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風は血の香り

第二話

「どうだった?」


 艦橋に入ってきたテオドール・オルローに、セラフィン・アルマリック艦長が視線を向けた。

 かろうじて暗礁海域に逃れた高速戦艦ティターニアだったが、損害がないわけではない。

 島影に身を隠し、補修作業を続けてはいるものの、状況は良くなかった。


「被弾一二カ所。

 良く逃げられたって感じだよ」

「このあたしにここまで傷を負わせるとはね。

 さすがは無敵艦隊ってところかしら」


 悔しげに親指の爪をかむセラフィン。

 テオドールが苦笑を浮かべた。

 八隻の敵性艦に攻撃されながらもここまで逃げ切ったセラフィンの手腕は、称揚されこそすれ、軽侮される筋はない。

 悔しがるというのはずいぶんと傲岸なような気もするが、そこが海賊騎士の海賊騎士たる所以であろう。

 とはいえ、称揚してばかりもいられない現状である。

 魔晶艦が自力航行するためのエーテルリアクターにも損害が出てしまっている。


「出力は六〇パーセントの減推だ」

「厳しいわね」


 この暗礁海域から出てセムリナ方面に向かえば、まず間違いなく再攻撃を受ける。

 国王か側近かはわからないが、この世からサミュエル・スミスを消そうという勢力が確かに存在し、しかもその勢力は海軍を動かせるだけの実力がある。

 エーテルリアクターが四割の出力しか出せない状態で本国へ向かうことは、無謀を通り越して自殺とほぼ同義だ。

 かといって、この状態でアイリンに保護を求めるというのも難しい。

 まさか、本国の艦隊に攻撃を受けたので助けてください、などと訴えるわけにはいかないのだ。

 政治亡命以外では。


「厳しいと言えば、物資もかなり厳しいんだ」

「通常航行の予定だったしね」


 高速戦艦ティターニアは、無補給で六〇日間の行動が可能である。

 だが遠征に赴くわけではなく、アイリーンからセムリナパレスまでの四日間の航海予定で多くの物資を積載しているはずもない。

 節約して使っても、あと一週間も経たずに飢餓が発生してしまう。


「結局アイリーンに逃げ込むしかないのかなぁ」


 嘆息するセラフィン。

 現在位置もすでにアイリン王国内なのだが、ここでいう意味は、アイリンの港町に入るということだ。

 幸い彼女にはいくらかのコネクションがあるし、食料や消耗品を買い込むだけの金銭も積んでいる。

 ただ、


「目立っちゃうのよね」


 そこが問題なのだ。

 被弾破損したセムリナ公国の軍艦が寄港などしたら嫌でも目につく。

 噂はたちまちのうちにアイリーンにもたらされ、事情の説明が求められるだろう。

 それは、アイリン王国にとってもセムリナ公国にとっても、もちろん彼らにとっても面白いことにはならないはずだ。


「だからこそ、彼らが取る次の手は……」


 突然割り込む声に、テオドールとセラフィンが振り返る。

 副官のリアノーン・セレンフィアに肩を借りたサミュエル・スミスが苦しげに艦橋へと入ってきた。


「閣下。

 傷に障ります」


 あわてて駆け寄ろうとする侍従武官を手で制すSSS(トリプルエス)


