ご近所まるごと異世界トリップ~一月後
ご近所まるごと異世界に来ちゃってから、はや一月。
今、私はなぜか小学校の先生のお手伝いをしている。
こっちに来てから、一週間は、電気とかガス、水道の整備と、ひとりひとりの状態確認であっという間だった。移民局の人達は慣れたもので、精神的なケアーまでバッチリ。
で、働き手は、元の仕事に近い仕事につくことになり、大学生はこちらの大学相当の学校へ。高校生までは、半年間の移行期間の後こちらの学校に行くことになった。どうやら、子供の数が多すぎて、受け入れ体制がすぐに整わないらしい。
うちのマンション、子育て世代が中心だもんね~。
そこで、困ったのが、私達高校3年生。受験生な私達ってば、もうあとは受験本番受けるだけっていう時期だったのよ。今さら授業受けるっていうのもね~、っていうことになって、小学校の先生のお手伝いすることになりました。18人いるから、重宝されてます。(主に肉体労働面で)
さて、3人一組で組んでいる私のパートナーは、幸いにもクラスメイトのリサと幼なじみの徹である。しっかり者のリサが仕切り、力仕事を徹に任せて、私達は上手くやっていると思う。
それに、低学年のかわいい子達に「お姉さん」「お兄さん」となつかれると、悪い気はしないしね。
子ども達が下校して、先生達(地球の先生とこっちの先生ね)と報告会をしてから、やっと私達も帰れる。先生って、大変だな~。
リサとマンションの下で別れる。リサは、3つ先の棟なんだ。徹は、うちの2件先の家だから、エレベーター降りるまで一緒。徹の家の前で、また後で、と別れる。
徹は、家で食事してるんだ。
就寝中に、こっちの世界にトリップしたから、ほとんどの家で、家族が揃ってた。でも、中には、家族が留守にしてた家もあった訳で…。徹の家は、単身赴任中のおじさんとこに、おばさんが行ってた。それを知ってたうちのお母さんが、徹の面倒を見る宣言したわけ。断ろうとした徹を家族全員で説得したっけ。
そういう訳で、徹は、寝るとき以外は、我が家にいる。
「ただいま~。あ、いらっしゃい」
リビングに入ったら、移民局のタナカさんとササキさんが迎えてくれた。自治会長のお父さんに用があるのかな?
「こんにちは。おじゃましてます」
二人がそろって頭を下げる。いつも思うんだけど、下げかたがキレイ。70年前にトリップした頃の作法がそのまま残っているみたい。あたしには、できないわぁ。
「お父さんですか?」
「ええ、それと…」
「あぁ、徹ならすぐに来ますよ」
ササキさんは、メンタルの専門家なんだ。徹は、親切なお兄さんだと思ってるけど。
ササキさんは、トリップ当初、泣きもわめきもしなかった徹を心配してる。だから、私は徹のパートナーになって、ササキさんに様子を知らせてるんだ。
ササキさんと徹の事を話してると、やがて、徹がやって来て、お父さんも帰ってきた。
タナカさんとお父さんが話してる横で、ササキさんと徹がにこやかに話してる。そこにうちの弟が茶々を入れては、笑いが起こってた。問題無さそうなので、お母さんの手伝いをする。
タナカさんとササキさんが帰ってから、みんなで晩ごはん。地球の時は、全員で食事なんて、週末だけだったなぁ。今は、毎日一緒。ちょっと嬉しいのは、内緒。
食事の後、1時間くらいくつろいだら、徹は自分の家に帰っていく。あたしは、徹の家のドアが閉まった音を聞いてから、鍵をかける。あたしが出来るのは、こんなことぐらいだ。
両親におやすみを言って部屋に向かう。寝るのには早いので、買ったままになっていた本を読むことにした。
思ったほど面白くなくて、途中でしおりをはさんだ。ベランタに出て、星空を眺める。降るような星空ってこういうことなんだろうなと、しばし感動。何度見ても、スゴイ。近くで窓の開く音がしたので、顔を向けた。徹の家だ。
手すりにもたれる徹の顔を見て、ギョッとした。
今にも泣き出しそうな顔だった。
あわてて、部屋を出る。徹ん家に行って来る!と叫ぶと、助けが必要なら電話しなさい!とお母さんが答えた。やっぱりお母さんは、良くわかってる。
徹ん家のインターホンを連打する。いつもなら気にならない待ち時間が、いつになく長く感じる。
「…はい?」
「あたし!」
短いやり取りの後、ドアが開けられる。
徹は、さっきの泣きそうな顔なんて知らないって言うような、いつもの顔であたしを出迎えた。
「どうした?なんかあったのか?」
あたしは、それに答えず、ずかずかと徹の家に入った。
「おい、どうし…」
「さっき!ベランダで見た」
徹の顔色が、さっと変わった。
「いつも、帰ってから、ああだったの?」
「…お前には関係ない」
「あるよ!幼馴染でしょ?」
「おまえには、家族がいるじゃないか!」
ああ、やっと本音を言い始めた。あたしは、ちょっと安心した。徹は、めったに本音を言わない。何かあっても、自分の中でうまく折り合いをつけてしまう。でも、徹だってあたしと同じ18歳で、まだ子供なんだ。1人で抱え込んで、壊れてしまうこともある。ササキさんは、それを心配してた。
「お前んちからかえってきて、たった一人でこの家にいると、俺は自分がひとりぼっちだって思い出すんだ。この世界に、家族なんていないんだって…」
最後のほうは、声が震えていた。
「あたしがいるよ!あたしが家族になってあげる。だから、一人ぼっちなんて、いわないでよ」
やだ、あたしまで、鼻声になってきちゃった。
「ほんとう…?」
あたしは、すがるように抱きついてきた徹の背中を、幼い頃のように慰めるようになでる。頭の中では、明日ササキさんに報告しないとな~なんて考えていた。
「本当だよ」
な~んてことを言っちゃったのが、まずかったのかな~。
あれから、徹はあたしから離れなくなっちゃった。あたしは、姉とか妹になるつもりで言ったんだけど、徹はそうはとらなかったらしい。ササキさんに、「情熱的ですねぇ」と言われた初めて気がついた。
どうやら、あたしは、徹に逆プロポーズをしたらしい。
否定しようとしたら、ササキさんに「彼を壊す気ですか」と、すごまれて断念。
両親ももろ手をあげて大賛成。「こんなんでいいの~?」って、お母さん、自分の娘にひどっ。
とりあえず、まだ若いからって、婚約状態でお茶をにごしたけど、徹の本気具合がハンパない。
あたし、逃げられるかなぁ~?
逃げられないでしょうね~。