ詳しいルールを知っても意味ないからな」

 匠は、ここで木葉に対する説明を終わらせる。

 そして、全員の反応を確認するが、やはり木葉以外は、ルールを把握しているようだ。

「さて、次だな。模擬戦だが、バトルウィーク同様、チーム全員で行われる。校庭でやるから、広いが、隠れるものはないから、俺達技術科は、逃げられないぞ」

 匠は、最後にため息を付いた。

 説明しながらも、戦いたくないという考えが、見て取れる。

「匠、俺も逃げたいんだ、大人しく諦めるぞ」

「そうだな。それでだ、基本的に木葉の火力では、オーバーキルだ。だから、手加減を覚えろ。それに『炎夢(えんむ)』の種もばれる頃だからな。まぁ、実際、アリシアとニアだけでどうにでも出来るはずだから、気楽に行こう。それで、土御門、お前はどうする?」

「ああ、家に確認してたから、時間がかかったが、公開出来る範囲をまとめて来た。ほとんどが、世間一般に知られている術だから、模擬戦で使っても問題ない。それと、呪具も数日中には届く」

 土御門は、匠に資料を渡し、自らの手の内を明かした。

 それを機に、部屋の空気が変わる。

「そうですか。では、私も秘密を開示します」

 そう言ってアリシアはマホラックの捜査官である証の手帳を取り出した。

「何だそれ?」

「ほら、やっぱりそれ見せてもわからないんだよ」

「何でですか。マホラックのサイトにも、簡易的な画像が載ってるんですよ」

「俺の目標は陰陽庁だから、マホラックには興味ない」

 土御門の実家は、古流の名家であるため、将来の選択肢として、自然と陰陽庁が入ってくる。そのため、マホラックなどの組織には疎い。

「とりあえず、私は、マホラックの捜査官です。木葉達には、少し協力してもらっています。でも、土御門君に協力を強制することはありません。ただ、秘密を守ってもらえれば、大丈夫です」

「俺が術を公開したから、教えたのか?」

「チームの仲間ですから」

 アリシアは、土御門に対しても、秘密を教える気でいた。過程はどうあれ、同じチームとしてやっていく以上、隠すわけにはいかない。そう考えたかだ。

 ただ、木葉とニアは、自らの持つ特殊な魔法を静江と土御門の両方に伝えていない。

 二人には、アリシアとは違う事情があった。

「そうか、俺を仲間として向かえてくれるのか」

「もちろんですよ」

 アリシアは即答した。

 木葉達もそれに連動するように頷く。

 土御門はそれを見て、安堵の表情を浮かべている。

 それを見たアリシアは、思い出したように口を開く。

「ああ、言い忘れてましたけど、木葉達には、たまに協力してもらっています」

「……それは、協力を強制しないといいつつ、協力しろということか?」

「いえ、土御門君の魔法を把握していませんし、木葉達に手伝ってもらうこと自体が、稀ですから。ただ、マホラックとのパイプがある陰陽庁の職員となると、かなり重宝されると思いますよ。たとえ、陰陽庁が封鎖的な組織だとしても」

