第三話・其の七
《 第三話・其の七 》
ドオォォォン、と聞いたこともないような騒音が聞こえたのは、ほんの一分前のこと。
メアに誘われて、のんびりと湖畔を散策しているときだった。
「な、何なの、今の音っっ!?」
轟音と共に足元がぐらぐらと揺れた。
巨大地震にでも襲われたのかと慌てふためいていると、そこはかとなく焦げくさい臭いが漂い始めた。
風向きを考慮しつつ臭いの元を辿ると、メアの屋敷が見えた。そこからは、うっすらと黒い煙が立ちのぼっている。どうやら、火事らしい。
「た、大変だよ、メア! か、火事っっ!」
指差し訴える七糸の手をそっと握り、メアは何故かニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですわ、ナイト様。他に燃え移らないよう、事前に結界で囲ってますもの。心配なさらなくとも、ナイト様のお部屋はご無事ですわ」
「い、いや、そんな心配はしてないよ――って、え、結界? 何で、結界なんか」
言いかけて、はっと気づく。
そういえば、今日、ラビィに手紙を届けるようにルーベクに頼んだ。そのとき、メアは実に楽しそうに、声を弾ませてこう言っていた。
――これで、あの駄竜も年貢の納めどきだわ!
そのとき、ちょっとだけ嫌な予感がしたのだ。それで、念のために、メアが同封したカードを見せてもらった。
(…まあ、メアらしい脅し文句っぽい単語が書かれていたけど…)
とりあえず、魔法を仕込むための魔法陣のような印はどこにもなかったので安心していたのだが――魔力のない七糸には見えないように細工していたということも考えられる。
「…あ、あのさ、メア。まさかとは思うけど、あのカードに何か仕込んだりなんかしてないよね?」
恐る恐る訊いてみると、彼女は、実に愛らしい笑顔を浮かべ、長い髪をさらりと掻き上げた。
「あら、仕込むだなんて、人聞きの悪い。私は、ちゃんとメッセージカードで警告いたしましたわよ? 早く部屋を出なさい、と。言いつけを守らない駄竜に、ちょっとした天罰が下っただけですわ」
「て、天罰って。どう考えても、さっきの音は、爆発音だよね? 殺す気満々だよね??」
ここからではどれほどの被害があったのかわからないが、足元が危うくなるほどの大きな振動があった。とてもではないが、笑ってスルーできるレベルの爆発ではない。
「た、大変だ! ラ、ラビィさんが死んじゃう!」
いくら竜族が頑丈だとはいっても、立ちのぼる煙の多さからすると、一酸化炭素中毒になるか、爆発に巻き込まれて大怪我、なんてことも当然考えられる。
さあっと青ざめる七糸を見つめ、メアはふうっと呆れたように吐息した。
「…心配なさらなくても、あの程度で竜は死にませんわ。ましてや、あの駄竜は火竜。熱や炎にやられるなんてありえませんもの。もっとも、爆発の余波で吹っ飛ばされて、鋭利な突起物で頭を強打し、打ちどころが悪くてそのままポックリ、なんてことはあるかもしれませんけれど」
「! ラビィさんの運の悪さからすると、ありえるよ、そのパターン!」
想像するだけで恐ろしい。
身近な誰かが死ぬ、というのは、たとえ冗談でも考えたくない。
「とにかく、行かないと!」
言って駆け出そうとする七糸の腕を、ぎゅっとメアがつかんだ。
「――ナイト様、どちらに行かれますの?」
「…どこって、ラビィさんのトコに決まってるじゃないか」
言いながら彼女を振り返り――七糸は、息を呑んだ。
メアが、こちらを見ている。
真っ赤な瞳――しかし、ラビィのそれとは違う、いつも意地悪な光を灯している紅の眼には、黒い炎が揺らいでいる。
怒り、嫉妬、不安、恐怖――負の感情を凝縮したような暗い瞳に、七糸の心臓が冷える。
「……メ、メア…?」
名前を呼ぶと、腕をつかむ指先に強い力が込められる。
「――…メア、どうしたの?」
訊いてみるが、彼女は、無言でこちらを見つめてくるばかり。そのひたむきな瞳は何かを訴えるように細められていた。
それを見た七糸は、つかんでくる白い手を振り払うのをやめた。いつにない彼女の様子が気になったからだ。
「――メア、言いたいことがあるなら、言ってよ。何でも聞くから」
そう言って促してみるが、彼女は何も言わず、きゅっと形のいい唇を結んだまま、うつむいた。
(……メアらしくないな、こんなの)
いつもの彼女なら、怒ったり拗ねたりする場面だというのに。こうも静かだと恐怖すら覚える。
何か、よくないことが起きそうで。
「………」
じっとりと、重苦しい沈黙が続く。あまりにも静かすぎて、さわさわと水面が風で揺れる音まで聞こえてきそうだ。片や、爆発の名残で黒い煙が立ちのぼり、屋敷内は騒がしいだろうに、その忙しさがここまで届いてこない。湖の周りだけ、別の時間が流れているみたいだった。
(……本当に、どうしたんだろう? メアがこんなに暗い顔をしてるなんて)
何か、彼女を傷つけるような発言をしただろうか? 落ち込ませるようなことをしてしまっただろうか?
