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【完結済】180日後に処刑予定の転生聖女は教会の労働環境を改善しています。ブラック職場からホワイトへ  作者: 水月


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ep.25 密書の波紋

 玉座に腰かけた老王フレドリクは、何も言わず、ただ天井の文様を見上げていた。

 そのまなざしは、かつて数多の戦場を渡ってきた男のものだったが、今はただ遠くを見つめるような穏やかさをたたえている。


「……あの子の力の話を聞いたか」


 控えていた近衛長が静かに頷いた。


「はい。教会より報告が上がっております。幽閉されている塔周辺に、季節外れの花を咲かせたそうです。寒さにも関わらず、まるで春が訪れたかのような……」


 王は静かに目を閉じ、短く息を吐いた。


「フェルディナンが、戯れを起こさなければ……あの子にもまた、あるいは、違う運命があったかもしれんな」


 その言葉に、近衛長は何も返さなかった。主が抱える後悔は、彼にさえも触れられないものだった。フェルディナンとは、王の息子であり、現王太子でもあった。若き頃の彼の息子は自由を愛し、王族の責務を厭うたのだ。


 王太子妃アリシアは、いつも以上にイライラとした様子で筆を走らせていた。

 先日、教皇に送り付けたはずの密書に対して未だ返答がないため、枢機卿に催促の手紙を送るのだ。文面は一見、礼儀正しい貴婦人の挨拶で始まっていたが、その内実は私情に満ちたものだった。


『かつて殿下が心奪われた侍女――その忌まわしい娘が、神に選ばれるなど、あってはなりません。教会の威信を守るためにも、早急なるご判断を』


 アリシアは、白い手で扇をぱちんと閉じ、唇の端をゆがめた。


「聖なる裁きの日まで、あとわずか……」


 彼女の背後では、侍女がひとり、沈黙のまま控えていた。

 主であるアリシアに意見するものなどない。


「リオ・アリミヌエ……私の誇りと地位を脅かす遺恨そのもの」


 アリシアの生家、ムールブルク侯爵家は代々、教皇派の有力貴族である。

 教会との結託は、政治的にも彼女の権威を保つ要であった。


 王太子妃アリシアからの個人的進言は、枢機卿カティスのもとへと届けられた。

 だがそれが、聖女を巡る次なる審判の引き金となることを、この時点ではまだ、誰も知らなかった。



 聖教会の最奥、重厚な扉の奥にある謀議の間。教皇をはじめ、教会の重鎮たちが静かに席を埋める中、枢機卿カティスは密書を卓上に置いたまま、無言でその封を見つめていた。既に内容は把握していたが、あえてその場で開封し、空気に緊張感を植え付けるための演出。ぱり、と封が切られた音が広間に響く。


「……王太子妃殿下より、教会への進言です。内容は明瞭――裁きの日に、必ず、聖女を無力化せよ、とのこと」


 枢機卿たちの間に微細な波が走る。

 それは、忌避というよりも、予想されていた合図を受け取ったような空気だった。


「ムールブルク侯爵家の意を汲んでの要請でしょうな」


 枢機卿ハーランが呟く。


「アリシア王太子妃は、教皇派の盟友である。彼女の申し出を無視するのは、今後の政の支障にもなります」


 カティスは頷いた。だがその顔には、わずかに迷いが浮かぶ。


「確かに、このまま聖女が制御不能な神力を示し続ければ、教会の枠組みは崩壊します。しかし……」


 彼の視線が、机上に置かれた別の文書へと落ちる。

 それは、聖女が幽閉されている塔の神官たちの報告――力の残滓を示した文書だった。


「当代聖女には、神秘の力が顕現している。再生……もしくは治癒……祝福」


「カティス殿、まさか」


 ハーランの声には警告の色がにじむ。カティスは静かに首を横に振った。


「私は希望の兆しに弱いだけです。それに折角の力を無効化するなど……それこそ神意に反するのではないかと思うのですよ」


 しばし沈黙が落ちた後、机上の密書に火が落とされた。羊皮紙は銀皿の上でしばし燻り、室内に重たい煙を流す。王太子妃からの密書はじわりと焦げ付いて、やがて崩れた。燃えかすを乱雑にペン先で崩した教皇シーリィーゼが、にたりと口を釣り上げた。


「それでは、儀式に見せかけ、表向きは聖女の封印を行うとしよう。ムールブルク侯爵とはまだまだ懇意にしていたいものだ……アレに似た姿形の者は貧民街あたりに転がっていよう。予定通り聖なる裁きで聖女は処刑とする。しかし、真の目的は、聖女の保護」


 それは、聖女に対する処置であると同時に――教会が自らの権威を保つための防衛策でもあった。聖女の力を、取り込む。都合の良い時にのみ行使する。目の前にあるのは黄金以上の価値のある力だ。そして力ある者こそが、この国を欲しいままに出来る。シーリィーゼの瞳には、既にフォリフォンヌ王国の玉座さえも手の届く場所にあるように見えた。


「賛同」

「賛同」

「――賛同」

「――」


 次々と肯定の声が上がっていく。否、あげざるを得なかった。今自分たちが有している立場を有耶無耶にしないためにも。やがてカティスも教皇の意図を理解し静かに頷いた。ルメルは一人黙したままだったが、小さく首肯した。


 だがその翌日。


 祈祷受付の前には、かつてないほどの民が列をなしていた。

 人々は口々に聖女の奇跡を語り、その力を求めて押し寄せる。


「聖女殿はどうされたのですか!」

「聖女さまの祈りの歌でうちの息子の熱が下がったんだ!」


 民衆の声は、怒号と化して門前に殺到する事態は、王宮にも伝わった。

 そしてフレドリクは、ついに判断を下す。

 民意を盾に、教会側の動きを制御する良い機会でもあった。

 どこまでも、あの子を犠牲にした王である己の行動を悔いることはない。ただ、一人の人間としては、申し訳なく思う。


「真の聖女に対し、我らがその保護を担うのも当然であろう。――近衛騎士団第二隊を聖教会に常駐させよ」


 王命は、王宮内に衝撃を与えた。

 近衛第二隊は、王族の身辺警護を主とする精鋭中の精鋭だ。それを教会に常駐させるということは、王家が 聖女を自らの権威下に置こうとする、明確な意思表示に他ならないからだ。


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