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第四・五話・其の七

      《 第四・五話・其の七 》



(…あれから、本当に苦労したのよねえ)

 すっかり外の世界を怖がって村から出られなくなったリッシュを残し、リシリーは再び外へと出た。もちろん、リッシュを始め、村の大人たちに猛反対されたが、負けなかった。そして、今度は、成人の儀を利用するのではなく、みんなを説得して、正式に外の世界で生きるための権利を得ることに成功した。

 とりあえず、外の世界で女が一人で生きていくには、まず稼げるだけの技能が必要だ。そう思い、てっとり早く衣食住が保障されているメイドになるべく、大きな屋敷へ乗り込んだ。そこで雇ってくれないかと直談判したのだが、答えはノー。種族の問題以前に、リシリーは、メイドとして大事なものを所持していなかったことが判明したからだ。

(…まさか、メイドになるには資格がいるだなんてこと、知らなかったものね)

 仕方なく、バイトしつつメイド養成学校へと通うことにしたのだが、ここでも運命の分かれ道が待っていた。

 学校は、下級、中級、上級別にコースが分かれていて、それはそのままメイドの等級となる。つまり、下級コースを卒業すれば下級メイド、上級ならば上級メイドになれる仕組みになっている。ちなみに、下級コースは授業料が格安で、しかも短期間で習得できるという長所があるが、いざ、中級メイドへ昇格するとなると、難解なペーパー試験と厳しい実技試験をクリアしなくてはならない。最初から中級コースを受講していた場合、卒業と同時に中級メイドになれるが、卒業率はかなり厳しいとのことだった。

 しかし、リシリーは、どうせなら一番上を目指すべきだと上級コースを選択し、数々の困難と不遇にくじけそうになりながらも、どうにか資格を得ることができた。

 ところが、いざ、就職となると、これまた面倒な問題にぶち当たる。

 いくら上級メイドの資格があっても、忌み族である髪喰いの血を引く女を雇う者はいない。仮契約までこじつけたこともあるのだが、いざ、現場に行ってみると、まったく別の仕事――要するに、貴族の話し相手だったり、ドレスを着せられて、社交場に華を添えるように言われたりと、メイドとは無関係のことばかり押し付けられた。

(……まあ、悪いことばかりではなかったけれど…)

 見目がよく、上級メイドの資格を持つ女は、貴族受けがいい。貢物をくれたり、美味しい食事を食べさせてもらったことも一度や二度ではない。求婚されたこともある。もっとも、リシリーが髪喰い一族の血を引いていると知った瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったが。

 なかなか納得のいく雇用主に出会えぬまま、あちこち転々としたリシリーが辿り着いた先は、もっとも過酷な職場だと噂されるメアの屋敷だった。

 そこでの雇用条件は、思った以上に普通だったにも関わらず、給金は破格だった。とはいえ、メアの機嫌一つで首を切られるので、戦々恐々とした空気は絶えずメイドの間に漂っていたが――それでも、リシリーはメアの下で働くことを決めた。

(…思えば、これも運命っていうのかしら?)

 メアの屋敷で働くようになってから、彼女には婚約者がいて、その相手が貴族出身の騎士だという話を聞いた。とはいっても、どうせ形だけのもので、長続きしないことは誰しも理解していたし、相手の男が不憫だという同情の声が絶えなかった。

(…でもまさか、その相手が、よりによって私の王子様だとは思わなかったわ)

 かつての事件で、保護されたリッシュの状態は、かなりギリギリの状態だった。魔力の使い過ぎで、下手をすれば生命を落としていたかもしれないと、あとになって医師に聞いた。つまり、彼がとめていなければ、リッシュは魔力を使い切り、死んでいた可能性もあったのだ。

 ちなみに、村に帰ってからのリッシュは、成人の儀の日を迎える年齢になっても外に出ることはなかった。しかし、堂々と村を出たリシリーの思い切った行動に感化されたのか、一族の娘たちの多くが、村の掟を撤廃するように村長に求めたのだという。その情熱的な意見は、凝り固まった大人たちの心を揺さぶり、リシリーが村を出て二年後、閉鎖されていた村の門が開放され、他種族の者たちが訪れるようになった。

