ep.27 聖なる裁きという欺き
「痛て」
「貴方のうっかりとした口はどうすれば、妄言を紡がなくなるんですかねえ」
「妄言って、周知の事実じゃ――むぐっ」
なぜか回復薬を口の中に突っ込まれたレオは思わず涙目になり、足を止めた。
「これめちゃくちゃ不味いから嫌いなんですけど~~」
「はあ……」
思わずついて出たため息に、ルキウスはそれ以上語らず、ジークの背を追う。
不慮の事態とはいえ、聖女からこの三人全員が目を離しているという状況は不味い。
少女の幽閉されている塔に急ぎ戻ると、階下では腹痛に苦しむ部下や神官達が転がっていた。
階段を駆け上がると、所々が一気に荒廃が進んだように亀裂が入っている。
そして明らかな魔力の残滓。
しかし、気分の悪くなるような類のものでは無く、清冽なものである。
石段に響く靴音に、踊り場で仁王立ちしていた少女が振り返る。
月光を背にしたその姿は、ジークの記憶にある長毛種の猫の様だった。
「遅かったわね」
「何をした」
「失礼ねそれ。こういう時は大丈夫か? でしょ」
「あ、聖女様、ご無事っすか?」
「レオはお腹大丈夫なの?」
「あ、え? 大丈夫っす。さっきの回復薬って……」
レオは首を傾げながらルキウスを伺うが、彼の上官は何も答えず涼しい顔をしたままだ。
「ふうん、回復薬ってそんなに即効性あるの……ジークも走れてたし。全然追いつけないんだもん」
「部屋から出るなと、言ったはずだが」
「だって、逃亡予定なんだから、出るでしょう」
「へ、逃げるんすか? 今日?」
「本当は今日の予定だったんだけど、やめたの」
「あ、辞めたんすか」
「二人の会話を聞いていると、頭が悪くなるような気がしますね」
ぐいぐいとジークに肩を押される形で部屋に押し戻され、理央は不満げに口を尖らせた。
室内は先ほどの騒動で、多少荒れていたものの、階段や塔の壁面よりかは大したことない。
床に散らばった紙類を、理央は適当に集め始めると、三人の騎士達も手近なものから拾い上げる。
「随分、多岐にわたって集まったな」
「私、引きこもりで、暇人だから。ほとんど差し入れ。あ、それは宝物だから返して」
古びた革表紙の記録は、今は理央のもうひとつの魂とも言える。
何度も繰り返し読み込んだが、ついぞ、かの少女の記憶が蘇ることは無かった。
そもそも、もう居ないのかもしれない。
だから、あの時倒れた自分が、この身体に入り込んでしまったのかもしれない。
それは選ばれたとか、特別な事ではなく、完全にタイミング的な問題のように、理央には思える。
「で、今日の計画は頓挫したのだろうが、次はいつと考えているんだ」
どことなく、諦め口調のジークに、理央は小さく肩を竦めるだけだった。
「もうここまできたら私、怖いもの無いし。折角だから、聖なる裁き? ぶっ壊そうと思ったの。協力してくれない?」
ほえーとレオの間の抜けた声が部屋に落ちて、ジークは急激に頭が痛くなるような気がした。
「ジークも親聖女派なんでしょ」
小悪魔のように微笑んで首を傾げる少女の様子に、ルキウスはジークにちらりと視線を流す。
「なんすか、親聖女派って」
「派閥でしょ。聖女大好きーっていう人たちの集まりみたいよ」
「なるほど~~」
「成程、じゃない」
理央は近頃王都で始まり出した演劇の如く、緻密な脚本を護衛騎士たちに披露する。
聖なる裁きの儀式手順は、儀式を冠しているがゆえ、その手順が大きく変化している事はない。古い祭礼録まで引っ張り出して、理央はその手順や、進行役の台詞を含め、覚えたのだ。暇だったので。
「それで、私はこう返すのよ『神の名を騙った罰ですか……。それでは逆に、誰が神の声を捏造していたのか、証拠ごと叩きつけて差し上げましょう』」
