第四・五話・其の三
《 第四・五話・其の三 》
「……え、不採用? どうしてですか? 見目がよければ採用されるって聞いてきたんですけど」
儀式を利用して、村から出たリシリーとリッシュは、メイド採用試験を受け、その結果に驚いた。
リシリーは不合格。
しかし、まだ子供であるはずのリッシュは合格。すぐにでもメイド見習いとして働いてほしいとのことだった。
「あ、あの、どうしてあたしは合格でお姉ちゃんが駄目なんですか? 普通、逆なんじゃ」
リッシュの疑問に、面接官らしき上級メイドが鋭角すぎる眼鏡を光らせながら言った。
「…器量の問題です。メイドたるもの、従順で控えめであることが第一条件です。そこの娘のように、人の言葉に従うどころか不満たらたらの表情で文句を言うような者は、メイドには向きません。よって、不合格です」
上から目線どころか、蔑むようなその口調に、リシリーがむっとする。
「――従えとか言いますけど、普通、あんな指示に従えないと思うんですけど?」
メイドの選定テストは、全部で三つ。
一つは、家事をうまくこなすこと。
掃除洗濯、食事の準備や配膳、後片付けなど。
これは、手順さえ知っていれば誰でもできることなので、リシリーはソツなくこなすことができた。
二つ目は、この国の文字が読み書きできるかどうか。万能言語魔法のおかげで、世界中の誰とでも言葉が通じるものの、紙などに書かれた文字に関しては補正がかけられていない。よって、媒体に刻まれた文章は、国、もしくは種族によって異なっているため、こればっかりは勉強と理解力が必要になる。しかし、その点は、今回の場合、心配いらなかった。与えられた課題は、リシリーの村で使っているものと同種の文字を使用していたため、余裕でクリアできたからだ。
問題は、三つ目。
どんな理不尽な要求でも柔軟に対応し、応えるというもの。
それは、人によって別の指示が与えられるのだが、リシリーに出された要求は、ほぼ裸同然の服に着替えろというものだった。そして、それをリシリーは拒絶したのだ。
「だって、どう考えても、嫌がらせじゃないですか、あんな服!」
服――というか、ただの布切れというか。
リシリーの豊満な胸には明らかに小さすぎる細長い布と、腰回りをぎりぎり覆うほどの面積しかない、スカートとも下着とも呼べない代物ときたら――服だといわれなければ、ただのゴミとして捨ててしまうような代物だ。
床に敷かれた絨毯に放り投げられたそれを一瞥し、面接官の女性は吐息する。
「…ご主人様のどんな命令にも従う。それが、メイドというものです」
「だったら、貴女はどうなんですか? これ、着られますか!?」
鼻息荒く、挑戦状を叩きつけてやる。
すると、彼女は顔色一つ変えずに、
「ええ、もちろんですとも」
そう言うや否や、あっという間にメイド服から謎の服もどきの布を巻きつけた。羞恥心などどこか別の国にでも置き忘れたというような無表情でリシリーを見やり、
「これくらいできなければ、メイドは務まりません。わかったら、さっさと尻尾を巻いて逃げ帰りなさい。さあ、リッシュさん。貴女にはメイド見習いとしての仕事があります。まずは、貴女に合った制服を支給しますから、こちらへどうぞ」
言いながら、再びメイド服に着替え直してリッシュへ声をかける。
「え、え――でも、お姉ちゃんと一緒じゃないと…」
「仕事はすでに始まっているのですよ。口答えは許しません。さあ、こちらへ」
「え、お、お姉ちゃん。あたし、どうしたら」
不安げに目で救いを求めてくる妹に、リシリーは言った。
「…合格したんだから、頑張りなさい。私は私で何とかするから」
「…う、うん。お姉ちゃんも頑張って」
「もちろんよ! すぐに合格してやるんだから、待ってなさい」
「無駄ですよ。この私が不採用といえば、不採用なのです。さっさと諦めてお帰りなさい」
冷やかな視線に、リシリーは鼻を鳴らした。
「ふふん、そうとも限りませんよ。貴女は、所詮メイド。つまり、雇い主のほうに決定権があるわけでしょう? だったら、そちらを説得すればいいだけの話だわ」
「――…随分としつけのなっていない野良犬だこと。まあ、いいでしょう。やれるものならば、やってご覧なさい。ただし、与えられるのは、一時間だけです。それまでに御主人様を説得し雇用契約を結べなければ、今後、この屋敷へ入ることは許されません。そして、二度と妹に会うことはできなくなるでしょう。それで構いませんね?」
