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15:00

作者: あかさかな
掲載日:2025/10/12

 午後3時のアラームで目が覚めた。部屋は暗い。

 

 もうそんな時間なのかよ、と悪態をつきながら、体を起こそうとする。頭は重く、上がらない。

 

 新年の集まりでうるさかったリビングは今や時計の音だけが響いていて、陽の光は重たいカーテンに遮られて隅に沈殿している。


 再びアラームが鳴る。3分のスヌーズじゃ気分なんて変わりやしないのに、もう十分寝ただろ?起きろ、と騒ぎ立ててくる。爽やかなメロディで。今度はしっかり「ストップ」を押して、スマホをどこかへ放り投げた。


 ……

 

 まだここにいようよ、とブランケット。


 ダメダメ、ここで寝たら終わる。今からバイトなんだ、起きて行かないと。


 私を唆す甘い言葉をなんとか振り払おうとしてソファに手をつき、力を込める。しかしバランスを取れずに床に転がってしまった。今日はまだご飯を食べていない。


 まぁもう少しだけ……


 いつの間にか床に散らばっていたルーズリーフの紙束を押しのけて、床にうつ伏せになった。暖房が効いていてちょうどいい温度。バイトは16時開始だから、支度に、ご飯に、移動で、あと15分は眠れるかな……


 ブランケットは被らない。起きれないからね。おやすみ……






    

 なんてこと考えてるからほら、こうなる。また今日も。時間に余裕を持って用意しないから。ソファでグダること早30分、もうあと5分で家を出なければならない状況で、シャツのアイロンがけ、いなくなったベルトやペンとのかくれんぼ、寝癖のしつけを済まさなければならなくなった。


 仕方がないのでアイロンは襟、袖、正面の3部位だけかけて、あとはジャケットでカバー。

 次はかくれんぼ。ペンはすぐに見つかった。ソファの下の隙間に忍び込んでいたのを先ほど薄目で見ていた!天才。

 あとはベルトと寝癖……はしょうがないか!少しガニ股で歩けば大丈夫だろ。髪の毛だって、踊りたい日はある。

 今回は家の鍵とネクタイが最初から揃っていて、ペンもすぐに見つかり、さらにベルトと寝癖を無視したことでアイロンがけスタートから巻きに巻いて驚異の6分半で家を出ることができた。今日始め完璧な出だしだ!!!

 

 5分遅刻した。


 塾の校舎に入るとすぐに塾長がこちらに気づいて、今日の授業予定表を渡してくれた。私の「お疲れ様です。申し訳ないです、すみません」に覆いかぶさる「いえいえ大丈夫ですよ」と困った眉。全力で自転車を漕いで火照った私の体を冷ます一番のクーラーだ。しかし汗は引かない。

 ミニすみませんをいくつも繰り出しながらそそくさと授業の準備をして席に着いた。生徒たちはもう問題を解いている。


 ふと、正月のことを思い出す。今年も関東に住む叔父の家族がこちらに帰ってきて、皆でおせちを囲んだ。

 

 その日だけ、家は塾になる。

 

 もうかれこれ出来の悪い生徒をやって4年、元旦に開かれる特別講座は年を追うごとに長くなっていて、今年はいいちこ1Lパックが2つも空になった。自室に引きこもったり出かけたりするのは許可されておらず、(それを強行したところでさらに惨めになるだけなのでやる気もないが、)リビングでただひたすらに「はい。ご尤もです」と答えるだけの私。教え甲斐のない生徒だ。


 しばらく思い出さずに済んでいたのに。酔って顔を真っ赤にした教師たち。伊勢海老や黒豆煮を前にしてみんなありえないほど声を大きくして豪快にしゃべっているのに、論調だけは落ち着いていて、私を見つめて離さない。

  

 説教される原因は自分にある。それでも、今はうるさいから消えてほしい。


 個別指導タイプの塾だから、生徒に問題を解かせている時間はどうしても暇になる。その暇は、せっかく蓋をしてしまい込んだ臭いものを持ってきて、いらないことをつらつらと私の目の前に並べて言うんだ。「先生、この問題が分からないです」と。

 

 はいはい、その臭いのはしまっておきましょうね。と言いかけて、焦る。ちがう、今のは生徒の声。


 少し椅子を寄せて、問題文を読む。少し長い問題文だ。これは中点連結定理を使う問題なんだよ、と説明を始めた。生徒と私は机を挟んで向かい合っている。逆さ文字を書くことにも慣れてきた。漢字以外なら案外きれいに書ける。

 

 解説に夢中になってただの自己満足にならないように、要所要所で立ち止まって生徒を確認するのも忘れずに。

 

「今の説明で分かりにくかった所ある?」

 

 生徒の瞳は不安そうに揺れなかった。よかった、今回はスムーズに理解できたみたいだ。解説を終えた後も、その子の手は動き続けている。

 

 この子は4ヶ月前、5月に入ってきた中学三年生。入塾当初はhaveの意味すら曖昧だったのに、意外と順調に成績が上がってきている。夏期講習で何か心変わりがあったのだろうか。



 


 バイトの帰りに、コンビニの照明に照らされながらもう一度、元旦のことを思い出す。叔父を玄関で見送った時の、こちらを見て優しく笑う目には何が映っていたのだろう。


 日々どんどん悪い方向に人生が向かっていて、その原因の99%は自分の行動で、しかしそれを正そうという気はさらさらなく、日々だらだらと時間だけが過ぎている。 


 塾生には自分の行動が他人に与える影響を考えろと言って、私は声変わり前の弟の前でだらしない格好をしている。


 漫画に登場する話の分からない教師も仰天するほどのダブルスタンダードの渦の中で、ただ指の一本も動かそうとせずにベッドの上で過ごす自分に価値を見出そうとし心機一転、続かない新しい趣味に手を出してみたり、俯瞰して全てを理解した気になってせっせと文字を打つなかで”100”を”99”と思い込んでみたりする。


 最後にいつ掃除したかも忘れた部屋の床には頭髪がはえていて、生きてるみたいでグロテスク。 4カ月前に迎えたピアノは、布をほこり防止用にかぶせているけれど、柄の紫色の果物はおそらく既にダメになってしまっている。 

 

 最近は少し日の落ちるのが早くなって、ようやく秋の涼しい風を楽しめるようになってきた。それでも私は、果物でも買って帰ろうか、いやいつも一口しか食べないよね、と結局何も買わずじまい。


 いつもブランケットにくるまってばかり、カーテンを開けそびれて、自分は、いつしか窓枠の錆になって、年に一度の大掃除の時にこそぎ落とされる厄介者になるのだろう。それでまた、来年には復活している。

 

 私も何かにガツンと突き動かされるように生きられたら……

 

 今はどうだ?


 べちょ……とかか……?


 まるで、食べるのが遅いせいでアイスクリームが地面に落ちてしまったような音。泣いている子どもが目に浮かぶ。コーンじゃなくてカップにすればよかったのにね。


 今日、大学を辞めた。

せっかくできた文章だから、どこかに吐き出さないと勿体ないと思って古いアカウントを引っ張り出してきた。前回の作品の投稿から4年も経っているのに、相変わらず受動的な思想の持ち主だと思う。いかに時間を無駄にしてきたかがよく分かる。脂っこいものを受け付けなくなってきたことくらいが唯一の変化。

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