表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/12

ep.5 業務改革第一歩め ~祈祷受付

「整理番号制を導入します。一日で捌ける枠は上限決めて、その分を朝一番に配布。急ぎは別枠で優先対応」


 理央は、侍女たちを集め、大きな羊皮紙に図を描きながら、簡潔に説明した。


 常に空気のような存在だった聖女からの唐突な提案に、侍女たちは一瞬、顔を見合わせた。

 やがて、一人の年嵩の侍女が、恐る恐る口を開く。

 彼女は、この場所で長年働いてきた為、変化を恐れる気持ちが強いようだった。


「それでは祈りの平等性が……! 全ての民の祈りを、等しく受け入れるのが聖女様の務めではございませんか。もし、整理番号がもらえなかった方がいらっしゃれば、その方は神に見捨てられたとでも思ってしまうかもしれません」


 静かな瞳で自分を見返す少女は、このように強い瞳をしていただろうか。

 すべてを知り尽くしているような叡智の宿る色合いに、発言した侍女は怯む。

 それでも侍女は、聖女の発した言葉を正確に理解し、純粋な懸念を口にした。


 聖女を見る目には疑念の色合いが浮かんでいる。

 この聖女は、もしかして教会内の殆どの者と交流を持たなかったのだろうか。

 理央は、淡々と観察していた。そして思考を巡らせる。

 その懸念を理解しつつも、より本質的な解決策を提示する必要があると感じた。


「うーんとね、公平と平等は違うんです。全員を長時間、不満を抱かせながら待たせるのが平等ではないの。それはただの非効率。ちょっと想像してみて。本当に急いでいる人が、何時間も、何日も待たされたらどうなると思う? 病気が悪化したり、大切な商談を逃したり、命に関わることだってあると思うのだけれど」


 理央は、一言一言、はっきりと論じた。

 彼女のその言葉には、物事を順序立てて、矛盾なく、筋道を立てて考える思考方法――いわゆるロジカルシンキングが遺憾なく発揮されている。


「教会に所属している私たちが目指すのは、最大限の奉仕を、最大限の人々に提供することでしょう。そのために、処理能力に応じて線引きして、仕組みで回すのが――公平。整理番号制にすることで、自分の番がいつ来るか明確になり、待ち時間の疲労や緊張が軽減される。それに、急ぎの案件はきちんと対応できるように別枠を設けるし、対応できなかった分は翌日以降に持ち越す。情報は皆で共有し制度として管理すれば、誰がどれだけ待っているかも一目瞭然よ。無駄な待ち時間をなくすことで、より多くの民の祈りを受け入れることができると思うのだけれど」


 理央は淀みなく言い切った。

 彼女の言葉には、揺るぎない自信と、長年の実務経験に裏打ちされた説得力があった。侍女たちは、物言わぬ聖女だった筈の少女による論理的な説明に圧倒され、ぽかんと口を開けたままだった。


 理央の頭の中には、すでに新しい祈祷受付の光景が描かれている。


 導入当初は混乱も生じた。慣れない整理番号の配布、緊急度の判断基準、そして長年染み付いた先着順の意識を変えることは容易ではなかった。しかし、それらを机上の空論で終わらせるつもりはなかった。


「皆が不安なのはよく分かるの。だから、最初は私がお手本を示します。一緒にやっていきましょ」


 理央は自ら窓口に立ち、侍女たちに手本を示した。


 朝早くから窓口に並んだ人々に、笑顔で整理番号を配布し、簡単な聞き取りを行う。

 緊急度が高いと判断された依頼は、別室で待機してもらい、専門の聖職者が対応できるように手配した。


 聖女が自ら受付対応をしているという事で、一気に教会への参拝者が増える。それは教会への献金や寄付。つまり資金源の増加に繋がり、意外な事にも教会運営上層部から苦言が呈されることが無かった。


 だが、時には、新しい制度に不満を漏らす頑固な信者もいた。そんな時、理央は毅然とした態度で、しかし相手の感情に寄り添いながら対応した。


「お待ちいただくのは、私としても、とても心苦しいのです。ですが……この仕組みは、皆様により良い祈りの場を提供するためのものです。ご理解いただけますでしょうか」


 新しい制度によってどれだけの人が救われるかを具体的に説明すると、多くの信者は納得してくれたようだった。時には、待ちくたびれて泣き出す子供を、優しく抱き上げてあやすこともあった。あまりにも人間味あふれる対応は、聖女としての威厳を損なうどころか、かえって民衆の心をつかんだ。


「聖女様が、こんなに親身になってくださるなんて……!」


 結果、混雑は劇的に改善され、苦情も激減。

 窓口の待ち時間は大幅に短縮され、侍女たちは、以前よりも少ない負担で、より多くの祈祷依頼を処理できるようになった。


 彼らの表情には、少しずつ笑顔が戻り、その手つきも自信に満ちたものに変わっていった。


 彼らの理央を見る目には、単なる聖女への畏敬だけでなく、深い尊敬の念が宿り始める。

 彼らは、理央が単なるお飾りの聖女ではなく、本当に自分たちの労働環境を改善しようと努めている事を実感したのだ。


 こうして祈祷受付という、教会の最も基本的な業務を改善することで、組織全体に新しい風が吹き込み始める。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