その言葉に、リッシュが不安げに口を開くのが見えた。
そこまでしなくていい、一緒に帰ろう。
そう言いたげな気配を感じて、リシリーはきゅっと眉間を絞った。
「…いいですよ、やってやろうじゃないですか!」
この高慢な女の鼻っ柱を折ってやりたい。そして、妹の不安をすぱっと払拭したい。
そう思って、強気な口調で言ってのけたリシリーだったが――十分としないうちに後悔し始めた。
よく考えると、この屋敷の主人について得ている情報は、雀の涙程度しかないのだ。
とりあえず、屋敷の所有者であり町の領主でもある男の名前と、それ以外のざっとした知識は入手済みだが、まだまだ足りない。
主の名は、アルシャス・バルガッド。爵位は公爵にあたり、平民であるリシリーにしてみれば、雲の上の人物だ。街角で聞き込んだところによると、評判は悪くはない。ただ、メイドの募集要項にあるように、美女が好きらしいという趣味の偏りはあるようだ。
妖獣一族の血を引いているところからして、見た目がリシリーたちと違い、どこか獣めいているであろうことは想像がつく。たとえば、獣耳が生えているとか、毛深いとか、牙が生えているとか。
(…年齢的に、初老のはずだから――身なりのいいおじいちゃんを探せばいいってことかしら?)
そう思い、ざっと屋敷のなかを走り回ってみたが、それらしい人物は見当たらない。
(……貴族の屋敷なんて、初めてだけど…何だか変な感じがするのよね、ここ)
何となく、違和感があるというか――どうにも、しっくりこないというか。
すれ違った使用人たちは若者が多く、出会ったなかで一番年上に見えたのは、メイドの採用試験を行っていた女性だ。それでも、中年と呼ぶにはまだまだ遠い。
(…うーん、なんか引っかかるのよねえ)
使用人たちは、年齢的に若いだけではない。その所作一つとってみても、プロ意識に欠けているのだ。
話しかけようとすると脱兎のごとく逃げ出し、何とかつかまえて話しかけてみると、視線を逸らしてうつむき、びくびくしつつ小声で喋る。いくら何でも、この対応は貴族の屋敷で働く者として相応しくない。
(…まさか、そういう教育を受けているわけじゃないわよね?)
貴族の事情なんて知らないし、想像もつかないが――どうにも腑に落ちない。
何故、ろくな教育もしていない若者ばかり集めているのだろうか。普通ならば、最低限の礼儀くらいは教えて然るべきだ。使用人のミスは、そのまま雇い主の恥になるのだから。
(……そういえば、リッシュへの審査内容も奇妙だったわよね)
リシリーよりもずっと若いから、簡単な内容だったのは理解できる。多少のミスを大目に見てくれたことも、ありがたいと感謝している。
だが、最後の審査。
(…私には、あり得ないくらいの露出度の服を着せようとして、リッシュにはフリフリのドレスって……変じゃない?)
着たことのないくらい華やかで上質なドレスだったから、リッシュもリシリーも汚したりしないかとひやひやしたものだが――。
(…あれで、何を審査したというのかしら?)
もしかして、変な趣味でもあるのではないだろうか。
そう考えて、ふと、審査した女性の一言が脳裏に蘇る。
――二度と妹に会うことはできなくなるでしょう。
リシリーが採用されなかった場合、リッシュに会えなくなる。それは当然だ。しかし、それは、ずっとではない。リッシュが住み込みで働くことになったとしても、休日くらいは外に出ることを許されるはずなのに、二度と会えなくなるという言いかたはおかしくないだろうか。
そこで、疑問が不安に変わる。
(……もしかして、ここって、ヤバいところなんじゃ…?)
念のため、事前に町の人々に話を聞いてきたが――…思い起こせば、町の雰囲気自体、どこか淀んでいたような気がする。田舎者にとっては、人や物が溢れて賑やかで楽しいところにしか映らなかったが、それが表面的な姿だったといわれても否定できない。誰だって、領主の悪口を表立って言う者はいないはずだ。もし、そんなことが知られれば、どんな目に遭うかわからないから――。
(…そういえば、手紙をくれた彼女はどうしたのかしら?)
