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王城でのあの一件から、ひと月が経過した。
それぞれの処罰が決定し、国の宝である魔鉱石に手をつけ、また身分乗っ取りを企てた元父には、死刑が下された。
また、その一端を担いでいたナタリーには、炭鉱山で50年の重労働が課せられた。
そこは罪人ばかりが送られる山で、あまりの重労働に、5年程しか生存出来ない過酷な場所だとされている。
労働などした事のないナタリーでは、5年も勤まらないだろう。
また、ルイーゼは学園を退学となり、母方の遠い親戚に引き取られる事が決まった。
ナタリーは没落した元貴族の出ではあったが、それも昔の事。
ナタリーの親族は、それぞれ平民として苦労しながらも生きていたが、ナタリーだけは貴族の生活に拘り続けていたという。
だから、扱いやすい元父に目をつけ、愛人から、ゆくゆくは正妻の座を狙っていたのだろう。
そんなナタリーは、ナタリーの一族でも浮いた存在であったため、なかなかルイーゼの引き取り手が見当たらなかったが、何とか遠縁の人が人手がいるとの事で、引き取ってくれたようだ。
ルイーゼもまた、労働とは程遠い生活を送っていたから、始めは苦労するだろう。
しかし、私が手を差し伸べることはない。
これからはしっかりと足を地に付けて、人の痛みと向き合える人になって欲しいと願うばかりだ。
私はモーリスト家の四阿で、一人でお茶をしながら、そんなことを考えていた。
学園は今日は休み。
あの事故から色々あったが、学園もようやくいつもの落ち着きを取り戻していた。
そしてふと、自分の魔力を感じ取る。
最近、治癒魔法の力が、前に比べて弱まってきている気がするのだ。
私は徐ろに傍にあったデザートナイフで、指の先を切った。
「痛っ」
「何をしているんだ!」
私が小さくそう言ったと同時に、ルーク様の叫び声が重なった。
私は慌てて治癒魔法で指の切り傷を治し、ルーク様に向き直る。
「ルーク様、どうしてここに?」
私の質問にも答えず、ルーク様は私の手を強くひっぱるように取り、傷口を探していた。
すでに治癒した後で、傷はないと確認したからかホッとした顔をし、その途端に険しい表情で私に向き直る。
「オリビア! 何してた! 何故自分で自分を傷つける!?」
それは今まで聞いた事もないような、とても厳しくキツい口調で、表情も険しく、掴まれた手も強く握りしめられたまま、痛みも感じているのも相まって、恐怖すら感じる。
「ご、ごめんなさい」
私の震えた声に、ルーク様はハッとして、手を離し、私の隣の席に座って、頭を抱えて大きく息を吐いた。
「すまない。オリビアを怖がらせるつもりはなかったんだ。
オリビアが傷を負っているのを見た途端に頭に血が上ってしまって……。
心臓に悪いから、本当にやめて欲しい。
例えオリビア自身でも、オリビアに傷を付けられるのは、耐えられないんだ」
頭を抱え、下を向いたままのルーク様の表情は見えないけれど、とても心配させてしまった事は痛いほど分かった。
「ごめんなさい。もうしません。
だからルーク様、お顔を上げて、私にルーク様のお顔を見せて下さいませ」
私がそう言うと、チラリと私に視線を寄越すように少しだけ顔を上げてくれる。
「約束してくれる? もう二度としないって」
少し見えたルーク様の表情が、あまりに切実で、私は、胸の奥がギュッと掴まれたみたいに痛くなった。
「二度と自分を傷つける事はしないと、お約束致します」
はっきりとそう言った私の言葉に、ようやく一息ついてルーク様は顔を上げてくれた。
「何故そんな事をしたのか、聞いていい?」
今度は、優しくソッと私の手を取りながら、ルーク様はそう聞いてくる。
ふいのスキンシップに、顔を真っ赤にした私を見て微笑むルーク様は、少し機嫌が戻ったようだった。
この優しいルーク様は、私の治癒魔法の力が弱まっている事を知ったら、どう思うだろう。
周りの皆が、私にこんなに良くしてくれるのは、私が治癒魔法が使えるから。
その治癒魔法が、もし使えなくなったら、皆は私をどう思うだろう。
そこまで考えてゾッとした。
居心地の良いこの家も、義家族も、王家の人達や、学園の友人達。
そして、ルーク様までもが、私から離れていくかも知れない。
そう考えると、なかなかルーク様に伝える事が出来ない。
(あぁ、やはり私はあの元父の娘のようだ。
汚い血をしっかりと引き継いでいるから、こんな利己的な考えで、大事な事が言えないでいる。
もともとは治癒魔法で繋がった縁。
私が治癒魔法が使えなくなれば、その縁もなくなるということに、この時になってようやく気付くなんて……)
そう考えると、とても悲しくなってきた。
そんな私の様子を見て、ルーク様は私の頭を撫でながら、優しく諭すように伝えてくる。
「大丈夫だよ、オリビア。例え何があろうと、僕はずっとオリビアの味方だからね。
それこそ、オリビアに治癒魔法の力が無くなろうともね?」




