ep.29 闇夜を駆る
まるで遊撃戦だ。
黒灰の長い衣に身を包んだ理央は、王都の路地裏を駆け抜けていく。
光の残滓を撒き散らしながら。
いかんせん、理央自身この謎の光を発する力を、そこまで制御できていない為、この状況は予定外である。分厚いフードを頭からすっぽり被っていても、夜の闇に光の粒子が零れ落ちていく。ついでに走っているので、中々に目立つ。
決してやけくその行動ではない。
「リオさま、こ、こ、こちらに!」
養護院の裏手門から、敷地内に身を滑り込ませる。
ここは教会直営の養護院である。
だがしかし、教会上層部からはとうの昔に見放され、一部の神官の善意によって、ほそぼそとなんとか運営が続けられていた。
地味に長く続く隣国との衝突で、フォリフォンヌ王国の戦災孤児は増加の一途を辿っている。カナンもまた、尊い犠牲があってこそ、存在する一人である。
聖女付き侍女を唐突に解雇されたカナンには、この養護院以外に帰る場所は無い。まだ成人していないとはいえ、養護院で暮らしている子供たちの中でも成年に近い彼女は、運営の助けとなるべく、侍女を解雇された後も外で働いている。朝から夕方までは路地裏の刺繍工房に勤め、夜は幼い子供たちの世話に忙しい。
そんなカナンの元に、神官の一人、アスランが訪ねてきたのは、昨日の事だった。
なんでも、聖女様がお忍びで街に出て、民の為に祈祷を行うという話だった。その場所のひとつが、カナンの養護院であると告げられた。
街の人間に身をやつした騎士達が、表門の内側や裏門付近に控えている。お忍びとは云え、尊い身に何事かが起こっては大変である。その為、護衛が何人も出入りをしているのだ。昨日から今日までの短い期間で、あっというまに聖女を受け入れる準備が整えられ、カナンはこうして久しぶりに聖女の側仕えとして、その手を引いていた。いや、反対に引かれている。
「ふー、めちゃくちゃ走ったわ……こういう時は踵の低い靴じゃないとだめね」
コップ一杯の水を一気に飲み干し、頭からフードを取り去った理央の変わらぬ姿に、カナンは泣きたくなった。
「カナン大丈夫にしていた? ここって直営って話よね……」
すかさずアスランが書類を捲っていく。
「養護院運営費の統括はカティス枢機卿ですね」
「あの太ってるおじさんね」
理央の心のうちにあるブラックリストの筆頭にその名前がある。
続けて、教皇以下、私利私欲に走った者達。
自分は正義の代弁者ではないが、たとえば、ここに居るカナンや、それからこの身体の元の持ち主の少女の犠牲の上に成り立つ制度には、単純に腹が立つ。
室内に滑り込むようにして入ってきたジークが「次にいくぞ」と短く告げる。
理央は出掛けにカナンをそっと抱き寄せ、そっと耳打ちした。
少女が何を告げたのかは、ジークにもアスランにも聞こえなかった。
裏門を出る直前に、理央は両手を天に掲げる。
「どーん、ってね」
その両手からまるで流星のような光が上空へと突き抜けていき、闇夜を刹那彩った。
「人間花火みたい」
「――そういえば爆発聖女だったな」
前を向いたまま感慨深げに言われ、理央は反射的にジークの背中を叩く。
その程度の衝撃ではびくともしない体幹に、ツンと顎を上にあげ、裏門のくぐり戸を抜けていく。そして夜の街へ。
北区には貧民街があり、とても暗い。
街灯もなどない為、何か行動を起こすには都合の良い場所だった。路地裏に倒れこむようにして寝ている老人に、何かできないだろうか、と隣を行く騎士を見上げるが、静かに首を横に振られた。
今はまだ何もできない。ただ騒動を起こして注目を引き付けることしかできない。滲む悔しさに理央は唇をきつく噛みしめ、次に選択されている場所にむかって走る。
その晩、北区に現出した光の柱は、七本。
柱の中心で黄金の髪をした少女の姿を見た者は少なくない。
★
「ごめん、今更なんだけど、聖女の力ってなに?」
王宮地下にある監察局詰所。そこは王家直属の精鋭たちが秘密裏に動く情報の中枢だった。
