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第四・五話・其の一

こんにちは、谷崎です。今回は、メイドのリシリ―メインの話です。少しでも楽しんで頂ければ幸いです!

      《 第四・五話・其の一 》



 リシリーは、休憩時間になると、たいてい、食堂の隣にある休憩室で茶と焼き菓子を楽しむ。それが彼女の日課であり、日々の楽しみでもあった。

 しかし、最近になって、その日課に余計な項目が増えた。

(……何が悲しくて、自分が口説いている男の恋愛相談になんか乗らなくてはいけないのかしら?)

 そっと溜息をつきながら、窓際に立つ赤毛の青年を見つめる。

 彼の名は、ラビィことラヴィアス・フェルナード。リシリーの主人であるメア嬢の元婚約者であり、現在は、メアの想い人・川原七糸の護衛騎士として屋敷に滞在している。そんな彼の面倒を見ることも、メイドであるリシリーの仕事の一環といえなくはないが――。

(…とんだ罰ゲームよね、これって)

 身体を乗っ取られてラビィを襲った事実があるので、どんな償いもする覚悟はあったが、こうも頻繁に押しかけられては、さすがに気が休まらない。

(――もちろん、会いに来てくれること自体は嬉しいんだけど)

 問題は、何をしに来たかという点にある。

 愛の言葉を囁きに来たというのなら大歓迎だが、実際は、愚痴だか不満だかを延々と聞かされるのだから、たまったものではない。恋するメイドだって、休憩時間くらい一人静かにお茶を楽しみたいのだ。

「ところで――ラヴィアス様は、私との不謹慎な噂を消してしまいたいのでしょう? ならば、私に近づかず、話しかけないというのが、まず第一だと思いますけど」

 何者かに操られ、ラビィを殺しかけた、あの悪夢のような出来事があってからというもの、二人が恋仲だという噂がまことしやかに囁かれるようになった――というか、メアが吹聴して回ったといったほうが正しいだろう。もっとも、ラビィ狙いのリシリーにとっては便乗してもいいくらいなのだが、さすがにそれは良心が許さない。

 ラビィが七糸を好きなのは明白だし、いろいろと誤解されて悩んでいるということも承知している。だからこそ、こちらも気をつけて距離をとろうとしているというのに――どこまでも鈍い騎士様は気づいていないようだ。

 ちょっと苛立ち始めた心を落ち着けて、ゆっくりと、甘めのミルクティーを口に含む。

 熱すぎず、冷めすぎず、程よい温度で、ふわりと鼻をくすぐる濃厚なミルクと蜂蜜の香りは絶品で、最高級の茶葉の味もこれまた格別だ。

 優雅に椅子に腰かけて茶を啜るリシリーを見やり、窓際の壁に背中を預けていたラビィが吐息まじりに言う。

「――…わかっている。だが、毎日のようにナイト殿に、キラキラした目でお前との仲を応援される私の身にもなってくれ。正直、心が折れそうなのだ」

 実際、彼の顔色は優れない。よほど疲弊しているのだろう。目が死にかけている。

「それなら、いっそのこと、ナイト様にその心の内を明かせばいいのではありませんか? そうすれば、私とのことは誤解だとわかってもらえるでしょうし」

「そんなこと、できるわけがないだろう」

 即座に放たれた情けないセリフに、リシリーが頷きながら目を閉じる。

「――そうですよねえ。ラヴィアス様にそんな度胸があるわけありませんもの」

 玉砕覚悟どころか、告白する前から失恋するのが確定しているのだ。わざわざ、自ら心の傷を深めたくない気持ちはわからないでもない。

 一人納得するリシリーの様子に、ラビィは、話題を変えた。

「…その話はともかく、頼んでいた例の品はどうなったのだ?」

「例の品、ですか…?」

 一瞬、何の話かと思い、すぐに思い当たる。

「ああ、製作を頼まれていた、ナイト様専用の魔法具の件ですね。まあ、だいたいのところは完成しましたけど…私は具師ぐしではありませんから、一度、ラヴィアス様に試していただいたほうがよろしいかと」

 その言葉に、ラビィは即座に頷いた。

「無論、そのつもりだ。万が一、不具合が起きてナイト殿の身に何かあっては困るからな」

「――そう思うのなら、専門の者に任せるのが一番だと思いますけどね」

 二週間前にラビィに頼まれたのは、魔法具の製作。魔法具とは、その字の通り、魔法を施した道具のことだ。特殊な鉱石や武具などに魔力を宿らせ、簡単な呪文や動作で作動させることができるため、魔力がなくても使えるというのが一番の強みである。

 今回の依頼は、あまりにも無防備すぎる七糸のために、せめて自分の身だけでも守れるような魔法具をつくってほしいということだった。

(……一応、自分なりに頑張ってつくってみたけれど…)

