新たなる試み
生徒総会が終了した、その日の放課後。
俺たち三人は約束通り学校から近い中華料理屋に集まり、テーブルを囲んで反省会を行っていた。
「いやー、部活動紹介は大成功だったな」
「どこがよ」
突っ込む柏木。
「確かに天木先輩のスピーチは大成功だったかもしれないけど、新田のそれはゴミ同然だったわ。一体何なのあれ。ねぇ?」
「まぁまぁ、柏木さん。新田さんも私に付きっきりだったせいで自分の発表のことを忘れていたわけですし…」
天木先輩はこう言ってくれているが、別に付きっきりだったわけでもないし、時間がなかったわけでもない。単純に忘れていただけなのである。
「ふん!今回はそういうことにしとく」
俺もそういうことにしておこう。
「ねぇ。そういえば、例の録音したテープのこと、なんで私に黙ってたのよ。二人だけで勝手に進めてさ」
「言ってたらどうせ反対しただろ」
「ええ」
「おい…」
「ああいうのは金輪際なしね。次やったら怒るから」
少しトーンを落として話した柏木。こいつは曲がったことが嫌いなのか、テープを再生した時も強く拒絶した。かくいう俺も捻くれた行為は好きではない。それでも、脳がそういう風に設計されているのか、ずる賢い策ばかりが浮かぶ。きっと今までの俺の生き方が反映された結果なのだろう。
「はい、お待ち。タンメン一つに天津飯ね。それとこれが特大盛りのチャーハン」
夫婦で店を切り盛りするこの店の奥さんが出来上がった料理を配膳する。
各々が頼んだ料理がテーブルに置かれて行くのだが、頼んだ覚えのない特大のチャーハンが俺の前に運ばれた。
「それじゃあ、ごゆっくり」
配膳を終えた奥さんが厨房の方へと戻る。
「これ柏木か?いくらお前でも食べれないだろ」
俺は対面にいる柏木の方へとチャーハンを運ぶ。
「いや、私のじゃないわよ。新田が頼んだんじゃないの?こんなのフードファイターだって食べないわよ」
俺の方へチャーハンを返す柏木。
「いや俺のじゃないって」
「だから私のじゃ」
「いや俺のじゃ」
俺たちがチャーハンを巡って小競り合いをしていると柏木の横に座る彼女が静かに手を上げた。
「わ、私のです…」
「「へ?」」
同時に間の抜けた声を出す俺と柏木。
フードファイター顔負けの特大チャーハンを頼んだ犯人はどうやら天木先輩だったようだ。
「実は私、こう見えて大食いでして…」
頬を赤らめながら言葉を紡ぐ天木先輩。
「いやいや、これを食べるとか大食いのレベルじゃないんだけど」
「そうですよ!この量が天木先輩の華奢な身体に入るなんて想像ができないんですが…」
「いえ、食べれます」
そう言って目の前のチャーハンを食べ始める天木先輩。チャーハンを口へ運ぶスピードが速いだけではなく、一口もでかい。俺たちが唖然としているうちにチャーハンの量はどんどん減っていった。
◇
「嘘でしょ…」
「あぁ。信じられん」
俺たち二人が並の量の料理を食べ終わる前に天木先輩の目の前には空になった大きな器だけが置かれていた。
「ごちそうさまでした」
食材へ感謝の意を伝える天木先輩の顔色は先ほどと全く変わらず、満足げな表情を浮かべている。
「い、いつもはこんなには食べないですよ?こんな食事続けていたら我が家が破産してしまいますし…。こういう特別な日にだけ沢山食べるんです」
「もしかしてまだ食べれます?」
「はい!あともう一杯はいけるかと」
天木先輩は胃袋にはブラックホールでも入っているんだろうか。まぁ、女体は宇宙なんて言うこともあるし、身体の中にブラックホールがあっても不思議ではないかもしれない
俺たちも天木先輩に続いて、料理を平らげた後、店を出た。
「はぁー、それにしてもなんだか疲れたわね」
「はい。私もさすがに疲れました」
「柏木は何もしてないけどな」
俺は横を歩く柏木に釘を刺す。
「はい?あんなゴミスピーチした新田が言うこと?」
「確かにゴミスピーチだったかもしれないが、爪痕は残せただろ。形はどうであれ、高援部の存在が学園に知れ渡ってくれれば問題はない」
「また屁理屈いって」
