入学式
四月一日、その日は、日本で一斉に入学式が行われる日。
学校への通学路では、着古した制服を身に纏う在校生と、新しい制服に着られている新入生を見ることが出来た。但し、入学式という事情から、その生徒達が登校する時間には、随分と開きがある。
どちらかといえば、新入生が多い時間帯、ほとんどの生徒にとって、周りは他人ばかり。
そんな中、複数の生徒で登校していれば、自然と目立つ。
それが、男子生徒と女子生徒の二人だけであれば、なおのこと。
少年は、大きなあくびをしていたが、隣にいる少女も咎めるつもりはなく、ただにこやかに笑っている。
「たっくんが一緒でよかったよ。学科は違っても、知り合いがいると心強いよね」
少女は、わざとらしく顔を赤らめている。
そのせいで、少年は周囲から嫉妬の目を向けられているが、なれているようで気にも止めていない。
「俺以外にもいるだろ」
「玉姉は学年が違うからだめなの」
少年は少女の言い種に呆れていた。
けれど、言い返すのは無意味だとわかっているため、雑踏に目を向けながら、他愛ない話を続けている。
その結果、少年は自らに向けられた嫉妬の視線が、隣にいる黒く長い髪の少女に向けられていることに気付いた。
ただ、少女も、周囲からの視線を気にも止めていない。
そして、二人が私立関東魔法高等学校と書かれた校門をくぐると、生徒会長という腕章をした少女が、新入生に対して道案内している声が聞こえた。
「さぁさぁお前達、前もって案内図を作ってある。道を間違えるなよ」
不敵な笑みを浮かべながらの大声を発している生徒会長は、表情こそ違えど、少年と一緒に登校してきた少女と瓜二つだ。
少年は、そんな生徒会長に対しため息をついているが、隣にいた少女は生徒会長へと近付き、声をかけた。
「玉姉、おはよー」
「木葉、学校では姉ではなく、会長として接する様に言っただろうに」
「はーい、ごめんね玉姉」
木葉は、注意されたにも関わらず、同じように接している。
「それで、生徒会長であらせられる小川玉梓先輩が、わざわざ道案内ですか?」
「新入生、真木匠、ここでは生徒会長だが、喧嘩は買うぞ」
「玉姉、生徒会長が率先して風紀を見だしていいのかよ」
玉梓の常に浮かべている不敵な笑みから嗜虐心が見え隠れしている。
周囲にいる生徒会や風紀員会の面々は、慣れた手つきで動き出したため、いつものことだと見て取れた。
実際、匠も木葉も、その様子に慣れているようで、周囲にいる新入生の反応など気にもとめず、ただただ受け流している。
「まぁ、今日のところは勘弁してやろう。今の私は道案内で忙しいからな」
その言葉を聞き、周囲から安堵の溜息が聞こえた。
「それじゃあ、邪魔せずに案内に従って行くよ」
「そんじゃーね」
二人は、新入生の流れに乗り、入学式の行われる講堂へと向かった。
講堂での入学式は、つづがなく行われている。
「それでは、次は新入生代表の挨拶だ。魔法科の入試成績1位となった、土御門春清、檀上へ」
小川玉梓の言葉遣いに顔をしかめる来賓客はいるが、生徒会長である以上、それ相応の実力者であることは間違いないため、誰も注意出来ずにいる。
土御門春清による挨拶は、予定通りに何の問題もなく行われ、何の問題もなく終わる。そもそも、かなりの美男子でない限り、男の挨拶など気にも止まらないものだ。
入学式が終わり、多くの生徒がそろぞれの教室へと向かう。けれど、そんな中、生徒会の腕章を付けた一団が流れに逆らい進み、お目当ての生徒を探している。
「さて、この辺りにいそうなんだが。おお、いた。木葉、こっちにこい」
「んー、玉姉、どうしたの?」
玉梓の声に、妹である木葉が答えると、その二人を中心にし、空白地帯が生まれた。
先程まで生徒会長として檀上に立っていた生徒が何の用なのか。それに対する好奇心から、周囲が固唾を呑んで見守っている。
「あー、恐らく断られると思うが、慣習でな。生徒会長たるもの、実力者でなければいけない。そこでだ、入学試験の総得点で、もっとも順位の高い魔法科の生徒に生徒会へ勧誘を行っている。今年はお前だ。入るか?」
生徒会の面々以外、言葉の意味を理解していなかった。
先程檀上で入試成績1位として挨拶した人物は別にいるからだ。
そのことに対して、声を荒らげたのは、声をかけられた本人ではなかった。
「生徒会長、1位は俺のはずです。なのに、何故そいつを勧誘しているんですか!」
その声は、先程檀上で挨拶をした人物と同じだ。
