22
ルイーゼは学園に通いながらも、未だに聖女の目の色を確認出来ずにいた。
(全く、嫌になってしまうわ! 教室には近づけないし、休み時間や放課後はルーク様や、他の令嬢子息達が群がっているし! 出来れば一人になった時に突き飛ばして、転んだ拍子に眼鏡が外れたら、その時に確認しようと思っていたのに……)
授業中にそんな事を考えていたルイーゼは、講師の説明にふいに顔を上げる。
「では、皆さん。明日は錬金術の初歩的な実施練習をして頂きます。
身近な魔道具は全て錬金術で作られたものである事は、皆さんもご存知ですね。
錬金術には才能の善し悪しはありますが、基礎さえ覚えていれば、身近にある魔道具をより便利に使えます。
例えば火をつける魔道具があれば、さらに火力を増す事が出来るとかです。
この実施練習は、学年合同練習となります。
他クラスに迷惑をかけないよう、しっかりと頑張って下さいね」
(錬金術の練習ですって!? しかも合同って事は、聖女のクラスも一緒って事よね!? もしかして近づくチャンスなんじゃない?)
そう考えたルイーゼは、ニヤリと令嬢らしからぬ顔をしながら、講師の説明を聞いていた。
****
「オリビア、明日は錬金術の合同実施練習だって?」
食堂で一緒に昼食を摂っていたルーク様が、ふいにそう言ってきた。
「耳が早いですね。先程講師から説明を受けたばかりなんですが……」
私は呆れたようにルーク様に返答する。一体、その情報網は何処まで張り巡らされているのだろう。
「ハハッ。そんな目で見るなって。
錬金術は危険を伴う事はオリビアも知っているだろう? だから心配なんだよ」
そう言って、ルーク様は私の顔を覗き込む。
(いや、だから近いからっ!)
思わず口に入れた食事でムセそうになる私を、ルーク様はニコニコしながら見ていた。
(この確信犯! その整った顔を近づけたら私がこうなるの、知ってるくせに!)
ぐぬぬっと唸る私を見て、さらに楽しそうに笑うルーク様を見ると、まぁいいかとなるから、私は相当ルーク様に弱い。
「気をつけますわ。初めて錬金術を扱うのは危険が伴うって、知ってますもの」
私の返答にルーク様が満足げに頷いた。
「まぁ、でも明日は多分、錬金術の才能があるかどうかを確かめる為の練習だから、そんなに危険はないとは思うけどね」
「確かめる?」
どういう事か分からず、私はルーク様を見ながら首を傾げる。
「その仕草、可愛いから他ではしないでね。
確かめるっていうのは、まさに言葉通りだよ。
錬金術の基礎である、物を変化させる事。
魔鉱石を使うと、ある程度は誰もが錬金術を使えるから、魔鉱石を組合せながら、砂金から何か生み出せるかを見るんだよ」
ルーク様は、サラリと私をときめかせる言葉を吐きながら説明する。
おかげで説明の間中、私は顔を上げることが出来なかった。
****
いよいよ、今日は錬金術の合同練習日。
一学年の生徒たちは、学園内にある広い園庭に繰り出していた。
「それでは、今から錬金術の合同練習に入ります。
本日は初めての実施という事で、皆さんに錬金術の才能がどの程度あるのかを把握する為、簡単なテストを行います。
お手元に配られた魔鉱石と砂金を持って、等間隔を取ってください」
園庭にて、クラス混合でバラバラと立っていた私たちは、適当に等間隔を取っていく。
私の周りにいた仲良しクラスメイトの令嬢達も、
「では、また後ほど」
と言って、間隔を空けて離れて行った。
と、その時、割と近い距離に誰かが来たので振り向くと、そこにはルイーゼが立っていた。
私はビックリして、間隔を空けるために離れるも、また近づいてくる。
「あの……。先生方の言う通りに間隔を空けて頂きたいのですが……」
私がそういうも、ルイーゼは何処吹く風とばかりに、傍に寄ってきた。
「私、聖女様とお近付きになりたかったの。でも、いつも誰かが居て近づけなかったから。
ようやくお話が出来る距離に近づけて、とても嬉しいわ!」
そういうルイーゼを無碍にする事も出来ず、周りも、好意的に近寄ってきた令嬢を無闇に叱責する事も出来ないと、チラチラと気にしながら見ていた。
私は小さくため息をこぼした後、
「後でお話致しましょう? 今は授業中ですので、もう少し間隔をお取りくださいませ」
と伝える。
「はぁ~い。約束ですよ?」
と、渋々といった様子でルイーゼは、ほんの少しだけ私と距離を置いた。
「では、皆様、授業で説明した事を思い出しながら始めてください。
一番大切な事は、イメージです。
イメージする事によって、錬金術は素晴らしい結果が生まれます。
くれぐれも危険なイメージは慎むように。
錬金が出来たら、近くにいる講師に報告して下さいね」
講師の開始の合図で、それぞれが取り組む。
初めての錬金術でみんなが四苦八苦している中、私は慣れた手付きで、砂金からプラチナのネックレスチェーンを作り出した。
「まぁ! オリビア様! なんて素晴らしい!」
私の近くで作業を始めていた友人達が、こぞって私の作品を見て目を丸くする。
「まぁ! モーリスト侯爵令嬢は、治癒魔法だけでなく錬金術にも精通されているのですね。
とても素晴らしい出来ですよ。
砂金をプラチナに変えるなんて、そんな事が出来る錬金術師は、この国で何人いる事か……」
近くに待機していた講師達も、私の作品を見て感嘆の言葉を零す。
少しやり過ぎた感を感じ、私はいたたまれない気持ちになってしまった。
(つい、商会の作業場にいる感覚で作ってしまった。
プラチナに変えたのは、流石にやりすぎたよね?)
きっと後で、ルーク様やヘンリーお義兄様に怒られるだろうなと考えていた時、隣の場所から大きな音と共に、爆発音が聞こえた。
「きゃあ!!」
隣りで作業していたルイーゼの叫び声と共に、周囲からも
「痛いっ!」
「うわぁ!」
「「「きゃあ――!!」」」
など、あちこちから苦痛の叫び声が聞こえた。
と思ったら、私の顔にも何か鋭いものが飛んで来た。
「あっ!」
その鋭い何かは、私の顔に勢いよくあたり、思わず倒れる。
頬に痛みを感じると共に、トレードマークである私の瓶底メガネも、吹き飛ばされて砕け落ちた。




