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結 今は慰めよりも珈琲が欲しい

 魔術効果の逆流と、それに伴う肉体変化が生じた人間を『悪魔』と呼びます。

 世間一般では聞き馴染みのない言葉にございますが、悪辣な人間や犯罪者をこのように揶揄する場合があり、文献を漁るのが趣味というもの好きな人であれば存じているかもしれません。


「イゾルデ……ちゃん……?」


 双眸からは火炎が噴き出ております。

 見知っていたはずの顔はそこになく、捻じれ、折曲がり、幾何学的な紋様の刻まれたおぞましい髑髏が焔の中で怨嗟に焼かれております。

 おぞましいのです。こんなふうに形容するのは憚られるべきなのですが、そこにお嬢様の輪郭はなく、醜悪な怪物がゆらゆらと蠢いているのです。


「h……ホ……ルン…………」


 完全に無意識です。

 その行動に意味を与える暇も無く、私は木製の杖を構えていました。


「ホルン……ホルン…………ッ!」


「クルメン・フムスーっ!」


 轟音と共に大地がせり上がり、矛よりも鋭敏に悪魔を貫きます。

 こちらに伸びてきた火炎の魔術は外套を掠め、校舎の壁を破壊しました。

 最早お遊びの決闘ではありません。相手は私を殺すつもりで魔術を放ったのです。あれの中に術を使うだけの理性があるのか、はたまた別の理屈で術を行使したのかは判然としませんが、しかし今のは紛れもなく火炎の魔術(イグニス)でした。

 悪魔について、教科書に書かれていた文言を頭の中で諳んじます。


「イストムス!」


 黄ばんだ骨で作られた杖のような何かを構えた悪魔を、捲り上がった二枚の土盤が挟み撃ちにしました。簡易的な峡谷は飴色に変じ、ぐつぐつと煮立たっていきます。次の術文を唱える頃には融解してしまうでしょう。

 悲しきことに、土くれでは時間稼ぎにもならないようです。

 矢継ぎ早に火の粉が飛んできます。舞い散るそれではなく、明確な殺意を持って私の元に来るのです。教科書通りの戦い方をするならこのまま相手の消耗を待つのが定石ですが、彼女はイゾルデちゃんです。相手を屈服させ、完膚なきまでにへし折らなければ気が済みません。

 なので、必ず大掛かりな魔術を打ち込んでくるでしょう。


「目を覚ましてーっ。私だよ、ホルンだよ!」


 我を取り戻せば攻撃の手を緩めると思いました。そうすればこちらも対処方法を考える余裕ができます。そうでなくては困るのです。

 なるたけ、彼女を傷つけたくはありません。


「ウェントゥス、ウェントゥス!」


 魔術は術文を重ねれば重なるほど、魔力を消費する一方で応用と効果が期待できます。

 しかしこの場合は悪手、強力な術文がどんな悪影響をもたらすか分かりません。基礎的な風の魔術を複数回に渡り発動させるのが、最善となります。

 強風が火の粉を散らし、怪物が忌々しそうに黒煙を吐き出しました。悪魔の機微など存じ上げませんが、イゾルデちゃんが怒っているのは察せられます。


「こ……い…………こい、ホルン…………全力でェッッッッッ!」


 怪物が怒りの咆哮を放ちます。

 それは原初の奇跡。原初の理。悠久の時を越えて受け継がれて来た概念。人間が理解を放棄し、ただ文字の羅列として利用したもの。即ち、術文に使われる古の大言語(プリームス・マギア)です。

 分かりません。彼女が私に何を求めているのか、さっぱり分かりません。

 紅蓮の洪水が波打つ度に杖を振って応えます。時には土砂を、時には風を手繰り寄せ、怪物の挙動を可能な限り押し留めます。中庭に繁茂していた草木はとうに灰となり、地面は溶岩のように溶けていきます。技術の介在しない純粋な暴威は目をそむけたくなるほど恐ろしいのですが、大人が来るまで持ちこたえなければなりません。