「土御門か。お前は、魔法科に入学するための成績1位だ。それに対し、木葉は、入試の全科目総合の1位だ。それには当然、魔法科の希望者では考慮されない技術科の科目も含まれている。入試成績1位と入試総合成績1位が違うのは、よくあることだ」
魔法高等学校では、希望学科を問わず、一斉に同一の試験を行うため、このようなことが稀に起こる。入学試験とは別に、クラス分け試験を行えば済む話だが、何故かそこの手間を省いた結果、
こういう事態が発生している。
そして、勧誘されなかった者が怒るまでが、一連の流れになっていた。
「玉姉、面倒だから断っていい?」
「どうせ入るとも思ってないし、向いてるとも思っていない。安心しろ」
「あっそ、じゃあ行くね」
こうして、木葉は、一緒にいた匠を連れ、周囲の戸惑いをよそに、自身の教室へと向かった。けれど、魔法科は1~3組の三クラス、技術科は、A~C組の三クラスとなっており、木葉は1組、真木匠はA組となっているため、使っている校舎そのものが違う。
そのため、二人はすぐにわかれることを理解している。
「たっくん、後で学食ね」
「ああ、わかった」
匠は、技術科のある校舎へと足を向けた。
技術科は、現代魔法に関連する設備が多く、重い機材が多いので、一階には実験室や調整室といった技術系の教室が多く、生徒の教室は、上の階に多い。
そして、一年生の教室は、一番面倒な最上階に存在する。
匠が教室の扉を開けると、まだ多くの席が空いていた。
黒板型のモニターには、名前の入った座席図が表示されているため、誰がどの席に座るかは、一目瞭然だった。
「おっす、匠」
「ああ、鉄也か」
鉄也と呼ばれた少年は、黒板を見て、平賀鉄也と書かれている席を確認すると、荷物を置いた。
匠も、同じように荷物を置いていると、鉄也が戻って来るのが視界に入る。
「それにしても、同じクラスで良かったぜ」
「確かに、最後の授業の時間がずれると、自主制作に無駄がでるからな」
二人で話をしていると、いつの間にか他の席も埋まっており、前方のドアから、スーツを着た男性が入ってきた。
「さて、全員揃ってるね。僕は、蘆屋道欠。君達の担任だ」
担任の自己紹介により、数人の生徒が驚きを隠せなかった。
その中には、匠も含まれている。
確か、政府お抱えの翻訳者兼現代魔法研究者だったな。
匠は、記憶の中から、蘆屋道欠に関する情報を引き出した。けれど、驚かなかった生徒の目には、ただのくたびれたサラリーマンにしか写っていなかった。
「さて、自己紹介はおいおいしてもらうとして、簡単にカリキュラムの説明をしようか」
そう言うと、黒板に組み込まれたシステムが起動し、教壇に組み込まれた端末の画面を写し出す。
そこには、事前に配布された資料と同じ物が表示されており、本来であれば、生徒の全員が知っているべき内容だ。
選択科目の履修登録は事前に終えているので、簡単なおさらいが行われている。
「さて、全員わかっていると思うけど、チーム実習について、説明しようか」
日本を始め、数カ国で行われているチーム実習、それは、チームを組むことで、個人の得意不得意を教え合う目的で行われている。
「1から7名でチームを組んで課題に取り組む。それはわかっていると思うけど、今日から連休前までは、基礎の繰り返しだから、その間に相性のいいチームメイトを見つけてくれ。例年夏前までは、入れ替えが多いから、気にしなくていいし、一年の終わりになって入れ替えるチームも、いないわけじゃないから、ゆっくり探してくれ。まぁ、もっと知りたいことがあれば、個人的に聞いてくれ。それじゃあ、今日はここまで。この後は、授業の見学が出来るから、各教室にいる担当の先生の指示はよく聞いてね」
ホームルームが終わると、初日に予定されていた内容は全て終わった。
他の学年は、既に授業が始まっており、授業の見学が許されているが、例年、技術科の生徒にとって、授業よりも、実験棟にある設備の確認の方が、人気がある。
「匠、この後どうするんだ?」
「ああ、木葉に学食に来いって命令されてる。だから、昼までは実験棟を見て周るかな」
匠は、ため息混じりで答えたが、鉄也にとって、半ば予想していた答だった。
「それって俺も混じっていいのか?」
「鉄也なら、木葉も知ってるし、始めからそのつもりだろ、どうせ」
こうして、二人は実験棟へ向かった。
ただ、ほとんどの生徒が実験棟へ向かうようで、その道はかなり混んでいる。
