― To be continued ―
早朝。
未だ街の人々が眠い眼を擦っている頃、アドネ・マルティノンは自宅で自らの足を部下に治療させていた。
火傷により、傷は閉じ血は止まっているものの、適切な処置を施さねば細菌の侵入により悪化する。
「クソクソクソクソクソッ! なんだったんだあいつらはっ! 化け物の奴等がっ!」
足の手術は本来全身に麻酔をかけ、受けるだけでも相当な心労となり暫くは目を覚まさない程の手術だが、受けたアドネ本人はその心にある怒りで我を忘れ暴れていた。
手術が終わりしばらく絶対安静とされた後も、屋敷の中自分の寝室で横になりながら、怨念の呪詛を呟き続けている。
「必ず、必ず復讐してやる。殺し屋を雇って地の果てまで追いかけてやるっ!」
「それは、無理だな」
「何を――……っ!?」
だが、その寝室に、アドネにも見覚えのある2人組がやってきた。
1人は女。
ブルーのパーカーにホットパンツといった軽快な服装をした、美しい美少女。
天真爛漫と言ったその笑顔は、見る物を魅了するだろう。
1人は男。
真っ黒なステインカラーコートに身を固め、銀色のアタッシュケースを右手に下げている。
相変わらず無表情だが、何処か達観したようなその目は確かにアドネへと向けられている。
「貴様等ーっ!!」
その姿を見た瞬間、アドネの中の怒りが沸騰しベッドの上から立ち上がろうとして、右足の激痛に身を悶えさせた。
「まぁ落ち着きなよー。『人喰らい』みたいにとって食べようってんじゃないんだから」
「何をしに来たぁっ!」
「代金を、回収にな」
黙れ黙れ黙れっ! とアドネが叫ぶが、セラグはそれを無視し言葉を続ける。
「『魔導書』の使用代金。金貨300枚、払ってもらおうか」
「……なっ!?」
だが、セラグの言葉を聞いたアドネが愕然とした表情となる。
「お前は確かに『灯竜の鎮魂火』を使用した。そうだろう? さぁ、さっさと払え」
「馬鹿なっ!! あんな役に立たん紛い物を渡しおって抜け抜けと!! 大体そんな不当な額、払えるはずも無い! 詐欺だ!! 横暴だ――」
だが、アドネの言葉はレウリアの無邪気な言葉に遮られる。
「ねぇ、『魔導書』の値段ってどうやって決めるか知ってる?」
「――何?」
「あれはねー、“今までに他人から不当に奪ってきた金額”なんだよ?」
「…………は?」
セラグが胸のポケットから、小さな金属片の様なものを取り出す。
真ん中には秤の様な物が記され、右側の皿には人が、左側の皿には金貨が乗っている。
「『真実の平等』。これは第二代写本。“平等”を目的として創られた魔導書でな。恐らく世界で最も流通しているだろう1冊だ」
セラグが本について話すときは大抵饒舌になるが、何時にも増して饒舌に『真実の平等』の内容を語る。
「正しき労働と正しき対価。魔術師がその技術に対する正しき対価を求め、ソシア・クレイセスと言う人物が創った代物だ。
そして、ソシア・クレイセスの定める“魔導書を売る際の正当な対価”とは、“今まで他人から不当に奪ってきた金額”だ。
一見成立していない取引に見えるが、実際のところ『魔導書』なんて代物を買い求める馬鹿どもは大概“他人から不当に”金を奪っている。
また、魔導書を買い求めるための金額を稼ぐために、犯罪に走らせないといった効果もある。
他にも……まぁお前如きには想像もつかないような、相互効果のある、見事なシステムだよ。
これが何時出来たか詳細は不明だが、1000年以上前と言われている。そんな昔にそれだけの事を考えていた人間が居れば、正に『魔術師』と呼ぶべき人物だろう?」
「説明ありがと。ソシアさんオタクのセラグ」
「黙れ」
「……それ、では」
「まぁ、金貨300枚と言うのが妥当だと分かった所で、全額払ってもらおう」
「無理だ! そんな金用意できるはずも無いだろう!!」
「用意する必要はない。お前が魔導書を使った時点で取引は成立している」
セラグが『真実の平等』をアドネに向け、言葉を紡ぐ。
「我は契約を執行する」
と、その言葉に呼応し『真実の平等』が光りだす。
そして、次の瞬間には目の前には金貨の山が出来ていた。
辺り一面の屋敷を代償として。
「ば、馬鹿な! そんな事があってたまるかぁっ!」
「確かにお前は『灯竜の鎮魂火』を買ったんだよ。……そこにあるのが、お前の買った『灯竜の鎮魂火』だった物、だ」
金貨の山の右の辺りに、細切れになった『灯竜の鎮魂火の破片が、かすかに残っている。
「そんな……」
「『堅牢の金庫』」
セラグが新しく小さな手帳の様な表紙に鍵穴の絵のある魔導書を取り出し、ページを開く。
そして、そのページに描かれた金庫の鍵を開け、その金貨を掃除機の様に吸い取り収納する。
数秒と経たず、金貨の山は綺麗さっぱり消えた。
「さて、行くぞレウリア」
「おっけー」
セラグは茫然としたアドネに背を向けたまま顔だけを向けて言葉を紡ぐ。
「最後に1つ、教えてやる」
「“本より高いものは無い”。特に、それが『魔導書』なんて代物の時はな。手を出しただけで大損する。決して使わないのが身のためだ」
「………あ、あぁ……」
絶望に暮れたアドネを背に、セラグとレウリアはアドネの屋敷跡を後にした。
――α――
「相変わらず容赦なかったねーセラグ」
「当り前だ。『魔導書』なんて物を欲している人間にかける容赦は無い。それが『傲慢』ならば尚更だ」
「まぁいいけどねー。そういえばさ、結局なんだったんだろうね? 『人喰らい』って」
「さぁな。俺も分からん。持ち主の少女は気が付いたら居なくなっていたしな」
「んー……分かんない。一体何だったんだろ」
「まぁ、言うなれば――“過度な開発に怒った森の精”。そんなところだろう」
「え!? 妖精さんだったの!?」
「……俺は、お前の前で“自然崇拝森林信仰の派生の化け物”だと言った筈だぞ」
「……そーいえば。そんな事もあったかもしんない」
「ま、あくまで推測だ。異常な怒りこそ感じたが、その理由は不透明だったからな。案外“供物を奪われた”とかそんな物かもしれん」
「うー……わっかんない。考えすぎて頭痛くなってきた」
「知らん。それより、朝飯は何にする?」
「あ、じゃあ……パンケーキ10枚でしょ、ワッフルを5個、それにドーナツも食べたいなー」
「……お前は、自重するという言葉を覚えろ」
「えー、、いーじゃんケチー」
朝早く、街が起きだし明るくなってきた頃、騒がしく通りを歩くパーカー姿の美少女とコート姿の青年。
その2人が出てきた屋敷の跡地には、細切れに破られた赤黒い革の表紙の本が、風に揺れていた。
「“本より高いものは無い”――魔導書を使っただけで、その代償は何よりも高くつく。そう、それは“森の精”でも“知識を司る堕天使”でも、な」