かつて使用されていた地下水路を辿り、この場所に辿り着いたのは、明け方近く。
木は森に隠せではないけれど、あまりにもこの場所は大胆すぎるのでは、と理央は個人的に思う。
そもそも監察官は王による勅命で任務にあたっているのだ。理央にとってはブラックリスト上位に存在する大本営の足元に居る事実は、複雑な気持ちにさせる。そして、近衛騎士第二隊の長ジーク・オベールリヒト、副官のルキウス、部下のレオ、監察官を兼任している彼らは、本当に自分の共犯者たるものなのだろうか。とはいえ、夜中走り回っていたものなのだから、疲労感がとてつもない。気を抜くと意識を失ってしまいそうだ。
理央の一言に、詰所内の執務室は一瞬、静寂に包まれた。
「今更っすよ」
レオが苦笑混じりに突っ込む。
「今さらって……だって、なんか光るし、ふわーってなるだけの時もあるし、なんかこう……ビームってわかる? 光線みたいなので壁壊したじゃん私の」
「聖女様の力は……」
ルキウスが思案するように、手元の記録書に目を落とす。
「記録によれば、奇跡の力、神秘、神の御業には幾種もあり、いずれも通常の魔術では不可能な現象とされています。聖キヨイは呪いの解除、記録の中には治癒や生成なども記載が有りますが、詳細は不明です。兎も角、魔術では不可能な現象が、神の力のようです」
「うーん……つまり? あのふわふわの光は魔術では不可能?」
「ふわふわはアレじゃないっすか? 花咲かせてたし、そういうの。魔術で促進ってできますっけ?」
「そもそも花壇に植えたのって野草の種じゃないから、促進ではないんじゃない?」
「促進にしては、速度が異常すぎますね。魔導院が採取した野草を調査しているようですが、通常の野草とは違う物に変質していると聞きましたよ」
「んじゃ、なんだろう……生成? でも、新種作るのって、魔術使わなくても地道な作業で出来そうじゃない」
「確かに」
「破壊」
ジークが椅子に寄りかかりつつ、真顔で言い放つ。
「え……なにそれ、地味に酷くない?」
「塔の破壊された壁はいかなる修復も受け付けないらしいぞ」
「破壊は魔術でも出来ますが、修復を受け付けない破壊となると、存在そのものを損傷する感じでしょうかね。壊すついでに呪いを付与するといった具合で」
なぜか納得したような顔で、ルキウスが続ける。
「ちょっと待って、一応、聖女……聖なる力! それ完全に悪役の技じゃないの」
「では、奇跡を視認する力でどうだ」
「どうだって言われても!」
「まあ、ふわふわ綺麗っすよね。癒し?」
「癒しの存在を光として他者に共有し認識させる」
「いかにもっぽく言いまわしてるけど、ちょっとよく判らない……」
「だが、あの光で、救われた者も居るだろう。そしてそれを利用して民意の波を動かそうとしている」
氷蒼の瞳に、ごく僅かに甘やかさが滲む。
その色に絡めとられた理央は、一瞬声を失って、思わず顔に手を当てた。
ルキウスが控えめに咳払いし、眼鏡の縁を持ち上げる。
「さて、本題に入りましょうか。――聖なる裁きの儀式場が通常と異なる配置で準備されています。今回の祭壇は聖教会内に仮設。関係者以外の立ち入りは禁止。教会外周には遮蔽柵が設置。さながら舞台装置のような構造……。祭壇からそのまま、裏手の洞へと移送する導線が設けられていますね」
「それから、聖女様と背格好の似た少女が複数名捕らわれました! そのうちのお一人と、聖女様付きだったセイラさんが、入れ替わりを申し出てくれて、アスランと近衛が迎えに行ってるところっす」
「セイラって、まさか、身代わり……教会は替え玉を用意してるってこと?」
ジークは鼻で笑った。
「呆れるほどに解りやすいな。どいつもこいつも自分の都合しか考えていない」
彼らの予測は概ね当たっている。
教会は、ムールブルグ家の顔を立てて、表向きは予定通り、聖女を処断。
しかし裏では、儀式自体にリオ・アリミヌエ当代聖女本人さえも登壇させず、秘密裏に処理しようとしている。彼らの都合よく、力を揮うお人形を得るための下準備に余念が無かった。