そして、実験棟には、実験室、調整室、工作室があり、実験室は、他の二つも兼ねた部屋となっている。
二人が実験棟を見て回り、最上階へ繋がる階段へ向かうと、そこは扉で締め切られていた。
「何だこれ?」
「他の部屋の扉と一緒だぜ。でも、端末かざしても反応しないから、入れそうにないな」
鉄也は、機械に電子生徒手帳をかざすが、反応を示さない。
他の部屋であれば、インターホンがなるが、それがない以上、匠達には、どうすることも出来なかった。
「まぁ、そろそろ時間だし、学食へ行くか」
「そうだな」
二人は、見学を切り上げ、学食へ向かうことにした。
二つの校舎の間にある食堂は、まだ授業を行っている時間のせいか、空席が目立っている。
匠と鉄也は、時間がたっても問題のない料理を準備し、四人がけの席で、木葉を待つことにした。
「そういえばさ、匠の親って旅行に行ってんだっけ?」
「ちょっとちげーよ。本人達曰く、世界翻訳の旅だとよ」
「何だそれ?」
「簡単な話だ。世界中の国や部族なんかが隠し持ってる古流魔法を現代魔法に翻訳する旅だよ」
「なぁ、国や部族が隠し持ってる古流魔法なんて、赤の他人に開示してくれるのか?」
本来、古流魔法は、家や組織などの集団が秘匿しているものであり、開示されていたとしても、お抱えの翻訳者が既に翻訳を済ませていることが多い。
そのため、翻訳者には、古流魔法を所持している集団とのコネが必須であり、絶対条件である。
「さあな、どうせ名目だけで、旅行してるんだろ」
結局のところ、最初に鉄也が言った通りの内容だった。
「たっくーん」
二人が会話に夢中になっていると、一人の女子生徒の大声が響き渡る。
だが、匠は、内容と声で、その人物を理解した。
そのため、匠は木葉の方を向き、手を振るだけにとどめる。
すると、木葉は一人の女子生徒を連れていた。
「お待たせ。席開いてるよね」
二人に対し、空いていることが当たり前のように話しかけてくる。
「木葉、その娘だけか?」
「そうだよ。私が誘ったのは、アリっちだけだよ」
「アリっち?」
「木葉、その呼び方はやめてください。私は、アリシア=ジーニアよ。それと、そこの男子も、私のことをそんな風に呼ばないで」
金髪のロングヘアーに青い瞳の少女に詰め寄られ、匠がどう対応するか迷っていると、鉄也が話を進めようと自己紹介をした。
「木葉ちゃん、俺もいるからね。それと、ジーニアさん、俺は、平賀鉄也、よろしく」
「てつ君おひさー。席は二つ確保済みか、褒めて使わす。アリっち、座るよ」
「その前に、えっと、ジーニアさん? 俺達は準備出来てるから、木葉と何か選んできなよ」
「ええ、そうさせてもらいます」
「じゃあ二人共、待っててねー」
二人が券売機へ向かうと、二人の後を追うように数人の生徒が券売機へ向かった。
その中には、匠達を恨みがましそうに見つめる生徒もおり、木葉達と偶然を装い、相席しようと考えていたことが、見て取れた。
「しかし、匠はまだしも、俺まで初日から恨みを買うとはな」
「何言ってんだ。この席に座ってる時点で、同罪だ。まぁ、初日から技術科と揉め事を起こす馬鹿がいなくてよかったろ」
「そこは、流石にわかってるんだろ」
「何がわかってるの?」
二人が振り向くと、木葉とアリシアが戻って来たばかりだった。
「ああ、戻って来たのか、じゃあ食べようぜ」
「そうだよ。お腹空いたよ」
面倒で長い話になるとわかっている匠は、先にお腹を満たすことを優先すべく、提案した。
「まぁ、そうですね。ただ、同席するのですから、自己紹介はするべきです」
アリシアは、席に着きながら提案した。
事実、アリシアを除く三人は知り合いなので、見知らぬ輪に放り込まれたかのようになっている。
「それでは、まずは私ですね。アリシア=ジーニア、1-1所属、イギリス出身です。詳しいことは、国交に関わるので、省きます」
「それ、自己紹介としてどうなんだ?」
「言うな鉄也。そもそも、国交に関わるんなら、それすら言うわけ無いだろ。つまり、そういう設定だ」
「設定じゃありません。詳しく言えないことは、本当です」
匠の言い様に憤慨するアリシアだが、匠の態度が取り合う気のないもののため、悔しさを噛み締め、黙るしか無かった。
「どうせ木葉の自己紹介は終わってるだろうから、次は俺だ。真木匠、1-A所属、翻訳者志望だ。それと、俺も匠でいいぞ。拒否したら、木葉に無理やり要求させるから」
アリシアは、最後の一言を聞いた途端、動揺を露わにした。
