episode1...可愛 凪
「あんのクソ親父っ!!!あれもうセクハラだよねセクハラ!耐えられない!何が悲しくて深夜までエロオヤジと仕事しなきゃいけないのーーっっ」
カツカツカツ、そんな生易しい音じゃない私のハイヒールはもはやヒールが折れそう。
ガツガツいってる。
因みに名誉の為に言っておけば、普段の私はこんな荒々しい乙女ではない。
最近会社での部署が変わり、前よりも忙しい毎日を送るようになった。
それはいいのだ、元々入社時に希望していた所だったし、頑張りを認められて少しは使える奴という認識を得たという事だから。
ただ、上司が!!花形部署で他より出来るイケメンが揃っている筈なのに、私の直属となった上司はタヌキだった。
いやキツネ?お腹出てないし、よくよく考えれば目もキツネっぽい。
タヌキより笑みが嫌。
そう、周りもタヌキやキツネだらけなら許そう。
でもそんな上司はうちだけ。
そしてその上司が出来ないくせに悪いことのみに狡猾、とかならまだ良くあるパターンだけれど、それが仕事が出来て狡猾なのだ。
実際、わからない所が出来た時キツネに聞けば一発なのは自分でも分かっているから余計悔しい。
だから私は、毎日忙しい仕事の合間ですら周りのちょっと気になる男性陣とコミュニケーションをとる暇も無く、その隙間にキツネの呼び出しとかるーいお触りが入っていて更に残業でイライラが爆発しているのだ。
かるーいとか言って舐めないで欲しい。
バレない程度に一日一回くらいで接触される。
初めは偶然かと思っていたけど、ある日少し睨んでやったら確実に口元が上がった。
確信犯だと分かった。
「セクハラですーなんて訴えても証拠が出せないのよね…頑張ればいけるかもしれないけど、別に会社にとっても使えるキツネはわざわざお払い箱にはしたくないだろうし……ていうか何か私も面倒だし」
頑張ってそれ相応の見返りが来るものは頑張れるけど、キツネを出し抜こうなんて疲れるだけで、一歩間違えればなんの尻尾も出さない相手に私が問題を起こそうとしている女みたいになりそうで到底勝てる気がしない。
どちらかと言えば、触られているのが辛いとかじゃなくてセクハラを甘んじて受けている事が屈辱だ。
「ああもう、どうすれば……って!あれ?私…駅に向かって歩いてたよね…?」
怒りまくりながら歩いていたからか、なんともう2年は歩いている帰り道を間違えたらしい。
「えーうそ……どこだろここ…」
いくら代官山でも、深夜は深夜なりに暗い。
少し怖くなってなにか元の道に戻る目印になるものはないかと辺りを見回すと、前方に柔らかい光が零れる店が見えた。
「こんな深夜に店…?とりあえずいってみよ」
ヘンゼルとグレーテルの気持ちってこんなかんじだったのかな。なんて疲れで変なことを考えながら、私はドアを押した。
ふわっと甘い香りがして———
「………いらっしゃいませ、喫茶little flowerにようこそ」
……何ここ。素敵。