考えてみるが、さっぱりわからない。
どうしたものかと困り果てて、何となく眼鏡の位置を直していると、消え入りそうなメアの声が聞こえた。
「――……ですの?」
「え?」
耳をすませていても聞き逃してしまうほど小さな声に気づき、七糸が訊ねる。
「…ごめん、何て言ったの、今?」
「――…どうしてですの?」
「え?」
放たれたのは、責めるようなセリフだった。
メアは、ようやく面を上げて、
「私が傍にいるのに、どうして、あの駄竜のことばかりお話しになりますの? あれは、ただの下僕ではありませんか! 放っておけばいいのですわ、あんな虫ケラのことは! なのに、ナイト様ってば、いつもいつも、本当にいつも気にかけていらして――どうしてですの!?」
「え、いや、別にいつも気にしてるってわけじゃないけど」
ただ、彼のことを気にかけているというのは、当たっている。
(…だって、何かいっつも苛められてるし、凹んでるし)
何より、彼は七糸のせいで人生を棒に振ったも同然なのだ。一族から追われて、しかも、反逆者扱いされて、それでも文句一つ言わずに七糸のためにあれこれ考えて行動してくれている。そういう人物に感謝こそすれ、冷遇するなんてできない。
しかし、メアの認識は違うらしい。
彼女は、ひどく興奮した様子で、不満をぶちまける。
「先ほども、デート中に私を置いて一人で行こうとなさるなんて、ひどすぎませんこと? 私よりもあの駄竜のほうが大事だとでもおっしゃりますの!?」
「え、いや、そういう問題じゃないよね、この場合」
相手がラビィ以外の誰かだったとしても、知り合いが爆発に巻き込まれたとあれば、とりあえず駆けつけるのがセオリーだろう。だいたい、仕掛けたメア本人がそんなことを言い出すこと自体、おかしな話ではないか。
「だって、メアがラビィさんにひどいことばっかりするから、こっちも気にしちゃうんじゃないか。あの人、身分がどうの立場がどうのとか言って、全然、反撃しないし、耐える一方だから、何か可哀想になっちゃって」
「まあ、ひどいことなんて何一つしていませんわ! ただ、身の程をわきまえるよう教えているだけで」
「メアの場合、やりすぎなんだって。もう少し、仲良くできないの?」
二人がいがみ合う――というか、一方的にメアが喧嘩を売っているだけなのだが、とにかく、もう少し歩み寄ることができれば、こちらとしても安心なのだが、メアの性格上、それは無理らしい。
「仲良くですって? そんなのは、土台無理な話ですわっ!!」
メアは、はっきりと断言した。それこそ、他の選択肢など皆無だというように。
「いや、けど、前はもうちょっとマシだったでしょ? 最近、本当に扱いがひどいっていうか、やりすぎてる感が半端ないんだけど」
元々、二人の仲が悪いことは知っている。そもそも相性が悪いので、ある程度は仕方ないだろうと思っていたのだが、この頃のメアは過激すぎる。以前の彼女ならば、小馬鹿にして笑う程度ですませていたことが、今では、殺す気満々の仕打ちに変わりつつあった。
「どうして、そこまでラビィさんを目の敵にするの? あの人が悪い人じゃないってことくらいわかってるはずだよね?」
なだめるような七糸の声に、彼女はふるふると小さな肩を震わせた。
「…何故、ですって? そんなこともおわかりになりませんの?」
プルプルと怒りと焦れったさに震える瞳に、じわりと透明な熱が滲む。
「え、な、何で泣くの!?」
おろおろする七糸の目前で、メアは勝ち気な瞳を潤ませている。
「ちょ、メ、メア! な、泣かないでよ! 僕、何かした!?」
慌てて彼女の機嫌を窺うように訊ねると、彼女はすんっと鼻をすすって、ぷいっとそっぽを向いた。