そして、匠に対し、大声を出した。
「どこで見てたんです。周囲に貴方の気配はありませんでした」
「いや、何となく予想着くぞ。同じ光景を何度も見てるからな」
「無理やりじゃないよ。ちゃんと目を見て真剣にお願いしただけだよ」
「目を見て名前で呼ぶまで、木葉だよって言い続けたんだろ」
アリシアは、うんざりした様子で、匠の言葉を聞いていた。
何故なら、匠の言った方法で、名前で呼ぶことを強制されたからだ。
「わかりました。匠さんと呼ばせてもらいます」
「よろしく、アリっち」
「その呼び方はやめなさい」
アリシアの反応を見て満足した匠は、「りょーかい」と言い、次へ振った。
「最後は俺だな。さっきも言ったけど、平賀鉄也。匠と同じ1-A所属で、デバイスマスター志望だ。俺も、鉄也って呼んでくれると、感激するぜ」
「気が向いたらそうします。それにしても、翻訳者とデバイスマスターですか。翻訳者は随分珍しいですが、ソフト面とハード面に強い人が友達同士というのは、何ともちょうどいいですね」
「だろ」
偶然か、二人の答えが重なった。
この組み合わせについては、誰もが同じ答えを抱くはずだ。
「そういえばさ、さっき、何かわかってるって言ってたけど、何のこと?」
その質問に対し、他の三人は、唖然としている。
「なぁ木葉、この学校が、どういうシステムか理解してるか?」
「えっと、魔法科と技術科にわかれてて、選択科目の内容が全然違うんだよね」
「ちなみに、この形態の学校のうちのいくつかは、違う学科の生徒同士がいがみ合っているのは知ってる?」
デバイスを必要としない古流魔法を使う生徒の多くが、デバイス関連科目に重きを置く技術科の生徒を見下すケースが多く、それが引き金となり、学校全体でいがみ合うことになるケースがある。
「ほんと、悲しいね。ここは、そんな話をあんまり聞かないから、いい人が多いんだね」
誰ともなくため息が聞こえ、これに負けたのかと、言う声が遠くから薄っすらと聞こえてくる。
「この学校を含め、各地方に半官半民で作られた魔法高等学校で導入してるチーム制は知ってるよな」
「玉姉から聞いてるよ。たっくんは、私と組んでね」
「ああ……、ちょっと考え直したくなってきた。まぁ、後でな。それでだ、チーム制により1~7人の間でチームを組むんだ。そのチームには、当然、魔法科と技術科の両方を含む。もし、一人の生徒が、もう片方の学科から総スカンを喰らえば、そいつは事実上一人で、チームに課される課題をこなすことになる。それは、相当な本気の天才じゃないと、不可能だ」
「あー、つまり、一人ぼっちで寂しくなるんだね」
匠は、説明することをやめた。
昼食の後、校舎に残っている必要もないので、四人で帰宅しようとしていると、背後から声をかけられた。
「待て、小川木葉」
けれど、誰一人止まらずに歩き続けた。
木葉以外であれば、自分のことではないので、止まる必要はない。だが、呼ばれたはずの本人すら止まらなかったので、誰も止まることが出来なかった。
そして、誰も止まらないとは、周囲にいるほとんどの人間が、思いもしなかった。
すると、木葉を呼び止めた本人が、前へと回り込み、道を塞ぐように立ちふさがる。
「小川木葉、お前に用がある」
「君、誰だっけ?」
「俺は、今朝の入学式で新入生の代表として挨拶した魔法科1-2の土御門春清だ、今朝会っただろ。小川木葉、お前に真剣勝負を挑む」
匠は、土御門春清の名を聞き、記憶している情報を思い起こした。
魔法科の入学順位1位で、あの土御門家の出身の陰陽師だという結論に至る。
けれど、その優秀だという情報に対し、自信過剰という情報を書き加えた。
「それで、その土御門君が何の用?」
「だから、決闘を申し込む」
「日本での決闘は、犯罪だよ」
日本には、決闘罪に関する件という法律があり、未成年であっても適用される。
それは、決闘を挑んだ者だけでなく、挑まれ、受けて立った者も同罪だ。
土御門は、ただ口をパクパクさせ、何も言えずにいる。
そして、ただ時間だけが過ぎていった。
「そこの一年、突っ立ってると邪魔だぞ」
周りを見ると、対立しているような構図になっており、何が起きているのか知ろうとする野次馬が集まっていた。
そして、声の主は、この状況を明らかに楽しんでいる。
「玉姉、今帰り?」
「相変わらずマイペースだな。それと、会長として接しろと言ったはずだか?」
「だって、もう帰りだから、学校としてカウントしなくてもいいんじゃない?」
