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風はセントカトリーナへ

第五話

 大国ルアフィル・デ・アイリン王国の軍はひとつではない。

 青赤白黒緑の陸軍各部隊と海軍を統括するのは大本営であるが、この指揮下におらず、国王直轄の親衛隊ともいうべき部隊があるのだ。

 それが黄金の騎士団、白銀の騎士団と呼ばれる部隊だ。

 人員的には黄金が一二〇〇名。

 白銀が八〇〇名。

 構成員すべてが貴族の子弟で正騎士。

 準騎士はひとりもいない。

 一般人からは最精鋭だと思われている。

 むろんそれは大きな間違いである。

 このふたつの騎士団は、花木蘭の軍政改革の際に取り残された程度の存在で、ただの形骸でしかない。

 気位ばかり高い貴族のバカ息子どもを正規軍に配置しても有害なだけだったし、黄金白銀というきらびやかな名前も王宮守備には向いていると判断されたのだ。

 実質は、高級文官たちが経歴に箔をつけるために一、二年ほど所属し、しかも所属するだけでほとんど出仕することもない。

 というのも、王都自体を堅牢無比な赤の軍が守備しており、常に待機中の青の軍が存在している以上、たかが二〇〇〇人ほどの黄金白銀に出番があるはずもないのだ。

 まして過酷な訓練も受けていないので、実戦の場で役に立つわけもない。

 赤のシェルフィ・カノン中隊一二五〇名で充分に叩きつぶせると予測できるくらいだ。


 その腐敗ぶりは木蘭嫌いのファフテンすら認識するところで、王国上層部にふたつの騎士団をアテにしている人間はいない。

 ちなみに、貴族の中でも気骨あるものは子弟を軍学校に叩き込むか、ルーンの学術院に留学させる。

 実力と実績。

 それがアイリンを支える二本柱だからだ。

 その中で未だに門閥を重んじ、特権を維持しようとするのが黄金と白銀、そして高級文官たちである。


「どうして貴公は誓約書を提出しない?

 マックベイン・ローゼンハイム」


 騎士団長が睨む。

 眼光だけで万の敵兵を威圧できそうだが、それが虚仮威しでしかないことをマックベインは知っていた。

 ただの一度も実戦に参加したことのない騎士団長。

 そんなものに威迫されたりしない。


「私としてはですね。

 木蘭派だの反木蘭だの色が付くのは御免被りたいわけです」


 ぬけぬけと言い放つ。


「貴公っ!

