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その頃、王都にあるルードグラセフ伯爵家のタウンハウスでは、この家の主であるカーターが、機嫌良くキセルから煙草をふかしていた。
(今頃あの生意気なガキ共は困っているだろうな。錬金術や魔道具に欠かせない魔鉱石が手に入らなくなったんだ。
誰を怒らせたのか、今更になって気付いて己を悔いていればいい)
そんな事を考えながら、執事を呼ぶ。
「お呼びでございましょうか、旦那様」
執事の問いかけに、伯爵は機嫌良く聞いた。
「魔鉱石に関して、あの者たちから何か連絡は入っているか?」
錬金術の至宝と呼ばれるスノーメル家と、シークレット商会およびモーリスト家に対して、魔鉱石の流通にストップをかけておいた伯爵は、笑いが止まらない。
いくら筆頭公爵家と筆頭侯爵家と言えど、魔鉱石は今や生活の要。
その魔鉱石の大部分の流通を担っているのは、魔鉱山のあるルードグラセフ伯爵家であるのだ。
という事は、魔鉱石を有しているルードグラセフ伯爵家が国を支えている事になる。
その考えに至った伯爵は、何故今まで気づかなかったのだと、自分の愚かさに笑いが込み上げていた。
(そうとも! これほど国に貢献している我が家が何故未だに伯爵位なのだ?
これは、ぜひ王家にも進言しなければ!
この功績だと、我が家が公爵に陞爵しても不思議ではないからな!)
そう考えながら、執事の返事を待つ。
しかし、執事は歯切れが悪そうに、おずおずと伝えた。
「旦那様……。両家からは抗議の連絡が入っております……」
「はっ? 抗議だと!?」
てっきり、泣きついて謝罪してくるものとばかり思っていた伯爵は、その言葉に耳を疑った。
「それと……つい先程、王家からの招集命令が届きました……」
伯爵はさらに耳を疑う。
何故、王家から招集命令が?
「何故すぐに報告しない!?」
「も、申し訳ございません! 確認している時に旦那様に呼ばれたもので……」
そうなると、本当につい先程、王家から連絡が届いた事になる。
「……招集はいつだ?」
「一週間後でございます」
そう言いながら、届いた封書を執事は伯爵に手渡す。
伯爵は眉を顰めながら、それを受け取った。
「分かった。下がれ」
執事を下がらせた伯爵は考える。
(あの二家は、王家に繋がりがある者達だ。だから、きっと王族に頼めば魔鉱石を何とか出来ると考えたのだろう)
「馬鹿な奴らだ。いくら王家に頼んだとしても、魔鉱山は我が領のもの。
いくら王族とて、商売に口を挟むような、そんなご法度はなさるまいて」
先程執事より受け取った招集命令の手紙を見ながら、伯爵は苦々しげにそう呟いた。
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カーター・ルードグラセフ伯爵
元々子爵家の三男坊に生まれたこの男は、ルードグラセフ伯爵家の婿養子として迎え入れられた。
カーターの実家の子爵家と、当時のルードグラセフ伯爵家が懇意にしており、その縁で、ゆくゆくは平民になるしか道がなかったカーターを婿養子にして欲しいと、子爵夫婦が頼み込んできたのを受けた感じでの縁談であった。
カーターは、婿養子という事に抵抗はあったが、平民になるなんてプライドが許さず、また伯爵になれると思い、喜んで縁談を引き受けた。
しかし、まさか伯爵位は、そのまま伯爵家の娘が引き継ぐとは思っておらず、結婚してからその事実を知って、騙されたという思いが強かった。
実際には、何度も両親から説明を受けていたのだが、自分の兄たちより身分が高くなる事に優越感に浸って、カーターが聞いていなかっただけなのだが……。
また、オリビアの母であったルードグラセフ女伯は、男勝りな女性であった。
カーターは、自分を立ててくれるような、自分に従順で、色気のある女性が好みであった為、これもまた期待はずれだと、結婚してからすぐに浮気に走った。
オリビアの母も、特にカーターに思い入れを持つ事もなく、特にオリビアが生まれてからは、カーターとは形ばかりの冷えきった夫婦関係であった。
オリビアの母が亡くなり、まだ幼いオリビアが爵位を引き継ぐには無理があった為、引き継げる年齢になるまでの間だけ代理伯爵をする事になったカーターは、初めて権力を自由に使える喜びに浸った。
伯爵としての仕事は、ほぼ執事たちに任せきりだったが、金儲けとしての才能だけはあった為、すぐに魔鉱石の流通に目を付けた。
何故毎回王家に、業務報告をしなければならないのかも分からないまま、王家に目を付けられない程度に報告書類を誤魔化しながら、金儲けに走る。
何年もそれが続き、いつの間にかそれが当たり前となってしまっていた。
だから、カーターは知らなかったのだ。
ルードグラセフ伯爵領にある魔鉱山は、昔から王家所有の物であると。
そして、ルードグラセフ家は魔鉱山の管理を任されただけに過ぎず、初代ルードグラセフ家は、王家の代わりに管理を引き受けた恩恵で爵位を与えられたに過ぎなかった事を……。