― Yellowmen ―
その後、アドネの屋敷を出た2人は、そのまま駅前へと向かっていた。
「で、セラグ、どーするの?」
道を歩いていたレウリアが、唐突にセラグに声をかける。
「何がだ?」
「何がって、『人喰らい』の事。アレ、本物でしょ?」
セラグが一瞬驚いたような顔をしたが、すぐその顔を引っ込めて元の仏頂面へと戻る。
「ああ、まず間違いなく本物だろうな」
「じゃあ、蒐集しなくていいのー?」
「構わん。どうせ『二肢料本』の写本か、それとも『快楽旅行予定』の写本か何かだ。どちらにせよ、わざわざ赴くほどの物では無い」
「そっか。セラグがそう言うなら良いけどさー、面白そうだったから見物に行こっかなーと思ったのに」
レウリアが軽く唇を尖らせるが、セラグはそれを無視しどんどん歩いて行ってしまう。
「補給しなければならない物が幾つかある。さっさと行くぞ」
「待ってよセラグー。あ、そういえばさ、今回は金貨300枚だったねー」
「? ……ああ、そうだったな」
セラグは軽く考えた後、先程の『魔導書』の値段だと気が付いたらしい。
「随分とお金持ちなんだねー、あの人」
「アドネとか言っていたか。無駄に金を貯め込んでいたようだしな、それぐらいは持ってもおかしくは無い」
「悪人面じゃなかったけどなー。人は見かけによらないよ、ホント」
「……何故そこで俺を見る」
「いーや。何でもありませーん」
それだけ言うや否やレウリアが駆けだす。
「好き勝手いうのは構わんが、後でバテても知らんぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。体力じゃセラグに負けないもんねー」
「前も――ん?」
「どしたの、セラグ?」
「いや、良かったなレウリア」
「ほぇ? 何が?」
「どうやら、期待通り面白いことになっている様だぞ?」
セラグの目線の先には、先程まで屋敷で呆けていた筈のアドネが、広場で何やら大声を上げて騒いでいる集団の輪の中に入ろうとしていた。
その100人ほど集団は、皆一風変わった格好をしていた。
そこに居るほぼ全ての人間が、全身を蛍光色の黄色のペンキで塗りたくっていた。
他にも、銃や棍棒等の思い思いの武器を装備していたり、無駄に大きいバッグを背負っていたりと幾つか変わった点はあるが。何より太陽に当たって輝いている黄色が眩しい。
「ナニコレ? お祭り?」
「さぁな。俺に聞くな」
「え、じゃあ……すいませーん! そこのお兄さん!」
レウリアが人差し指をピンと伸ばして集団の中の1人を指す。
指された40代の、“お兄さん”と呼ぶには明らかに歳を取った男が戸惑いつつもレウリアへ向きかえった。
「……えーっと、俺かい?」
「そうそうアナタ!」
「お兄さん、って歳じゃないけどね。まぁ、いいよ。何だい?」
「えーっと、何でみんなそんな黄色くなってるの?」
男は豪快に笑いつつ答えた。
「ははは! “黄色くなっている”か。面白い言い方だね。確かに、みんな“黄色くなっている”。
この黄色はね、『人喰らい』の嫌う色だと言わているんだよ。これからおじさん、いや“お兄さん”達はちょっと化け物退治に出かけてくるのさ」
「へぇー……」
レウリアはその後男と二言三言適当に話した後、セラグへと向き直った。
「だってさ。伝承ってホント時々不思議な事を起こすよね」
「そうだな。だが……理由は分からないでもない」
セラグが顎に手を当て、太陽にきらめいている集団を見る。
「え? 分かるの?」
「“黄色”を嫌う理由はまず無い。が、“太陽”を嫌う化け物は古今東西溢れている。太陽光を受けやすい蛍光色は嫌われるかもしれん」
「へぇ……、そんな事は考えなかったなー」
「蛍光塗料などそう昔からあった物でも無い。ここ最近で思いついたお守りの様な物だろう。まず間違いなく効果は無いが」
「ま、傍から見れば滑稽だけどねー」
