9 過保護な友人
「ルーク様、本当に心配性ですよね?
私、大丈夫ですよ?」
「初めて君と出会った時の姿が衝撃的だったんだよ。心配にもなるだろう?」
馬車の中で私は、前に座って甘い声でそう言うルーク様に溜息を吐く。
この方はご自覚がおありなのかしら?
婚約者でもないもの同士で一緒の馬車に乗るなんて、周りからどんな目で見られるか……。
困ったなぁと思っている私の気持ちを察するかのように、ルーク様は微笑む。
「大丈夫だよ。ちゃんと責任はとるからね」
にっこり笑いながらそう言うルーク様に、私はまた頭を抱えてしまった。
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今を遡ること二年前。
オリビアが血だらけの状態のまま、実家を追い出されたあの日。
何とか魔鉱山の麓に着いた途端に、限界がきて、倒れてしまったオリビアを助けたのは、ルークだった。
ルークの実家は錬金術に長けており、特にルークは歴代の中で最も優れた錬金術師と呼ばれる程の力を秘めていた。
ルークの父は、錬金術の才能にあまり恵まれなかったが、ずば抜けた頭脳を持っており、国王陛下の覚えもめでたく、なるべくして宰相におさまった。
そして、国王陛下の妹姫より熱烈なアピールを受け、宰相は妹姫と結婚し、ルークを授かった。
なので、ルークは王位継承権を一応持っている。
現在の王太子殿下とは従兄弟に当たるルークは、王太子殿下より3歳年下ではあったが、とても仲が良く、錬金術で使用する良質な魔鉱石を求めて、お忍びでルードグラノフ領に王太子と共に買い付けに来ていた。
そして良質な魔鉱石が採れる魔鉱山を見ようと訪れた時、目の前で倒れ込んだオリビアと出会ったのだ。
倒れたオリビアは、すぐに目を覚ましたが、その拍子につけていた瓶底メガネが外れ、オリビアの翠碧色の目を見たルークや王太子殿下が、平民には現れない魔力を持った色の目の為、何処の家の者かオリビアに問うた。
しかし、親に口止めされているため、家名を名乗る事が出来ないとの返答。
王太子殿下とルークは、お忍びであったが名を明かし、その上で再度オリビアに家名を尋ねようと思った。
その時、魔鉱山から落石があり、運悪く王太子殿下が下敷きとなってしまったのだ。
その場に居た者達は、必死で落石を取り除き確認するも、王太子殿下は身体中が骨折しており、虫の息だった。
誰もが絶望的な思いの中、静かにオリビアが王太子殿下に近づき、治癒魔法で王太子殿下を助けた。
そして、力を使い果たし、また気を失ってしまったオリビアを、ルーク達は丁重に保護した。
オリビアの力は王家により守られる事となり、王妃の実家であるモーリスト侯爵家の養女として、引き取られる事となった。
王太子殿下を助けた力は、すぐに王都中に広まり、オリビアの力に助けを求めて、日々侯爵家に人々が集まっていく。
それを知ったオリビアが、定期的に教会や治療院を訪れ、人々を治していく為、いつの間にか人々から、聖女様と呼ばれるようになったのが、現在のオリビアの経緯であった。
初めて会った時にボロボロだったオリビア。
しかし、オリビアの力を目の当たりにし、ボロボロであった理由も、少しずつ話してくれた事により知ってしまったルークや王太子殿下、オリビアの周囲の関係者は、オリビアへの過保護なまでの庇護欲がより一層増し、それと同時に、オリビアを迫害したルードグラノフ家に多大な怒りを感じたものだった。
しかし家族間の事であり、厳罰に処するには至らない為、ルードグラノフ家をどうこうすることは出来ず、確実にルードグラノフ家を追い詰める機会を伺っている状態であった。
特にルークは、少しでもオリビアを利用しようとする者や、危害を加えようと考える者、オリビアを不快にさせる者などを少しでもオリビアに近づけさせまいと、常にオリビアの傍を離れようとはせず、これには、王太子殿下を始め、周りの人達も呆れるくらいであった。
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「ルーク様。私、帰る前に寄るところがあるのですが……」
「ああ、分かってるよ。また誰かを助けに行くんだろ?
でも、あまりその力を使ってはいけないよ。
その力は無限ではないし、人々も君に助けてもらうのが当たり前だと思うようになったら、大変だからね」
「分かっているつもりですよ。
私一人の力では限度がありますもの」
「なのに、治療院に行くのかい?」
ルーク様の質問に、私は首を振り、ニッコリと笑う。
「いいえ。今日は店を見に行きます。
ルーク様のお力をまたお借りしますね」
私のお願いにルーク様は、苦笑いをしながら答える。
「どうりで馬車にすんなりと乗せたわけだ。
俺の錬金術が君の役に立つなら良いけどね」
「ありがとうございます」
ルーク様の返答に、またニッコリと笑って私はお礼を言った。