 アリシアは、含みのある笑顔を見せた。

 だが、それを向けた相手は、木葉の姉である玉梓が率いる生徒会のメンバーだ。

 だからこそ、その手の対応には慣れている。

 たとえ、煽り耐性が低いと言っても。

「ジーニア、小川生徒会長なら、唐突に圧力をかけることはしない。強弱はあれど、常にかけてくるからな」

「私も頑張っているんですが、難しいですね」

「まぁ、俺にも協力する利点があるなら、可能な限り、協力しよう」

「そうですか、ありがとうございます」

「アリっちがさりげなく将来の陰陽庁職員との繋がりを確保した……」

「木葉、そこは気付いても言わないお約束だろ。後でいじるんだから」

「はっ、たっくんごめん」

 アリシアは、何かを言えば、墓穴を掘ると考え、ただ笑ってやり過ごす。

 そのため、二人も、これ以上続けることはなく、つまらなそうな顔をしながら模擬戦へと話を変えた。





 次の日から、チーム実習の時間に模擬戦が開催される。

 木葉のチームでは、他のチームとは違う問題が発生していた。

「まずは誰がやる?」

「木葉、一人で戦うわけじゃないのよ」

「だって、負けると思う?」

「それは……」

 アリシア自身、全員で戦えば、確実に勝つと考えている。

 だからこそ、言い淀んだ。

「じゃあ、今日は私だ。たっくんに手加減を覚えろって言われたから、今までとは違う私を見せてあげよう」

 木葉が前へ出ると、それに対応するように相手チームが一歩下がる。

 それは、木葉が纏う奇妙な雰囲気に押されてのことだった。

 そして、木葉はそのまま前へ出続けた。

「小川、そのあたりで止まれ。そっちも下がるな」

 担当の教師からストップがかかり、そのまま模擬戦が開始された。

「それでは、始め」

「『スタート:水仙龍(すいせんりゅう)』先手必勝だよ」

 木葉は、デバイスに魔力を纏わせ、魔法を起動する。

 そして、瞬間的に処理が終わり、水の龍が姿をあらわす。

 相手チームは、その姿に、ただ呆然とするだけだった。

「ねー、終わるけどいいの?」

「く……『スタート:サンダーボルト』」

 相手チームは、苦し紛れに魔法を発動させる。

 けれど、その魔法は水の龍の表面に弾かれ、意味をなさなかった。

「この前、純水にする技術を見せたはずなのにな。行けー」

 水の龍がその質量を活かし、相手チームへと体当たりした。

 それは、何の工夫もない攻撃だが、その衝撃は計り知れない。

「勝者、小川チーム」

 周囲の予想通りに模擬戦が終わり、次の模擬戦へと移った。

 その後も、木葉のチームにいる魔法科の生徒一人一人が成績上位者なので、苦労という苦労をすることなく勝ちを収めていった。





 数日たったある日、土御門は、朝早く学校で一人の生徒を待っていた。

「早くに呼び出して悪かったな」

「なら、帰っていいか?」

「真木、お前は真面目に出来ないのか?」

 匠は、土御門の呼び出しに応じたが、眠そうにあくびをしており、真面目に取り合おうとしていない。

 そのことに対して、土御門は苛立ちを隠せずにいるが、それを爆発させることなく抑えている。

「要はメリハリだろ。それで、何の用だ?」

「……ああ、相談がある」

「模擬戦で手を出す暇がないことか?」

 土御門は、匠の言葉に驚きを隠せない。

 何故なら、言い方はどうあれ、言おうとしたことを言われたからだ。

「何故わかった」

「いや、予想するのは簡単だ。模擬戦前には、今日こそって感じの顔して、模擬戦中には、魔法を使う暇がなくて、模擬戦後には、悔しそうな顔をしてる。土御門、お前は、自分が思っている以上に、いや、遥かに、予想通りだ」

 土御門は、模擬戦で自身の力を示そうとするが、古流魔法と現代魔法の発動速度の差を実感させられ、何も出来ずにいる。

 さらに、魔力操作という小手先の技法を学び、現代魔法を用いようとしても、アリシアやニアより早く動くことが出来ず、出遅れたまま、模擬戦が終わっていた。

 その後は、模擬戦に関しての復習を行っているが、一人では行き詰っていた。

「真木、俺はどうすればいい……」

「それは自分で考えろ」

 匠は土御門を突き放した。

「協力してくれないのか?」

「協力はするが、全部丸投げするなら、俺は無視するぞ」

「ああ、そういうことか。俺の言い方が悪かったな。俺に知恵を貸してくれ」

「なら、まずはどうしたいかを教えろ」

 匠には、いくつかの案はある。

 しかし、その案を押し付けることになれば、土御門の可能性を狭めることになりかねない。

 そのため、匠は、土御門の意見を求めた。

「どうしたいか……」

 匠は、土御門の呟きに対し、何も言わない。

 もし、口を挟んでしまえば、そこから考えの方向を誘導してしまうことを恐れたからだ。

 そのため、土御門は、深く考えこむことになった。

「決まったら教えてくれ」

 匠は、そう言い残し、その場を去った。

「ああ……」

 土御門は、心ここにあらずという返事だが、耳には届いたようだ。

 だが、今週中に、土御門の考えがまとまることはなかった。





 次の週に入り、例のごとく、玉梓により、放送室が占拠された。

「さて、恒例になってきて、飽きてきたから、次からは誰かに任せるが、とりあえずは、新人戦の出場チームに関する話だ。先週行った模擬戦で、一番優秀な成績というか、ほぼ成績優秀者による無双だったが、ルール上しかたあるまい。小川木葉がリーダーのチームに、新人戦を任せることに決まった。文句のあるやつ、勝ってから言え。以上だ」

