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ルードグラセフ伯爵代理の様子を見て、国王陛下が呆れたように言葉を発する。
「本当に知らなかったのか?
お前は前妻であったルードグラセフ女伯から、何も聞かされていなかったのか?
あの辺鄙な場所にある魔鉱山を、王族の代わりに管理する者として選ばれたのが、ルードグラセフ初代伯爵だ。
魔鉱石の良質な物と、そうでない物の見分けに優れた目を持つルードグラセフ家の者が、代々の跡継ぎとなり、魔鉱山の管理を任せていた。
魔鉱石は国の宝だ。だから、その年の採掘量を国に報告するように義務付け、それを元に、国が適正価格と販路を割り振りしながら、国に均等に回るようにしていた。
だから、直接ルードグラセフの者が、魔鉱石の価格や販路を決める権利などないのだ。
生前の女伯の補佐をしていたなら分かる事であろうに、夫であり、補佐役のお前が何故何も知らなかったのであろうな?」
陛下の言葉に、伯爵代理がカッと顔を真っ赤に染めた。
(知らなくて当たり前だ。
あの男は、母の生前より、他所の女にうつつを抜かし、母の補佐などした事もなかった。
それゆえに母は危機感を感じて、まだ幼かった私に、ルードグラセフ伯爵家の使命や、経営の事などを叩き込んでいたのだもの。
多分あの男は、そういう所も気に入らなかったのだろう。
母亡き後は、一切領地の仕事に私が関わらないように、使用人同様の扱いをして、決して執務室に入る事を許さなかったのだから)
そんな思いが私の中に巡ってしまう。
きっと、私は険しい表情をしていたのだろう。
ルーク様がふいに私の顔を覗き込んできた。
「オリビア、大丈夫か?
辛いなら、後の事は親父殿達に任せればいいんだぞ?」
「親父殿って!」
ルーク様の言葉に、つい笑ってしまう。
いつもは品行方正なルーク様だけど、ふいにお茶目な面を見せるから、そのギャップに私は弱いのだ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと最後まで見届けたいのです。
ルーク様、ありがとうございます」
そう言って、笑顔を見せる。
反対側に立っているヘンリーお義兄様も、
「ようやくオリビアの気持ちがほぐれたようだな。
やっと笑顔がみれた」
と、安心した様子だった。
「ヘンリーお義兄様も、ありがとうございます」
二人に改めてお礼を伝え、気を引き締める。
そして、再び伯爵代理を見ると、ナタリーが伯爵代理の耳元で何かを囁いていた。
そして、ナタリーに何かの知恵を付けられたのか、伯爵代理が再び話し始める。
「へ、陛下。申し訳ございません。
確かにわたくしめは、ルードグラセフ家の事を知らなかった為、あの魔鉱山はルードグラセフ伯爵家の所有物であると思い込んでおりました。
今後は従来通り、ルードグラセフ伯爵家の当主として、規定に従い、管理のみを徹底致しますので、寛大なご判断をよろしくお願いします」
そう言って、ナタリーと共に陛下に敬意を表し、深々とお辞儀をする。
両親のその行動を見て、ルイーゼも慌てて前に倣った。
その三人の様子を見て、陛下がため息を吐く。
「色々と思い違いをしておるな?
すでにお前は、伯爵代理としても不適格者であると決定づけられてある。
王都で色々と目立った行動をしてくれたおかげで、満票一致で決定したぞ?
ここにいる者たち、全ての者が、そう判断したのだ。
まさか宰相の公爵家と、王妃の実家である侯爵家相手に魔鉱石の流通を止めるなんて、自ら墓穴を掘る行為だとは思わなかったのか?」
「そ、そんな……」
陛下にそう言われ、元父(伯爵代理ではなくなったので)は、顔色を無くして膝をおった。
「で、では、次の後継は、娘のルイーゼを……」
「黙れ」
元父は、なおを食い下がり、今度はルイーゼを伯爵の地位に就かせようと言葉を発したが、話の途中で、国王陛下に一喝されてしまう。
「元よりお前は誰の代理だと思っている? ここに正統な後継者が居るであろう?」
国王陛下が再び私に視線をよこす。
その視線を受けて、私は再び元父やルイーゼ親子と向き合った。
ようやくだ。
ようやく、この一言をこの人に伝えられる。
私は一呼吸おいて、しっかりとこの人たちを見据えた。
「ルードグラセフ伯爵領は、我が母の故郷であり、代々の御先祖様達が初代の頃より、ルードグラセフ家の使命を担って参りました。
かくいうわたくしも、その一人として、幼き頃に亡き母に、厳しく教えを受けています。
私は前女伯の正統な後継者として、あなたがたを認めるわけにはいきません。
今、この場をもって、あなたがたをルードグラセフ家より除籍致します」