 我らが単に花木蘭への恨みだけで活動していると思うかっ!!」

「あとは大義名分の化粧だけでしょう?」


 事実である。

 白銀の騎士団が反木蘭の立場を取るのは理想のためでも何でもない。

 マヨロン公爵の野心に迎合し、勝利後のおこぼれに預かろうとしているだけだ。

 もしも、それでもマヨロンが勝利する確率の方が高いのならば、ローゼンハイム家は反木蘭の側につくだろう。

 常に勝者につくことで生き残ってきたのである。

 だが、今回はどう考えてもマヨロンに勝機はない。

 なんといってもアイリンの実効戦力を握っているのは武官たちであるし、国王マーツも木蘭を擁護している。

 いざ武力衝突ということになれば、不平文官たちが勝つ確率など五パーセントもないだろう。

 嫌いだ嫌いだと言いつつも木蘭が文官たちを好きなように泳がせているのは、反対意見の重要性を認識しているからだ。

 言い換えれば、常勝将軍は自分に逆らうものたちをも受け入れる器量を持っている、ということになる。

 ではマヨロンを中心とする不平文官たちはどうか。

 反木蘭の誓約書させるなど、


「度量の面では、すでに勝負あった、というところですね」


 新米騎士のくせにしゃらくさい口をきくマックベイン。

 このとき彼は充分に好戦的な気分になっていた。

 国益のためというならまだいい。

 野心むき出しの私戦にローゼンハイム家が巻き込まれなくてはならない道理はない。


「貴公。

 この裏切りは高くつくぞ?」

「そうですか。

 ぜひ買って頂きたいですね。

 というわけで、私はしばらく病欠いたしますので、よろしくお取りはからいください」


 一礼して踵を返す。


「帰ってくる席があれば良いがな」


 騎士団長のデスクからかかる声。

 振り向きもせす、


「あなたもね」


 言い捨ててオフィスを出た。




「シンさん」

「わかっている。

 このままでは彼が危険だ」


 あの夜の暁の女神亭。

 クラウディア・ロペスに指摘されるまでもなく、シンにはマックベインの危機が見えていた。

 つい最近こちらの陣営に戻ってきたラティナ・ケヴィラルにも言ったことだが、反木蘭派は甘くはない。

 というより、小物というのは裏切りは反対意見を許さないものなのだ。

 木蘭と接しているようなつもりで事に当たれば、まず命はない。

 なんだかんだいっても彼の女将軍は優しいし寛大なのだ。


「こうなった以上、アイリーンに置いておくのはまずいわ」

「まあ、同行者が一人や二人増えても変わらないだろう。

 手はずは整えておく」

「先輩はどうするの?」

「テオドールからの依頼で第三公女のお守りだ。

 苦虫をかみつぶしていたぞ」


 自分も苦虫を噛み潰したような表情でシンが答える。

 過去のいきさつから、彼もまたセムリナ第三公女シャリアが大嫌いなのだ。

 ただ、シェルフィ・カノンがアイリーンに残るのは歓迎すべきことだ。

 花家の上屋敷の防御は完璧だし、武闘大会で準優勝したカンハクやその妻で木蘭の従妹でもある秀蘭もいる。

 王都において最も安全な場所だと言っても良い。

 危険が予測されるセントカトリーナ島へ同行させるよりはずっと良いのだ。


「ていうかー、私の心配してくれないのかなー?」

「クラ公を心配するエネルギーは、全部シェルフィに回しているからな」

「扱い悪いぞー」




 暗礁海域を進む「希望の朝日」号。

 東方の小国ミズルアの交易船である。

 本来ならこんな危なっかしい海域を通るはずがないが、今回ばかりは事情が異なる。

 花木蘭からの依頼で、交易品ではなく人間を運んでいるのだ。

 目指すのはセントカトリーナ島。

 運ぶのはサミュエル・スミスをはじめとしたセムリナの旧体制下においては生きる場所のない人々。


「取り舵一五。

 ヨーソロー」


 水先案内をつとめるセラフィン・アルマリックの声に、「希望の朝日」号の船長が絶倫の技量で応える。

 一歩どころか、半歩間違えれば座礁してしまう危険な海域をすり抜けてゆく。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 キャプテン・モラクの財宝が眠ると噂されるセントカトリーナ。

