episode1.....可愛凪
……はっきり言って、あの後自分がどう対応してどう帰ったのかはぼんやりとしか覚えていない。
ただ、またお越しくださいというマスターにはしっかり頷いて帰った気がする。
社長は勿論顔も名前もわかる。
でも、会長なんて名前さえ朧げに覚えてはいても、関わりもなければ我が社では会長の存在は無きに等しかった。
K社は社長が30代という若さで就任し、それがまたイケメンだと…うわさと写真しか見たことはないけど、とにかくパーフェクトな男らしい。
だからか、社長さえいれば会長なんて何してるかもわからないただのお偉いさんなのだ。
「知ってるわけっ、無いじゃない!!」
いやもしかしたら普通の会社なら知ってるものなのかもしれない。トップの顔くらい。
でもやっぱり私だけが悪いとは思えない。同僚にきいても会長の顔なんか覚えてる人はいない自信がある。うん。
社長が会長の息子というのは知っていたから、苗字を聞いてまさかと思ったのだ。
御羽間という苗字を初めて見たとき、あのアメリカ大統領みたいーなんてバカなことを思っていたから漢字まで良く覚えていた。
「会長に変な事はしてないつもり…だけど、これからあそこに通えば会長に会いに行くようなものだよね…」
会長からずっとニコニコしながら仕事の話や屋上にある小さい庭園がどうたら……あれって会長が育ててたんだ……と話しかけられていた記憶があるから怒らせてはいない。
「……仕事に関わるかもしれないってのに、私ったら今日初めてのカフェを優先するんだ」
でも本当にほっとしたのだ。これからも繁忙期はもう少し続くし、残業で疲れた心を癒してくれるのはあそこだけのような気がした。
「うん、見つからないようにしてテーブル席に行けばいいよね!上手くいけばあのカフェに通えるだろうし、悪い方向にばかり考えるのは柄じゃないもの!」
そう思えば、会長と顔見知りになれたってかなりすごい事のような気がしてきた。
一介の社員が会長のご尊顔を拝めるのはなかなかない。
「ん、悩まないで早く寝よ。明日も忙しいぞー!!」
実際今日だけど。そんなテロップが頭を過ぎりつつ、横になるとすーっと意識は落ちていった。