 そして、一方的な放送が終了し、各組に静けさが訪れた。

「はい、生徒会長も放送に飽きたようで、短かったですね。ちなみに、この組だと、真木君と、平賀君、そして、黒田さんだね。今回は、A組に偏ってるけど、出場者は、この三人だから、勘違いしないように」

 担任の蘆屋は、出場チームに所属している技術科の生徒が、A組しかいないため、他の生徒が増長し、他の組と問題を起こさないよう牽制した。

 少しばかり、不穏な空気が流れるが、それも次第に薄れていく。

「さて、日直の人、挨拶お願い」

 朝のホームルームが終わり、この日の授業が始まる。





 そのまま平和に時間が過ぎるが、それも、チーム実習までだった。

「小川、お前のチームに勝負を挑む。俺達が勝てば、代表の座を、渡してもらおう」

 だが、その平和を破る声も、予想を超えるものではなかった。

「ほら、木葉、予想通りだぞ」

「てか、絶対、玉姉煽ってたよね」

「まぁ、玉姉だからな」

 木葉と匠は、勝負を挑んできたチームを無視し、そのまま談笑を始めた。

 それは、よくある光景だが、目の前でやられた方にとって、我慢できるものではない。

「お前達、ふざけてるのか?」

「いやー、挑み方が普通すぎて、つまんないよ」

「とにかく、俺達と勝負しろ」

「いいよ」

 だが、木葉は、表情を一変させ、続けた。

「ただし、一切手加減しないから、そのつもりでね」

 普段からにこやかに笑い続けている木葉が、真剣な顔をし、感情を殺した声を出した。

 木葉から、殺気とも呼べるような気配が吹き荒れる。

 木葉達に勝負を挑もうとしたチームは、それにより、言い知れぬ恐怖を感じ取り、ただただ震えだした。

「木葉、やり過ぎだ」

 匠は、そう言いながら、木葉の頭に手を縦にして振り下ろした。

 それにより、辺りの空気が一変する。

「だって、面倒だったから」

「まぁ、木葉は手加減が下手だからな。それにしても、お前ら、土御門との模擬戦見て、よく挑もうと思ったな?」

「いや、だって、あの『炎夢』って幻術なんだろ。なら、他の魔法も幻術かもしれないじゃないか。それなら、リーダーの小川に一対一で挑めば、勝てると思ったんだ」

「まぁ、私は模擬戦してもいいよ。どうする?」

「いえ、諦めます」

 相手のチームメンバーは、全員が即答し、一斉に頭を下げた。

 その結果、この時間は、予定通りのチーム実習が行われる。

「なぁ、真木、話がある」

 木葉達のチームが実習を終えると、土御門が真剣な顔をして、匠へと話しかけた。

 その顔には、決意が見て取れる。

「何だ、授業中だぞ」

「ああ、だが、俺の今後に関わることだ」

 土御門は、匠の言葉に揺さぶられること無く語りだす。

 そのため、匠は、静かに土御門の言葉を待った。

「小川は、火の魔法を良く使っている。まぁ、少々振り回されている気はするがな。そして、ジーニアは、氷の魔法を使い、マギリは、根っからの現代魔法使いだ。なら、俺は、俺に出来ることをする。それも、最も得意なことをだ」

