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運命は風のごとく

第三話

 当たり前の話だが、一枚岩の組織などない。

 国でも団体でも、仲良しサークルですらそうだ。

 主流があれば非主流が生まれ、非主流は主流に取って代わろうと画策する。

 ルアフィル・デ・アイリン王国もまた例外ではないし、セムリナ公国も同じだ。

 SSSトリプルエスことサミュエル・スミスを排除しようとするセムリナ旧体制派、花木蘭の専横を憎む反木蘭勢力。

 透けて見える本音は双生児めいている。

 どれほど美辞麗句で飾ろうと、自分たちに権力をよこせ、以上のことは主張していないのだ。

 手に入れた権力で何をしたいのか、国をどのように導きたいのか。

 答えられる文官は少ない。

 それも当然のことで、文官には独自の政治理念があるわけではないからだ。

 彼らは権力に寄生しているに過ぎず、現状をいかに維持するかという一点のみに全能力を傾けている。

 言い換えれば、変革や改革を忌み嫌っているのだ。

 旧来どおり。

 いままでの慣例に従って。

 前例がないので認められない。

 文官たちが使う論法だ。

 既得権の擁護者。

 それこそが文官たちなのである。

 そしてこれが、たとえば木蘭などが文官たちを旧体制派と断じる所以だ。

 たしかに変革には莫大なリスクが伴うだろう。

 だが、変えないということにだってリスクはつきまとう。

 風は吹き渡ってこその風。

 一カ所にとどまれば単によどんだ空気でしかない。


「だから、わたしはサミュエル・スミスを死なせたくない。

 彼は変革の可能性の一つだからな」

「それにしても総掛かりとは思い切ったわね。

 ちょっとしたギャンブルよ」


 大本営からほど近い赤の軍司令部。

 司令官たるジェニファー・リークス中将が苦笑する。

 木蘭派の領袖であり王国軍に絶大な影響力を持つ女将軍。

 木蘭にとっては頭の上がらぬ数少ない人間の一人である。


「先輩は反対ですか?」

「いいえ。

 木蘭が決めたなら否やはないわ。

 文官筋に一泡吹かせる良い機会だし。

 私の方でも何人か出すわね」


 ジェニファーが名を挙げたのはシェルフィ・カノン大尉やシン少尉、ズー・インク少尉など新進気鋭の若手士官だった。


「フィランダーからは奏天を借ります。

 カイトスはピレンツェとクラウディアを貸してくれるそうです」

「最高とはいわないまでも、現時点でこれ以上望むのは不可能って人選ね」


 このほかに木蘭子飼いの冒険者たち、彼女の義弟であるカールレオン・フォン・グリューンも動員される。

 ようするに王国陸軍、海軍、民間の三者すべてから人が出るということだ。

 いかに鈍なものでもことの重大さに気づくだろう。

 木蘭派総がかり。

 そうまでして他国人を助けようとする。

 下手を打てば王国を二分する内乱になるかもしれないのに。


「歴史は貴女に微笑まないかもしれないわよ。

 木蘭」

「アイリンは滅びても良いですけど、腐ってはいけません。

 破壊の後の再生を目指したメビウス・アレンの方が、国を腐らせようとする文官どもよりいくらかはマシに思えます」


 不正のない社会はない。

 哀しいがそれは事実だ。

 だが、どうせそんなもんだからと不正を正当化してしまう社会と、少しずつでも不正をなくそうとする社会では、天と地ほども違うはずだ。

 このような主張を木蘭がするたび、文官たちは現実を知らない理想だと嘲笑してきた。

 では現実とはなんなのか、と、木蘭は思う。