 まず最初に村を訪れたのは、民俗学者の男。謎の多い、髪喰いの女たちについて、噂されている伝承の真偽を調べに来たのだという。その訪問をきっかけに、行商人や旅芸人なども訪れるようになり、美女揃いの髪喰い一族を一目見ようと、観光客もやってくるようになった。村が解放されたことで、村の娘たちも自由な恋愛をするきっかけを得たが――恋愛はできても、結婚となると話は違ってくる。忌み族である髪喰いの女との結婚を望む者はなく、悲嘆に暮れた娘たちは、悪習と知りつつも、一族の秘術である魔法を使い、かりそめの幸せを手に入れることに成功した。

 世界中のどんな媚薬よりも強力な、魅惑の魔法。

 そして、妹のリッシュもまた、その悪習に手を染めた。相手は、珍しい薬草を求めて、世界中を旅しているという変わり者の薬師の青年だったが、聞く限りでは悪い人物ではなさそうだったので、反対する理由は何もなかった。

(…本当なら、魔法なんて使わずに幸せになってほしかったけれど)

 それでも、リッシュが幸せになってくれれば、それに越したことはない。あとは、リシリー自身が幸せになるだけだ。

(――…私の幸せ、かあ…)

 あの件以降、彼に会う機会なんてなかったし、ミルバとの接点もなくなっていたので、気にかけつつも、日々メイドとしての仕事を懸命にこなしていた。そして、偶然、メアの屋敷で彼と鉢合わせしたとき、猛烈にときめいてしまったのだ。

(…まさか、あんなにすんなりと会えるなんて思っていなかったし)

 だから、再会したときは、まさに運命だと思った。二人は、出会うべくして出会ったのだ。そう感じずにはいられなかった。ところが――彼は、リシリーのことをまったく覚えていなかった。それを知ったときは、ショックのあまり、座りこんでしまいそうになったが――。

(…まあ、ラヴィアス様にとっては、よくある事件の一つでしかなかったんでしょうから、仕方ないわよね)

 考えてみれば、それはそれでよかったのだと思う。

 昔の自分は、あまりにも子供で可愛げがなさすぎた。どうせなら、素敵な大人の女として、改めて出会いたいと思っていたから。

(……とはいえ、ちょっと作戦をミスったわね)

 基本的に、ラビィは鈍いうえに他人に興味がないので、なるべく印象に残るように、積極的かつ強引に迫ってみたのだが――どうやら、それが裏目に出たようだ。記憶には残ったようだが、かなり現金な女としてインプットされてしまったらしい。

(…強引に押せば、すぐに落ちそうな気がしたんだけどなあ)

 しかし、どんなに懸命にアプローチしても、ガードが堅すぎて知人以上にはなれなかった。そして、これから、どう攻めようか考えているところへ七糸がやってきて、いともあっさりと彼の心を掻っ攫っていってしまったのだ。

(……でも、幸い、ナイト様にその気はさらさらないのよね…)

 七糸は、ラビィに対しては友情以外のものは求めていない。

 つまり、ラビィもリシリーも、報われない想いを抱えているという点では似た者同士といえる。

(…本当に、どうしようもないわよね。私も、ラヴィアス様も)

 諦めたほうが楽だとわかっているのに、それができない。どこまでも不器用で、直情的で、それ故に、救いようがない。

 溜息を我慢しつつ廊下を歩いていると、ふと、前方に見覚えのある姿を見つけた。

 短めの黒髪に、赤い縁取りの眼鏡。少年というには、あまりにも頼りなく華奢な体つき。見るからに無害で無防備すぎる人物といえば、たった一人しかいない。

「…ナイト様、こんにちは。どうなさったんですか、そんなところで佇んで」

 リシリーよりも少し背の低い七糸は、全体的に小動物みたいな印象があって、可愛らしい。思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られたことは、一度や二度ではすまない。

 彼は、眼鏡を指先で押しあげてから、窓の向こうを指差した。

「うん、さっきから変わった動物がいてさ。ほら、あの木の枝のところ。あれって、何て動物なの?」

 七糸の指先を辿り、リシリーが微笑む。

「ああ、あれは、ルブラという小動物ですわ。鳥の一種なのですが、手足があるため、木や壁なんかを器用にのぼることができるんです」

 一見すると大きめのリスのような姿をしているが、背にはフサフサした茶色の翼がついている。両頬が膨らんでいるのは、木の実でも詰め込んでいるのだろうか。

「ふうん。クチバシがないのに、鳥の一種なんだね。変わってるなあ。でも、すごく可愛いよね」

 きらきらした目で言う七糸の姿は、微笑ましいの一言に尽きる。

(…何というかこう、ぎゅっとしたくなるというか…)