「まぁいい、これ以上は時間の無駄だ。主務になったばかりの土御門春清だな。生徒会の関係者が何をしている」
玉梓は、不敵な笑みを浮かべ、明らかに楽しむための表情をしている。
けれども、土御門はそんな表情に気付かず、自らの目的を話し始めた。
「俺は、古流の術者として一流の教育を受けてきた。だが、今の時代、学校では現代魔法が重視される。確かに、現代魔法の知識において、俺は劣っているかもしれない。だが、それだけで俺がこの女より下にいるというのが我慢ならん」
ワイズマンカンパニーにより、現代魔法が生み出されてから、世界基準として、魔法と魔法使いという言葉を使うようになった。だが、古流魔法を主とする家系では、未だに術と術者という言葉が使われている。
「長いし、君1位じゃん」
的確なツッコミだ。周りの野次馬からも、笑い声が聞こえる。
「木葉、いちいちツッコむな。話が進まん」
玉梓は、顎で続けるよう促した。
「だから、本当の実力をわからせるために、小川木葉と勝負をさせろ」
土御門の目的を聞き、野次馬は歓声を上げた。
いつの時代も、決闘や勝負ということは、誰しもを熱狂させるらしい。
けれど、数人の生徒は、白けた顔をしている。
その筆頭は、生徒会長である玉梓だ。
「つまらん、ほれ、解散だ。さっさと帰れよ」
それだけ言うと、実際に踵を返し、立ち去り始めた。
「何故だ」
「はぁ、くだらんプライドに人を巻き込むな。そもそも、ここは魔法高等学校と名乗って入るが、ここでは現代魔法が重視されている。現代魔法という物差で測るのは当然のことだ。それが不服なら、古流が支配する京都にでも行け」
土御門は、奥歯を噛み締めながらも、自らのプライドを守るための方法を考える。
けれど、この生徒会長を論破するための言葉が思い浮かばなかった。
そのため、土御門が口にした言葉は、自らをさらに辱めた。
「そうか、わかったぞ。小川玉梓生徒会長、お前は小川木葉の姉だ。妹が不出来だとバレると、生徒会長としての威厳が保てないもんな!」
「あー、はいはい、勝手に思ってろ。じゃあな」
そう言ってまた歩き始める。けれど、別の声が聞こえた。
「土御門君、別に私を何と言おうと構わない。でも、お姉ちゃんを侮辱することは許さないよ」
木葉が普段とは違う呼び方をし、冷たい言葉が響く。
それは、木葉が本気になっている証拠だった。
そんな中、匠は、口には出さなくとも、安い挑発に乗ったと思い、それと同時に、それでこそ木葉だと、思っている。
「会長、模擬戦でもさせればいいんじゃないんですか? 木葉もスイッチ入ってますし」
「まったく、お前までそんなことを言うか。まぁいい、だが、やるからには、一切の禍根を残すな。それと、私を楽しませろ」
そして、この場で略式ながら、正式な模擬戦の予定が組まれた。
土御門は、古流の名門であるため、ワイズマンカンパニーが独占しているデバイスを必要としない古流魔法が多い。だが、それは携帯性に難のある昔ながらの道具を必要とする。そのため、模擬戦は、翌日の放課後に行われることになった。
「匠君、調整、手伝って」
静かにいつもと違う呼び方をする木葉に戸惑いながらも、本気で叩き潰す気になっている木葉の手伝いをする決心をした。
「ああ、わかったよ」
この日、二人は先に帰り、戦うための準備をした。
そして次の日の放課後、広い場所で模擬戦を行うために、会場として運動場が選ばれ、周囲に被害が出ないよう、数人の教師が控えている。
運動場は、校舎からも見える位置にあるため、多くの生徒が、今や遅しと、模擬戦が始まるのを待っている。
「逃げずに来たか」
古流魔法使いと呼ばれる陰陽師の家系である土御門は、伝統期な方法で魔法を発動する。
それは、祝詞・舞・呪具と呼ばれるもので、単一の使用や組み合わせによって、様々な魔法を発動させる。
土御門が今持っている物は、大きめの扇と、一般的なPDA型デバイス。けれども、制服であるブレザーのボタンを外しているので、何か入っているのは明らかだ。
そして、木葉も制服であるブレザーのボタンを外し、手にはPDA型デバイスを所持している。
その姿は、何処にでもいる女子高生のようだった。
「土御門君、ポイントの残量は大丈夫?」
現代魔法が著作権によって管理されるようになり、著作料の支払いはポイントによって管理されている。それは、事前にチャージした分と前もって決めた月額分までは、いつでも使うことが出来る。