 彼女がこれ以上誰かを傷つけるのを見過ごせるわけがないでしょう。


「ホルン────────────ッ!」


「イゾルデちゃん!」


 熱気を退けるために張っていた防護結界が怪物によって破られました。

 吐息が耳元で聞こえます。

 まつげの一本に至るまで焦がされるみたいに錯覚します。

 彼女の焔に焼き尽くされます。死んでしまいます。死にたくありません。けれど、けれど、傷つけたくもありません。残念ながら頭の中の教科書は打開策を教えてくれませんでした。木製の杖が燃焼し始め、このままでは反撃する手立てすらも失います。

 決断しなければなりません。行動しなければなりません。

 穏便に終わることのできる一線はとっくに超えてしまったのです。

 ああ、どうして人は、悪魔になるのでしょうか。


「──────カテーナ・ネブラ・トニトゥールス」


 地を裂く轟音が鳴り響きます。

 校舎の硝子ががたがたと揺れ、どこからか悲鳴があがります。

 即席の小さな黒雲から降り注ぐ雷鳴が一撃のもとに焔を消し去りました。

 怪物はよろよろと歩き出し、背中から地面に倒れます。私もくたくたです。へろへろです。どれだけ術文を省略しても、魔力は無視できないほどに消耗しているようでした。ここで意識を保つなんて、よほど強固な精神を持っていなければ不可能でしょう。

 今のは、いつかのためにとっておいた切り札です。いつか本当に全力でイゾルデちゃんと決闘をする時のために用意していた秘密兵器です。

 これを惜しみなく使った時こそ、階級とか試験とか、そういう煩わしい事情を越えて、私たちは友達になれると思っていました。争いがあるべきだとは思いませんが、争いの先に相互理解があると信じていたのです。

 急激な魔力消費で四肢の感覚を手放しかけた私は、しかし体勢を崩す前に壁のようなものに寄りかかりました。

 厳密に言えば、壁のほうからこちらに駆け寄ってきたのです。


「時間稼ぎご苦労。後は任せろ」


 陰湿メガネ先生は私を地面にゆっくり座らせると、痙攣しながらも起き上がろうとする怪物の前に立ちました。


「さて、優秀で愚かな傍観者気取りよ。悪魔の治療法は勉強していたか?」


 怪物の繰り出す火炎を、メガネは肥満体に見合わない速度でいなしていきます。短い杖の先から見たこともない閃光が瞬くと、彼女が生み出す焔の悉くがほどけていくのです。

 彼は小刻みに二、三度手首を翻すと、防護結界が展開されました。イゾルデちゃんを包み込むそれは熱気をも封じ込め、呼吸が楽になるのを感じました。

 悪魔の治療法、と言いましたか。歯がゆいことに存じ上げません。教科書には何も書かれておりませんでした。私の知識は筆記試験で良い点数を取るために蓄えられているだけで、図書室へ行ってさらに学術知識を深めるような試みはしたことがないのです。


「知らないだろう。それがお前という生徒だからな。いいか、悪魔というのは大枠で言えば魔術作用で作られた外殻が術者を覆っている状態だ」


 結界が破壊されると同時に石のつぶてが降り注ぎ、怪物は勢いに負けて後退します。


「つまり術文と肉体が縫合されてしまう前に多量の魔力を注ぎ込めば、術文は意味を保てず、外殻は崩壊する」


 先生が杖を真っ直ぐ向けると、白色の光線が怪物に向かっていきました。

 それを知っています。いえ、知っているどころではありません。忘れもしない最初の決闘で私たちが扱った高密度の熱エネルギーです。

 抵抗の余地はありませんでした。対抗策を練る暇も与えませんでした。予め決められた作業をするみたいに先生は淡々と悪魔を中庭の隅に追いやって、魔力の塊を注ぎ込みます。

 空気がごうごうとうなりを上げ、怪物が声にならない声を吐き出そうとした瞬間、そのおぞましい身体が破裂しました。

 放出された焔は結界の中に閉じ込められ、縮小し、先生の手のひらの上で消えていきます。


「これで授業……いや、補習は終わりだ。ホルン、医務室の先生を呼んで来い」


 そこには、ぼろきれと化した外套に身を包むイゾルデちゃんが座っていました。



────



 治療魔術は宗教関係者にのみ許された業でございます。

 よって学校の医務室でかの術が扱われることは無く、専ら薬品治療が中心になるのです。薬剤が必要でお世話になったことがありますが、珈琲の苦みとはまた違う刺激的な臭いで満たされており、薬学の研究者は大変だなあと密やかに感心しておりました。