先程まで蛍光色を全身に塗った人間と会話していた少女は、ある意味残酷に現状を指摘した。
2人が見物し始めてから暫くすると、どうやらこの集団の人員は、全員“黄色く”なり終えたらしい。
さらに、いつの間にか黄色い鎧と盾を構え、肌を黄色に塗ったアドネが集団の中で指揮を取っている。
「皆の者! 我々は、これより人在らざる悪魔『人喰らい』を倒しに行く! 罪なき人々の命を奪った残虐非道なる悪魔を、退治しに行くぞ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
「戦争か何かか」
セラグのツッコミも無視し、アドネを先頭に次々と街の東の門から“出撃”していく。
「で、私達はどうするんだっけ?」
「帰る。と言いたい所だが買い物が先だな」
「ふーん。じゃ、私は先にホテルに戻ってるねー」
「鍵を失くすなよ」
「分かってる分かってる。それじゃぁねー!」
手を振りながらホテルのある大通りへと走っていくレウリアを眺めつつ、セラグもゆっくりと歩き出した。
――α――
セラグとレウリアが別れてから少しばかり時間が過ぎ、空が夕焼けに染まりきった頃。
「こんな物か」
“ベルレ総合肉取扱店―牛豚鶏羊馬兎鹿その他何でもあります―”と書かれた店の中から、セラグが現れた。
右手には何やら大きめの袋が、左手にはいつものアタッシュケースが握られていた。
袋の中には、ビーフジャーキーやスモークチキン等が大量に入っている。
「まず必要は無い筈なんだがな」
鉄道が発明され、その気になれば1週間ほどで大陸を横断する事すら容易になった今において、旅をすると言ってもセラグの持っている食料品の類はあまり必要ではない。
どちらかと言うと、金銭の有無が重要であり、そういう意味では無駄に金を浪費して食料を詰め込むのは必要のない行為である。
「コレを使う日は来ないといいが……無理だな」
だが、今までこの“緊急用”食料にお世話になった事が数回あるセラグは溜息をついた。
しかし、自分が溜息をつきつつも微かに笑っている事には、セラグは気づいていない。
「さて、ホテルに――」
「セラグー!」
「――戻るか」
独り言の途中で後ろから抱き付こうと突進してきたレウリアを躱したセラグは、そのまま何事も無かったかのように歩き出す。
「ちょちょちょっと! ちょっと待ってよ!?」
が、大声を出しながら再度腕にしがみついてきたレウリアに面倒くさそうに振り返る。
「何だ? 俺はホテルに戻るのに忙しいんだ」
「そんな冷たいこと言わないでよ!? ってそんな事より! ちょっと凄い事になってるの!」
「何を――ん?」
と、レウリアが走ってきた方を指差すと、先程全身蛍光黄色にした集団が居た辺りに、何やら人だかりができていた。
ただ、それは出発前の騒がしい雰囲気では無く、暗く沈みながら混乱しているといった状況の様である。
「一体何があった?」
「『人喰らい』に会って、討伐隊が全滅したんだって」
「それで?」
「で、誰も帰ってこないのを訝しんだ街の人がまた何人か捜索に出て、また全員居なくなっちゃったんだよ!
80人丸々全員だよ!? 1人残らず、全員。死体どころか体のパーツすら見つかってないんだってさ!! これってミステリーじゃん!?」
レウリアのマシンガントークに気圧されつつ、セラグがレウリアにうんざりした様な声色で問う。
「……だから?」
「ねね、私達も行こうよー、『人喰らい』って何か凄そうじゃん! 100人みんな全滅とか!! 一体どうやってやったんだろうねー? 気になるじゃーん!!」
セラグの腰に抱き付き、大声で話し続けるレウリア。
セラグはその声にうんざりしつつ、渋々頭を縦に振った。
「分かった。行く。行くから大声で喚くな…………」
「よっし! それじゃほら! しゅっぱーつ!」
「まったく……」
レウリアに手を引かれつつ、セラグは街の東門から、薄暗い森へと走っていく。
太陽が沈みかけ、暗くなり始めた森へと。