「それで?」

「これが、俺の得意な魔法だ。五行なら木気の適正が一番高い」

「なるほど、春清だからか……」

「なぁ、真木、お前古流についてどれだけ知ってるんだ?」

 匠は、土御門に見せられたデータを眺め、無言を貫き通す。

 その姿には、質問に対する無言の拒否を感じさせた。

 そのため、土御門は深く詮索することをやめ、話を進めることにした。

「それで、こっちが、翻訳されていない古流の術だ。ただし、あまり公には出来ない。だから、お前に翻訳させるわけにもいかない」

「参謀役として、知っておけってことか?」

「そういうことだ」

「ふーん」

 この古流魔法、翻訳されてないんじゃない。翻訳出来なかったんだ。

 匠は、この古流魔法の発動方法を確認し、一つの結論を弾き出した。

 複雑な発動方法を必要とする古流魔法は、そのほとんどが翻訳出来ていない。

 それは、土御門も知っているため、翻訳させないとは言ったが、何が何でも翻訳を阻止するという気はなかった。

「安心しろ。翻訳者ってのは、依頼がないと、翻訳しないんだよ」

「そうか……。だが、翻訳済みの魔法だと、他の学校を相手にする時に、心許ないんだよな」

 匠は、土御門の台詞を聞き、目付きを変えた。

「なぁ、土御門、確かに、翻訳は出来ない。でも、この発動手順の大半を削ることは出来るぞ」

「な……何言ってるんだ。そんなこと、出来るわけがないだろ。古流の術というのは、神という存在に対し、力を借りるためのものだぞ。それを簡略化するなんて……」

「おいおい、今の古流は、神という仕組みの解明ってのを目指してるんだろ。今更、そこまで信心深いやついるのか?」

「真木……」

 土御門は、怒りを露わにしながらも、匠の言葉が真実であるため、何も言い返せない。

 日本だけでなく、現代において、宗教的な一面を持つ古流魔法は、力を借りる上位存在の解明を目指しており、古流魔法使いの中で、掛け値なしの信仰心を持つ人は、かなり減っている。

 だが、匠は、それが真実であったとしても、言い過ぎたと判断した。

「悪い、それは俺が口を出していい話じゃないな。それでだ、土御門、お前の誤解を解いておこう。魔法の過程の簡略化といっても、詠唱を短くするとか、そういう信仰心の話じゃない。未完魔法って知ってるか?」

「未完魔法?」

「まぁ、普通は知らないよな。現代魔法ってのは、ちゃんと完成して、結果を出すことが出来る物を指すんだ。だから、完成すれば、商品として、ワイズマンカンパニーのネットワークに登録することが出来る。言わば、著作権管理ってのは、現代魔法を商品としたビジネスなんだよ。ここまでは、わかるな?」

 土御門は、魔法を商品という考えに納得することは出来ないが、これは、あくまでも現代魔法に関することと割り切り、無理やり納得し、頷く。

「未完魔法ってのは、その名の通り、未完成の魔法だ。火を起こす魔法一つ取っても、いろんな過程があるだろ。魔力を火にするとか、温度を上げるとか。だが、古流魔法になると、いろいろややこしいことが増えてくる。そこで、翻訳出来る範囲は、翻訳して、後は、魔力と本来の工程を使用し、魔法を発動させるって方法がある。これの、翻訳した部分を、未完魔法って言うんだ。まぁ、正式名称じゃなくて、よく使われてる通称だから、広まってはいないけどな」