 その日の授業を終えて、私は医務室へ足を運びました。

 自分の怪我を治すためではありません。軽い火傷はすっかり癒えて、事件などなかったと感じるほどに元通りとなりました。

 ただ、彼女が意識を取り戻したと聞いたのです。


「…………君か」


 扉の前に立っていたのはバルドゥル先輩でした。

 この方も打ち身程度で済みましたので、今となっては元気そのものです。けれどその表情は、どこか暗い様子に見えました。


「あの、入らないんですかー……」


「……俺はいい。君が友人として慰めてやれ」


 私は友人ではありません。

 そう否定しようとして、けれど先輩は言葉も聞かずに去ろうとしています。


「でも、彼女はあなたのことが……」


「知っていたさ。だから何だと言うんだ。木っ端貴族の、直系ですらない血筋に生まれた四女と、バーデンヴィッツ家の長子でつり合いが取れているとでも? 俺が興味を持っていたのは君の方だよ、ホルン」


 存じております。

 ですが、彼女だって決して無才無能ではありませんでした。誰よりもひたむきに努力しておりました。実力を評価するならば、彼女もまた選ばれて然るべきではないでしょうか。

 バルドゥル先輩はずっと廊下の向こうを見ていました。何か言うのを期待されている気がしましたが、汲み取ることができませんでした。


「凡百の血筋より突出した能力、だ。努力がどうとか関係ない。俺たち貴族は中途半端な才能に甘んじるわけにはいかないんだよ。それも悪魔になるなんて……」


 去り行く背中を留めることは叶いませんでした。

 中途半端なんて言葉は、あまりにも残酷です。

 努力した人は相応の賞賛を得るべきではないでしょうか。部を退部してまで自己研鑽に励んだ彼女の頑張りは貶められてしまうものではないはずです。

 でも、と心の中でもう一人の私が肩を竦めます。「失敗したのは事実じゃないか」と。それを潔く認めて次へ進んでこそ人は真価を発揮するだろうと。失敗の度に落ち込んでいてはキリがないだろうと。

 医務室に入ると、狭い部屋の一角が仕切りで覆われていました。寝台(ベッド)ひとつ分くらいでしょうか、外界と隔てられた布の向こうで横たわる人の輪郭が見えます。


「イゾルデちゃーん…………」


 先生に声をかけてから、布で出来た仕切りの中へ入ります。

 イゾルデちゃんは全身に包帯が巻かれていて、辛うじて両目と鼻、口元が露出していました。

 お嬢様はピクリとも動きません。

 私は鞄から行きがけに買ってきた梨を取り出すと、彼女に示します。

 とても心配でした。本当なら知己のようにあれこれと言葉をかけてやりたい気持ちで溢れていたのですが、やっぱり彼女は貴族で私は平民です。距離感を間違えてとやかく言われるのも嫌だったので、なるべく慎ましく振舞うようにしました。


「甘いやつ持って来たよー。友達でもなんでもないのにこういうの、なんか差し出がましいかもだけど────」


「あれ、なに」


「あの雷撃はなんなの」とイゾルデちゃんは詰問するような口調で尋ねます。


「あれはー……勉強したっていうかー……」


「魔術の三段詠唱なんて、上級生でも扱うのが難しいのよ」


 投入するべき魔力量の異なる術文を同時に発動させるのは確かに難しい作業です。それでもコツをつかめれば不可能ではありませんし、いずれ彼女も習得できると信じておりました。