「セラフィン嬢はわかっているはずだ。

 ここがどういう場所か」

「ええ。

 まあ」


 女艦長が肩をすくめてみせる。

 暗礁海域に無数に存在する小島のひとつに身を隠したティターニア。

 レーダーすらも無効化する厄介な場所ゆえに、セムリナ軍艦に発見される心配はほとんどない。

 が、行動がすべて目視の海賊船などには容易に発見されてしまうだろう。

 セラフィンにとって庭のような暗礁海域は、海賊たちにとってもやはり庭なのだ。

 まともに戦って軍艦が海賊船ごときに負けるはずがない。

 しかしここはまともではない場所だ。

 夜陰に紛れて接近などされたら察知のしようがないし、万が一にも艦内に侵入されたらティターニアに陸戦要員は三〇名もいない。

 しかも司令官たるサミュエルは先日の戦闘で肋骨を折る重傷を負っており、そちらの護衛にも人数を割かなくてはならないのだ。

 これではとても勝算など立てられない。


「魔晶艦を倒せるのは魔晶艦だけ、じゃなかったのか」

「走ってる限りはね。

 テオ。

 でも泊まってる船なんて、城壁のない要塞と同じよ」

「ちなみに、次の手ってのは?」

「海賊を雇って襲撃させる。

 あたしならね」

「そこまでやるか……」


 テオドールがうめく。

 同胞相手なのに。


「やるさ。

 彼らはすでに手袋を投げつけたんだ。

 こちらが倒れるまで殴り続けないと反撃されるからな」


 サミュエルの声にも苦さがある。

 彼らが無事に戻ることが、敵対者たちにとって最も困るのだ。

 是が非でもここで始末をつけなくてはならない。


「せめて外装だけでも完全に修復して体裁を整えますか?」

「そうだな。

 早急にやってもらおう」


 見てくれが良ければ、寄港しても疑惑を反らすことも不可能ではない。

 とにもかくにもティターニアが完全に状態にならなくては、彼らとしては打つ手がないのだ。

 サミュエルとセラフィンの判断は健常なものである。

 だが、すでにそれは遅きに失していた。




 傭兵に善悪はない。

 掲げるべき正義もない。

 ただ金のために戦い、金のために殺す。

 むろん、正義のために人を殺すのも金のために人を殺すのも、ベクトルとしてはまったく同じで優劣は存在しないが、純粋な武人が傭兵を蔑むのは歴史的な事実である。


「あれじゃな」


 暗礁海域を進む小舟の上、巨体の男がつぶやく。

 獲物を前にした猫が舌なめずりするように。

 彼の名はアンバー。

 セムリナ旧体制派が雇い入れた傭兵だ。

 もちろん彼は雇い主の氏素性は知らない。

 いかにも金を持っていそうな依頼人で、約束した報酬額も上々だった。

 これで十分なのだ。

 よけいな詮索などするべきではない。

 彼と同じ境遇のものがざっと七〇〇人。

 ほとんどはこのあたりを根城にしている海賊だ。

 暗礁に逃げ込んだ船に侵入し内部を制圧する。

 それが今回の仕事である。

 事前情報で乗組員数は二〇〇名足らずだとわかっているので、乗り込んでさえしまえば難しい仕事ではない。

 しかも相手の船は動けない。


「勝ったも同然じゃな」


 数で勝り、地の利でも勝っている。

 負ける要素など、どこにもない。




「お見事ですな」


 サロンでくつろぐセラフィル・サージに話しかけた中年男。

 セムリナ公国軍務大臣のベルフォイである。


「何のことでしょうか?」


 微笑する女。

 女としての盛りは過ぎている年齢の筈だが、歴然たる美貌は色あせない。


「海賊どもがティターニアを捕捉したようですぞ。

 あとはもう時間の問題でしょうな。

 いやまったく、お見事とかいうほかない知謀です」


 セムリナ機動艦隊からの攻撃を受けたティターニアは暗礁海域に逃げ込む。

 アイリン出身のセラフィンが舵を取っているのだから、そうなる可能性が著しく高い。

 だからこそ艦隊では致命傷を与えずに、海賊どもに襲わせる。

 セムリナ軍によってサミュエルの首を取ってしまえば体裁が悪すぎるからだ。

 海賊との戦闘の結果であるなら、セムリナが非難される筋合いはない。

 ましてアイリン領海内のことであるから、アイリン王国の責任を追及することだってできる。

 軍務大臣……つまりサミュエルの政敵にとってみれば、この作戦を立案したセラフィルには感謝してもしきれないほどだ。


「さすがはサミュエルの師、といったところですかな」

「どうでしょうか。

 まだ完全に成功したわけではありませんし、他人に聞かれて良い話でもないかと思いますよ。

 ベルフォイどの」


 やんわりとたしなめる。

 一礼して引き下がる男。

 サミュエルを排除しようとする勢力の一端を、彼の師でありテオドールの叔母であるセラフィルが担っている。

 奇異なようにみえて、べつにおかしな話ではない。

 サージ家はセムリナ王家に仕えているのだ。

 個人的な感情などはさむ余地はないし、彼女自身も大義は親を滅すと言明している。

 現状、サミュエルの専横を憎むグループの主要メンバーは、公王リストグラ、第一王子マルス、第二王子ハーネイ、国務大臣ギュシレ伯爵とその一族、財務大臣グスタマス公爵とその一族、侍従長マルコ子爵の一族、陸軍司令長官のフォーリン大将。