手紙を最後にくれたのは、二ヶ月ほど前だった。
村を出て、この屋敷で働かないか。試験は難しくないし、採用されれば、衣食住を保証された幸せな生活が待っている。そんな彼女の言葉を信じて、ここまでやって来たが――肝心の手紙の主には会えていない。
(――確かめなきゃ)
ここが、どういう場所なのか。
アルシャス公とは、どういう人物なのか。
とりあえず、手近にいたメイドの少女に確認してみることにする。
「…ねえ、メイドのなかに、スナウって人がいるでしょう? 私と同じ、青い髪にスミレ色の目をした人なんだけど、知らない?」
リシリーの質問に、メイドの娘は視線を落としたまま、首を振った。
「! …い、いえ、私は何も存じ上げません、ごめんなさい」
そう言って、逃げるように駆け出してしまった。
他のメイドにも同じように声をかけるが、みんな、青ざめて逃げてしまう。
これは、ただごとではない。
そう察したリシリーは、手近にあった部屋にメイドの一人が逃げ込んだのを見て、そのあとを追いかけた。
固く閉ざされたドアを開こうとするが、内側から鍵がかけられているらしく、びくともしない。
「…こうなったら、強硬手段しかないわよね」
呟き、リシリーは、ゆっくりと深呼吸した。
そして、長い髪の一房を指に絡めて、鍵穴に近づける。すると、髪の毛先がぴくりと動いて鍵穴へと吸い込まれていき、何やら怪しい動きを始めた。
髪喰いの女にとって、髪は、自分の分身と同じだ。食事もすれば、それ以外の動きもする。たとえば、鍵穴に潜り込んで解錠するくらい、朝飯前だ。
しかし――どうも、今日は勝手が違うようだ。
(…? どうしたのかしら、少し動きが悪いような?)
いつもなら、もっと器用に操れる髪が、今日はやたらと反応が鈍い。それでも、十秒としないうちにカチリと音がして、解錠に成功する。
「……入るわよ」
一応、一声かけて、ドアを開く。
すると、窓際で膝を抱えているメイド娘を見つけた。
カタカタと細い肩を震わせて頭を抱える様子は、まるで、野獣に追い詰められた小動物のようだった。
「――…怖がらないで。私は、ただ、話をしたいだけなの。メイドのスナウって女の人、知ってるわよね? 彼女は、私の友達なの。手紙をもらってここまで来たんだけど、姿が見えなくて心配しているの」
静かにドアを閉めて、なるべく、優しい声で話しかける。
しかし、メイド娘は頭を抱えたまま、こちらを見ようとしない。
「…ねえ、教えて。スナウはどこにいるの? どうして、話を聞こうとしただけで、みんな、逃げるの? ここで、何が起きてるっていうの?」
傍に近づいて、問いかける。
それでも、少女は反応しない。
「……お願い、教えて。さっき、私の妹が連れて行かれたの。あの子に何かあったら、私、生きていけないわ」
膝をついて、背に手を触れながら訴える。
すると、ようやく少女はびくりと大きく身体を揺らして、充血した目でこちらを見つめた。
「…た、助けて。私、私、もう、嫌なの!」
「……落ち着いて。とにかく、最初から、話を聞かせて」
メイド少女の話によれば、この屋敷は、アルシャス公の所有する別宅の一つらしい。ここには、定期的に若くて美しい娘たちが集められる。そして、雇用契約をしたが最後、屋敷から出られなくなるのだという。
「…これを見て。この焼印を入れられたが最後、魔法が発動して外に出ることはおろか、屋敷の窓から顔を出すことさえできなくなるの」
言って、彼女はメイド服の胸元をはだけて見せた。
くっきりと浮かんだ鎖骨の下に、十字をいくつも重ねたような紋様が焼きつけられている。
「…これって、もしかして拘束魔法の一種?」
見たことはないが、そういうものがあることは知っている。
リシリーの言葉に頷き、彼女はきゅっと唇を噛みしめた。
「……ええ。私たちは、この屋敷の囚人のようなもの。ご主人様の許可がないと、この屋敷からも、ここでの生活からも抜け出せない。死ぬ以外に、楽になれる方法はないのよ」
思い詰めた瞳と声からは、嘘は感じない。
「…でも、スナウからの手紙には、いい内容しか書いてなかったわ」