「な、泣いてませんわ! ナイト様は何も悪くありませんもの。悪いのは、すべてあの駄竜なのですから!」
「い、いや、だから何でそんな話になるのさ」
都合の悪いことは全部ラビィのせい、という認識の持ち主だから、彼女にとっては当たり前の思考かもしれないが、それではあまりにもラビィが不憫すぎる。責任転嫁もいいところだ。
しかし、ここでラビィを庇うような発言をすると、事態がさらに悪化しかねない。
瞬時に場の空気を読んだ七糸は、一つ息を吐いて、そっとメアの頭に触れた。
「――…ねえ、泣かないでよ、メア」
撫でた髪は、とても柔らかくて滑らかだ。ほのかに、花の蜜のような甘い香りが漂う。
「メアが何を怒ってるのかわからないけど――別に、ラビィさんだけが特別なわけじゃないよ。僕にとっては、みんな大事なんだ。メアは、知ってるはずだよね。僕には、長い間、友達がいなかったから。大事だって思える人たちは、どこにもいなかったから――だから、今は、傍にいてくれるみんなが大事なんだよ」
それは、綺麗ごとのように聞こえるが、紛れもない本心だった。
生まれてこのかた、七糸は孤独だった。友達はなく、唯一、愛犬のアルトだけが傍にいてくれて、それだけが自分にとって大事な存在だった。
メアと出会い、賑やかな毎日が日常になりつつある今でも、ときどき、そのときのことを思い出す。
アルトと身を寄せ合うようにして過ごした、あの長い時間を。
(……思えば、不思議なところだよね、ここは)
この世界は、基本的に闇に満ちている。照明代わりの光の玉がなければ、いつも夜の帳が降りていて、いつまで経っても朝が来ない。
(…でも、何故か違和感がないんだよね…)
光の玉は、時間の経過と共に明るさを変えて、月や太陽のない世界を照らし出す。夜は控えめに、朝になれば明るく輝く。その時間経過は人間界と似ていて、それ故に、七糸の体内時計が狂うことなく、順応できている。そのせいか、だんだんとこの世界の生活に馴染んできている自分がいる。
(――…でも、ここは、僕の住むべき場所じゃないんだ)
居心地がよくて、友達がたくさんいて、まるで、望むすべてが自分の手のうちにあるような錯覚にとらわれそうになる。それでも、どこか寂しい。何かが、足りない。それは、この世界では得られない何かなのだと思う。
「…ねえ、メア。僕には、家族の記憶がほとんどないんだよ。小さい頃、海外に行っちゃってそれきりだからね。面倒を見てくれたおばあちゃんが死んでからは、ずっと独りだった。それが、僕にとっての普通だった。そのせいかな――僕は、忘れてたんだ。誰かと一緒にいることが、こんなにも嬉しいことなんだって。そういう気持ちを思い出させてくれた君だから、僕は、誰よりもメアに幸せになってほしいと思ってるんだよ」
優しく、子供に言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ。
メアは、きゅっと眉を寄せて、零れ落ちそうな涙をこらえながら言う。
「――…ナイト様は、ずるいですわ。そんなふうに言われたら、何も言えなくなるじゃありませんの」
「うん、そう思ってわざと言ったんだよ」
意地悪く言った七糸は、彼女の零れそうな涙を指先で拭って微笑む。
「…でも、嘘じゃないよ。僕にとって一番大事なのは、たぶん、メアだと思うから」
良くも悪くも、七糸の心を動かせたのはメアだ。これまで、孤独を寂しいことだと理解できずにいた七糸に、他者とかかわることで得られる幸福感を教えてくれたのは、彼女だ。