 だからこっそり練習したのです。使う時が来ると確信していたのです。今にして思えば、能動的に何かを勉強したのはこれが初めてかもしれません。

 きっと、私は楽しみしていたのです。


「……そう。あなたはそういう人よね」


 彼女が手の平を梨に向けて突き出してきました。まだ切り分けられてないとぴかぴかの刃物を見せても、無言のまま渡すよう催促してきます。

 まだ快復からは程遠い身体です。これに加えて歯が折れたりしたら大変ではないですか。もっと大切にしてもらいたかったのですが、気圧された私はそれをイゾルデちゃんの手に委ねてしまいました。

 ぺしりと音が鳴ります。額に痛みが走り、床に落ちた果物が視界の外へと転がっていきます。反射的に拾おうと考えましたが、次いで何が起こったのだろうという疑問が湧いてきます。

 顔を上げると、歪んだ眼差しの奥底に燻る焔が見えました。


「やればなんでもできるくせに能力に対する責任なんて微塵も感じてなくて、そのくせ涼しい顔で自分の欲しい結果は必ず出して、身分なんてどうでもいいですみたいな振る舞いで周囲からうっすらと注目されて、いつもどこかに居場所があって誰かに必要とされて。どれだけの人間がその立場を求めてどれだけ汗と涙を流してどれだけ時間をかけて机にかじりついているか、考えたことはある?」


「私は…………」


「あなたは何も悪くない。ええ、ええ、悪くないでしょうとも。だって優秀なだけなんだから。あたしが同級生との交流や自由な時間を削って教科書とにらめっこしてる間に、あなたは先生方の手伝いをして得たお小遣いで砂糖菓子だの果物だのを買って、それを友達でも何でもない他人に与えて悦に浸っていただけ。あたしが術文の組み合わせと戦闘の立ち回りでいかに魔力を節約するか考えている横で無邪気に灰人形と戯れていたあなたは、日々の勉強とお手伝いの片手間に高等技術を習得できるだけの能力を持っていた。それだけですもの。何様のつもり? 持たざる者に恵みを与える善人を気取ってた?」


 イゾルデちゃんは力なく腕を振り上げると、寝台の枠組みに拳を振り下ろします。

 物音に驚いたのか、先生が仕切りの中に入ってきました。私たちを交互に見て何が起きたのか察しようとしてくれています。

 正直に申し上げますと、困惑しておりました。こんなふうに自分の能力を揶揄されるとは心外です。今は私に及ばずとも、いつかは抜かれてしまうだろうと考えていたからです。彼女はそれだけの努力を重ねてきましたし、これからも重ねていけると思っていました。

 才能や能力などというものは、時間と工夫でいかようにでも補えます。

 私の知識は伝説の魔術師に遠く及びませんが、彼らが一生かけてたどり着いた原理は手元の教科書に書いてあります。今の私は熟練の魔術師たちに勝てませんが、この先彼らは老いていくばかりです。

 どうして結果を急ぐ必要がありましょう。

 私は努力する人たちのことがよく分かりません。それでも否定まではしていないつもりです。頑張れば、結果は必ず付いてくるものですから。

 それでも結果が気に食わなければ。

 そのときは、諦めるしかありませんが。


「ねえホルン、あたし悪魔になっちゃった。それでたくさんの人を傷付けてしまったの。いっそあのまま死んでしまえば良かったわ。好きなもの嫌いなもの全部燃やして、最後は自分さえも灰にしてしまえば悔いなんて残らなかった。あたしは……もう人間になんて戻れないのよ」


 彼女は包帯に巻かれた両手で自身の瞳を覆いました。


「お願い、何も言わずに出て行って。甘いものなんて食べたくない」


 それは拒絶でした。

 火傷のせいで表情に乏しいイゾルデちゃんが持つ感情の、全力の発露でした。

 前向きな助言はそれなりに思いつきます。感動的な励ましだって、頑張ればできるかもしれません。でも、私はひたすらに、彼女をこれ以上怒らせたくありませんでした。挑戦と安全を前にして、後者を選ばざるを得ませんでした。

 彼女を慮ったのではありません。善意や計算に基づいた行動でもありません。

 我が身可愛さで立ち去ったのです。

 それから医務室に寄ることはありませんでした。何度となく行こうと思い立ったのですが、結局勇気を持てず失敗に終わりました。

 聞くところによると、彼女は処分を免れたみたいです。上級生である自分の監督不行き届きだとバルドゥル先輩が先生方に掛け合って、バーデンヴィッツの名前まで出して事なきを得たと上品な同級生の皆様が語っていました。これがいわゆる責任感から来る行動だったのか、彼なりの思惑があったのかは知る由もありません。