 そして海軍総参謀長シザン男爵。

 これは、サミュエル陣営と比較してまったく遜色ないどころか、影響力は大きく凌ぐほどだ。

 他国人が考えるほど、サミュエルは有利なわけではない。

 ただ、若き天才用兵家の令名は日ごと月ごとに巨大になっており、いずれは彼らに手出しできぬ存在なることは明白だった。

 蛇は卵のうちに潰した方がよい。

 それが反サミュエル派が動いた理由である。

 同時に、唯一の動機でもある。

 逆にいえば彼らはサミュエルを憎むという一点でしか結合しておらず、横の結びつきは非常に弱い。

 ようするに、実行力を伴わない不平集団でしかなかった筈なのだ。

 ところが公王リストグラがGOサインを出したことにより、一気に事態は深刻化した。

 そこにこそセラフィルは作為を感じる。

 誰かが公王を煽動したのではないか。

 国のためではなく、自分の野心のために。

 だからこそ、彼女はサミュエルと連絡を取ることもしなかった。

 それどころか、サミュエルを打倒するための作戦を立案している。

 もちろん手を抜いてなどいない。

 全身全霊を傾けた策ですら、彼を相手にするには不足だから。




「海賊騎士が行方不明だそうだ」


 アイドリッヒ・フォルザーが、開口一番そういった。


「セラだけがいなくなったのか?」


 王都アイリーン西ブロック。

 暁の女神亭。

 振り向きざま、花木蘭が笑ってみせる。


「なんだ。

 もう知っていたのか。

 木蘭」

「セムリナの総旗艦が消えれば、いくらなんでも耳に入る。

 だが詳細まではな」

「黒が必死に探っているが、表面を撫でた程度のことしかわからん。

 どうも攻撃を受けたらしいってことくらいだ」


 鼻で笑う木蘭。

 アイリン軍は動いていない。

 となれば相手はフレグ帝国か海賊か。

 後者は論外だ。

 完全武装の魔晶艦が海賊船ごときに敗れるはずがない。

 フレグも最近はおとなしいものだ。

 正体不明の敵。


「常勝将軍としてはなにか知恵はないのか?」

「いまはもう一兵を指揮する身でもない」


 軍学校の校長。

 顕職ではあるが、軍の指揮権をもっているわけではない。

 入ってくる情報も限られるし、それを活かせるかといえば、かなり厳しい。

 動くにしても、個人の資格でしかないのだ。

 もっとも花男爵家が一個人なのかというと、多くのものは首肯しないだろうが。


「あんたはあの海賊騎士を買っていると思ったんだがね」

「高くも評価しているし、なによりわたしはセラがすきだ。

 セムリナ……というかテオドールに奪われたのは痛恨の極みだった。

 が」

「が?」

「サミュエル・スミスまでひっくるめて奪い返すことができれば、採算はすごい黒字になるな」

「つまり、ティターニアを襲ったのは、セムリナだと思っているのかい?」

「そなたは違う意見なのか?

 フォルザー」


 反問。

 肩をすくめて見せる男。

 まったく、それしか考えられないではないか。

 セムリナがセムリナを撃つ。

 そんなことはありえないと言い切れるほどに、国内の団結は固いものではない。

 べつに彼の国に限った話ではなく、アイリンだって内乱はあったし、木蘭に対する反抗勢力も厳然として存在している。

 完全に一枚岩の組織など存在しないのだ。


「この機に乗じてサミュエル・スミスを我が国に招く」

「そんなことが可能だと思っているのか?」

「可能でなければ、彼はセムリナ……面倒なので旧体制派と言うが、それに殺されるか、逆に滅ぼして自らが権力の座につくしかない」

「べつに後者なら良いんじゃないか?

