19 ルードグラセフ伯爵の画策
「え? 魔鉱石が手に入らなくなった!?」
ルイーゼ達が店に来てから、一週間が過ぎた頃……。
ヘンリーは、仕入れ担当の者から、いつも定期的に購入していた魔鉱石を扱っている業者が、急に取引を取り消してきたと報告を受けた。
「何故だ? 魔鉱石が品薄になっているとは聞いていないが?」
ヘンリーの問いに、仕入れ担当が困ったように話す。
「業者の話では、急にうちにだけ魔鉱石を下ろさないようにと、上から指示が出たらしいです。
魔鉱石が手に入らないと、うちの商品に大ダメージが出ますよ」
困ったように仕入れ担当が、そう話す。
「上の者の指示? おかしいな……」
ヘンリーは考え込み、確認する為に家に戻る。
家に戻ると、ルークと共に、王太子殿下が来訪していると聞き、慌てて応接室にて挨拶をしに行った。
「やぁ、ヘンリー。久しぶりだね」
ノックの返事にて部屋に入ったヘンリーは、王太子殿下に声を掛けられて、臣下の礼を取る。
「アレン王太子殿下におかれましては……」
「ああ、そんな堅苦しい挨拶はいらないよ。こちらが君の家にお邪魔させてもらっている身だしね」
気さくな感じで、ヘンリーにそう話す。
「ありがとうございます。
それで、アレン王太子殿下は、本日はどのような? 父に何か御用でしょうか?」
「ハハッ。宰相に用があれば城で話すさ。今日は我が命の恩人のご機嫌伺いに来たんだよ。
それに君にも聞きたいことがあってね」
アレン王太子殿下は楽しそうにそう話す。
「私に聞きたいことですか?」
ヘンリーがそう問うと、ルークが間に入ってくる。
「ヘンリー殿。もうすぐオリビアも来る。その時に一緒に話そう」
そうルークが言った時、部屋のドアにノックと共にオリビアの来室が告げられた。
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「やぁ、オリビア。久しいね。元気だったかい?」
アレン王太子殿下に声を掛けられた私は、拙いカーテシーにて応じた。
「お久しぶりでございます。アレン王太子殿下におかれましては……」
「ハハッ。うん、それもういいからさ。さっ、オリビア、座って話そう?」
気さくにそうアレン王太子殿下に言われ、私はおずおずとヘンリーお義兄様の隣りに座った。
「僕の隣で良かったのに……」
ルーク様がボソッとそう言うのを、恥ずかしくて聞こえないフリをする。
いや、配置的にも変でしょ? ルーク様は既に殿下の隣に座ってるじゃない。
「相変わらずだな君たちは。
オリビア、学園はどうだい? 商会でも才能を遺憾無く発揮していると聞いているよ。君の才能には本当に驚かされる一方だよ。
今回の新作の守護魔法付与のアクセサリーと拡張バッグは、サファイアも大層喜んでいてね。ぜひ君をお茶に誘いたいと常々言っているんだ。
また、城でサファイアのお茶会に参加してくれないかな?」
「勿体ないお言葉でございます。わたくしでよければ、ぜひ参加させて頂きますわ」
アレン王太子殿下のお誘いに、私は快く返答する。
「うん、サファイアにも伝えとく。きっとすぐにでも誘いの手紙が届くと思うよ。
しかし、君は家でもその眼鏡をかけてるのかい?
せっかくの綺麗な翠碧色の瞳が隠されているのは残念だな」
そう言って、アレン王太子殿下は優しく微笑まれた。
アレン王太子殿下には、二年前にルードグラセフ領で出会って以来、本当に良くしてもらっている。
もちろん、私の治癒魔法の力で命が助かったというのもあるが、アレン王太子殿下の伴侶であるサファイア王太子妃殿下にも、本当に感謝され、色々と夫婦で気にかけて下さるのだ。
今年学園に入園した際には、ルイーゼと会わないようにクラスを別に配慮してくれたのも、この御二方の気遣いだと思っていた。
「そうですね、何処に目があるか分からないので用心の為にかけていたのですが、今となってはトレードマークのようになってしまっていて……。
でも、本来の自分を隠すのも潮時だと思っております」
私の答えに王太子殿下は大きく頷き、その隣に座っているルーク様も、嬉しそうな顔でこちらを見てくる。
ルーク様に見つめられた私は、慌てて真っ赤になりそうな顔を下に向けた。
(だからルーク様。そんなに期待するような目で見ないで~!)
そんな事を考えていると、王太子殿下が一つ、大きく手をパンっと打つ。
「さて、では次の話に移ろうかな。
ここからは少し重い話になるけど、心して聞いてくれ。
特にオリビア、君には少し辛い話になるかも知れないけど」
急に真剣な表情をしてアレン王太子殿下が、私を見てそう話したので、私も顔を引き締めて頷いた。
「まずはヘンリー、魔鉱石の取り引き停止は聞いた?」
「は、はい。
え? あれはアレン王太子殿下のご指示ですか?」
「ハハッ。違うよ。
でもそうだよね。普通は魔鉱石の流通の采配権利は王家にある。だから君がそう思うのも無理はないね。
ルークにも取り引き停止について、食ってかかられたからね」
アレン王太子殿下が、楽しそうにルーク様を見ながらそう話す。
「仕方ないだろ。魔鉱石が手に入らなくなったら、錬金術が使えないんだから」
不貞腐れた感じでそう話すルーク様が、幼く感じる。
ルーク様は王太子殿下といる時は、いつもそんな感じなので、とても微笑ましい。
「そんな意地悪しないよ。ルークは拗ねると宥めるのに大変だからね」
クスッと笑いながら王太子殿下はそう言った後、真剣な表情になった。
「今、魔鉱石の流通を担っているのは、魔鉱山のあるルードグラセフ伯爵領だ。
どうやら今回の件は、ルードグラセフ伯爵の仕業かな?
ルークに聞いたよ。君たちの商会先であの一家と揉めたんだって?
顕示欲の強いあの伯爵が、あそこでやられて黙ってはいられなかったんだろうね」
王太子殿下の言葉に、ヘンリーお義兄様はバツの悪い顔をし、ルーク様に至っては肩を竦めて笑っている。
「しかし、あそこの魔鉱石は国のもの。ルードグラセフ伯爵家にて、代々管理を任せていたが、それは王家の指示の元となっている。
定期報告も義務付けしてあるし、本来なら流通の采配も、王家が定めた通りにする必要があって、ルードグラセフ伯爵家に一任した覚えはない。
もちろん管理者として、ある程度の権限は許可してあるが、魔鉱石の流通を独自の判断で止めたりする権限はないんだよ」
王太子殿下の説明に、私たちは静かに頷いた。
「だから今回の件は、ルードグラセフ伯爵の独断によるものであり、魔鉱山を私物化し、王家の指示を無視した事に値する。
これから提出された報告書と照らしあわせて、過去に渡ってから調べ直してみる。
場合によっては、ルードグラセフ伯爵はその権限を一切没収され、降格もしくは爵位没収になるかもしれない。
それくらい魔鉱石は国の宝であり、国の礎だからね」
王太子殿下の言葉を、私は複雑な気持ちで聞いていた。