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そんなマイナス思考で頭が埋め尽くされている私の耳に、あっけらかんとした声が聞こえた。
「なんだ、そんな事か。
そりゃそうだろう。オリビアはよくもった方だと思うよ?」
「そうねぇ。あんなに色んなところに出掛けて、治癒魔法を使ってたのに、よく2年以上持ったものよね。
きっとそれだけ、オリビアが女神様に愛されている証拠よね」
「そうだな。皆そろそろだと思ってたんだ。むしろまだ使えるとは、オリビアは大したものだよ」
三者三様に、そんな言葉が聞こえてきた。
「え?」
呆然とする私に、お義母さまがびっくりする。
「あらあら! オリビアったら知らなかったの?
まぁ! 誰なの!? ちゃんとオリビアに説明しなきゃって言っていたのに、説明しなかったのは!
ごめんなさいね? こちらの落ち度だわ。
あのね、オリビア。
後天的に治癒魔法が発現した人は、大抵がその力が使えるのは一時的なものなの」
お義母さまは、そう言って教えてくれる。その後を引き継ぐように、お義父さまが話し始めた。
「そして、ここからは秘匿とされていて、この国でもごく一部の者しか知らない内容なのだが……。後天的な発現をした者たちには、皆、共通点があるんだ」
お義父さまは、そこまで言ってから、痛ましいものを見るように、悲しげな表情でこちらを見た。
「その共通点は、皆、子供で、親や周りの者達から、酷い扱いを受けて生死を彷徨った経験があるという事なんだ」
お義父さまの言葉に、他の三人の目が一気に私に向いた。
(あ、そういう事か。
道理で皆、最初から、すぐに虐待を信じてくれた訳だ。
治癒魔法が発現=生死を彷徨う程の酷い扱いを受けた子供って、構図が出来上がってたのね!)
妙に納得してしまう自分は、思ったより図太いのかもしれない。
「だから、皆様、すぐに私の両親や家庭環境などを調べたのですね」
私の言葉に、ルーク様が頷いた。
「元々出会った時に、君は両腕が殆ど焼けただれて動かせない状態だったし、顔面も酷い傷を負っていたのを見ているんだ。
その状態でタイミングよく治癒魔法を発現してくれたから、アレン……王太子殿下は無事だったんだ。
その奇跡を目の当たりにして、疑う余地なんてないよ」
ルーク様は優しくそう言った。
(発現したのは、もう少し前なんだけど、火傷や怪我を治さない状態で出会ったから、あの時に発現したと思われたのね。
まぁ、差異は少ないし、そう思われてるならそれでいいかな。
家族に知られたくなくて力を隠してましたって言ったら、余計に不憫な子を見る目で見られそうで、いたたまれないし)
私がそんな事を考えている間も、話は続いていく。
「それでもね、そういった辛い経験をしている子供達は、残念だけど沢山いるわ。その殆どの子供が治癒魔法を発現すること無く、辛いまま命を失う事もあるの。
その中でごく稀に、治癒魔法を発現する子供がいる。
その子供はきっと、女神様の加護を貰えた奇跡の子だと思うの。
だから私達は皆、感謝と敬意を持って、治癒魔法を発現した子を聖人、聖女呼びをしているのよ」
そうお義母さまが話された後、お義父さまが引き継いだ。
「そして、この事が世間に広まると、私欲の為に、子供達をワザと命の危険に晒して、治癒魔法を発現させてやろうとするバカな人間が出るかも知れない。
だから、治癒魔法の発現条件は秘匿されているんだよ」
話し終えた内容を聞いて、私はつくづく運が良かったのだと思った。
もちろん、前世の記憶まで蘇るのは、女神様的には誤算だったかも知れないが。
「だからね、オリビア」
お義母さまが改めて私に声を掛けてきた。
「力がなくなったから、ここから出ていかないと行けないなんて、思わなくてもいいのよ」
「ああ、私達はその力を目的に君を引き取ったわけではない。
君のその力を、分け隔てなく人の為に使う優しい気持ちに、我々は心を打たれたんだ。
力がなくても、君は君だよ、オリビア。
これからも、オリビアはオリビア・モーリストであり続けてほしい」
お義母さまに続いて、お義父さまの優しい言葉に、私は思わず泣き出しそうになる。
「あ……ありがとう、ごさいます」
こんなにも優しい人達に囲まれて、本当に私は恵まれている。
あまりの幸せに、つい泣き出しそうになった時、ルーク様が笑顔で言った。
「あ、でも、結婚したらすぐに名前は変わるよ? オリビア・スノーメルっていうのもなかなかいいと思わない?」
「小僧! 調子に乗るなよ!? まだまだオリビアは嫁に出さん!」
ルーク様の冗談に、お義父さまがブチ切れている。
ルーク様……。
せっかくのいい雰囲気が台無しです……