 サミュエル派が権力を握れば、アイリンとも友好的な関係が作れるだろ。

 なにしろ彼の元には海賊騎士がいる。

 バースリードに嫁いだ娘もいただろう」

「サミュエル・スミスに権力志向があるなら、彼をバックアップするという手もある。

 かなり有効だ」


 だが、と、付け加える。

 木蘭の力を得て玉座に登る事を、サミュエルは良しとしないだろう。

 借りだと感じてもらえない貸しなど、意味がないどころか有害でしかない。

 彼は権力に魅力を感じていない。

 だとしたら、この機会にアイリンに招くことも不可能ではなかろう。

 アイリンには彼と親交のある木蘭もガドミール・カイトスもいる。


「カイトス、木蘭、サミュエルの三将がアイリンに集うのか……」


 戦慄を感じるフォルザー。

 世界最高の軍事的才能が集結。

 これに興奮しないわけがない。


「だが、本当に可能なのか?」


 絵に描いた餅。

 だがその餅の、なんと美味そうなことか。

 この策が成功すれば、アイリンは一〇〇年の安寧を手に入れるだろう。


「まず第一段階としては、なんとしてもサミュエル・スミスには生きていてもらわなくてはならない」

「そうだな。

 まずはそこだろう」

「第ゼロ段階としては」

「前があるのか?」

「のどが渇いたので、そなたが酒をおごるというのはどうだろう」

「うへー」


 げっそりとつぶやいたフォルザーが右手を上げ、ウェイトレスのラヴィリオンを呼ぶ。

 難しい話には絶対に入ってこない少女は、カウンターの中で舟を漕いでいた。


「おーい。

 お嬢ちゃん」


 ゆさゆさ。

 歩み寄り、肩を揺さぶる。


「はひ?」


 どこまでも間の抜けた声。

 たしか今、自分は天下国家にかかわる策略を巡らせていたのではないだろうか。

 こんなのんきで良いんだろうか。

 せつなく考える男だったが、彼の心の問いには誰も答えてくれないのだった。




「お辛いのではないですか?」

「よろずくん……」


 テラスにたたずむ女性に歩み寄ってくる青年。

 万屋を営む男だ。

 サージ家の食客であり、暇なときはセラフィルの子供たちの相手などをしてくれている。

 その彼の目から見て、大セラと敬称される女性の行動は痛々しい。

 サミュエルとテオドールを守るために、彼らを倒すための策を立てなくてはならなかった。

 整合されない矛盾。

 自分の策を斬り破ってくれることを期待して、それでも必勝の策を立てる。

 そうしなくては誰も救われないから。


「きっと世間は悪く言いますよ。

 貴女のこと」

「そうね。

 弟子たちを罠にはめて殺した悪女。

 自らの栄達のために血族すら犠牲の羊に供する卑劣な女。

 そんなところかしら」


 サミュエルとテオドールのふたりは幼少のころ、セラフィルのもとで剣と薬学、そして礼法を学んだ。


 未来だけを見つめるようなまっすぐな瞳。

 あのころは、未来は常に輝いていた。

 知らず、首に下げたペンダントをもてあそぶ。

 貧相な、子供の小遣いでも買えるような安物。

 だが彼女にとっては忘れえぬ宝物だ。

 弟子たちが稽古の合間にアルバイトをした金でプレゼントしてくれたもの。

 一〇歳にもならぬ少年たちが、一生懸命に野良仕事や荷運びを手伝い貯めた金で買ってくれたもの。

 これは誓い。

 絶対に、彼らの帰る場所を守る。

 悪く言われるくらい別になんということはない。

 どんな状況になってもサージの家が健在であれば、彼らを迎え入れることができる。

 仮にSSS陣営が圧倒的に勝利すれば、それはそれで良い。


「貴女というひとは……なんて……」


 賭け台に乗せているのは彼女自身の命だ。

 こんな無茶をする人を万屋は他にひとりしか知らない。

 だが旧知のその人物は、自分自身にしかわからなくても勝算を立てて動いている。

 誰も気づかないところですでに勝っているというだけの話だ。


「私はね、よろずくん。

 あの人のような天才じゃない。

 だから賭けるとしたらこの命しかないのよ」

「わかりました。

 ご随意に」


 深々と頭を下げる万屋。

 彼にはセラフィルの決意を変えることはできない。

 できることは、


「必ずお守りします。

 この命にかえて」


 胸中に呟く決意。

 これもまた、誓いのかたちなのだろう。




「艦内に侵入されましたっ!」


 悲鳴交じりの報告をする索敵士官。


「数は?」

「不明です!

