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「結局、そう収まったのか」
モーリスト侯爵である私の義父が、苦々しい顔でそう言った。
「あら―、ヘンリーったら、負けたのねぇ。あの子ってば、ルーク君への牽制はしても、肝心のオリビアには何も言えなかったんだから」
義母が頬に手を当てながら、そんな事を口にしていた。
(ん? どういう事?)
意味が分からなくて義母を見ると、義母は笑っている。
「いいのいいの。オリビアが決めた事だもの。わたくしはオリビアが幸せになるなら、どちらでも……」
「モーリスト侯爵夫人?!」
義母の言葉を遮って、ルーク様が叫ぶ。
なんだか置いてきぼりな気分になっている私に気付いたルーク様が、
「全然気にしなくていい事だからね?
むしろ気にしないで、忘れていいよ」
と、私の頭を撫でてそう言った。
「親の前でイチャつくな。
まぁ、いい。
オリビアが決めた事だから、私達も認めよう。
スノーメル小公爵殿。
オリビアを頼みましたぞ」
いつもルーク様の事を小僧呼ばわりする義父が、改めてそう言ったので、ルーク様も姿勢を正した。
「もちろんです。この命にかけても、オリビアを生涯守り抜くと誓います」
そう言ったルーク様は、本当に凛々しくて……。
つい、見蕩れてしまった私に、義母が
「おめでとう、良かったわね」
と笑顔で抱きしめてくれた。
「あ、オリビアを抱きしめるのは僕の特権なんで、程々になさって下さい」
そう言ったルーク様は、その後義母に扇子で叩かれそうになっていた。
****
私とルーク様は、あれからすぐに婚約した。
普通は婚約話から、話が纏まるまでに時間を要するものだと思っていたが、私達の婚約は2日後には成立していた。
いくら何でも早すぎるだろうとルーク様に問いただすと、ルーク様はあの日、うちの家を出た後に即効で王城に行き、登城しているルーク様のお父上に報告と同時に、王族からの承認ももぎ取ってきたのだ。
そんな簡単に承認って貰えるものなの?と疑問に思っていたが、
「ずっと前から予告はしてたから」
と、ルーク様はなんでもない様に笑っていた。
ルーク様の嬉しそうな表情を見ると、まぁいいかって思うから、やはり私はルーク様に弱いと改めて思った。
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あれから二年が経ち、私も学園を卒業する時期がやってきた。
卒業式には、沢山の花束を抱えてルーク様がやって来たので、一時はルーク様の魅力にやられた令嬢達が倒れるという、ちょっとした出来事もあり、とても思い出深い卒業式が迎えられたと思う。
ルーク様とは、私が学園を卒業後すぐに結婚する事が決まっていた。
結婚式には、ルードグラセフ伯爵領からわざわざヘンリーお義兄様も駆け付けてくれた。
「ルーク、ちょっと」
ヘンリーお義兄様に呼び出されたルーク様は、二人で何処かに消え、帰ってきた時には微かに頬が腫れている。
「え? どうしたの!?」
ビックリしてルーク様にそう聞くと、
「勝利者としての勲章だよ」
と笑っていた。
「もう……また訳の分からない事を。
ちょっと、ルーク様。冷やしますから、こちらに来てください」
これから結婚式に来て頂く来賓の方々の前に出るのに、この頬は少々目立つ。
私は、ルーク様を連れて、花嫁の控え室に戻った。
「大した事ないんだけどなぁ」
そう言っているルーク様を椅子に座らせる。
「少し目を閉じて下さいませ」
私にそう言われたルーク様は、嬉しそうな表情をしながら、素直に目を閉じた。
私はその様子を呆れながらも愛おしく思う。
そして、こっそりと力を使った。
「え!?」
ルーク様の頬は綺麗さっぱりと腫れが引いている。多分痛みも無いはずだ。
「オリビア? 君、この力は……」
「しっ。女の秘密を暴くものではありませんよ?」
そう言ってルーク様を黙らせて、そのまま一緒に会場に戻る。
ルーク様は何か言いたげであったが、それ以上は何も聞かないで居てくれた。
結論から言うと、私の治癒魔法は無くなっていない。
全盛期に比べたら、力は弱くなっているが、完全に無くなってはいないのだ。
でも、いつ無くなるか分からない力に振り回されるのはもうやめよう、そう思って力を封印していたが、今日くらいはいいだろう。
私達はこの後、無事に結婚式を終えて、晴れて夫婦となった。