 メアとラビィがご執心な理由が、よくわかる。

 とにかく、無邪気で可愛いのだ。それこそ、小動物以上に。

 リシリーは、思わず抱きつきたくなる衝動を必死でこらえながら、取り繕ったようなぎこちない笑顔で応じる。

「そうですね。ルブラは、この世界でも十本の指に入るくらい可愛いと言われています。ですが、ナイト様。野生の動物は、非常に気性が荒いですから、不用意に近づかないようにしてくださいね? お怪我でもなさったら大変ですし」

「うん、わかったよ。ああ、でも、可愛いなあ。ウチのアルトも可愛いけど、それとはまた別の可愛さだよね」

「そうですねえ」

 うっとりとルブラを見つめる横顔を微笑ましく見つめているうち、ふと、あることを思い出した。

「…そういえば、ナイト様。少し気になることを思い出したのですが、お訊きしてもよろしいでしょうか?」

「え? うん、いいけど。何?」

 黒い瞳がこちらを見つめる。

 それを見つめ返し、リシリーが言う。

「…その、たいしたことではないのですが――ナイト様は、よく私たちに手づくりのものをくださりますよね。ハンカチとか、小物とか、いろいろ」

「うん。みんなに喜んでもらえると嬉しくて、つい、いろいろ渡しちゃってるけど――あ、もしかして、迷惑だった?」

「あ、いえ、そうではなくて――その、ラヴィアス様が気にしていらしたのを思い出したもので」

「ラビィさん? ラビィさんがどうかしたの?」

 首を捻る七糸に、リシリーが単刀直入に訊く。

「――聞いた話によりますと、私たちにはいろいろ渡しているのに、どうして、ラヴィアス様にはハンカチ一枚だけなのかと思いまして」

「え? あ、もしかして、ラビィさん、迷惑してた? やっぱり、素人のつくったものなんか持てないとか言ってた?」

「? いえ、むしろ、すごく喜んでましたけど……っていうか、素人のつくったものを持てないとか、一体、何の話なんですか?」

 ラビィならば、絶対に言うはずのないセリフに、リシリーがきょとんとする。

 すると、七糸は頬を掻いて、

「うん、それがさ――前にラビィさんにあげようとしたら、騎士はすごく体裁を重んじるから、僕みたいな素人がつくったものは持っちゃ駄目って規則があるんだってメアが教えてくれたんだよ。だから、あげたくてもあげられなかったんだよね。でも、一枚くらいならいいかなって思って、こっそり出来のいいヤツをあげたんだけど――やっぱり、駄目だった?」

 その答えに、リシリーは納得すると同時に感心した。

「――…さすが、メア様。恋仇には容赦がありませんね」

 よもや、先手を打っていたとは。メアのやることに抜け目はない、ということだろうか。

 あまりの手際のよさに感心していると、七糸が顎に手を当てて考え込み始めた。

「…うーん、やっぱり、ハンカチ、返してもらったほうがいいのかなあ? ラビィさんのことだから、迷惑してても何も言わずに我慢しちゃいそうだし……」

 七糸の真剣な独り言に、リシリーは慌てた。メイドとしての礼儀を忘れて、一人の恋する者として抗議する。

「どっ、どうか、それだけは、やめてあげてください! 泣いちゃいますよ、そんなことされたら!」

「え、泣くって――ハンカチ一枚で、そんなおおげさな」

「泣きます! っていうか、そんなことしたら、今度こそ、確実に永久に引きこもりますから! これ以上、ラヴィアス様を追い詰めないでください! 可哀想じゃないですか!」

