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「え? 伯爵領に帰る!?」
ある日の穏やかな日常の最中、一緒にお茶を楽しんでいた夫のルークに、一度ルードグラセフ伯爵領に戻りたいと申し出たのだ。
本当なら卒業後に一旦領地に戻り、結婚までの間、お任せしていたヘンリーお義兄様の手伝いをしに帰る予定であったが、ルークが待ちきれないと、急遽卒業と同時に結婚式を決めてしまったために、領地には戻れないでいた。
あそこには、ルイーゼに奪われた母の遺品が数点残っていると聞いたので、どうしても確認しに戻りたかったのだ。
「そういう事なら仕方ないけど……。では、僕も一緒に行くよ」
「え? 登城しなくてはならないでしょ?」
ルークのその言葉に驚いて、そう聞いた。
「大丈夫。僕が居なくても全く問題ないよ。というか、父も最近僕に頼りがちだから、たまには苦労するといいさ。
それに……」
そう言って、ルークはワクワクした子供のような顔をした。
「君の作った車! あれ、完成したんだろ? あれに乗って帰るんなら、大分時間が短縮出来るじゃないか!」
そう言って、今にも出発しそうな勢いだ。
「んー。あと少し手を加える必要がありますけどね。何せ舗道ではありませんからね」
「舗道?」
「あ、えーっと、でこぼこ道を平坦に走りやすく舗装した道のことです。王都でもちゃんと馬車が走りやすくしてあるでしょう? でも、領地までの道のりはまだまだだから。
これからの課題になりそうですね? 未来の宰相様?」
「なるほど……まだまだやる事は多そうだな」
にっこりと笑顔でそう言った私に、ルークは考え込んでいた。
****
それから数週間後。
私達は今、ルードグラセフ伯爵領にいる。
あれからルーク様は、数週間の休みをもぎ取り、伯爵領に行くついでに新婚旅行も行なう事にしたのだ。
そういえば、卒業してすぐに結婚して公爵家に入り、公爵家のお義母さま(陛下の元妹姫)に、色々と教えていただいていたので、すっかり新婚旅行の事を忘れていた。
そう言うと、ルークは、
「ずっと楽しみにしていたのに、母上は君を返してくれないし、なかなか休みも取れなくて、君が嫌にならないか不安だったのに……」
と拗ねたように言う。
「ごめんなさい。環境に慣れないとって必死になってたの。
私もルークと二人きりの旅行、行ってみたいわ」
「二人きり……」
私がそう言うと、ルークは顔を赤らめて口元を手で隠してる。
こんな分かりやすいルークがとても愛おしく感じる私は、とても幸せだと思う。
その後のルークの行動は、とても早かった。少々強引な手を使ったようだったが、見なかったことしよう。
そうして迎えた出発の日。
改良に改良を重ねて完成した車は、でこぼこ道でも難なく走れるオフロード車を参考に四輪駆動にした。
なので、とても早く、馬車で二週間かかる道を三日と短縮出来たのだ。
前世の記憶があるから、ハンドルさばきもお手の物。
ルークは自分も運転したいと言ったが、これは練習してからだと言い聞かせ、ようやく納得してくれた。
「こんなにも早く着くなんて……。
これなら、遠くまでの移動にかかる費用や日数が大幅に減少される!
オリビア! 君は本当に凄いものを創ったんだね!」
ルークは手放しで褒めてくれるが、私としては居心地が悪い。
(ごめんなさい、前世の記憶を頼っただけなんです~)
そんな事を考えながら、伯爵領にある懐かしのルードグラセフ伯爵家に到着した。
「ヘンリーお義兄様!」
車から降りると、すでに出迎えてくれていたヘンリーお義兄様の姿が見える。
久しぶりの再会に、つい嬉しくなって駆け寄って行こうとすると、ルークが私の手を掴んでにっこりと笑った。
「君、私の妻だからね? 他の男に駆け寄らないように」
「え? でもヘンリーお義兄様よ?」
「うん、分かってるよ。危険だからやめなさい」
ルークはそう言って、私と手を繋ぎながらお義兄様の元に歩いていった。
危険って何が?とも思わなくもないが、黙ってルークに従って付いていく。
「やぁ、元気そうだね。ヘンリー殿」
「ルークも相変わらずだね? 義妹との再会も許してくれないのかな?」
変な攻防が続く中、私は伯爵家から見える伯爵領を見渡した。
伯爵家は少し小高い場所にある為、伯爵領の隅々までよく見える。
懐かしの我が領は、以前に比べてとても活気ある町になっているように感じた。