 匠の場合、本来大掛かりな儀式を必要とする魔法に対し、デバイスで処理した結果を魔法陣として描き、残りは魔力操作と本来の工程で発動させている。

 そのため、木葉は、一部の大規模な魔法を、ほんの僅かな時間で発動させることが出来る。

「それで、その未完魔法が、どうした?」

「この土御門家お抱えの翻訳者が翻訳出来なかった魔法、未完魔法の仕組みを使えば、実用レベルまで、発動速度を早められるぞ」

「それは本当か!」

 土御門は、今にも掴みかかりそうになっていた。

 そもそも、匠に見せた大掛かりな魔法の大半は、翻訳者が匙を投げた魔法であり、匠が如何に翻訳者の家系だとしても、翻訳出来るわけがないと考えていた。

 そのため、翻訳しきることは出来ないが、使える状態になると聞き、驚いている。

「嘘つく意味がねーだろ。まぁ、信じる信じないは任せるし、それをするかどうかも、別問題だがな」

「真木、それで俺は強くなれるか?」

「知るか。自分で考えろ」

 匠の即答に対し、土御門は何かを考えだした。

 そもそも、匠と土御門では、考え方が違うため、土御門の言う強さが、匠にはわからない。

 そのため、匠は、突き放すように言う。

 土御門の答えは、匠が思ったよりも早く出た。

「そうだな。なら、この術を魔法にしてくれ」

「わかった。じゃあしばらく付き合えよ。もちろん、今日からだ」

「待て、俺には生徒会の仕事が……」

 土御門は、匠の言葉で一瞬の内に天国と地獄を味わった。

 自らが強くなれるという希望と、玉梓に何と言って時間を作るかという絶望を考えたからだ。

 そして、土御門は、その反応を予測していたかのような言葉をかけられた。

「玉姉は、ちゃんと事情を話せばわかってくれるぞ。……遊ばれるけどな」

「その最後の言葉が怖いんだよ」

 土御門は、怯えながらも、これからのことに胸を躍らせている。

 この日から、匠と土御門は二人で打ち合わせをするようになった。





 数日後、匠と土御門は一足早くミーティングルームで未完魔法についての打ち合わせをしていると、他のメンバーも次々と到着し、次第に賑やかになっていく。

「たっくん、随分と懐かしい作業だね」

「ああ、そうだな」

 匠は、持ち込んだPCから目を離さずに言い返した。

 だが、木葉はその返事の意味を理解している。

「たっくん、元気ですかー?」

「ああ、そうだな」

「たっくん、やっぱりだ」

「ああ、そうだな」

 匠は、目の前の作業に集中しているため、意味のある言葉を発してはいない。

 それに対し、木葉は懐かしい表情を浮かべ、何かを思い出している。

「うちにあった古流魔法を翻訳するときも、こんな感じだったよ。集中すると、生返事になるんだよね」

「そうなのか? 俺には反応してたが……」

「土御門君、今は土御門君の魔法を翻訳してるんだから、当然だよ」

 通常の翻訳であれば、そこまで念密に使用者のデータを取る必要はない。だが、今回の翻訳は、未完魔法の技術を使うため、使用者の感覚は、何よりも大事なものだ。

「ホント、匠の集中力はすげーぜ」

「鉄也さんの、集中力も、なかなか」

「確かに、鉄也さんがデバイスを作っている時の気迫は、凄いものがありますね」

「ニアちゃん、アリシアちゃん、ナイスフォロー。今は、防御系の魔法用のデバイスを考えてるから、上手く行けば、新人戦が楽になるぜ」

「私がもっと使えればいいんですが、足手まといにならないようにするので手一杯で……」

「静江ちゃん、高校生レベルで考えれば、十分過ぎるぜ」

 匠は、周囲が騒がしくなったことに気付き、顔を上げ、周囲を確認し始めた。

「ああ、揃ってたのか」

「そうだよ。でも、たっくんの真面目な顔は、しっかり堪能したからね」

「それの何がいいんだ? まぁいい、じゃあ、作戦会議か」

 それぞれが席に着くと、一番遅くに気が付いた匠が口火を切る。

「さて、木葉、ルール知らないよな」

「16エリアで遭遇戦ってのだけ覚えてるよ」

 木葉が胸を張って言うが、それが逆に虚しさを醸し出していた。

「さて、じゃあ改めてルール説明だ。16のエリアにランダムでチームごとに配置される。そして、同じエリアに二つ以上のチームが入ったと同時に、そのエリアが封鎖され、一対一のチーム戦が始まる。内容は模擬戦とほぼ同じだが、代表者一名が身に着けている判定用の端末を奪い、各エリアの中央にある機械に読み込ませれば、勝ちだ。何か質問は?」

「はい。たっくん、何でバトルウィークって名前なの?」

「ああ、それも説明することになるのか。各エリアで、最初に勝ったチームが、そのエリアを手に入れる。もっとも、得点的な意味合いだから、しばらくしたら、また入れるようになるけどな。本来は、7日戦って、獲得エリアが多いチームが勝ちっていう種目だ。ただ、これは新人戦用に、その辺りがいじられてるけどな」