「え、あ、うん。ごめん…っていうか、ラビィさんを追い詰めるような話、してたっけ?」

「してました! ラヴィアス様にとっては、まさに死活問題なんですよ、ナイト様からの贈りものは!」

「…そ、そうなの?」

 リシリーの意気込みに、七糸がポカンとしている。

 それを見て、メイドとしての自分を思い出したリシリーは、こほんと咳払いをして、口調を和らげた。

「そ、そうです。というか、あまりメア様の話を鵜呑みにしないでください。騎士だって、手づくりのものを持ちますよ。たとえば、恋人からの贈り物とか、愛妻弁当とか」

「え、愛妻弁当? 騎士が愛妻弁当持って出勤したりするの?」

「もちろんですよ。昼休みになれば、木陰でハートマーク入りのご飯やらサンドイッチを頬張っていたりするんです。このときばかりは、どんな厳格な騎士も可愛く見えますね」

「ふうん。じゃあ、リシリーもラビィさんにつくってあげてるんだね。愛妻弁当」

「…はい?」

 ほのぼのとした声音でとんでもない発言をした七糸を、リシリーがぽかんと見つめる。

「何故、私がラヴィアス様に愛妻弁当をつくらなきゃいけないんですか?」

 そもそも付き合ってもいない――どころか、完全に、リシリーの片想いだというのに。

 すると、七糸は楽しげに笑い、

「やだなあ、僕には隠さなくってもいいよ。リシリーとラビィさんは、近いうちに結婚するんでしょ?」

「……え、何ですか、それ?」

 付き合っているという噂はともかく、結婚だの何だのという話は、初耳だ。一体、何がどうなってそこまで話が大きくなってしまったのだろうか。

 茫然としているリシリーを不思議そうに見つめ、七糸が愛らしく首を傾げる。

「何って――メアが、ラビィさんとリシリーは、結婚秒読みだから温かく見守ろうって言ってたんだけど……違った?」

「え――?」

 衝撃的な勘違いに、一瞬、思考停止した。

「け、結婚秒読みって――え、えええっ!? い、いつの間に、そこまで話が進んじゃったんですかっ!? ち、ちなみに、その件について、ラヴィアス様は何と!?」

 念のために訊いてみると、七糸は嬉しそうに声を弾ませた。

「それがね、すっごく照れて、そんなことはないとか言ってたんだけど――ふふ、嘘が下手だよね、ラビィさんって。真っ赤な顔で否定されても、照れてるだけだって、すぐにばれちゃうのにね」

「いえ、それは本気で全否定してたんだと思いますよ!?」

 そのときの光景が目に浮かぶようだ。

 完全に勘違いしている七糸を前に、誤解を解こうと必死で言葉を並べる情けない騎士の姿が哀愁をそそる。

「とにかく、結婚式の日程が決まったらすぐに教えてね! 僕、頑張ってお祝いのブーケつくるからさ!」

 きらきらと輝く瞳が、何とも恐ろしい。

 今日ほど、純粋無垢という言葉を疎ましく思ったことはない。ここまで喜ばれると、何だか否定しにくいではないか。

(…まあ、私としては、このままゴールインするっていうのもアリなんだけど)

 もともと、リシリーの本命はラビィなので、事情がどうあれ結果的に夫婦になれるなら、それに越したことはない。ただし、問題は、ラビィが一途すぎるという点にある。

(……ラヴィアス様のことだから、本命でもない相手と結婚が確定した段階で、逃げるか自害しそうよね…)

 想像しただけで笑えない展開になることがわかるので、やはり、ここは一つ、彼のためにも一肌脱がなくてはならないだろう。

(…私としても、愛のない結婚は望んでいないし)

 何より、この誤解を解くことができれば、ラビィのなかでリシリーの株は急上昇するに違いない。

(…ここは、恩を売っておいて損はないわよね、うん)

 即座に計算して、リシリーは、誤解を解くべく口を開いた。

「…あの、ナイト様。誠に申し訳ないのですが、そのご期待には応えられそうにありません」

「…え、何で?」

 きょとんとする七糸に微笑みかけ、リシリーが小声で言う。

「実は、ここだけの話、私には、すでに心に決めた方がいたりするんですよ」

「――え、ラビィさんの他に? それって、まさか――ふ、二股かけてたってこと!?」

 思いきり別の疑惑をかけられて、リシリーは慌てて否定した。

「ち、違います! そうではなくてですね、私には本命の彼がいますから、ラヴィアス様とは結婚できないという意味で」

「え? でも、僕の知る限り、リシリーって、ラビィさん一筋で、他の人なんか眼中にないって感じだったよね? だから、結婚するって聞いても全然違和感なかったんだけど。他に好きな人がいるって、本当なの?」

「! そ、それは――」

 思わず、黙り込む。

 七糸は、色恋沙汰に疎そうに見えて、変なところで鋭い。

(……わ、忘れてた…)