 艦尾、右舷前方、右舷中央、左舷前方、左舷後方から同時多発的に侵入してきます!」

「五ヶ所……」

「左舷中央からもですっ!」


 つまり、ひそかにティターニアを包囲して同時に進入を開始したというわけだ。

 暗礁だらけのこの場所でそんな芸当ができるのは海賊くらいのもの。

 だが、海賊がただ軍艦を襲う理由はない。

 となれば当然、海賊たちには雇用主がいるはずだ。


「雇い主に心当たりは、なんてのは愚問ね」

「自分が防戦の指揮を執る。

 セラはここで閣下を守ってくれ」


 言って飛び出してゆくテオドール。

 入れ替わるように、リアノーンに肩を借りたサミュエルが艦橋へとあがってきた。

 ここが最も安全なのだ。

 負傷しているサミュエルが現場に出ても足手まといなだけだし、守る場所は少ないほうがなにかと有利だ。


「食料庫、武器庫、単座戦闘艇の格納庫、機関室は隔壁を閉じちゃって。

 あえて守る必要はないわ。

 最優先守備は艦橋。

 陸戦要員以外も武装して各班長の指示に従って動くこと。

 索敵班は侵入した敵の実数把握と後続の確認。

 かなり重要だからよろしく。

 基本的には各個撃破が方針。

 ティターニアの艦内に敵は詳しくないわ。

 でもあなたたちにとっては自分の家。

 人様の家に勝手に入ってきたアホどもに、礼儀ってやつを教えてやるのよっ!」 


 矢継ぎ早に命令を下し、士気をあげるセラフィン。


「「「アイマムっ!!」」」


 ブリッジといわず廊下といわず、元気な声が木霊する。

 ただ、彼女にできるのはここまでだ。

 あとは現場の各班に任せるしかない。

 艦内放送で指揮を続ければ敵に逆用されるし、艦内モニタで状況を把握するといっても限界がある。


「どのくらい投入したと思います?」


 指揮座にすわったサミュエルに問いかける。

 主語のない質問だったが、セムリナの若き名将は意味を理解した。


「ティターニアの乗組員の四倍といったところかな」


 それは必勝を期待できる数字だ。

 どんな勇者でも四対一で勝利することは難しい。

 仮に一つの局面だけみれば、四人を相手取って戦えるものもいるだろう。

 だがすぐその隣にはたった一人をよってたかって倒した別の四人がいるのだ。

 あるいはそれは八人かもしれない。

 味方の数が減れば減るほど戦力差は広がり、戦況は厳しくなる。

 ただ、現実には相手の四倍という数字をそろえるのは難しい。

 資金や補給の問題もあるからだ。


「私の首は、多少無理をするくらいの価値があるだろうよ」

「全面的に賛成しますよ」


 ここまで見事に侵入した手練は疑いなく海賊のものだ。

 おそらくは傭兵と海賊の混成部隊だろう。

 どちらも個人戦を得意とした連中である。

 それがざっと七〇〇人。

 むしろ組織立って攻撃してくる方がずっとやりようはある。


「目的のために必要な戦力を、必要な数、必要な場所に配置する、か。

 先生……貴女なんですか……」


 思いを口にも態度にも出さず、サミュエルは監視モニタを見つめていた。




「準備が終わり次第、出発してくれ」


 傭兵団ホープの団長、ラティナ・ケヴィラルに木蘭が親書を手渡す。

 SSSに充てたものだ。

 ホープの三〇人は花家の快速クルーザーを使って暗礁海域に赴き、ティターニアを捕捉して護衛する。

 心許ない数だが、ティターニアの場所さえわかれば増援はいくらでも出すことができる。

 いまはなにより見つけ出すことが先決だ。

 水先案内にはかつてセラフィンのもとでレッドスピネルに乗り込んでいたベテランの退役海軍人を雇い、操縦士も航海士も考えうる最高のものを選抜した。

 実行戦力も、彼女が信頼するホープである。

 この時点でこれ以上を望むことはできないだろう。


「安んじてお任せあれ、ですわ」


 ラティナが胸をそらす。


「油断するなよ。

 あと、船酔いに注意しろ」

「わかっていますわ」

「では、武運を祈る」


 軽く頭を下げ、暁の女神亭をあとにする没落貴族の娘。


「木蘭様。

 どうか悪く思わないでくださいましね」


 内心の声を隠して。

 彼女の雇い主は木蘭ではない。

 黒髪の女騎士とは立場を逆にするものたちである。

 依頼された内容は、


「花木蘭の専断の証拠をつかみ、かつそれがアイリン王国の不利益となるものだという証拠もつかむ」