言いながら、かつての神官達が聖女候補にあてて送った偽の掲示文の写しを掲げる。
「聖女さま、完全に悪役の顔してるっすよ」
「悪役の顔っていうか、まあ、敵からすれば悪なんじゃないの? この胸糞悪い記録を見たら、たいていの人は、忌避感を覚えると思うけど」
ひらりと、書類が追加される。
ジークが黙読し、ルキウスは読み進めていくうちに胸元を抑える。最後に読んだレオは「俺、親聖女派に今なったんで、悪役補佐やってもいいっす。あ……上司の許可が下りれば」と、言った。
「――よく見つけたな」
「まあ……この塔って別名、幽閉塔でしょ。そういうの結構散らばってるから、重要なのに、誰にも暴かれないと彼らは信じ込んでいる。頭めでたすぎるわよね。やっぱり閉鎖空間って人間の質を低下させるわ」
信託の儀による失敗記録。
魂の適合率は一割未満。
繰り返される強制召喚の試行。
その失敗による魂の破損。
理央とアスランが、荒廃した書庫の紙屑として散らばっていた、同筆の紙片を集めて張り合わせた記録には、そのような言葉の断片を拾い上げることが出来た。
確認できる筆跡の一部には、現在も存命である神官の名もある。
「彼らは神の力を都合よく使おうとして、無理やり別の魂を引っ張ってきてたってわけ。それこそ、聖女として掲示を受けたと見せかけ、自分たちの都合の良い器で実験を繰り返した。一つの身体に二つ分の魂をねじ込めば、魔力値っていうの? 単純に考えれば二倍になる。それが異界から引っ張った魂なら、きっと世界の理を捻じ曲げて、あの人たち曰くの奇跡? 神の力? が、定着するかもしれないっていう馬鹿馬鹿しすぎる発想の元、命を弄んできた。これって許されることではないでしょう」
一気に言葉を吐き出した理央は腕を組み顎を上げ、重たい沈黙に包まれた室内をゆっくりと見回す。
自分の切り札は見せた。
ここから先は、どうしても協力者ならぬ共犯者が必要なのだ。
それも特別に腕が立ち、ある程度の身分を有する――。
★
高窓から月光が差し込む中、カティスは一人、祭壇前の大理石に膝をついていた。
床の上には、刺客襲撃の報告と、それに関する諸々の報告書が並べられている。
「――まさか、アリシア妃殿下が、ここまで露骨な手を使うとは……」
手にした報告書の端が、かすかに震えていた。
神力という不確かな信仰の核を、教会はこれまで慎重に管理してきた。
だからこそ、異物である当代聖女の扱いには、表向き封印という形で抑え込むつもりだった。
だが、アリシア王太子妃が暴走し、刺客まで放ったとなれば話は別だ。
「これでは、教会の威信どころか、統治構造自体が揺らぎかねない……」
眉間に皺を寄せたカティスは、静かに立ち上がると、上層階へと足を向けた。
黄金と深紅の装飾が施された静謐な空間で、教皇は悠然と香を焚いていた。
柔らかなクッションの山に埋もれるように、茫洋とした目つきで、銀杯を手にしている。
「おや」
「猊下、休息の刻限が近いというのに恐縮でございます。……少々、穏やかでない件についてご報告があり……」
カティスは丁寧に膝をつき、うやうやしく書状を差し出す。
それを一読した教皇の表情は、僅かに陰る。
「……この襲撃が、王太子妃アリシア殿下によるものだと?」
「明言はされておりませんが、状況証拠としては充分かと」
「なるほど……ムールブルク侯爵家からの寄進の額を考えれば、荒立てるのは避けたいものだのう」
カティスの目が細くなる。
「ですが、ムールブルク侯爵家との緊密な関係は、民衆から逆に疑念を招くことになるやもしれません」
教皇は、長く指を組んで沈黙した。
やがて、狡猾な笑みを浮かべる。
「ふむ。我らが守るべきは、信仰と秩序。欺きの帳を一刻も早くおろさねばならんのう」