 そうしていたずらに時間を浪費しているうちに、彼女は治療を終えて復学しました。


「──────それで、人生初の挫折を前に困惑して、私の部屋へ来たと」


 陰湿メガネは「ここはお悩み相談室じゃないぞ」と言いながら砂糖のたっぷり入った珈琲を啜っています。木造りの椅子に腰かけていた私は、陶器に注がれた真っ黒な液体の表面に映る自分を眺めていました。


「挫折、なんですかねー……」


「お前には驚きだろうが、人は努力するほど失敗した時の挫折が大きくなるもんだ。そして多くの場合、挫折によって人は努力を恐れるようになる」


「わ……あたしは、どうしたらいいいんでしょう…………」


 イゾルデちゃんも挫折を味わっていたのでしょうか。

 メガネは顔をしかめると、手元の器へさらに砂糖を投入しました。彼にとっては生徒の悩みより飲み物の甘さが重要みたいで、小さな匙で珈琲をかき混ぜております。

 当然であるかのように、先生は「どうって……逃げるんだよ。挫折から立ち直るまで」と答えました。

 頑張ってもどうにもならないなら逃げればいいなんて、そんな単純な話なのでしょうか。


「人間という生き物は単純なんだ。各々が勝手に小難しく考えているだけでな」


 イゾルデちゃんも逃げれば違ったのかもしれないなんていうのは、後からいくらでも言えることです。それでも実習室で、中庭で、あるいは医務室で、彼女に「逃げてみよう」と言えていればまた違う結果になったのでしょうか。

 努力への恐怖を振り払いながら足掻き続けていたお嬢様は、やっぱり強い人だと思います。足踏みしている私なんかよりもずっと。


「挫折から立ち直った後の努力は、楽しくて仕方ないぞ」


 意を決して、陶器を満たしていた珈琲を飲み干しました。

 舌の上を滑る液体はむせるほど苦く、奥深くまで染み込んでいきます。私はこれを忘れません。挫折と共に喉奥へと押し込んだこの一杯を、記憶の大切なところにしっかり刻み付けます。

 生まれて初めて、頑張ろうと思いました。

 きちんと彼女と向き合うのです。苦い珈琲を飲むからこそ、砂糖菓子が甘く感じるのだと伝えるのです。

 無神経を謝らなければなりません。何かしら衝突が起きるかもしれません。それでも「逃げてもいい」という言葉だけは届けなければならないのです。

 またしても砂糖を足している先生に頭を下げて、私は部屋を出ていきました。

 挫折が教えてくれたコーヒーの味と共に。

 その後、久しぶりに会話した友人からイゾルデ・クラリッサ・リンダ・マクダレーネ・ヴァネッサ・ゼッケンドルフが失踪したと伝えられましたのは夕方のことでした。





『怪奇! 王都の闇に蠢く炎の怪物』


 広報室は今日、王都の夜に出没していた正体不明の怪物が討伐されたことを発表した。巷をにぎわせていた当該存在は夜な夜な出没してた外出中の人間を襲っており、被害者は一様に外套を着用、治安当局は当初人間の犯行と見做して捜査を進めていた。事件はさる男爵に仕えていた魔術師が犯人を撃退したことで進展を見せ、当該存在が『悪魔』と呼ばれる魔術生命体であったことが判明した。王国とギルドは協議の末に包囲作戦を敢行、無事討伐に成功した。対処に当たった若き衛兵に質問したところ「大した脅威ではない。我々はあらゆる脅威からこの都市を守る」と頼もしい発言をしてくれた。また、王都における『悪魔』の出現について魔術倫理委員会は「状況分析に努め、再発防止を目指して最大限の努力をしていく」との声明を出している。戦争によって加熱する魔術倫理の先鋭化は筆者も憂慮しているところであり、今後の動向にさらなる注目を────────────。

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