 政治にも折衝にも金がかかるという名目で私腹を肥やし、私利私欲のために国政を壟断するのが現実か。

 武人たちが必死に築き上げた平和の影で、安穏と派閥間の争いに明け暮れていたのが正義か。

 文官の手によって、どれほどの国費が乱費されているというのか。


「でも木蘭。

 人は無欲ではいられないわ」

「その通りです。

 先輩。

 ですが」


 ひとたび公僕となったからには、個人としての欲求は捨てるべきではないのか。

 国に仕えるとは、そういうことではないのか。

 すべては国のため、ひいては民のため。

 全国民のなかで最も質素な生活を送っているのは役人である、という状況でもなにも問題ないと思う木蘭である。

 人間には欲があるんだから不正をしても仕方がない、などいう論法では納得できない。


「頑固よね。

 木蘭は」

「どうもすみませんね」


 拗ねたような後輩の肩を叩くジェニファー。


「でも、嫌いじゃないわ」


 青臭い理想。

 けっこうではないか。

 上に立つ者が理想を追い求めなかったら、いったい誰が理想を追う。

 現実とやらに膝を屈する木蘭など見たくもない。


「この賭、勝たせてもらうわよ」

「ええ。

 もちろん」




 実のところ、ジェニファーの考えはセムリナのセラフィル・サージと酷似している。

 ジェニファーは木蘭のために動いた。

 セラフィルはSSSを倒すための策を打った。

 正反対のように見えて、根底に流れる思いはひとつ。

 もしSSSがセラフィルの策を切り破れば、セムリナには彼を倒せる人間が存在しないことになる。

 結果としてSSSは守られるのだ。

 アイリンという強国が存在している以上、セムリナ最強の将帥であるSSSを排除することはできない。


「はずだったんだけどね……」

「アイリンというか、木蘭派がSSS獲得に動いています。

 総掛かりだと言明しているそうですよ」


 よろずの言葉。


「他国の重鎮の方が高く買っているんだものね」


 苦笑しかでないとは、まさにこのことだ。


「どうします?

 サー・スミスが木蘭派の手で助けられれば、幾重にもまずいことになるかと思いますが」

「いまのところ打つ手はないわね」


 SSSにぶつけた戦力は小さなものではない。

 策だって必勝を期したものだ。

 それでも尚かつSSSが切り破ってくれることを期待しているあたりセラフィルも非情には徹しきれない人間であるが、これ以上の増員はセムリナ体制派の計画そのものの破綻を招くおそれがある。

 SSSはアイリン領海内で海賊の襲撃を受け死亡。

 セムリナはアイリン王国の治安維持能力に対して深い疑念を呈し、また、セムリナ公国の至宝たるサミュエル・スミス大将の死についても責任を追及する。

 完璧なシナリオだ。

 ただし、完璧すぎて柔軟な修正を加える余地がない。

 このあたり戦術家としてのセラフィルが木蘭に及ばない所以であろうか。


「……時間との戦いね」


 視線は遠く、暗礁海域へ。




「クーっ!?」


 倒れた従弟に駆け寄ろうとするテオドール・オルローの前に、巨漢の戦士がたちはだかる。


「兄ちゃんの相手はこのワシじゃ」


 アンバーである。


「どけっ」


 火花を上げてぶつかる長剣と戦斧。

 パワーではアンバーに分があるはずだが、青年騎士の勢いが勝った。


「ぐぅっ」


 たたらを踏む巨漢の戦士。

 脇腹を剣光が薙ぐ。

 アンバーが大きくよろめいた隙に、クーニアック・バースリードの方へ。

 床に赤い染みが広がってゆく。

 奇怪な地図。

 これが広がれば広がるほど、従弟が助かる可能性は小さくなるのだ。


「衛生兵はなにをやってるっ!