 つくったのは、七糸の眼鏡の色に近い、紅色の外衣。軽くて通気性のいい生地を使っているので、着心地はいいはずだ。それに加え、リシリーが独自に施した細工もしてあって、なかなかの出来栄えだと思う。魔法具としても、かなり優秀なものができたといってもいい。

 しかし、一番大事なのは、実用性なので、実際に問題があるかどうかは試してみないとわからない。

(……それにしても、ラヴィアス様も難しい要求をしてくれたものだわ)

 一流メイドになるには、習得困難といわれるスキルの一つを持ち合わせていないと資格がとれない。リシリーは、そのなかでも特殊なスキルを習得しているため、ラビィに声をかけられたのだ。

 細工師。魔法具をつくる専門家の具師に次ぐ、技術者。細工師は、あくまでもアクセサリー関係を主に製作するのに対し、具師は、実用的な武器や防具を専門にしている。ラビィの依頼の内容からして、具師に防具をつくってもらうのが一番いいのだろうが、この屋敷に具師の資格を持つ者はいない。よって、細工師であるリシリーがその役目を担うことになったのだ。

(――…まあ、確かに、この屋敷の特殊な結界のせいで、外との連絡手段が限られてるから、私以外に頼める相手がいないというのも理解できるけど)

 専門にしているものとは違うので、それなりに苦労した。これからの微調整を考えると、七糸の手に渡るには、もう少し時間がかかりそうだ。

(…まったくもって、因果な話よね)

 ラビィに貸しをつくること自体はいいことだし、それをきっかけに噂を現実にすべく働きかけることもできるというのに――この状況を素直に喜べないのは、一重に、ラビィのお堅い性格のせいだ。

(……ラヴィアス様みたいなタイプの男は、気持ちを自覚したが最後、本命以外、まったく目に入らなくなるのよねえ…)

 妾どころか愛人をつくるなんてことは頭になく、それが片想いだろうが悲恋に終わろうが、構わず一直線に突き進む。これまでならば、少しはつけ入る隙があったというのに――七糸への気持ちを自覚してしまってからは、その隙がまったくない。

(…本当に、困ったものだわ)

 報われないとわかっているのに諦められないのは、彼に対して個人的な執着があるからだろうか。

(…ラヴィアス様のことだから、本当に、まったく、何も覚えていないのだろうけれど)

 ラビィにとってのリシリーは、メアとの繋がりができて初めて出会ったメイドの一人にすぎないかもしれないが、リシリーにしてみれば、そんなささやかな関係ではない。

 どんなに時間が経っても、忘れられない過去がある。

 ずっと、心の奥底で燃え続けている感情がある。

 それは、きっと――いや、絶対に、表に出ることはないのだろうけれど。

(――…こう見えて、私も一途な女なんですよ)

 ずっと前から想い続けているのだと、そう言えればいいのに。

 言ってしまえれば、いろいろと楽になれるのに。

(…私も、ラヴィアス様のことは言えないわよね…)

 些細なことに一喜一憂して、そのくせ、肝心なことは何も言わないままで。

 恋は、人を慎重かつ臆病にするものらしい。表面上は明るく振る舞っていても、拒絶されたり嫌われたりするのは怖い。ラビィにしろ、リシリーにしろ、正面からぶつかって傷つきたくはないのだ。

 だから、本当に言いたいことは胸の奥に秘めて、茶化すように訊いてみる。

「…それにしても、ラヴィアス様。心を寄せる女性に対して、他の女の手づくりの品を渡そうだなんて、随分と思いきったものですね。しかも、私がラヴィアス様を口説いているということを承知のうえで依頼してくるだなんて――とんでもなく法外な見返りを要求されるかも、とはお考えにならないのですか?」

 すると、ラビィは、何も懸念はないといった表情で、

「お前がそのような者ではないことくらい、知っている。だいたい、ナイト殿は女性ではなく男だと言い張っているのだから、そのように扱わねば失礼というものだ」

 なんて、気真面目な声で返してきたものだから、リシリーは、ついつい破顔してしまった。

「…随分と私のことを信頼してくださってるようで、光栄ですわ。それに、ナイト様のことを未だ男性と認識なさっているとは、驚きです。このままですと、ラヴィアス様は男好きということになってしまいますが」

「なっ、ち、違うぞ!? 私にそのような趣味はないからな!?」

 慌てて否定する様を楽しげに眺めながら、リシリーは、カップに残ったミルクティーを飲み干した。

「――冗談ですよ。もうすぐ仕事に戻る時間ですので、魔法具の件は、夜の仕事が終わってからということでよろしいですか?」

「あ、ああ。それで構わない」

「なら、そういうことで。あ、そうそう、ラヴィアス様。これから、ナイト様にお会いになる予定があるのなら、これをお持ちください」

 立ち上がりながら、リシリーがテーブルの上に置いてあった小さな包みをラビィに手渡す。

 繊細な絹のハンカチに包んでいるのは、色とりどりの鉱石。

「これは?」

「細工用のボタンですわ。何でも、アルト様に新しい首輪をつくっていらっしゃるそうで、その装飾用にと頼まれていたんです。加工するのに少し手間取ってしまって――」

「アルト殿に? そういえば、ここ最近、何か熱心に縫い物をしていると思っていたが」

「……他にも、いろいろつくっているみたいですよ? 私なんか、ハンカチだの髪飾りだの、いろいろつくっていただきましたし、メア様にも夜会用のコサージュをつくって差し上げたそうですわ」