つまり、古流魔法使いに対して、この発言は、完全な挑発だ。
その結果、木葉の予想通り、土御門は癇癪を起こした。
「俺が現代魔法に頼るとでも思っているのか」
「なら、そのデバイスは何?」
「……使えるが使わない。お前との実力差を見せつけるために持っているだけだ」
答えるまでに時間があり、この発言が思いついたばかりだということは明白だ。
けれど、木葉がこれ以上の問答に付き合うきはなかった。
「なら、さっさと始めよ」
「ああ、お前の相手なんか、ここを動く必要はない」
「そう、なら私は動いてあげる。感謝してね」
発言を文字としてみれば、いつも通りだが、感情が消え失せ、冷淡な声が響いた。
そして、つまらなそうな顔をした玉梓が審判として立ち会っている。
「ルールの確認だ。まず現代魔法についてだが、今回の試合に関して、ポイントの学生特権は全て適用されない。使えばポイントを消費するするので、今月は始まったばかりだが、苦しくなると思え。次に、周囲への被害だが、その辺りの対処が得意な先生に声をかけてある、心配するな。相手に追わせていい怪我だが、完全に治癒出来る範囲までだ。これに違反すれば、退学もあり得る。心するように。他に質問はあるか?」
「では、一つ、質問ではありませんが、小川木葉に対して、手心を加えないようにしてください」
「ああ、心配するな。お前が再起不能にならないように、対処してやる。それじゃあ、いいな」
土御門が抗議をしようとするが、それを無視し、離れて立つ二人を見比べ、試合の開始を宣言した。
「始め!」
玉梓の合図と共に、土御門が扇を広げ、そこに魔力を流し込んだ。
扇が魔力を纏いきった瞬間、木葉に向けて大きく扇ぐ。
それと同時に風の魔法が発動し、視界を埋め尽くすほどの風の刃が、様々な軌道を描き、木葉へ殺到した。
それに対し、木葉はPDA型デバイスに魔力を流し込む。
「『スタート:火仙龍』」
木葉の持つPDA型デバイスが音声認識により、流し込まれた魔力を使い、インストールされた魔法を起動する。
その魔法は、先に発動した土御門の魔法が木葉との距離を詰め切る前に発動した。
木葉は、狙いを左へずらし、土御門の横を通るように、風の魔法を焼き払う。
そして、土御門との距離を維持したまま、左へと動いた。
「翻訳魔法か。だが、そんなものをインストールしてどうする」
「インストールしてあるものなら、すぐ使えるから」
「お前こそ、ポイントは大丈夫か?」
その問に対して、木葉は答えない。
その上、土御門の次の攻撃を待っているようだ。
「なら、これでどうだ」
土御門は、袖に手を入れ、中から大量の人型の呪符を取り出した。
そして。
「急々如律令」
その言霊と共に、呪符に命が吹き込まれ、浮かびがる。そして、それが一斉に木葉へと向かった。
「『スタート:火炎球』」
木葉は、別の魔法を使い、先程と全く同じことをした。
「お前、何のつもりだ」
「別に、ただ、動いてるだけ」
「強がりやがって。どうせ、ポイントを心配して、低火力の魔法に切り替えたんだろ。だが、俺の古流魔法は、家に伝わるもの。お前と違い、ポイントという上限はない」
土御門は、五枚の呪符を取り出し、自らを中心とした五方に配置した。
さらに、扇を使い、略式の舞を踊る。
「これが、古流魔法、『水遁』だ」
土御門は、自身の魔力を水へと変化させる。
それは、大きな水の塊となり、木葉へと向かった。
「『スタート:火侮水』」
土御門の水の魔法に対し、火の魔法をぶつけ、打ち消した。
木葉は、土御門が何をしようと、火の魔法を使い、全く同じように動く。
次第に、周囲の観客は気付く、その異様さに。
そして、それが合計で五回行われた時、校舎――特に上の階――から見物していた生徒は、その目的に気付いた。
「何度も同じことしやがって」
「気付けないんだね。でも、もう終わりだよ」
土御門を中心として円の軌跡を描き、最初の位置に戻った木葉は、五回の魔法と自らの移動経路によって描いた五芒星を魔法陣とし、魔力を込めた足を全力で踏み込んだ。
「『炎霧』」
必要な工程の全てを魔力で押し流し、木葉は古流魔法の名を呼ぶ。
観客は、木葉によって描かれた魔法陣の内側に、巨大な炎を見た。けれど、その正体を見極めた人達は、正体を見破られながらも、自身をその幻から逃さないその技量に感嘆している。
反対に、正体を見破れなかった人は、中の状況を想像し、絶句している。
