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ルードグラセフ伯爵夫妻とルイーゼは、王城に入るとすぐに別室に案内された。
「しばらくこちらでお待ちください」
お城の文官にそう言われ、その文官も忙しそうにすぐに居なくなる。
比較的質素なその部屋は、どう見ても賓客を饗す部屋には見えなかった。
「なぜ 私達がこんな所で待機させられているの?
モーリスト侯爵夫妻たちは、別の所に案内されていたわよね?」
「あちらは侯爵家ですからね……。わたくしたちとはもてなし方が違うのでしょ。
でも、お父様が国王陛下に認められて陞爵すれば、あちらと同格、もしくはそれ以上のもてなしをされるはずだわ。
もう少しの辛抱よ、ルイーゼ」
不満を言うルイーゼに、ナタリーがそう言って諭している。
「……全く。我らを田舎者と侮っているようだ。
魔鉱石の需要と供給は、我が領にある魔鉱山にかかっているというのに」
伯爵はそう言いながら、苛立ちを必死に抑えていた。
そしてしばらくすると、先程の文官が迎えにやって来る。
「お待たせいたしました。大広間にご案内致します。どうぞこちらへ」
文官の案内にて、大広間に向かう途中、ルイーゼはウキウキしながら小声で話している。
「大広間って、パーティとか開くような大勢の人が入る部屋よね?
私、行ってみたかったの! 今日はパーティじゃないから、こんな粗末なドレスだけど、パーティにお呼ばれしたら、もっと豪華なドレスを着て来てみたいわ!」
「そうね、その時は、王都で一番有名なデザイナーの所でドレスを新調しましょうか。
わたくしも最近ドレスを新調していなかったから、丁度いいわ」
など、何処までも呑気にそう話すルイーゼ達は、緊張感のかけらもない。
ちなみに今日ルイーゼ親子が着ているドレスは、ルイーゼのいう粗末なドレスどころか、王都に出てきてすぐに新調しまくった、数多くのドレスのうちの1枚であり、とても高価なものだ。
金銭感覚が麻痺するぐらいには、ルードグラセフ伯爵一家は贅沢な暮らしをしていた。
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「どうぞ、お入りください」
文官の声が合図となり、中から扉が開かれる。
大広間の中を見て、伯爵らはびっくりした。
そこには、中央カーペットを中心に左右に別れて、大臣達、高位貴族を始めとする大勢の貴族らが集まっていた。
中央カーペットを通って行き着く先は、国王陛下を始め、王妃様、アレン王太子夫妻ら王族の方々がすでに座られている。
オリビア達は、王族に一番近しい場所で、揃ってルードグラセフ伯爵一家が入ってくるのを、待っていた。
「待っておったぞ。カーター・ルードグラセフ伯爵代理」
国王陛下のその言葉に、伯爵は目を見開く。
隣りで、
「代理? なんの事?」
と、ルイーゼは首を傾げていた。
ルードグラセフ伯爵一家は、促されるままに中央カーペットを通り、国王陛下ら王族の前に立たされる。
集まっている皆の視線が一様に伯爵一家に注がれる中、国王陛下が改めて口を開いた。
「本日、皆に集まってもらったのは他でもない。
我々の生活の基盤であり、必要不可欠である魔道具に使われている我が国の魔鉱石について、ここ数年私益している者がいるとの事。
本日はその件について、皆にも意見を聞きたく、集まってもらった」
ルードグラセフ伯爵は、伯爵代理と呼ばれた事、そしてルードグラセフ領にて採れる魔鉱石を我が国のと呼んだ事に、強い引っかかりを感じた。
だが、魔鉱石については、魔鉱山を有する我が領を無碍には出来ないから、このような場所に呼ばれたのだと思い直す。
しかし、次の瞬間、その気持ちは一気に霧散した。
「カーター・ルードグラセフ。
そなた、ここ数年程、勝手に魔鉱石の価格を操作しておるな?」
国王陛下にそう言われ、カーターは眉を顰める。
(何故、我が領の特産物について、勝手にとか言われないといけないんだ? 私が価格を釣り上げようが、国王陛下には関係ないだろう?
それでも急な高騰を疑われないように、報告書の改ざんをした事がバレたのか?)
そんな事を考えながらも、カーターは言葉を選び、慎重に国王陛下に進言する。
「恐れ多くも国王陛下に申し上げます。
魔鉱石は、我が領地の特産物でございます。
価格については、その年の取れ高によって、適正の価格を付けさせて頂いております」
「……では、質問を変えよう」
カーターの言葉を軽く受け流した陛下は、次の質問を行った。
「最近、シークレット商会にて、そなたら一家と、商会長を務めるモーリスト侯爵家の子息ヘンリー・モーリストや、たまたまそこに居たスノーメル公爵家の子息ルーク・スノーメルとトラブルがあったとか。
その後に、急に魔鉱石の流通がストップとなったのだが、何か心当たりはあるか?」
カーターは笑いだしそうになる。
(なんだ、この茶番は。
やはり、この事を追求したくて、先程の話を切り出したのか?
素直に売ってくれと言えば、通常価格の3割増で売ってやらんこともないのに)
一瞬、国に報告義務のある書類の改ざんがバレたのかと、ヒヤヒヤしたカーターだが、結局は先日の件のことであったのかと安心した。
(それこそ、何処の商会に取引しようが、私の勝手だろう。
うちの領地の特産物の販路について、とやかく言われる筋合いはないのだからな)
あの二家は、国王陛下に頼めば、こちらが恐れを成して、ひれ伏しながら魔鉱石を提供してくるとでも思っているのだと確信したカーターは、堂々と陛下に申し出た。