「そ、そうなのか。だんだんと本格的になってきたな…」

「そうですね。ナイト様は手先が器用ですから、料理にしろ裁縫にしろ、たいていのものはご自分でおつくりになれると思いますよ。ところで、ラヴィアス様もナイト様から何かいただいたのではありませんか?」

 ニマニマしながら問うと、ラビィが、ぱっと顔を赤らめた。

 本当に、どこまでもわかりやすい男である。

「…ちなみに、何をいただいたんですか?」

 興味津々で訊くリシリーに、彼は小声で答えた。

「その、ハンカチを」

「へえ、ハンカチですか。ラヴィアス様のことですから、お守り代わりに、いつも持ち歩いてそうですよね」

 七糸は、無地のハンカチに見たこともない花や鳥、文字を縫い込んでは、みんなにプレゼントしていた。ちなみに、最近リシリーがもらったのは、パステルカラーの花が数か所にあしらわれた代物で、なかなかの出来映えだった。

「それで、図柄は何でした? ナイト様は、かなり凝った模様も縫えるようになったとかで、私のつくったものと見せ合いっこしてるんですよ。ちょっと、見せていただけませんか?」

 一応、リシリーは、七糸に刺繍を教えている師という立場だったりする。趣味とはいえ、やるからには、本腰を入れて取り組むのがポリシーである。直すべき箇所があるのならば、それを指摘するのもまた、自分の役目だ。

 そう思い、ラビィにハンカチを見せてくれるように頼むが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「――いや、それが無理なのだ」

「え、何でですか? 別に、強奪したり汚したりしませんから、見せてくださいよ」

「そういう問題ではなくてだな――以前、私の部屋で爆発があっただろう?」

「ああ、はい。ラヴィアス様が大怪我した、例の事件ですよね。それが何か?」

「そのときに、部屋のなかのものがほとんど焼けてしまっただろう。あの一件があってからというもの、大事なものは厳重に管理する癖がついてしまってな」

「はあ、つまりは、金庫にでも入れて厳重に保管してるってことですか? ただのハンカチを?」

 厳重というか――いくら何でも、やりすぎなのではないだろうか。

「いくら好きな人からもらったものとはいえ、それはちょっとどうかと思いますよ。ナイト様だって、使ってもらいたくてプレゼントしたんでしょうし」

「だ、だが、私の快気祝いにと特別に贈ってくれたものなのだぞ? それを持ち歩いて汚したりなくしたりすれば、それこそ、ナイト殿に顔向けできないではないか」

「え、特別にって――もしかして、ラヴィアス様。ナイト様から何かいただいたのは、今回が初めてなんですか?」

 意外な事実に、ちょっと驚く。

「私たち、メイドはみんな何点かいただいてますよ? ルーベク様やキルトバ様、侍従たちも、随分前にいろいろいただいたみたいですし」

「――な、何だと!?」

 どうやら、初耳だったらしい。

 衝撃的な事実に、空気がずしりと重くなる。

 どうやら、うっかりと地雷を踏んでしまったようだ。

「な、何故、私だけもらえなかったのだ? ま、まさか、嫌われて――」

 ラビィが、どんよりとした影を背負いながら部屋の隅っこにしゃがみ込み、頭を抱え始めるのが見えた。

 こうなると、当分、鬱な空気を放ち続けるとわかっているので、リシリーは逃げるようにすすすーっとドアの前まで移動した。こういうときの彼に関わると、ろくなことにならない。君子危うきに近寄らず。いや、逃げるが勝ちというべきか。

 即座にそう判断した聡明なリシリーは、気遣うような優しい微笑みを浮かべ、

「…あ、あの、ラヴィアス様? 落ち込んでいるところ悪いんですけど、私、もう仕事の時間なので、そろそろ失礼しますねー」

 一声かけてから、大急ぎで休憩室を出た。

 ドアを閉めた瞬間、反射的に息が漏れた。

「…はあっ。本当に何とかならないのかしら、あの素直すぎる性格…」

 少しくらいは感情を隠す術を身につけてくれないと、こちらとしてもやりにくい。

(…本当に、昔と何も変わっていないのね)

 いや、もしかすると、悪化したかもしれない。

「……少なくとも、初めて会ったときは、もっとスマートだったような気がするんだけど」

 出会ってすぐの彼の姿を思い描こうとして、つい、顔をしかめる。

 同時に、嫌なことを思い出しそうになったのだ。

「――…はあっ、仕事しよ…」

 重く暗い過去を断ち切るように、リシリーは肩で風を切って歩き出した。


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