16 シークレット商会にて②
そうして私は作業場で、ルーク様と一緒に錬金術を使って作業をしていると、店の方が騒がしくなっている事に気づいた。
「少し見て参りますね」
リーネがそう言って店の方に行ったので、そのまま作業を続けていた私達の耳に、つんざくような大声が聞こえてきた。
「え……。なんだ? 何やらとても騒がしいな」
「……リーネが戻って来ないのも気になります。ちょっと見に行きましょうか」
私の提案にルーク様も頷き、二人で店の中を見に行く。
店の奥からコッソリ店の中を覗くと、リーネが誰かに激しく責め立てられていた。
「だから何であんたがいるのよ!
こんな人間を雇っているなんて、ここは噂ほどの一流の商会ではなさそうね!」
ルイーゼの叫びに、ルードグラセフ伯爵も睨むようにリーネに問う。
「クビにされた腹いせに、まさかお前が、私たちの購入した髪飾りとバックを、偽物とすり替えたのか!?」
「そのような事は一切しておりません。顧客名は、私には知らされておりませんし、直接販売にも関わっておりません」
「ならばお前は、何故この店にいるのよ! まさか客だとでも言うの!?
ここはお前が買えるような品物は取り扱ってはいないはずよ!」
リーネの答えに、今度はナタリーが憤慨するように叫ぶ。
「リーネ!?」
慌ててリーネを助けに行こうと店の中に入る私を、ルーク様が私の腕を掴んで引き止めた。
「待てオリビア。どうやら店の中にいるのは、ルードグラセフ伯爵家の人間だ。
ほら、君の義妹が見えるだろ?
隣りの二人はルードグラセフ伯爵とその夫人てとこかな」
ルーク様の言葉に私は激しく動揺した。
(何故あの人達が!?)
「リーネを助けないと!」
リーネが、あの人達に何をされるか分からないと不安に駆られ、身を隠しているのも忘れて、私は焦ってそう言った。
するとルーク様は、急に私を自分の胸の中に引き寄せ、耳元で囁くように言ってくる。
「落ち着いて、オリビア。
僕が行く。ちゃんとリーネは守るから、僕に任せて、ここで隠れて見ていて」
ルーク様に耳元でそう囁かれた私は、違う意味でパニックを起こしそうになる。
(この体勢は何!? 私、ルーク様に抱きしめられてるような形になってるよね!?
えー! どうしてこうなったの!?
落ち着け、落ち着け私!
今はリーネの事を考えなきゃ!)
急に抱きしめられて、ドキドキする胸を何とか落ち着かせる。
「リーネをお願いします、ルーク様」
火照った顔を隠すようにそう言った私を見て、ルーク様はクスッと笑い、笑顔で頷いてから店の方に歩いていった。
****
「お客様、店の中でそのような大声や罵倒発言は、他のお客様のご迷惑になりますので、控えて下さいますようお願いいたします。
こちらの者に関しても、あえて説明は控えさせて頂きます。
お客様は、当店にどのような御用向きでいらしたのでしょうか?」
ヘンリーが間に入って、リーネを庇っているが、ルードグラセフ伯爵家の者たちは、小馬鹿にしたように見下しながらヘンリーを見た。
「なんだお前は。
私は由緒あるルードグラセフ伯爵家の当主、カーター・ルードグラセフだぞ!
平民が生意気な口を聞きおって!
この店の責任者を呼んでこい!」
「私がこの店の責任者ですが」
「お前が!? はっ! この店の格が知れるわっ!
何故このような店が流行っているのだ全く!」
ルードグラセフ伯爵は、店の制服を着ているヘンリーを見て、すっかりヘンリーを平民だと思って、頭ごなしに怒鳴り散らしていた。
「商会長であるそちらの方は、決して平民ではありませんよ。
モーリスト侯爵家の次男であらせられる、このヘンリー・モーリスト殿が、この商会の責任者、つまりはシークレット商会の商会長です」
そこへ、ルークが颯爽と歩きながら現れ、ルードグラセフ伯爵家の面々の前に立ちはだかってそう言った。
「ルーク様!」
ルークを見て嬉しそうにルイーゼがそう叫んだが、ルークはルイーゼを一瞥して冷ややかに言った。
「ルードグラセフ伯爵令嬢。前にも言ったが、君に名前呼びを許した覚えはない。やめてもらおうか」
「そ、そんな、ルーク様……ひっ!」
凝りもせず名前呼びしたルイーゼに、ルークは鋭い眼光を飛ばすと、ルイーゼは恐怖で縮み上がった。
「君は……スノーメル小公爵殿か。
そしてシークレット商会の商会長がモーリスト侯爵令息であったとは。
先程は失礼した。知らなかったものでね」
ルークの登場に加え、先程より罵声を浴びせていた店主が、まさかの商会長であり、王妃様の実家であるモーリスト侯爵家の次男と知ったルードグラセフ伯爵は、急に態度を軟化してくる。
「そちらにいる女は、以前うちで働いていたメイドなんだが、うちの娘に在らぬ疑いをかけたのでクビにしたのだよ。
そのような者がここに居たので、ビックリして、つい声を荒らげてしまった。
そちらもその女の事を知らなかったのだろう。
悪い事は言わない。サッサとクビにする事をお薦めするよ」
リーネを見下しながらそういう伯爵を、ルークは一瞥する。
「真偽のほどは分かりかねますが、私達は自分の目と直感を信じますので」
そう言ったルークに続き、ヘンリーも口添えする。
「ええ、我々はこの女性をクビにするつもりはありません。
それに、この者はこの商会で雇っているのではなく、侯爵家で雇っているのですよ。この者を雇ったうちの両親の目が節穴だとでも?」
二人にそう言われ、グッと言葉に詰まった伯爵を尻目に、ルークはリーネを下がらせる。
「リーネ。店の奥に戻って」
「は、はい!」
ルークにそう言われ、リーネはすぐに踵を返して店の奥に戻って行った。