 急げっ!!」


 むなしく響く声。

 ティターニアの乗組員は二〇〇人に達しない。

 対する海賊たちは七〇〇人以上だ。

 セムリナ騎士たちに他者を助ける余裕はない。


「駄目か……っ」

「諦めたら、そこで終わりだぞ」


 耳道に、妙に懐かしい声が滑り込む。


「待たせたな」


 クーニアックの周囲に群がっていた海賊どもが斬り散らされる。

 赤い靄の中から現れる人影。


「シンっ!?」

「呑み仲間がいなくなると困るんで、助けにきた」


 に、と笑うエルフ。


「あたしはセムリナがどうなろうと知ったこっちゃないんですけど」


 その後ろで、どことなく拗ねたような表情のシェルフィが油断なく弓を構えている。


「……大丈夫。

 すぐに処置すれば助かる」


 片膝をついてクーニアックの様子を確認した奏天が、無表情に呟いた。


「どうして……」

「うちのネーサンがお節介でな。

 いつの間にか俺たちも朱に交われば赤くなるってやつらしいぜ」

「カールレオン・グリューン……君まで……」

「俺は兄貴とネーサンの名代だ。

 SSSの方も心配いらない。

 仲間が助けにいったからな」


 仲間。

 頼もしい言葉にほっと胸をなで下ろすテオドール。


「まだじゃ……まだ終わらんのじゃ……」


 その背後でアンバーがゆらりと立ち上がった。


「たいがいバケモノだな。

 アンタも」


 青年騎士が油断なく長剣を構えなおす。




 カールレオンやシンがティターニアに乗り込んだのは、ほんの数分前のことだ。

 これにより海賊たちと守備側の戦闘力は逆転、とはいかないまでも、セムリナ騎士たちにとってはだいぶ楽になった。

 暗礁海域に突如として現れた援軍。

 もちろん種も仕掛けもある。

 ティターニア行方不明の報の直後に、木蘭が捜索隊を出していたのだ。

 所有する快速クルーザーと子飼いの傭兵団ホープを用い、消息が途絶えてからわずか三日という短期間でティターニアを捕捉する。


「でも、少しだけ遅れましたわ」


 舳先に立ったラティナ・ケヴィラルが唇を咬む。

 女王の衣服を剥ぎ取ろうとまとわりつく無頼漢ども。

 美しさを称えられるティターニアから、いくつも黒煙が上がっている。

 おおよその位置がわかっていたのに後手に回ってしまった。

 周囲の海賊船をなんとかしないとティターニアに近づくことすらできないではないか。


「でも、そんなことをしている時間はありませんわ」

「元レッドスピネルの腕を信じな。

 あぶねーからこっちに入って衝撃に備えとけ。

 お嬢さん」


 ブリッジからかかる声。

 一瞬不快そうな顔をしたラティナだったが、素直に指示に従う。


「何をするつもりですの?」

「海賊騎士流の操船技、見せてやるぜ」


 臨時の船長がにやりと笑う。

 瞬間。


「ちょっ!?」


 魂が置き去りにされるような加速を始めるクルーザー。

 体感速度は時速一五〇キロを超えているだろうか。

 みるみるうちにティターニアが近づく。


「ぶつけるつもりですかっ!?」

 船の大きさがぜんぜん違うのだ。

 そのままぶつかってもクルーザーがつぶれるだけで、ティターニアの内部に入ることなどできない。


「サイドスラスターは横に噴射するだけが芸じゃねえぜ。

 こんだけ加速ついてりゃこんなこともっ!!」


 凄まじい噴射音。

 船が浮く。


「飛んだっ!?」

「一回こっきりの禁じ技だっ!

 しっかり掴まってなっ!!」


 大きくジャンプしたクルーザーが、ティターニアの甲板に突き刺さる。

 衝撃で吹き飛ばされるラティナ。

 骨折などの重傷を負わなかったのは僥倖というべきだろう。


「なんて無茶を……」

「……俺たちにできるのはここまでだ……艦長を……セラを頼んだぜ……希望ホープ


 倒れ伏し、頭から血を流した臨時船長が、それでも親指を立ててみせる。

 仕える国が変わり、仰ぐ旗が変わっても、失せない絆。

 いつか自分も、このような友を持つことができるだろうか。

 痛む身体を無理矢理に引きずり、ラティナが叫ぶ。


「ここからが正念場ですわっ!

