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1.異世界転生の日

 地球は荒れ果てて、人類は生きる希望をなくしていた。

 何度も起こった核戦争は終わらない冬をもたらし、全員が食糧難で飢餓に陥っていた。

 100年前にわずか5隻建造された世代宇宙船のうち2隻は住民が全滅し、人工知能によって遺伝子を適切な惑星へと植え付ける装置となった。太陽系をでて順調に航海を続けている3隻の宇宙船の計画もいつ破綻するのかもわからない。

 地球人類は今では食料を育てることも、あるいは宇宙船を建造して脱出することができる能力も残されてはいない。戦争にほとんどの命と資源を費やして、今ではそれを行うことも困難であった。


 ここに希望はどこにもなく、彼らはただ飢えと苦しみのなかで死んでいくのみであった……。

 ただ、それはこの男がいない場合の話である。

「ふはははは!!!ふはははははは!!!!ついに、ついに完成したぞおおおおおお!!!」

「教授!どうしたのですか!お酒は足りてますか!!」

「キミ!!いいところに来た!!!!!これがワープ航法の基礎理論だ!!!!完成したぞお!!ついにだ!!!やはり人類は神に見捨てられていなかったのだな!!」

「やりましたね教授!!!お酒を抜いて学会で発表しましょう!!!」

「ああああ??!!!学会いいいい??!!!奴らにこれが理解できるものか!!!!私たちだけで宇宙船をつくりあげるぞお!!!わかったらとっととしたくしろ!!!」

「はい教授!!!!もっていくのはビールでいいでしょうか!!!」

「ウイスキーだ!!!貴様まだわかっとらんのか!!!!ふはははは!!!!」


 教授と呼ばれたこの男、大学というものが機能しなくなってから生まれたために教授でもなんでもない頭のおかしい若者であった。ただし、知能は優秀であることは疑いようもなかった。ちなみに学会というものは科学者が集まって地球を再生しようとすることを目指す科学者の集団で、まぎれもなく教授の集団でもあった。


 やがて20年が経過して、人類初のワープ航法が可能な宇宙船が完成した。西暦2650年の春のことであった。

「教授……ついに私たちはやり遂げましたね……!!」

「ああ……これで人類は新たな天地を目指すことができる……!私たちこそ希望となり、新たな文明の礎となるのだ。さあ、新人類を記念して、盃を交わそう」

 その時、乾いた銃声が宇宙船に響いた。血しぶきが上がり、盃に注がれたワインに混じった。男は肩の傷口を抑えつつ、振り返った。

「ぐっ……貴様ら……何者だ……!」

「この船は我々、統一政府が押収した。」

「なっ……?!この期に及んで何をするつもりだ……!貴様らなんぞにこの船は渡さんぞ!」

 男は懐から銃を取り出そうとした。しかし、刺客のほうが動きは速かった。

 三回の衝撃があった。まず、胴体に二発。最後に頭部に一撃。男の体は力なく宙を漂った。

「この男のようになりたくなければ腕を上げて伏せろ」

 助手だった男はがたがたと震えながら言われるとおりにした。しかし、気丈にも彼らに問いかけた。

「この船で……一体なにをするつもりだ……?!」

「ああ……冥途の土産に教えてやろう。5800光年先に植民惑星があるらしいじゃないか。それも1000年も前の技術で建造されたワープ型宇宙船で到達した。貴様らのもってた資料のおかげで見つけることができたんだ。感謝してるよ。我々は……その惑星に侵略戦争を仕掛ける」