だから、もし、運命の人がいるのだとしたら、それはメアだと断言できる。ただ、それは、恋人とかそういう意味ではなく、それすら超えた大事な存在として、だ。
「……僕はね、みんなに笑っていてほしいんだ。メアもラビィさんも、屋敷のみんなも。周りにいる人たち全員が、楽しく過ごせれば、それだけでいいんだ」
それ以外、特に望むことはない。
そう言う七糸を、メアがじっと見つめる。
「――その『みんな』のなかに、ナイト様は含まれていらっしゃるのかしら?」
試すような口ぶりに、七糸は苦笑する。
メアは、聡い。言葉の裏どころか、心の底まで見通している。
「……僕は、こっちの世界の住人じゃないからね。いつかは、帰らなくちゃ」
「それで、また、お独りでお暮らしになりますの?」
「…アルトがいるよ」
「あの方は、言葉が話せませんわ」
「それでも、アルトがいれば、寂しくないよ」
そう。ここでの生活は、いつか終わる。それは、そう遠くないような予感がしている。そして、元の生活に戻れば、ここでの出来事や出会った人々の記憶は、ただの懐かしい思い出になってしまうだろう。しかし、それを拒絶するようにメアは言う。
「――私は、嫌ですわ。ナイト様がいらっしゃらないこの世界に、どんな幸福があるというのでしょう?」
そして、そっと七糸の手を握りしめ、自らの頬に押し当てる。
「…お願いですから、帰るなんて仰らないで。私を置いて、どこにも行かないで」
その声が不安げに響いて、七糸は困ったように息を吐いた。
(――…メアは、僕以上に寂しがり屋だからなあ…)
彼女が傲慢に振る舞うのは、相手を試しているからではないかと思うときがある。心を読めるとはいっても、四六時中、能力を発動させているわけではないのだ。対象人物の本心を探る術は、何も、魔法だけに限らない。自分の言動に相手がどう反応するかで本心を見極めるという手段もある。
諫めてくれるのか、反発するのか、嫌々ながらも屈伏するのか。
その行動いかんで、本心がわかる。
(…メアは次期魔王候補で、魔力が高くて、身分もあって)
だからこそ、腹に一物も二物もある連中が利用しようと寄ってくる。幼い頃からそういう輩に囲まれていれば、嫌でも、相手の本心を疑いたくなるものだ。周囲にいるウザい連中を無差別に排除したくなっても仕方がない。
そう。彼女の周囲には、常に誰かがいる。大勢の大人たち、友人を名乗る者たち。でも、そのどれもがメアにとっては煩わしい。
だから、彼女は孤独だった。七糸とは真逆の境遇にいながら、心は独りぼっちだった。そのせいだろうか。不思議と、何の警戒心もなく、すぐに打ち解けられたのは。
(…もっとも、今となっては、苛めっ子体質が身に染みついちゃったみたいだけど)
それでも、根本的なところは変わっていないのだろうと思う。メアのことを詳しく知っているわけではないが、強引な言動の裏に小さな怯えを感じるときがあるから。そして、それは七糸にも身に覚えがあるモノだ。
孤独という名の、獣。
振り向けば、背後で牙を剥いているかもしれない、不安。恐怖。
だから、七糸は考える。
メアが七糸を魔王にしたがるのは、単に、元の世界に帰したくないからではないか、と。
自分の傍にいてほしいからだけなのではないか、と。
「――ねえ、メア。もしも、僕が魔王になったら、もうあっちの世界に帰らなくてもいいのかな? 本当に、この世界の住人になれると思う?」
何となく、訊いてみた。
すると、彼女はうつむき、答えた。
「――そうなればいいと、願っていますわ。そうでなくては、こちらとしても反旗を翻した意味がありませんもの」
「……そう」