炎が静まると、陣の中央に土御門が倒れていた。けれど、焼け焦げた跡はなく、再起不能の傷も、致命傷もない。ただ、気絶しているだけだった。
「勝者、小川木葉」
玉梓のやる気のない声が響いた。
それは、この結果がわかっていたかのようだった。
周囲への被害を抑えるために配置されていた先生が、治療のために土御門の元へ駆け寄る。
けれども、土御門に治療の必要はなかった。
「お姉ちゃん、もう帰っていい?」
「そうだな。とりあえず、怒るのをやめろ。らしくない」
木葉は、頭を振り、切り替えようとする。
「……玉姉、もう帰るね」
「ああ、気を付けろよ」
まだ、少し気が立っている。匠はそう判断した。
「木葉、帰りに何か奢ってやる」
「甘いものね」
「決まりだな。帰るぞ」
二人は、このまま帰ろうと校門まで行くが、そこで呼び止められた。
「木葉、匠さん、私達も一緒に行きます」
「ああ、安心しろ、安いもんでいい」
「お前らは自分で払え」
「残念」
「私は、たかる気はありませんでした」
こうして、騒ぎながら近くのカフェを探すことになった。
下校途中、木葉の琴線に触れたカフェに入り、注文を終えると、話題は、自然と先の試合の話になる。
「木葉、さっきの魔法は、古流の翻訳魔法?」
「あー、そうだよ。たっくんが翻訳したやつ」
「匠さんが翻訳したの? でも、翻訳するにしても、元となる魔法が必要でしょ。見た限り、普通の家のようだけど」
確かに、木葉の家は、外側から見れば、極普通の一般家庭だ。けれど、見た目が普通だからと言って、中身が普通とは限らない。
「結構ややこしいんだけどね、とある古流魔法を使える家の、傍流って言えるんなら、まだいい方かな」
「そもそも、俺が翻訳したのは、『火侮水』だけだ。他のは、小川家に伝わる翻訳済みの魔法だから、ポイントの消費がないんだよ」
「待って、最後は、ちゃんとした手順を踏んだ古流魔法だったから、さっきの試合では、ポイントを消費してないの?」
古流魔法を翻訳したものでも、現代魔法として登録すれば、著作権が認められる。但し、認められるのは、その過程であって結果ではない。
実際に、ワイズマンカンパニーのデータベースには、同じ結果をもたらす同じ基本名の魔法がいくつも登録されている。但し、その全ての魔法の発動原理は、異なっている。
そして、魔法の著作権は相続出来るため、その家の人間が持ち続けることが出来る。
「ジーニアさん、普通デバイスにインストールする魔法は、ポイントの消費が少ないものか、発動に時間のかかるものだぜ」
「そのくらい知っています。それと鉄也さん、もう友達なのだから、アリシアでいいです。二人に名前で呼ばれているのに、一人だけ違うと、違和感を覚えます」
鉄也は、少し驚いた顔を見せるが、すぐに気を取り直した。
「そっか、じゃあアリシアちゃんな」
アリシアは鉄也の呼び方に小さく反応を見せたが、訂正せずに受け止めた。
「それで木葉、デバイスの調子はどうだ?」
「問題なかったよ。不具合も違和感もなかったし」
「そっか、何かあったらすぐ言えよ」
「匠さん、木葉のデバイスのメンテナンスもやっているの?」
普通の学生は、ワイズマンカンパニーが開いているデバイスショップで調整をするのが、普通だ。
一部の例外として、大金持ちの家などのお抱え技師を持つ家もいるが、それは、稀だ。
一学生が、調整をするにしても、それは自分の分だけということがほとんどであり、他の学生に調整を任せる学生は、皆無と言っていい。
「うちは、代々翻訳者だから、その辺の英才教育を受けてるんだよ。まぁ、ハードは鉄也の方が断然詳しいけどな」
匠の発言を聞き、アリシア=ジーニアは何かを呟いている。けれど、その内容を聞き取れた者はいない。
そして、何かの結論に至ったようで、対角線上に座る匠に対し、真剣な眼差しを向けた。
「真木匠さん、私と正式にチームを組んで下さい。そうすれば、今後お互いにとってプラスになります」
現在は、5月の連休後の仮決定に向けて体験チームを組み始める段階であり、正式なチームは、2年になってからなので、正式なチームを組むことは、気が早すぎると言っても、過言ではない。
そして、アリシアの発言に怒り狂う人物がすぐ隣にいた。
「アリっち、駄目、絶対駄目。たっくんは、私と組むって決まってるの。横取りするって言うなら、その胸を揉みしだいしてやる」
そう言い切ると、隣に座って胸を覆い隠すアリシアへと襲いかかる。
だが、そこへ邪魔が入る。