「そんなこと……許されるはず……がっ?!」

 一発の弾丸が沈黙を招いた。

「さあ発進するぞ。旅にはワープとはいえ100年かかる……コールドスリープ装置を作動させろ…………くくっ楽しみだなあ」


ーーーー

「はっ」

 男は目覚めた。あたたかな光が差し込む古びた木の家。窓の外には陽光を反射してきらめく湖面と、延々と続く深い森が見えた。僕は……思わず涙を流していた。これは地球の風景。度重なる戦争で湖は干上がり、森は灰燼に帰し、あるのは瓦礫と死体だけ。そんな世界になる前の穏やかで、活発な幻想の世界。風の音、虫や鳥の鳴き声。揺らめく湖面の水。こんなにも美しい世界だったのか地球は。

「ねえ、どうして泣いてるの?あっひょっとして目にゴミでも入った?」

 僕はぎょっとして振り返った。金髪の美しい少女だ。手に持っている布は水にぬれていて、何かを拭きに来たことがわかる。彼女は……人間だろうか。それとも人工知能か。陶磁器のような美しい肌。着ている服は少しよれていたが清潔で、あたたかな雰囲気を纏う彼女によく似合っていた。

「ああ、いや……ちょっと目がかゆくて」

 彼女は人工知能だろう。地球にこのような風景が残っている場所はもはやない。だから、ここはVRゲームの中で、その中でこんなにも自然にこの世界に住んでいる少女は人工知能であるはずだ。しかし、僕にとってそんなことは些細なことだった。だって、こんなにも幸福な世界にいて孤独ではないのだ。これ以外に何を望めばいいのかわからなかった。なんで、今僕はVRゲームをしているのか、ということも些細なことだ。大方、寝ぼけて接続したことを忘れているのだろう。ストレスがすごいときにはそんなこともよくあった。

「よかった。悲しいことでも思い出したのかと思った。お兄ちゃん、寝ているときにたまにそんな風に泣いてることあるからちょっと心配で」

 そんなことを言いながら、もっていた雑巾をすっと差し出してきた。

 意味が分からずに首をかしげていると、彼女は言った。

「なに意味わかんないって顔してんのよ?今日はあなたが当番でしょ?床拭きの。私は自分の分はさっさと終わっちゃったから手伝ってあげる。なによ寝起きだからって容赦しないから」

「え……」

 僕は混乱して窓の外を見た。赤い月が弱弱しく光を放つ。青白くてほんの少し大きい月がそれに重なって、その瞬間に風が優しく撫でるように吹いた。まるで、その2つの月に向かっているように。

 ゾッと、なにかいやな感じが背中に走る。

「ジェーン。ちょっと水飲んでくる」

「はいはい」

 ここはどこだ。

 知識が答える。ここは1000年前に人類が唯一植民惑星にすることができた惑星だ。2つの月、ほんの少し青より緑に近い空。地震がなくて、鉄が取れないから木材を使って建物を作る方法が検討された。

 ここは、どこだ。

 今から100年後、私たちが作り上げた宇宙船が侵略しに来る惑星だ。

「どうしたの?ちょっと顔色わるいよ?」


 なんでだ。なぜ僕はここにいる。

 僕はアレス。8人兄弟の次男で、兄弟のうち4人は都会にいて、おばあちゃんを合わせた7人家族で湖畔のログハウスで野菜を育てたり湖の魚をとって暮らしている。お母さんは有名な魔法使いで、兄弟で唯一魔法の才能がない僕は実家で数学者であり建築家の父と一緒に父の仕事を手伝っている。

 いや、僕は荒廃した地球で20年間を教授と宇宙船開発に費やしていたはずだ。


 僕は、なにか、原因不明の現象で5800光年離れた惑星に住む青年の……なにか、魂のような……抽象的な意識……に混ざって、しまったとでもいうのか。

 ありえない。

 ありえないが、現象は起こってしまった。

 なら、やることは科学者としては1つだろう。


「ごめん、ジェーンすごく、気分が悪い。大丈夫、すぐよくなると思うから少し休んでくるよ」

 僕は自室にもどってカギをかけた。

 そして、本棚から本を取り出した。歴史の本だ。今、何よりもまずするべきは、今が西暦何年に相当するのか、ということだ。

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