会社 午後8時16分 ~告白
・・・ 42% 67% 81% ・・・ パソコンに表示される文字がもどかしい。
大樹は瞬きもせずに見つめたモニターが、完了の文字を表示した瞬間、USBを掴む。あとはアパートで確認してからの話だ。
きっちり締めていたネクタイを片手で緩め、深く息を吐きだす。気づかぬうちに緊張はしていたようだ。もう一度、意識的に息を深く吐きだして・・・。
「佐藤くん、こんな時間まで仕事けぇ?」
思わず、肩が跳ねた。
振り向けば、いつもと同じ、人の良さそうな笑顔を浮かべた支店長がドアの横で立っている。廊下の電灯とパソコンの微かな明かりで、その笑顔はやたら不気味に見えた。
雑居ビルの、他のフロアからはまだ微かに人の気配を感じるが、このフロアには大樹以外はいないはずだった。全員帰るのを確認して、自分も会社から出て、時間を潰して戻ってきていた。
2時間ほど前に帰ったはずの支店長もスーツのまま。
「感心せんぞいね。うちはこれでもホワイト企業を自認しとるんやから」
「すみません。松本さん」
大樹は軽く頭を下げ、USBに手をかける。
「ちょっと気になる事がありまして」
「君も、東京からいろいろ言われて、大変ながやろうけど」
言われた瞬間、思わずUSBを取り落とす。
「もう遅いし。早よ帰りまっし」
見逃すのか? 出かかった言葉を飲み込む。
大樹は床に膝をつき、USBを摘まみながら支店長を見上げた。10センチ以上差がある身長が、この角度からだと更に嫌味なくらい高く感じる。自分と違って男らしい顔立ちも更に嫌味だ。
いつもは出来ている笑顔ができない。
USBに気づいているだろうに、何故何も言わない?
支店長と視線が交わる。
「おやおや、いつも笑顔の佐藤くん。素はほんな感じけぇ」
支店長が、一歩近づく。
大樹は体が強張るのを感じた。今でこそ地方の支店長なんてしているけど、少し前までは東京で確実な実績を上げていたという。本部とケンカして、田舎に飛ばされたが、嬉々として『これで地元に帰れる』とか言って左遷されてここに来たとか。飛ばされたはずの田舎で、また実績を上げて・・・。
本部が警戒するのも無理はない。
「嫌だなあ。何の事ですか?」
何とか絞り出す。口が渇く。
笑顔だ。笑顔。いつもの通りやれば、出来る。こっちだって下積みから雑用仕事押しつけられて、やってきているんだ。
「いやぁねぇ。今でも本社の面白がる人達がおってねぇ。わざわざご注進してくれたんやぞ。本部から監査を兼ねて凄腕が来るって」
バレてるのか。くそっ、情報漏れ。リスク。
本部の連中は何してくれてるんだ。
「僕じゃないですよ」
更に何とか絞り出す。
「まあ、ピンクの髪のあいそらしい子が来たなぁ、と思うとってんけど」
「支店長こそ。東京での仕事、聞いてますよ」
まだ行ける。押せ。確定はしていないはずだ。
「だけど。初めて会った時はびっくりしましたよ。支店長、訛りきついし」
「聞いて来とるげんろ~。こっちの出身なんやわぁ。しゃ~ないやろ、ばあちゃん子やったし。こっちに戻った瞬間、標準語なんて忘れたわ」
支店長がもう一歩近づく。
「別に見られて困る事なんて、なぁんにもないげんぞ。調べたかったら、幾らでも調べまっし」
バレ確定。バレてる上で、何を調べろと? 無理でしょ。
これじゃお手上げ。本部に言って、別の方向から探ってもらうしかない。手の中のUSBをスーツのポケットに押し込む。
「それじゃ、失礼します」
とりあえず、USBだけは確保した。
支店長の横を通り過ぎる。
「あ~、一個だけ」
大樹は思わず、支店長を見上げる。
笑顔の奥の目は笑っていない。
「うちの、ちょっこし、きかんけど、可愛らしい子。ちょっかい掛けるの、やめてもらえるけぇ」
支店長の視線が、彩さんのデスクでとまる。
大樹は大げさに肩を竦めて見せた。
訛りがきつくて、何を言っているのか、ほぼわからない。でも彼女の事だと気づいた。気づかされた。
「何の事だか」
「大事な子ねんちゃ~」
「松本さん。彩さんの兄か父親かなんかですか?」
支店長の眉がぴくっと動いたのが見えた。
「ちごうよぉ。大切にしとるが。だから東京から来て、しばらくしたら戻る君には、遊び半分に手を出してほしくないんだよねぇ」
彩さんモテてるよ。自分ではモテないなんて言ってたけど、俺以外に、身近にもう一人いたみたいですよ。
強力なのが。
だけど、こっちだって譲るつもりはない。勝算は低くても。
「知ってます? 世の中には聞ける注意と聞けない注意ってあるんですよ」
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