11 お義姉様のものは私のもの
ルイーゼの発言に、両親とも固まったかのように食事をする手が止まった。
自分の発言を笑い飛ばしてほしい。
その一心で話したルイーゼだったが、ここにきてこんなことを話した自分に後悔する。
「あ、うん! 変なこと言ってごめんなさい!
変な共通点でびっくりしただけよ? その眼鏡ね、なんでも力を制御するためだって誰かが言ってたし!
きっと、強力な魔道具なんだと思うの! 聖女様の力が枯渇しないようにするためよね⁈」
必死で雰囲気を変えようと早口でそう言うルイーゼに、ナタリーは少しホッとする。
「そうですわよね。もう、びっくりさせないでよルイーゼ。
その聖女様は白銀色の綺麗な髪をされていたのでしょう? あの娘は汚いこげ茶色をしていたわ。
全く似てないわよ。聖女様に失礼よ、ルイーゼ」
母のその言葉に、ルイーゼは、ようやく安堵する。
「そうよね? ごめんなさいお父様お母さま。さっきの似ているって言葉は忘れてね」
ルイーゼとナタリーは、この話はもう終わりとばかりに違う話で楽しそうにしていたが、父のルードグラセフ伯爵は青ざめた表情で何かを考えこんでいた。
「お父様? どうしたの? さっきから顔色が悪いわ。何処か具合でも?」
食後のティータイムの時間、いつもならソファに座って、一緒に寛いでいる父が、夕食の途中から黙り込んでしまったのに気付いたルイーゼが、そう問いかける。
娘の問いかけに、妻のナタリーも心配そうに、
「あなた、大丈夫ですの? 疲れが溜まっているのでは?」
と、声をかけてくる。
(こいつら、何を呑気な事を。さっきの話は気にならないのか?
噂の聖女が白銀色の髪に瓶底メガネだと!? しかも名前がオリビアだなんて!
まさかルイーゼはともかく、ナタリー、お前まで忘れてしまっているのか?
オリビアの本来の髪色は白銀色だったっていうことに……)
「ルイーゼ、さっきの話だが。
聖女の目の色は確認出来るか?」
父の言葉にルイーゼはきょとんとする。
「目の色? 眼鏡で隠されているから分からないわ」
当たり前のことのように言う娘に苛立つが、何とか気持ちを抑えた。
「ルイーゼ、聖女の目の色を確かめて来てくれないか?
どんな目をしているのか気になるんだ」
父にそう言われ、ルイーゼは母と顔を見合わせて不思議そうに首を傾げるが、父の真剣な表情に反論する余地は無い。
「分かったわ。確かめてみる」
そう返事をした娘に、
「頼んだぞ」
と言って、伯爵は執務室に戻って行く。
「え? またお仕事?」
ルイーゼは父にそう声を掛けるが、父は振り向きもせずにそのままリビングを出ていった。
「お母様……。お父様、どうしたっていうの?」
「……さぁ? 何か急ぎのお仕事でも思い出されたのかしらね?」
「そうかぁ」と、ルイーゼは母の言葉に納得してお茶を楽しんでいたが、ナタリーはここにきてようやく思い出していた。
(あの娘……幼い時から髪の色を染めさせていたけど。元の色は確か白銀色ではなかったかしら?)
さっきは別人だと納得したけど、夫であるルードグラセフ伯爵の態度に、再び疑念を抱く。
しかし、目の色まで覚えていない。
確か、前妻のあの女の色を受け継いだと聞いていたが、まともに前妻とも会った事のなかったナタリーには、分からない。
ましてや、家にいた頃のオリビアとは、顔を合わせるのも嫌で、目の付かない所へ追いやっていた。
メガネの下にどんな色の目が隠されていたかなんて、興味を持ったことも無かったナタリーには、オリビアの目の色が分かるわけがなかったのだ。
「ねぇ、ルイーゼ。あの娘の目の色って、覚えてる?」
母の言葉に、不思議そうな表情をするルイーゼであったが、母の不安な気持ちを察してしまう。
「あの娘って……まさか、お義姉様?
何故今更そんな事聞くの?
まさか、お母様、話題の聖女様がお義姉様だと疑ってるの?
さっき違うって言ってたじゃない!」
母の不安が伝染し、一気に夕食前の不安な気持ちが蘇ったルイーゼは、声を荒らげて母に詰め寄った。
「いいから答えなさい! あの娘の目の色は何!?」
母に強く言われて、ビクッとなったルイーゼだが、負けじと言い返す。
「そんなの覚えてるわけないじゃない! 瓶底メガネは外さないように、お父様に厳命されていたから、お義姉様はそれを守っていたし、火傷の時も、転んだ時も、目を閉じていたから見えなかったわよ!
お母様こそ、覚えてないの!?」
そう言って不機嫌になったルイーゼは、母の声掛けも無視して自室に戻る。
自室にて一人になったルイーゼは、ベッドにダイブすると、ポツリと言葉を零した。
「やっぱりあれはお義姉様なの?
だったら許せない……。お義姉様のくせに、あんなに素敵な格好をして、周りにチヤホヤしてもらって……。
しかも、あのルーク・スノーメル公爵令息! あんな素敵な人にエスコートしてもらうなんて、有り得ないわ!」
そして、徐にルイーゼは、ハッと気付いて身体を起こした。
「お義姉様でも出来るんなら、私も出来るかも……。
お義姉様の持っているものは全て私の物だって、昔から決まっているもの!
聖女の力も、羨望の眼差しも、侯爵令嬢の地位も私のもの!
そして……ルーク様のエスコートを受けるのも私よ」
その考えると、今まで苛立っていた気持ちが収まり、ルイーゼはその思いこそが正しい事なのだと考える。
「でも、まずはお父様もお母様も気にしていた、目の色の確認が必要ね。
目の色でお父様達が、あの聖女様がお義姉様だと断定出来た時に、全てをもらえばいいわ。
だって、お義姉様のものは私のものだものね」
そう結論付けると、クスッと笑い、ルイーゼは気分よく休む事が出来た。