 動けるものだけついてきなさいっ!!」


 横倒しになったクルーザーから飛び降りる。

 後に続く一〇人ほどの傭兵。

 少ない。

 海賊船を突破し、ティターニアに入るための行為で、三分の二を失ってしまった。

 それでも、貴重な時間を買うことができた。


「目指すは艦橋っ!」


 走り出す。

 雑魚にかまう必要はない。

 艦橋の魔動通信設備を使って暁の女神亭に連絡を取り、持参した転移魔法陣で味方を呼び寄せるのだ。

 それが成功して、はじめて五分の条件に持ち込むことができる。


「……五分もありますかしら?」


 縦横に振るわれる短槍。

 吹き出した海賊どもの血が、壁や床に奇怪な文様を描く。




 ティターニア行方不明の報は、むろん王都アイリーンのセムリナ大使館に喜びをもって迎えられたりしなかった。

 自分の意思で総旗艦が消えるはずはない。

 何者かによって沈められたか、どこかに隠れたか。

 いずれにしても本国にも姿を見せていないという事実が、事態の深刻さを物語っている。


「ですが、我々にできることは何もありません。

 信じて待つこと以外に」


 とは、駐在武官ナギ・ヴァンテ・フロウの言葉である。

 実際問題として、大使館ができることはほとんどない。

 本国が沈黙を守っている以上、下手なことを発表して言質を取られるのもまずいのだ。

 日常業務を淡々とこなし続けるしかない。


「まあ、そんなところだろうな」


 報告を受けたクロムアーサ・ファフテンが頷く。

 この時期、むしろ積極的な動きを示しているのはアイリン王国の文官たちである。

 木蘭嫌いのファフテンという異名を取るこの男も、情報の収集に余念がない。

 とくに、あのわがまま女が総掛かりだと言い出してからは、なおさらだ。


「カイトス大将、リークス中将、フィランダー中将、サーム中将、ミルヴィアネス少将、スタンニ公爵、ビゼント侯爵、サレム伯爵、それに王妃陛下。

 昨夜のうちに木蘭将軍が協力を要請したのは、このあたりです」


 赤毛の男が唇をゆがめた。

 ランスロット。

 暁の女神亭に出入りする冒険者であるが、木蘭とは反対の立場に立っている。


「たしかに総掛かりだな。

 だかそのうち何人が協力する?」

「旗幟を鮮明にしていないのはミルヴィアネス公のみですね。

 あとは即答で協力を確約したそうです」

「くだらぬな」


 ファフテンが吐き捨て、ランスロットが肩をすくめる。

 国政は木蘭のままごとではないのだ。

 アイリン国民数千万の生活がかかっているのに、それを理解しない馬鹿が多すぎる。

 理想で飯を食うことなどできぬと、何故気づかないのか。

 勝手に正義に酔うのはけっこうだが、それで国民生活が壊れたらどう責任を取るのか。


「……また、魔法のような方法で解決してしまうつもりなのだろうな」


 悪意を込めた言葉。

 いつもそうだ。

 そうやって、女将軍は最終的な成功を自分のものにしてきた。

 たしかにあの女には才能があるのだろう。

 他の誰にもない才能が。

 だがその成功の影で、幾万もの人間が功績を認められず不遇をかこっている。

 それは、国家として正しいありようではない。

 彼女の理想など、彼女にとってしか価値を持たない。

 文官たちの不正を憎む気持ちはわからないでもないが、急激な改革など不可能なのだ。

 たとえば、仮に街路整備に関して責任を持つ文官が不正をして私腹を肥やしていたとする。

 木蘭ならその文官を簡単に処分するだろう。

 その後どうなる?

 後任をきちんとしなくては、街路整備のノウハウそのものも一緒に消えてしまうのだ。

 具体的には、道の補修もきかなくなる。

 乗合馬車のダイヤも組めなくなる。

 街路樹や街路灯の整備もできなくなる。

 街は荒れ、犯罪の発生率だって上がるかもしれない。

 つまり、権益を独占しているものはノウハウも独占しているのである。

 必要悪という言葉もあるほどだ。

 持ちつ持たれつ。


「そういえば、盗賊ギルドを壊滅させたのもあの女だったか」


 潔癖にもほどがある。

 ギルドはギルドの法で裏町を取り仕切り、それが治安維持に一役買っていたというのに。


「神にでもなったつもりなんじゃないですか?