「ばーか、暴れんな。この場合、誰と組むかは俺が決めることだ。それに、ケーキ落とすぞ」
タイミングよく注文の品が運ばれてきたため、その甘い匂いに正気を取り戻したようで、ケーキを台無しにする寸前で思いとどまる。
「だって、甘い物がたっくんで、アリシアが大きいんだよ」
誰もその意味を理解できなかった。
ただ、木葉は運ばれて来たケーキをすぐに食べ始めている。
「俺は、鉄也がいると助かるんだよな。別チームになると、自主制作に支障がでかねん」
「まさか、男二人ですか……」
アリシアが、妙な勘違いを口走る。
「ふっ、俺と匠で、子供を作るんだ。それも、沢山な」
「そう、てつ君も、私からたっくんを奪うんだね。つまり、これは戦いだよ」
「よし、お前ら、食いもん台無しにするなら、俺が貰うぞ」
実際に匠がそれぞれの注文の品に手を伸ばそうとすると、妙な言い争いをやめ、守りに入った。
「危なかった。たっくんは本当にやりかねないから、困るよ。それで、たっくんは誰を選ぶの!」
「何だ、話覚えてたのか」
「覚えてるよ。アリっちが、たっくんに色仕掛けをする前に、言質取るんだから」
「匠、モテモテだな」
「ちょっと頭痛くなりそうだ」
「なら、俺達四人で組めばいいだろ。二人は争う必要ないし、俺達は、自主制作に邪魔が入らないだろ」
疲れを見せた匠に対し、鉄也が助け舟をだした。
それを聞いた三人は、各々考えを纏めるために、独り言を言い始めた。
そして、全員の結論が出る。
「その案、採用」
この場で決めてしまうと、気が早いことこの上ないが、成績に基づく実力では、トップクラスのチームになることは、ほぼ確定している。
全員の同意を確認すると、匠が、一つの提案を付け足した。
「一応、一年の間は仮扱いだから、連携やら相性やらを試した上で何かあったらその都度考えるってことでいいな」
それぞれが思い思いの返事をし、この場はお開きとなった。
次の日、四人は仮チーム申請を行った。
その知らせは、すぐに一年生に知れ渡る。
木葉やアリシアについては言うまでもなく、匠達も、他の生徒からチームメンバーとして狙われていたため、成績優秀者同士でチームを組んでいいのかという苦情が、職員室に相次いだが、学校側は、まだ仮チームであることと、チームを組みたいのであれば、本人に言うよう伝えるだけだった。
また、チームメンバーの選定については、生徒に一任しているので、学校側から何か口出しをするつもりは、一切ない。
ただ、ほとんどの生徒は、本人に直接言うことが出来ずにいる。
けれど、どこにでも例外は存在した。
「真木君、今の仮チームが解散したら、次は私と組んでもらってもいい?」
同じA組の生徒だった。ただ、一つの問題が生じる。
「魔法科の生徒は誰?」
「えっと、そこは、まだ決まってないんだけど」
「技術科だけで組んでも意味ないから、魔法科の生徒を決めてからだな」
デバイスの扱いに長けている魔法科の生徒同士であれば、チームを組んでも問題ないが、技術科の生徒同士で組むことの実例はあるが、基本的に優秀な成績を収めたとは言いづらい。
そのため、他の技術科の生徒が次から次へと近寄ってくることはなかった。
そして、放課後、学内LANに接続し、前もって何かの申請をしていた鉄也が、匠に声をかけた。
「匠、実験室の許可取れたぜ。明日からの土日は、上級生がちょっと大きめの実験するとかで、貸切になってたから、六日、月曜日の放課後だ」
「了解、じゃあ、安物の基板集めとくか」
「購買で大量に買い込むのもありだな。学割あるから、安上がりだぞ」
「一般流通に乗ってる以上、値が張るだろ。ジャンク品に一手間かければいいさ。どうせ壊れるんだ」
二人は、自分たちの好奇心を満たすための計画を立てる。
ただ、これだけの会話では、誰もその中身を理解することは出来ない。
それは、理解力が劣るのではなく、純粋に情報が少なすぎるからだ。
「それもそうだな。じゃあ、直せる範囲のジャンク品を集めて、調整しとくぜ」
そう言って帰ろうとする鉄也に、匠が声をかける。
「鉄也、試作品で大量に消費するはずだから、どれだけあっても足りないからな。それと、プログラムは出来てるから、送っとくぞ」
「おう、わかった」
こうして、二人の自主制作は順調に進んでいく。
始めまして。
現代魔法系の話を書いてみたくなったので、書いてみました。
三人称が苦手なので、読みづらいとは思いますが、お付き合いいただけると、幸いです。




