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ep.2 状況把握

 理央は腕を組み、深々とため息をついた。この世界に転生して一週間。

 与えられた聖女という地位は、名ばかりでしかないことを痛感していた。


 現代日本で勤めていた会社でさえ、ここまで杜撰な管理体制ではなかっただろう。過去の聖女は例外をのぞき、ことごとく無能の烙印を押され、その結果、現在の聖女である自分もまた、処刑台への片道切符を手にしているようなものだ。


「とりあえず、二回も死にたくない」


 理央の脳裏には、社会人として培った会社組織内生存術が閃光のように駆け巡る。

 粛清される前に、周囲にこいつは役立つと思わせるしかない。

 そのためには、持てるスキルをフル活用するまでだ。


「原田さんまだ結婚しないんですかー?」と、お局OLとして揶揄されながら、荒波にもまれ、理不尽な要求にも笑顔で対応し、裏ではシステム改善のために徹夜を繰り返してきた経験が、今こそ試される時だ。


「過去の聖女は使えないボンクラ扱い? 上等。見せてやろうじゃないの、お局舐めるな」


 と、意気込んだ刹那。ぷしゅっと空気が抜けたかのように膝から崩れ落ちる。

 気持ちが前のめりでも、体力がついてこないのだ。このぽんこつな身体。

 前任者には申し訳ないが、あまりにも虚弱脆弱である。


 聖女とされる存在は、肉を口にするのは不浄とされているらしく、日に二度出される食事は炭水化物と果実で構成されている。筋肉量を増やし体力をつけたいのにも関わらず、肉魚類は却下されていた。


 食事を強制的に制限させ、体力を奪う。それもまたこの聖女という檻に閉じ込めておくためなのではないだろうか。

 実際歴代の聖女たちは、聖なる裁きなる裁定の日を迎える前に、その殆どが事故死や病死やらで亡くなっている。他者や俗世との関りを強制的に断たせ、粗末な食事を与えていれば、不健康で思考が胡乱になる人間を意のままに創り上げるのはそう難しい事ではないだろう。


 だがしかし、ベッドから身を起こした理央の瞳は、獲物を捕らえる猛禽類のように鋭く輝いた。

 まずは、現状把握。そして、問題点の洗い出し。前世でプロジェクトリーダーとして鳴らした彼女にとって、これはまさに得意分野だった。


◇◇◇


「セイラ、ちょっといい?」


 どこか舌足らずな自分の声には慣れない。

 なんせ、二十九歳だった自分は、不健康体を操っているとはいえ、現在十七才の肉体。

 なんと干支一回り分も若い細胞で満たされている。多少やせ過ぎで、目の下にはクマがあり、十分も連続して歩いて移動出来ない程体力が無かったとしても、プラシーボ効果的な何かで、身体の抱えるあらゆる負債を凌駕してくれるという、若さそのものを有しているのだ。


 理央がリオ・アリミヌエとして覚醒後、はじめてセイラに話しかけたときは、目の玉が転がりでんばかりに見開き「り、リ、リオ、さまぁ!?」とこちらが若干ひいてしまうくらい、前のめりになり、口を開けたまま固まってしまった彼女は、若いだけあって理解が早かった。


 高熱で頭のねじが少しばかり飛んでしまった聖女リオ・アリミヌエは、以前とは違って、自己主張もするし疑問点も口に出す。ただ生かされているだけのお人形の殻を脱ぎ捨てたのだ。リオ・アリミヌエは、どんなに世界に対して絶望を抱えていたのだろう。青白い血管が浮き出た細い手首を見て、理央は複雑な思いを抱いた。


「もちろんです! 本日はどうなさりたいですか!?」


 生ける屍だった聖女をお世話してきたセイラにとって、自分の主が、自分と同じように感情を持ち、思考するただの少女であることに関して、小さな喜びを禁じ得ない。

 時が経過するのを只管待つというのは、どちらかというと社交的で楽天的なセイラにとっては苦痛にも似た時間であった。


 しかも自分と同じ年頃の娘が、自由を奪われ、意思を奪われ、置物のように、死なない程度に扱われている。末端とは云え貴族の娘である自分は、貴族的役割とは斯くあるべきと理解しなければいけないところなのかもしれないが、ひたすらに、裁定の日が来るまで、生かされているだけの存在が目の前に在るのは、彼女にとってあまり健全とはいえない状況だった。一日も早くこの聖教会でのお勤めが終われば良いと願っていた。


 だが、今は違う。

 ようやく意思を示すことを選択したのか、聖女リオ・アリミヌエの瞳は煌めいている。否、闘志に燃えているように見える。


「あのね……このところ、少し歩くようになったでしょ……だから……」


 聖女は自分の腹に両手を組んで押し付ける。

 ぐう、と可愛らしい音がした。


「おなかが、直ぐにすいちゃうんだけど、出来れば昼のお食事増やして欲しくて。お肉とお魚がだめなら、お豆とかキノコとかナッツとか、卵とか。あと間食も欲しいかも……これって贅沢? エイラ怒るかな」


 年嵩の侍女をひっつめ髪を思い浮かべ、理央はなるべく同情をひくような顔をして眉尻を下げる。


「リオ様はもっと食べても大丈夫だと思いますよ! あ、私さっき厨房で形が崩れちゃたっていうマフィン貰ったんですけど、これでも良いですか? お茶淹れますね」


 ガチャガチャと少々音をたて、エイラはティーワゴンを理央の座っている窓辺まで運んできた。

 仕事の出来る侍女だ。


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