 つきあいきれませんよ。

 正直」

「いずれにしても、あの女の動向を引き続き監視してくれ」

「へいへい。

 報酬の方も期待してますよ」


 言って姿を消すランスロット。

 無言のまま、獅子賢と呼ばれる男が見送った。

 もしこの場に木蘭がいたら、


「密偵を頼む政治は国を滅ぼすぞ」


 くらいのことは言っただろうか、と思いながら。




 魔法陣が輝き、飛び出した女剣士が長刀を一閃させる。

 香である。


「ここは引き受けた」


 返り血を浴びながらの言葉。

 次々現れた仲間が、艦橋から駆けだしてゆく。

 心が残らないでもない。


 床に倒れ伏したセラフィンとリアノーンはぴくりとも動かないし、その傍ら膝をつくSSSも、どう見ても重傷だ。

 それでも、


「わたくしを信じてください」


 杖を振りかざしたアーシア・ウルドの言葉が救いだ。

 回復魔法を使えないものが艦橋にいても意味がないし、艦内モニタに映し出される戦況も逼迫している。

 血まみれになって倒れている旧友。


「クーニアック……生きてろよっ!!」

 ちらりとモニタを見やったカールレオンが瞬時に艦内地図を頭にたたき込む。

 最短ルートで走れば三分というところか。


「一分でいくぞっ!」

「元気だねぇ」

「シアを悲しませるわけに、いかないもんね」


 シンとシェルフィが続く。


「…………」


 無言のまま香と視線を交わした奏天も駆ける。

 艦橋に残るのはアーシアと香、それにラティナだけだ。

 ホープのメンバーも動けるものは艦内各所の救援に向かっている。


「回復します。

 敵を寄せ付けないでください」

「承知」

「わかりましたわ」


 香のカタナとラティナの短槍が、血しぶきをあげて回転する。

 死と破壊を具現化したような戦いぶり。

 ごくわずかに海賊どもの士気が低下した。

 だが、すぐに押し寄せてくる。


「異常だな。

 この闘志」


 香が内心で呟いた。

 死を怖れない人間はいない。

 わずかふたりとはいえ、これだけの戦闘力を見せつけられたら、普通は恐怖が生じる。

 まして海賊たちは雇われただけで、命をかけてまで戦う理由はないはずだ。

 異常なまでの勇気。

 異常なまでの戦意。

 いったい、なんなのだ。


「聖戦、じゃよ」


 割り込む声。

 風の塊が海賊たちを吹き飛ばす。

 奇怪な形の杖を抱えた少女。


「……リトル・ファルスアレン……」

「ぬしをしてこの様とはな」


 SSSのつぶやきににこりともせず答える。

 ティアロット。

 本名をスティアロウ・メリル・ファルスアレン。


「アーシア。

 わしはセラを看る」

「助かりますわ」

 軽く頷く伝説の精霊使い。

 彼女の技をもってしても艦橋に転がる重傷者たちを同時に回復させることはできない。

 幾人かは冥界の門をくぐってしまうだろうと予測していたのだ。


「聖戦とはなんですのっ!?」


 胸を貫かれながら、なお戦おうとする海賊を足払いで転ばせてとどめを刺したラティナがいらついた声を出す。

 こんな不気味な敵ははじめてだ。

 こいつらは死を怖れていない。


「聖なる戦いに挑む聖なる戦士たち。

 いかなる犠牲を払っても、絶対に勝たなくてはならぬ崇高なる戦」


 歌うように言うティアロット。

 それが聖戦だ。

 セムリナ神の力のひとつで、この誓いを発動させたものは、何者をも怖れぬ聖戦士となる。


「海賊が聖戦士か」


 鼻で笑った香。

 一撃で海賊の首を飛ばす。


「怖れようと怖れなかろうと、死は死でしかないな」


 吹き上がる血が白皙の半分を染める。


「もっともじゃ。

 わしとアーシアは治療に専念するゆえ、狂戦士どもを近づけるでないぞ」


 戦闘に積極参加する性格のティアロットにしては珍しい。


「事態はそれだけ切迫しているということですわね」


 隠しからナイフを抜いたラティナが覚悟を定める。