 それが噂ではないことをテオドール・オルローは知っていた。

 かつてセラフィンたちがそれを発見したのだ。

 ほとんどは持ち出されておらず、巨大な岩盤の下敷きになっているという。

 彼らの最初の仕事は、それらを掘り起こすことだ。

 そのための準備も万全に整えた。


「実際、作業は囮ですしね」


 海風にくすんだ金髪を嬲らせているテオドールに歩み寄った人影。

 キキ・インクである。

 セムリナ教会からの使者で、SSSの強力な協力者の一人だ。


「まったく、木蘭将軍も性質が悪いよな」

「試金石なのでしょう。

 あの方は無為徒食を嫌いますから」

「退屈しのぎの間違いだろ?」


 ものは言いようだ。

 苦笑を交わし合う。

 財宝の眠るセントカトリーナをサミュエルに譲渡する。

 サミュエルはその財宝を元手に、ふたたび歴史の表舞台にあがる。

 そうなれば公的な立場を失ったことなど問題にはならない。

 それどころか、国家という枠に縛られることなく、経済という力を武器に世界と勝負することができるのだ。

 セントカトリーナという小さな島が、世界の海運の中継地として発展する。

 それはすなわち、セムリナの独壇場だった南方大陸や東方大陸南部との貿易に一石を投じることになる。


「もちろん、反木蘭同盟とやらがこのまま座視すれば、という前提だがな」


 船酔いでうなっているクラウディアを船室に押し込めたシンが甲板にあがってきた。


「まさかですわね。

 ここで手をこまねいて見ているとすれば、反木蘭同盟なんてバカの集団でしかありませんわ」


 後に続くラティナ。

 その背後に、影のようにレストが付き従っている。

 一度は裏切ったラティナに対する監視役、という名目の護衛役だ。

 このまま何事もなく終わるなどと予想しているものなど一人もいないのだ。

 木蘭の言葉を借りれば、


「舞台は整えた。

 舞台を生かすか殺すかは役者たちの腕次第だな」


 ということになる。




 アイリン王国とセムリナ公国は、東海に存在する海賊どもを一掃するため、共同戦線を張ることを宣言した。

 動員されるのは、アイリンの戦艦ヨーク&ランカスター、セムリナの戦艦イフリート、それに揚陸艦が四隻。

 陸戦兵力は二〇〇〇名にのぼる。

 海上での艦隊戦ではなく、本拠地を強襲し、完膚無きまでに叩きつぶすための作戦であることは誰の目にも明らかだった。

 アイリン側の指揮官はマヨロン公爵。

 セムリナ側の指揮官は第二王子ハーネイ。

 ようするに反木蘭、反サミュエルの巨頭たちだ。

 つまり、大義名分はともかくとして、この出兵の目的は海賊狩りでもなんでもない。

 サミュエルが身を潜めたセントカトリーナ島を攻撃し、なおかつキャプテン・モラクの財宝も手に入れる。

 これこそが木蘭が用意した舞台である。

 どの陣営にとってもギャンブル。

 反木蘭同盟は、ここで是が非でもSSSを倒し、木蘭を失脚させなくては未来がない。

 SSS陣営と木蘭派は、ここで反対勢力を一掃し正義を示さなくては浮かぶ瀬がない。

 負けられない戦いなのだ。


「負けても良い戦いなんか、あるはずもないんだがね」


 艦隊を遠望し、SSSが呟いた。

 セントカトリーナ島に上陸して一週間。

 ついに敵が動いた。


「戦艦二。

 揚陸艦四。

 むちゃくちゃな編成ですね」


 傍らに立ったテオドールが苦笑する。


「だが、それでも我が方を圧倒している」


 事実だ。

 サミュエルたちの戦力は、陸戦兵力が一〇〇〇ほど。

 海戦能力に関しては「希望の朝日」号が一隻あるだけ。

 しかもこの一隻も戦艦ではなく交易船である。


「勝てますか?