「あー、陣取り合戦か」

「そういうことだ。木葉以外は、他のことはわかってるか?」

 匠が聞くと、木葉以外の全員が頷いた。

 そもそも、新人戦の代表となった時に、新人戦のルールを渡されているので、知らないはずがない。

「じゃあ、後で詳しく教えてね」

「ああ、もちろんだ」

 この後、本格的な打ち合わせを何度も行うが、匠にとって一番大事なことは、技術科の生徒は戦力にならないということだった。





 全国魔法高等学校合同新人戦は、夏休み中に行われる。

 出場チームの登録が、6月中に行われ、その後は学校をあげてバックアップするため、様々なことで優遇される。

 その中には、技術棟にある施設の優先使用権も含まれるため、技術科の三人が行っている作業が順調に進んでいった。

 そして、6月も終わろうという頃、匠は生徒会室に呼ばれていた。

「玉姉、呼び出されると怖いんだが?」

「何だ? 怖い目にあう心当たりでもあるのか?」

「いや、ないが……」

 生徒会室には匠と玉梓の二人しかいない。

 その事実が、匠に言い知れぬ恐怖を与えた。

「それよりも、さっさと申請書類を出せ。バトルウィーク用の防護服に個々人の改造をするにしても、時間がかかるんだ」

 バトルウィークは、戦闘を行う競技であるため、新人戦を取り仕切る団体から防護服の着用が義務付けられ、その基準も決まっている。

「ああ、木葉が妙に凝りだして、ニアの改造プランに手間取ってるらしい。流石に女子のスリーサイズが関わってくるから、俺は手を出せないし」

「ああ、弾倉を詰め込むんだったな、まったく。なら、出来てる分だけでいい。とりあえず出せ。後、機材の申請は全部通した。思う存分やれ」

「了解。じゃあ、木葉に……、ニアに早く提出するよう言っとくよ」

 匠は、当事者であるニアに伝えることで、不安要素を一つ削ろうと考えた。

 そもそも、既成品でも問題ないため、新人戦において余計なこだわりは不要だと考えている。

 けれど、匠は煙玉のデバイスを大量に所持出来るようにしているため、その考えに説得力はなかった。





 7月に入り、匠は放課後に研究部の休憩室でM言語に関する資料を漁っていた。

 書籍の電子化が進んでいても本という体裁にこだわる人は多く、紙媒体でしか存在しない本も多い。

 さらには、そういった本ほど、高度なプログラミングを行う際には必要とされるのだが、希少価値が高く、なかなか手にはいらない。

 だが、研究部の休憩室には、そういった本が山のように置かれている。

「あれ、真木君、何読んでるんですか?」

 匠が顔を上げると、副部長の音羽がお茶を入れていた。

「響先輩でしたか。M言語のおさらいをしてたんですよ。翻訳に行き詰まってて」

「翻訳者として実績のある真木君でも、行き詰まるんですね」

「翻訳と一口に言っても、流派が違えば、まったくの別物になりますし、何かに力を借りる魔法だと、厄介ですよ」

「へー、現代魔法と根底が違うというのは知ってましたけど、古流魔法の中でも、結構違うんですね」

 現代魔法と古流魔法を翻訳したものでは、同じM言語を使っているにもかかわらず、同じ言語か疑問を持たれることが常だ。

「一部じゃ、翻訳言語なんて言われてますよ」

「あー、文法しか知りませんが、そこだけ見ても、まるっきり違いますからね」

 匠は、音羽が翻訳の文法を知っていることに驚いている。

 スペルマスター志望の生徒でも、翻訳について知らないことが普通であり、文法だけとはいえ、音羽が翻訳について知っているとは、思っていなかった。

「すみません、響先輩、翻訳の文法を知ってるとは、侮ってました」

「いえ、気にしなくていいんですよ。普通は知りませんから」

 匠は、読んでいた本を閉じ、持ち込んでいたPCから、一つのデータを表示させた。

「響先輩、魔法の持ち主に許可は得ているので、これを見てもらっていいですか?」

「これ……」

 そこには、土御門から渡された古流魔法のデータが表示されている。

 さらに、その魔法の工程一つ一つに、翻訳するための注釈が付けられており、ある程度の基礎が出来ている人間なら、時間をかければ理解出来るようになっていた。

「以前、音に関係する魔法を研究してるって言ってましたよね。古流風にいえば、木気の一部です。そこで、少し相談に乗ってください。もちろん、お礼はします」

「確かに理解は出来そうですけど、役に立つかは……」

「響先輩はスペルマスター志望ですから、翻訳しろとは言いません。ですが、きっかけが欲しいんです。それで、いくつかは翻訳しきれるはずですから」

 音羽は考えるそぶりを見せる。

 スペルマスター志望の生徒が翻訳に興味が無いと言えば嘘になる。

 一部の現代魔法には、古流魔法の手順が組み込まれているのが、その証拠だ。

 そのため、音羽は、一つの結論を出した。

「それじゃあ、簡単にでいいので、翻訳について教えてください。関東校じゃ蘆屋先生にしか聞けませんから」

 関東校は、古流の名家の力が弱く、中立地帯として扱われており、古流魔法使いはいても、古流魔法に詳しいスペルマスターはおらず、唯一、古流の流れを汲む現代魔法の研究者である蘆屋がいるだけだった。

「俺に出来る範囲でよければいくらでも」

 匠は、土御門から託された作業をさらに進めるきっかけを掴んだ。

 その結果、翻訳出来ないと考えていた古流魔法のいくつかは、現代魔法として登録された。

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