 死ぬ覚悟ではない。

 勝って、生き残る覚悟だ。




「……他人に戦わせるのが聖戦か」


 奏天の剣が閃き、海賊の首が飛ぶ。

 かろうじてクーニアックを後送したものの、戦況が有利になったわけではない。


「えらい人はいつだってそうよ」


 得意の三連射で敵を屠ったシェルフィが苦笑した。

 ああしろこうしろと偉そうに命令する文官どもが危険な戦場に赴いたことが一度でもあったか。

 彼らがするのは、結果に対する文句だけ。

 このあたり、セムリナだろうとアイリンだろうと変わりはない。

 変わりはないのだが、セムリナ旧体制派のやり方は気にいらなすぎる。

 SSSを排除したいのなら堂々と戦えばいいのだ。

 結果としてそれが内乱に発展しようと、


「戦いなら勝ち負けは仕方ねえと、俺は思うぜ」


 カールレオンの言葉。

 単純すぎる考え方かもしれない。

 だが、複雑な議論など、単純な問題を解決してから行えばいいのだ。


「俺はあんたらのやり方が気に入らない。

 だから邪魔させてもらう」

「……感謝すべきなんだろうね。

 カールレオン・グリューン」


 肩を並べて戦うテオドール。

 こんな日がくるとは思ってもみなかった。 


「だからこそ面白いだろ。

 世の中は」


 影のように走るシン。

 本当は、面白いなどと言っていられる状況ではない。

 斬っても斬っても押し寄せてくる敵。

 聖戦の影響だ。

 SSSが絶対に発動しないのも、わかるような気がする。

 これは人の業ではない。


「負けるわけには……絶対に負けるわけにはいかんのじゃ……」


 立ちはだかる巨漢の戦士。

 倒れていてもおかしくない傷を負っているのに。


「……ごめんなさいね」


 放たれた矢が男の右目を貫く。

 獣じみた絶叫の中、天叢雲の力で宙に舞ったシンが正確に頸動脈を切り裂いた。

 この日最後の流血が驟雨しゅううとなって降り注ぐ。

 焦点を失った左目。

 ぐらりぐらりと揺れる身体。

 どちらの側に倒れるか決めかねるようだったが、やがて、前のめりに崩れ落ちる。

 後ろには倒れない。

 男の生き様のようだった。




「てぃあすけ……」

「セラ。

 なんとか間に合ったようじゃな」

「もうちょっと遅かったら罰金だったよ……」

「口の減らない奴じゃ」


 むっとしたように言って友人の髪を撫でる。

 背中に伝う冷たい汗を隠して。

 本当にぎりぎりのタイミングだったのだ。

 癒し手がアーシアひとりだったら、あるいは到着があと一分遅れていたら、セラフィンもリアノーンも、他の艦橋要員も助からなかっただろう。


「ありがと……他の人たちは?」

「まだわからん。

 小娘たちが様子を見に行っているが」


 ラティナと香のことだ。

 軽く頷いて立ち上がるセラフィン。

 汽笛が聞こえる。

 彼方に見える艦影。


「アラバスター……」


 かつての愛艦レッドスピネルの同型艦である。

 友好信号を発しながら接近してくる。


「木蘭が手を回したのじゃな。

 こうと決めたら手が早い」


 苦笑するティアロット。


「借り、できちゃったね。

 てぃあすけに」

「そうじゃな。

 いずれ返してもらうが多少の利息は覚悟しておけぃ」


 珍しく諧謔を飛ばす。

 徐々に明度を増す東の空。

 長い夜が明けようとしていた。

 航行不能のティターニアはこの場所に置き去られ、救助されたものたちはアラバスターへと移乗してアイリーンを目指す。

 新たな舞台へと。




 ティターニア乗組員二一八名のうち、生還せざるもの一八七名。

 駆けつけた木蘭派一六一名のうち、生還せざるもの九二名。

 襲撃した海賊七六〇名は、ただのひとりも生き残らなかった。

 暗誦海域で行われた戦い。

 だが、どの国の歴史書にも見出すことはできない。

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