 ひとつめの条件はクリアしたも同然だ。

 親書を預かったのだから。

 ふたつめに関しては、サミュエルの立場さえわかればクリアだろう。

 セムリナの内紛にアイリンがくちばしを挟む理由はない。

 権利もない。

 それを一方に肩入れするというのは内政干渉に当たる。

 木蘭個人がたくらんだことであるならば、アイリン王国としては大義名分をもって彼女を弾劾することができる。

 まったく、見事な筋書きだ。

 成功すれば、男爵位と一州の領地。

 これだけの報酬にも納得できる重要度である。

 ラティナはけっして情に薄い人間ではないが、悲願である貴族の地位をちらつかされては、抗いがたかった。

 それに、雇い主は約束した。

 べに木蘭を失脚させるつもりはなく、国外追放などもありえないと。

 ただ少しおとなしくさせるための牽制のようなものなのだと。

 結局のところ、ラティナはそれを信じた。

 信じて、しまったのだ。




 長剣と戦斧が激突し火花をまき散らす。


「ぅらぁぁぁっ!!」


 獣じみた雄叫びをあげ、低角度の回し蹴りを放つテオドール。


「おいおい。

 騎士の戦い方じゃないのう」


 アンバーがやや身を退いたところを一気に押し返す。


「うっせぇ!

 このくらいのハンデもらわないとやってられるか!!」


 ずば抜けた長身であるテオドールより、アンバーはなお五センチメートルほど背が高く、ウェイトでは二倍近い。

 まともに力押しなどできるはずがない。

 これが親友のリアノーンあたりであれば持ち前の速度を利用して攪乱などできるであろうが、残念ながらそういう器用な戦いは得意ではないのだ。


「それに、不意打ちしてくるような奴に騎士道を云々されたくねえっ」

「わしはただの傭兵じゃけぇのう」

「ほざけっ」


 五合、一〇合とぶつかる剣と斧。

 死戦は、だが彼らの専有物ではない。

 ティターニアの守備隊は良く支えている。

 圧倒的多数で迫る海賊たちに対し、忍耐強く、粘り強く、実に巧みに戦いを続けている。

 もちろん理由があって、セムリナの騎士たちは防御戦こそを得意としていること、戦艦内の構造に精通していること、最新装備で武装していること、そしてなにより、戦意が高いこと。

 この艦にはSSSが乗っているのだ。

 何者にもかえることができない彼らの英雄だ。

 守らなくてはならない。

 絶対にだ。


「ここから先は靴一足も通さんっ!」


 立て続けに火を噴くクーニアック・バースリードの魔銃。

 放たれた魔弾と同じ数の海賊が血と脳漿を床にぶちまけながら倒れ込む。

 致命傷を与えないようにという配慮など、最初からしていない。


「悪く思わんでな。

 俺も無事に帰らんとならんけ!」


 人を殺す罪など、命を奪う罪など、あとからいくらでも罰を受けてやる。

 いまは大切な人たちを守るために。

 それに、彼自身も。

 アイリーンでは家族が待っているのだ。

 もうすぐ生まれてくる子供。

 生きて帰らないといけない。

 胸のポケットに入れた妻の写真が勇気をくれる。

 だから、


「やけん、ここは通さん言うたろっ!!」


 弾切れした魔銃を投げ捨て、腰のサーベルを抜く。

 獅子奮迅。

 だが、このときはやや猪突の感があった。


「出過ぎだっ!

 クーニアック!!」


 テオドールの声が響く。


あんちゃんの相手はわしじゃなあ」

「くっ!

 どけっ!」


 この巨漢の戦士が邪魔で援護に駆けつけることができない。

 彼の視線の先。

 従弟が囲まれるのが見えた。


「ぐ……」


 衝撃。

 腹に生えたカトラスを、なにか理不尽なものを見るように見つめるクーニアック。

 どうして床がこんな近いところにあるのだろう。

 瞼が、やけに重い。


「嘘…なん……?」

 赤い色が広がってゆく。


「大丈夫……シア……ちゃんと無事に帰るけ……」


 唇が動く。

 音波になるには、あまりにも小さく。


「クーニアックっ!?

 衛生兵をまわせっ!」


 従兄の声が、なんだかずいぶん遠い。

 人間どもの血で汚されてゆく妖精の女王。

 血戦は、まだ始まったばかりだった。

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