 閣下」

「テオの女神がいるからな。

 海の上は問題ない」


 静かな自信を称えて断言する。

 揚陸艦はともかくとしても、一隻の交易船で二隻の戦艦を相手にしなくていけないこの状況で。


「あとは私たちが勝って、セラフィン嬢たちが帰る場所をちゃんと用意するだけだ」

「そうですね。

 絶対勝ちましょう」


 彼らの視線の先、四隻の揚陸艦が島を包囲するように展開を始めていた。




 水際で迎撃する。

 上陸戦における防御側のセオリーだ。

 だからこそ攻撃側は複数の場所を同時に攻撃し、守る方を奔命に疲れさせるのである。

 これは攻城戦でも変わらない。

 その意味では、反木蘭連合の行動は理にかなっていた。

 東西南北から島を包囲し、四カ所から上陸をはかる。

 サミュエルの戦力は一〇〇〇名ほどと予測されているので、もし四カ所すべて迎撃した場合、五〇〇VS二五〇という数式になり、常に圧倒的多数で戦うことができる。

 逆にどこか一点を集中して防御したとしても、残り三方から押し出した兵力でサミュエルの本営を突くことができる。

 まったく見事な算術だ。


「相手が何も考えなければ、だがな」


 密林の各所から矢が飛び、道無き道を進んでいた連合軍兵士たちを打ち倒してゆく。

 一瞬で五〇名ほど。


「ここは軍事拠点じゃない。

 セオリーなんか通用する場所じゃないんだよ」


 顔まで森林迷彩で塗装したシンが呟く。

 ゲリラ戦。

 正規軍にはできない戦い方を、この男は知っている。

 そして、そういう戦い方を知っているものが、もうひとり。




 船体の二〇センチメートル横を通過する魔力光。

 センチメートル単位の回避など、常識で考えられることではない。

 目を疑うのは、撃ったヨーク&ランカスターの砲手か、避けた希望の朝日号の乗組員たちか。

 なにか不条理なものを見るように、舵を取るセラフィンを見上げる。


「べつに難しい話じゃないわ。

 魔導砲を全力射撃しようとおもったら推力を犠牲にしないといけない。

 そしてあたしは、ドンガメからの砲撃になんか当たらない」


 溶鉱炉で燃える石炭のような瞳で前方を睨みながら、海賊騎士が豪語した。

 セラフィンは、完全に本気になっている。

 もう二度と帆船で魔晶艦と戦うことなど無いと思っていた。

 思っていたが、戦い方を考えていなかったわけではない。

 あのとき。

 アイリン海軍にアジトを急襲され囚われの身となったときから、どうすれば勝てるのか、考えない日など無かった。

 圧倒的な火力。

 圧倒的な速度。

 圧倒的な装甲。

 だが、それを操るのは同じ人間だ。

 勝てないはずがない。

 そして、


「これが、その方法よっ!」


 ごくわずかに傾く船体。

 瞬間。

 大三角帆が満帆の順風を受ける。

 あり得ない突風が生んだ加速。

 魔導砲が穿った空気に、新鮮な空気が流れ込んでいるのだ。

 次々に放たれる砲撃を紙一重で回避し、どんどん加速してゆく希望の朝日号。


「第一、第二、第三、第四。

 そう、魔導砲は常に撃つ順番が決まっている。

 だから、どの位置から攻撃がくるか、目を瞑っていてもわかるのよ」


 誰の目にも信じられない出来事。

 これこそがセラフィンの秘策。

 交易船が戦艦を圧倒し、ついに接舷するにいたる。


「みんな。

 後は頼むわよっ」


 船の間に板が渡され、兵士たちが斬り込んでゆく。

 先頭に立つのはラティナ。

 短槍が風車のように回転し、風のかわりに鮮血をまき散らす。


「わたくしが血路を開きます。

 早く艦橋へ」


 静かな自信。

 だがその瞳には覚悟があった。

 たった一度の裏切り。

 大きな借り。

 絶対に返さなくてはならない。


「いきますわよ」


 波濤を弾き返す大岩のように、ヨーク&ランカスターの兵士たちを切り捨ててゆく。

 その横をすり抜けてゆく味方たち。

 ここで時間を空費することはできない。

 希望の朝日号とヨーク&ランカスターが接舷したと知ったイフリートは、もろともに撃沈しようとするだろう。

 アイリンとセムリナの同盟など、その程度のものだ。


「なんでアナタがここにいるのかしら?

 ちびレスト」

「ちびは余計ですよ。

 いくらなんでもラティナひとりじゃ荷が勝ちすぎるでしょう」


 踊り狂う炎の精霊たち。


「それこそ余計なお世話というものですわ」


 感謝の気持ちは表情に出さず槍を振るう。

 宴はまだ、始まったばかりだ。




 島の南から上陸した部隊五〇〇名は、シンの巧みなゲリラ戦法によって完全に足止めされてしまった。

 たった五〇人の部隊によって、である。

 西側から上陸した五〇〇名を足止めしたのはクラウディアとマックベインが指揮する一五〇名だ。

 敵の半数にも届かぬ寡兵だが、巧みな布陣と兵の高速移動によって連合軍に出血を強いている。

 ようするに南と西の一〇〇〇名は、たった二〇〇人によって進軍を止められているのだ。

 これによって北側と東側では、それぞれ五〇〇VS四〇〇という構図が成立した。

 地の利を考えれば、SSS陣営の方がやや有利といえる。


「さすがは、あの常勝将軍の部下たち、といったところかな」

「感心してばかりもいられないぞ。

 いまは味方でも、将来はどうなるかわからぬのだからな」


 背中合わせになって戦う、テオドールとリアノーン・セレンフィア。

 彼らの担当は東側だ。

 北は、サミュエルが自ら精鋭を率いて防衛に当たっており、その傍らでは神官戦士のキキも勇戦している。


「揚陸部隊が失敗すれば、次は戦艦に乗っている連中が出張ってくる。

 そこからが本当の勝負ですね」

「ああ。

 そしてそれは、この島だけの話ではない」

「というと?」

「彼らここで勝つだけでは足りない。

 それだけではだめなんだ」

「よくわかりません」

「それは」




 その答えは、セムリナパレスとアイリーンで起こっていた。


「手勢は集まりましたか?