魔王になるつもりなんてないし、きっと、なれないと思う。何より、どんなに望んだところで、いずれは元の世界に帰ることになるだろう。異世界に長くいては、よくない影響が出るだろうし、七糸としても、いつかは元の世界に帰りたいと思っているからだ。おそらく、その辺りも承知の上で、メアは無茶を言っているのだ。
七糸が孤独にならないように。
そして、自らの孤独を打ち消すために。
寂しい二人が、幸せになれるように。
彼女はいつだって、必死だ。
(――…でも、僕は…)
いつか、帰らなくてはいけない。そう、強く感じる。この世界の居心地がいいほど、逆に、思い出す。自分の世界を。あちらに残してしてきた、大事なものを。
しかし、今は――言えない。再び泣きそうなメアを前にして、そんなことが言えるはずがない。だから、あえて、本心とは別の言葉を口にする。
「…僕は、ここにいるよ。約束する」
メアは、相手の心を読むことができる。それが嘘か誠か、瞬時に見分けることは可能なはずなのに、彼女は、安心したようにふっと小さく笑った。
「…ええ、ずっとメアのお傍にいらしてください。そして、必ずや、二人で幸せになりましょう。そのためにも、他の誰にも邪魔されない至上の楽園を手に入れると宣言致しますわっ!」
「――うん、メアはそうでなくちゃ」
メアは、多少暴走しているくらいがちょうどいい。生き生きと瞳がきらめいて、とても可愛らしく見える。
彼女は、にっこりと微笑み、七糸の手を握りしめた。
「ナイト様。私は、交わした約束は絶対に守ると心に決めていますの。ですから、必ず、叶えてみせますわ。ナイト様との幸福な未来を」
そう言うや否や、彼女は繋いだ手を引き寄せた。そして、上品な仕草で、祈りを捧げるようにしてそっと手の甲に口づける。恭しく、まるで、騎士が姫君にするみたいに。
「っ、な、何やってんの、メア!?」
真っ赤な顔で、慌てて手を引っ込める。どぎまぎしながら喚く七糸を優しく見つめ、彼女は言った。
「…何があろうとも、決して破ることのできない誓いを立てましたの。私たちは、共に生きると。これで、私は前に進むしかない。無論、ナイト様も」
「――え、僕まで誓ったことになるの?」
「ええ、そうですわ。一蓮托生の誓いですもの。さあ、ナイト様。覚悟をお決めになって、どこまでも私と共に来ていただけますわよね?」
その微笑は、どこか小悪魔めいていて――彼女らしい悪戯な笑顔に、七糸もつられて笑う。
「…うーん。誓っちゃったのなら、仕方ないよね。なら、行こうか。行けるところまでさ」
「あら、仕方ないだなんて。私と二人きりではご不満ですの?」
つん、とメアが唇を尖らせる。
「…そんなことないよ。でも、まあ、とりあえず、仲間は多いほうがいいよね。険しい道なら、なおさら」
七糸の言葉に、メアは不機嫌に頬を膨らませたが、ふうっと諦めたように小さく息を吐いた。
「――本当に、意地悪な御方ですこと。わかりましたわ、利用できるものは利用しなくては損ですものね。とりあえず、今日のところは、あの駄竜の様子を窺いに行きませんこと?」
「ふふ、メアは、本当に優しいよね」
褒めると、彼女はまんざらでもないような顔つきで歩き出した。七糸の手を取ったまま、
「…ナイト様は、意地が悪くなられたのではなくて? まあ、そういうところも嫌いではありませんけれど」
ぶつぶつ文句にならない言葉を並べる横顔は、どことなく楽しそうに見えて、七糸は嬉しくなった。
こんなふうに、穏やかに、楽しい時間が続けばいい。それだけで、いい。
これが永遠でなくてもいいから、今だけは――。
心のなかで願いながら、七糸はメアの細い手を握り返した。
《 第三話・完 》