 ラビィほどではないが、リシリーもまた、恋愛に対して一途な性格なのだ。これまで、幾度となくラビィに言い寄っていたことを、七糸は承知している。

 七糸は、思わず口をつぐんだリシリーをじっと見つめ、急に、納得したように頷いた。

「…あ、そっか。うん、わかったよ、リシリーが何を言いたいのか」

「えっ?」

 一体、何がわかったというのか。

 嫌な予感に顔を強張らせるリシリーを置きざりに、わけ知り顔の七糸が勝手に話を続ける。

「つまり、あれでしょ? 他に好きな人がいるなんて嘘ついたのは、遠まわしに『結婚当日まで余計な波風は立てたくないから、結婚の話は避けてほしい』ってそう言いたかったんだよね? 確かに、周りが騒ぎすぎると、精神不安定なラビィさんのことだから、決心が鈍ったりしそうだもんね。ごめんね、僕、毎日のようにラビィさんにリシリーとの話を聞いたりしてたよ」

「――え、あの、そうではなくて」

「大丈夫、これからは、結婚式当日までは、ラビィさんに余計なプレッシャーはかけないように気をつけるようにするよ。あ、でも、日取りが決まったら一番に教えてね? 約束だよ?」

「いえ、ですから、その結婚話そのものが間違いっていうかですね」

 だんだんと、話が駄目な方向へまとまり始めてきた。

 リシリーが焦りながら、何とか七糸の勘違いを正そうとするが、彼はにこにこしたまま、

「もう、リシリーまで照れなくってもいいよ。おめでたい話なんだから、ちょっとくらいハメ外してもいいんだよ?」

「……ハメ外すって…」

 勘違いや思い込みも、ここまでくると、手のつけようがない。本気で――心の底から、何の疑いもなくリシリーとラビィの幸せを願っているのだ。

 ここに来て、ようやくラビィの心労が理解できた気がした。

(…好きな人に、他の女との関係を誤解されただけでなく、全力で交際を応援されたら、そりゃ落ち込みたくなるわよね…)

 七糸ときたら、すっかりメアの策略にはまり、ラビィとリシリーの関係を完全に誤って認識している。そのうえ、こちらの意見に対し、聞く耳を持っていないのだから、誤解を解くどころではない。

(……残念ながら、ラヴィアス様)

 これはもう、二人でどうこうできる問題ではなさそうだ。あのメアが裏であれこれ画策している以上、何とかできるはずがない。

「とにかく、僕もメアも応援してるからね! 絶対に幸せになってね、リシリー!」

「……は、はあ…」

 力強く励まされても、元気なんか出るはずがない。

(……っていうか、本気で傷つくんですけど)

 自分がどんなに頑張ったところで、ラビィに本命がいる以上、どうしようもない。しかも、その本命に恋の応援をしてもらうなんて、どんな罰ゲームだ。

 情けないやら辛いやらで、思わず溜息が漏れてしまう。

(…無邪気と残酷は、紙一重よね……)

 今、このときばかりは、ラビィに同情する。

 リシリーはメイドなので、毎日一緒にいるわけではないが、ラビィは七糸の騎士なので、四六時中、七糸からプレッシャーを受け続けているのだ。そりゃ、心が折れそうにもなるだろう。

(……今度からは、愚痴くらいちゃんと聞いてあげよう…)

 そして、これからは、七糸を刺激しないように気をつけることにしよう。結婚はもちろん、恋だの愛だの、そういう話は彼の前ではタブーだ。

(…人の噂も七十五日、とはいうけれど)

 メアが首謀者である以上、今よりもさらにややこしい事態に陥ることも考えられる。そのときのことを思うと、胃が痛くなりそうだが――…。

(………でも、個人的には悪くない環境なのよね…)

 これまで、用事がない限り、ラビィのほうから近づいてくることはなかった。それが、今では追いかけなくても勝手に来てくれるのだ。これは、ちょっとした役得と言えなくもない。

(……とりあえず、噂が消えるまでの間、ちょっとくらい楽しんでもバチは当たらないわよね?)

 誤解を解こうにも、リシリーにできることは何もない。それならば、いっそ、この状況を楽しむのもアリなのかもしれない。人生、楽しんだもの勝ちという名言もあるくらいだ。くよくよするくらいなら、サバサバと割り切って生きたほうが気持ちいいに決まっている。

(…ラヴィアス様には、悪いけれど)

 ほんの少し楽しいような気がするのは、誰にも内緒だ。

 どうせ、いつか覚める夢ならば、今だけは――。

 そう思いながら、リシリーは能天気に笑う七糸に極上の微笑みを返したのだった。


                                 《 完 》

読んで頂き、ありがとうございました! 次回は、比較的明るい話になるかなと思います。というか、ちょっとは話を進めなきゃなので、いろいろ詰め込んだ内容になるかもですが…また、お付き合いくださると嬉しいです。

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