 よろずくん」

「指示通り一七名。

 ですけど、たったこれだけで何をする気なんです?」


 当然の疑問に微笑を浮かべるセラフィル・サージ。


「パレスを、乗っ取ります」

「はいっ!?」


 たった一七人で、セムリナ公国の首都機能を奪おうというのか。

 無謀という表現すらこえて、狂っているとしか思えない。

 だが、万屋の目の前にいる女性は、狂気や無茶とは無縁の人だ。


「成算が……あるんですか……?」

「あるんですよ。

 たった一つだけ」


 静かな自信。

 彼女は花木蘭やSSSのような天才的な才能の保有者ではない。

 だからこそ歴史に学び、各国の軍事を研究し、地味だが堅実で奇をてらわない作戦を立ててきた。

 少数で城を乗っ取るという方法も、じつのところ前例がある。

 東方のある小国で、主君の怠惰と惰弱を諫めるため、わずか一五人の手勢で居城を乗っ取ってしまった軍師がいるのだ。

 セラフィルはその方法を研究し、自分なりにアレンジを加えて実行しようとしているのである。

 数ばかりが力とは限らない。

 少数の方が小回りが利くし、行動を悟られる危険も少なくなる。


「行動開始は明日、日付変更とともに。

 それまでにスケジュールを完全に記憶しておいてください」

「わかりました」


 頷く万屋。

 あと一〇時間ほどで、セムリナの歴史が変わる。

 そんな予感を胸の裡に感じながら。




「ふははははははっ」

「うふふふふふふっ」


 怪しげな笑い声を発しながら、おもろい夫婦が突進する。

 無人の野を征くがごとく。

 青龍圓月刀と長刀が回転し、次々と敵兵が吹き飛んでゆく。


「峰打ちじゃ。

 安心いたせ」

「でも、骨折くらいは覚悟してくださいませね」


 無茶苦茶である。

 カンハクと秀蘭の夫妻だ。

 深夜、花家上屋敷に攻撃を仕掛けてきた反木蘭派の傭兵達を迎え撃っているのだ。

 とても楽しそうに。

 ここにはセムリナの第三皇女シャリアが保護されている。

 いつか奇襲を受けることは、十分に予測できた。

 というより、攻撃させるために隙を作ってやったといっても良い。


「なんなのよ……?

 あのふたり……?」


 なにか理不尽なものを見るかのように、変な夫婦を凝視するシャリア。


「木蘭さまの従妹と、それに認められた男よ」


 ぶすっとした表情で応え、遠矢で次々と敵を仕留めるシェルフィ。

 彼女が機嫌が悪くなるのも当然で、大嫌いなテオドールとSSSに請われてシャリアをガードしているのだ。

 機嫌が良かったら嘘というものである。

 ただ、頼まれた以上は自分の責務をきちんと果たす。

 アイリン騎士の強さ、セムリナの皇女さまとやらに見せつけておくのも悪くない。


「甘いっ」


 二方向から同時に襲いかかろうとした敵を同時に射抜く。

 矢羽根を一枚かみ切った矢を使って。

 とんでもない技量だ。


「アルテミス……」


 シャリアが呟く。

 異世界の女神の名だ。

 弓の名手で狩猟の神だという。

 シェルフィの姿から、とっさに思い浮かべたのだろう。


「そんなべたなほめかたしても、何にも出ませんから」


 つがえられた矢が三本。

 それぞれ別の方向に飛び、矢の数と同じ敵兵が倒れる。

 天空に輝く上弦の月。

 噴き出す血を、青黒く染めて。

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