ep.21 熟慮断行
理央が幽閉されている塔の階下の一間に、ジークと副官ルキウス、そしてレオの三人が顔を揃えていた。
「この世界に来てから、ってあっさり言ってましたね」
ぽつりと漏らしたのはレオだった。
その対面に座るルキウスは、眼鏡の奥から冷静な視線を投げる。
「報告をまとめました。例の信託の儀とされる記録、および過去に聖女として記録された人物に関するものです。そして当代聖女に対して行われてきた信託の儀に関しても」
「ご苦労」
「まず、前提として信託の儀は上級神官すら詳細を知らぬ例が多い。だが――記録の断片から、異界から魂のみを召喚するものであることは、ほぼ確定と見ていいでしょう。厳密には、器はリオという少女。中に宿る魂は別の存在。それらを合わせて聖女リオ・アリミヌエが構成されているという事ですね」
ルキウスの口調は淡々としている。
「理論的には転生体のような存在が成立している可能性が高いと考えます」
「……魂だけ、か。陛下には駆け引きは通用しない。そのまま報告するしかないな」
ジークは無言で腕を組み、思考の海に沈む。
「……次の議題ですが、収穫祭で起きた光の奇跡についてです。我々で分析を進めています。現象の中心は、祈りの詠唱と所作の最中、聖女殿を中心に粒子状の光が発生し、上昇・消失。観測できた範囲では物理的な影響は皆無、だが民衆の目には神秘として映ったと思われます。個人的な意見として申し上げると、確かに神秘的で荘厳な光景でした。忘れたくても忘れられない、あれは。世に与えた影響は計り知れません。神官たちの間でも、聖女殿の正当性を認める声が増えています」
「つまり、教会上層部。枢機卿および教皇、そして親教会派のムールブルグ侯爵は焦っているだろう」
「……内密ですが、幽閉の継続に反対する神官も出始めました。信仰が、神殿から個に向かいつつあります」
ジークは深く息をついた。
「予測以上の事態を引き起こしてくれたな」
彼の視線の先には、窓の外。夕日が沈む街の上空に、微かに光が残っていた。
「だが、そういう時代なのかもしれん」
その独白に、ルキウスは黙って頷いた。
★
幽閉生活も、気づけば二週間を越えていた。
理央は今日も塔の小さな部屋に身を置き、活字の海を揺蕩っていた。幼い少女リオが残した記録はすでに一通り目を通したが、今では、それ以外もアスランに運び込んでもらい、古い神学書や儀式文書にも手を伸ばしている。しかし、帳簿や会議録に予算案など、理央が一番確認したい書類は、手にすることを禁じられてしまった。
「こっちはずいぶん堅苦しいわね。読んでるだけで信仰心が減りそう……」
愚痴をこぼしながらも、文字の海を泳ぐ。それ以外にする事が無いからだ。
食べるか、読むか、寝るか、もしくは筋トレである。
この身体で覚醒して以降、毎晩のスクワット効果か、多少歩き回っても、息切れはしなくなっていた。幽閉される直前まで、たった一人で裏の花壇を耕していたのだ。収穫祭の練習もまた、筋力トレーニングおよび体感トレーニング効果があったといえよう。
今の理央は、健康的でしなやかな筋肉を有した、成人少し手前の――女性といってももう差し支えない身体である。
「……なるほど、これが清めの式の正式な所作、っと」
ぼそぼそと口に出しながら、腕を掲げ、足を交差させていたところに、扉がノックされる。
「失礼します、聖女様」
現れたのはアスランだった。今日もトレイに大盛りの昼食を携えている。
「配膳係、ご苦労さま。昇進はまだ?」
「それはどうか、聖女様の方から王家へご進言してみてください」
軽口を叩きながら、アスランは手慣れた様子で食事を机の端に並べた。
「教会じゃなくて? フォリフォンヌ王国式の皮肉ってこと?」
「僕としては、聖女式のつもりでしたが」
思わず笑いがこぼれる。幽閉生活の中で、アスランとの軽妙なやり取りは、理央にとって数少ない救いだった。
「ところで。今日は少し珍しい差し入れが届いています」
そう言ってアスランが懐から取り出したのは、小さな手紙だった。封筒には、子どものような丸い文字で「せいじょさまへ」とある。
「どうしても手紙を渡したいと」
封を切ると、中からは色鉛筆で描かれた花と太陽の絵、そして不揃いな文字で「ありがとう またきれいなおうたききたいな」と書かれていた。
理央はしばし、その手紙を見つめていた。
「……なんで、ありがとうなんて言われてるんだろう」
「癒しを感じたんですよ。あの光と、祈りの歌に」
「ただ教わった通りにやっただけよ」
「その、ただ、が、心を動かすこともあるのです」
アスランの言葉に、理央は小さく息を吐いた。
作られた偶像。 けれど、今ここにいる自身が、誰かの心を動かした。
それだけで、少しだけ胸が温かくなる。
「実際、治癒にも似た効果が現れた者もおります」
「それはたぶん、プラシーボ効果的なやつだと思うけど」
「はて、ぷらしぼ?」
「偽薬みたいなもののこと。まあ歌うくらいは……人前で披露しなきゃいけないなら真面目に練習しないとね」
「その心意気、神様も微笑んでると思いますよ」
「いやたぶん、あの神様、私のこと無視してるわ」
そんな冗談を交わしながらも、理央はまた机に向かう。
読みかけの儀式書に、指を滑らせ、ふと思う。
収穫祭を過ぎて、新年を迎えるまで、あとどのくらいの時間が残されているのだろうか。