幸せに暮らせると、そう書いてあったはずだ。
しかし、そのリシリーの声に、彼女は声を詰まらせた。
「……誰か自分の代わりになる娘を呼び寄せたら、解放してやるって言われたの。私も、他の子たちもそう言われて、悪いと思いながらも、あちこちに手紙を送ったわ。でも……書き終わったら、貴族に売られてしまうだなんて、私、知らなかったの」
「…売られる? ちょっと待って。それって、人身売買ってこと?」
我が国では、禁じられているはずだ。
しかし、彼女は涙声で言う。
「…本当のことよ。偉い人は、どんなに悪いことをしても罰を受けることはないの。ねえ、知ってる? この屋敷で最初にどんな仕事をさせられるのか」
「――…何をするの?」
怖いと思いながらも訊ねると、彼女は、ぎゅっと目を閉じて囁くように言った。
「……娼婦の真似ごとよ。買い手である貴族の男たちは、みんな、自分好みの玩具を探しているの。それも、表立っては言えないような趣味の持ち主ばかりだから、どんな悪趣味にも応えられるように、ここで厳しくしつけられるのよ」
耳を疑うような言葉に、一瞬、頭のなかが白くなる。
「――し、娼婦? メイドじゃなくて?」
「そうよ。見た目がよくて従順な娘でなければ採用しないのは、そういう理由があるからなの。貴女のように勝ち気で頭のよさそうな人は、除外されるの。あと、幼い子供は可愛ければ誰でも採用されるわ。自分好みに育てる楽しみが趣味の変態もいるから」
「……そ、そんな…」
ぞわりと、寒気がした。
ぶらりと鳥肌が立ち、嫌な汗が背中を濡らす。
「リッシュが危ないわ! すぐに助けに行かなきゃ!」
あの子は可愛いから、すぐに変態の目にとまるだろう。そして――考えるのも恐ろしいような真っ暗な未来が待っている。
「そんなこと、絶対にさせない! ねえ、リッシュの…私の妹が連れて行かれた場所を教えて! きっと、今頃、一人で泣いてるわ!!」
メイド娘は、リシリーの必死な声に、どこか虚ろな瞳で微笑んだ。
「…もう、遅いわ。ねえ、それよりも、お願いよ。私を、助けてほしいの。このままだと、いつか私もスナウと同じになってしまうわ」
「スナウと同じ…? そ、そうよ。彼女は、どうなったの? まさか、もう、売られていったんじゃ」
その声に、彼女はうつむいた。
「…スナウの前に、首を吊った女の子がいたの。おかげで、私たちに新しい魔法がかけられたわ。自ら生命を断つことができないように。死んで楽になる自由さえ、奪われてしまったのよ。こんなのって、あんまりじゃない? それでも、スナウは死のうとした。その結果、何が起きたと思う?」
少女の瞳に、強い怯えの影がちらつく。
「……魔法の影響で、心が壊れてしまったの。自分が誰なのかすらわからない状態で、どこかに連れて行かれてしまったわ。そういう壊れた玩具を欲しがるモノ好きもいるんでしょうね」
「……まさか、スナウがそんなこと…」
不安のせいで、声が掠れる。
記憶にある彼女は、いつも明るく笑っていて、頼れる姉のような存在だった。そんな彼女が、そんな惨めな目に遭っているだなんて、考えたくない。
心なしか、胸が苦しくなってきたリシリーの腕を、必死の形相のメイド娘が、痣の残りそうなほど強く握ってくる。
「…ねえ、お願い。私を助けて!」
助けてほしい、それは、この場合、殺してほしいという意思表示に他ならない。
リシリーは、縋りつく少女を痛々しそうに見つめて、目を閉じた。
「できないわ。できるはずがないじゃない」
「どうして? 私と貴女は、初対面なのよ? 知り合いじゃないんだから、罪悪感も躊躇もないでしょう?」
「知らない人でも、殺せるわけがないじゃない。そんなこともわからないくらい、馬鹿になってるの?」
ここでの生活は、確かに、地獄だったに違いない。
死んだほうがマシだと思うのも無理ないかもしれない。それでも――リシリーには、理解できない。
「…ねえ、その魔法を解くにはどうすればいいの? 拘束魔法を発動させるには、相手を拘束するための魔法陣が必要よね? それさえ壊せれば、外に出ることは可能なんじゃないかしら?」
「…外に出られるはずがないじゃない。だいたい、魔法陣を壊すなんて、絶対に無理よ。ここがどういう場所か知ってるでしょう?」
妖獣一族の血を引く公爵の屋敷。
妖獣一族は、魔法に長けた一族として有名だ。そして、魔獣を操る術も心得ている。
「…もしかして、魔獣に魔法陣を守らせているとか?」
リシリーの予想に、彼女は悔しそうに爪を噛んだ。
「……私たちだって、本気で逃げようとしたこともあるのよ。魔法陣を壊せば自由になれるんじゃないかって思ったから。魔法の効果が屋敷内に限られてる以上、この建物のどこかに魔法陣があるはずだ、そう思って必死に探したわ――」
「それで、場所はわかったの?」
「…ええ。この屋敷には、隠された地下への階段があるの。その一番深い場所に、牢屋のような場所があるの。そこは、私たちが最初に連れて行かれて焼印を刻まれた部屋で、そこから、さらに奥。おそらく、そこに魔法陣があるんだと思う。でも、その扉の前には、大きな獣が繋がれていて、そこから先には進めないの。とても巨大な魔獣で、少しでも近づくと、風魔法で吹き飛ばされてしまうのよ」
「…魔獣。それも、風魔法を操るってことは、知能も高いってことね」
精霊魔法を操るには、一定以上の知能がなくてはならない。精霊と契約を交わすにも、条件があるのだ。
「それだけじゃないわ。この屋敷では、特定の者以外は、魔法の使用を制限されてしまうらしいの。特に、精霊魔法なんかは、ほとんど使えないわ」
そういう彼女は、一応契約精霊がいるらしいのだが、この屋敷に入った瞬間、精霊との交信が途絶えてしまったのだという。
「…貴女は、スナウと同じ髪喰いの一族なのよね? だったら、精霊魔法を使えない私たちよりはマシだろうけど――結果は変わらないわ。スナウだって、手も足も出なかったんだもの」
「…そうかもしれない。でも、何ごともやってみないとわからないわ。行動しないと、何も変えられないんだもの。リッシュを助けにいくついでに、そっちも何とかしてみるわね!」
その言葉に、少女は呆然とした。
「…な、何とかって……貴女、正気なの? あの獣は、商品価値のある私たちメイドを殺したりはしないわ。でも、貴女は別よ。きっと、殺されてしまうわ」
「……どっちにしろ、妹を助けるだけで命懸けなのよ。メイドたちは私を助けてくれないし、それ以外の奴らは、みんな敵。そんな状況で、これ以上、何を恐れろというの?」
「で、でも、だとしたって、貴女一人なら、逃げられるのに」
「妹を見捨ててまで、幸せになりたいなんて思わないわ!」
「…そんな綺麗ごと言って、後悔するわよ」
「しないわ。だって、私は、最初から決めてるんだもの」
血筋だの運命だの、掟だの。
そんなものには、絶対に屈しないのだと。
立ち塞がるものは、すべて、打ち壊すのだと。
それくらいの意気込みで村を出たのだ。
「私とリッシュは、幸せになるのよ! 他のことは、どうでもいいけど、それだけは絶対に譲れない! だから、行くわ!」
「………貴女、変よ、絶対」
呆れたような声に、リシリーは苦笑した。
「それでいいのよ。私のよさは、私の王子様にだけわかればいいんだもの」
「王子様…?」
「そう、王子様! 貴女にもいるはずよ、貴女を幸せにしてくれる、貴女だけの人がね」
「……本当に、おかしな人ね、貴女って」
そこでメイド娘は、初めて小さく笑って、
「…ねえ、手を出して。いいものをあげる」
「え?」
少女が渡してきたのは、小指の爪ほどの大きさのピアスだった。緑色の鉱石がきらきらと輝いている。
「…これは?」
「精霊石よ。私が小さい頃、父から貰ったの。これを持っていれば、風魔法への耐性が少しは上がるはずよ。だから――持って行って」
「……うん、ありがとう。ねえ、貴女の名前は?」
「…私? 私は、メルカ。貴女は何て言うの?」
「私は、リシリー。あ、そうだ、メルカ。貴女に一つ、お願いがあるの」
「…ええ。どうせ、私にはあとがないんだもの。何でも言って」
「助かるわ。あのね」
メルカに耳打ちしたリシリーの心は、一人で心細がっているであろう妹の元へと向かっていた。