「ま、屁理屈なのかどうかは明日からの部活ではっきりするだろ」
「はいはい。どうせ前と変わらず二人してぐーたらして終わりそうだけど」
「そういえば、なんで二人は高援部を立ち上げたんですか?」
ギクリ。どうしよう。高校デビューしたくて部活作りました、なんて言えない。
「ふふん。高校デビューを成功させるためよ!」
言いやがったこいつ。自信満々に言うことじゃねぇだろ。
「高校デビュー?」
いまいち意図が汲み取れていない様子の天木先輩。
「ま、とどのつまり、俺たちは部活を通して友達が欲しかったということです。クラスでは浮いてるんで…」
俺の付け足しの説明で理解ができた様子の先輩は、ふと優しい笑みを浮かべた。
「どうしたんです?」
「いや、お二人の目的、少しは叶ったかなって。だって私たち、もう友達ですよね?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸が高鳴った。
「えへへ。なんかこういうことを口に出すと恥ずかしいですね」
そういって天木先輩は少し顔を赤らめた。
「そうですね。俺たちもう友達です」
「そ、そうね…」
いつも一番うるさい柏木が、今は一番大人しい。照れすぎだろこいつ。
「じゃあ、私はこの辺で。また学校で会いましょう!」
「はい!」
「え、ええ…」
家が近くだという先輩は俺たちと別れて自宅の方へと歩き出した。
「よかったな。友達だってよ」
「ふん!これくらい当然よ。私の目標は全校生徒と友達になることなんだから」
こいつはいつそんな目標を立てたのだろうか。
「ま、何はともあれ、初めての依頼は無事達成できたし、俺たちもようやく一歩前進だな。明日からもこの調子で行くぞ」
「ええ!やってやるんだから」
こうして初めての依頼と俺たちの友達づくりは成功し、明日からの活動に再び熱が入る。しかし、このときの俺たちはまたいつものぐーたらするだけの放課後に戻ることを知るよしもなかった。
◇
「ねぇ、新田さん」
「なんだ?」
「生徒総会からかれこれ何日たったのかしら」
「ざっと二週間ってところだな」
あぁ、今日も平和だ。こうして放課後に屋上のベンチに寝転がり、青空に浮かび上がる雲を眺める幸せ。これ以上のモラトリアムはない。
「ねぇ、新田さん」
「なんだ?」
「私たちは何のためにここにいるのかしら」
「部活をするためだな」
部活を作って正解だった。こうして放課後の屋上を独占できるんだからな。この青空観察部の活動は日々の生活のストレスを洗い流してくれる。
「ねぇ、新田さん」
「なんだ?」
「青空観察部ってなに」
「こうして寝転がって空を眺める部活だな。っていうか人の心の中を読むな」
一つ隣のベンチに座っていた柏木が無言でこちらに歩み寄ってくる。
「こら。ダメじゃないか、柏木。ちゃんと青空を観察しなさい。ってあれ、青空が消えて大きなお山が二つ。これはこれは、立派なお山なことで」
「おい、もじゃ毛。てめぇは一体何を観察してんだ」
「あらやだ、柏木さんったら。言葉遣いがはしたないですよ」
「はぁ、呆れた。ちょっとそこ退きなさい。私も座るから」
怒りの鉄拳が飛んでくるのかと若干身構えていたが、予想とは裏腹に柏木はベンチに寝転んでいる俺を起こして横に座るだけだった。
「なんでわざわざこっち座るんだよ」
「今後のための話し合いをするためよ。離れてちゃ話しづらいでしょうが」
「なにそれ。もしかして別れ話か?」
「いつ私があんたと付き合ったのよ。またそういうつまんない冗談言ったら殺すから」
柏木は普段とは違う少し真面目な態度で話を切り出す。
「私が話したいのはこの青空観察部と化してる高援部の現状についてよ」
「まぁ、このままじゃまずいな」
実際、俺の想定では生徒総会の部活動紹介を受けて何人か依頼人が訪れるのではないかと考えていたが、現実は甘くない。こうして相も変わらず俺と柏木でだべっているだけだ。
「でしょ。だから私、考えたの」
そう言いながら、おもむろに立ち上がる柏木。これまでの経験上、柏木が自信満々に何か提案しようとするとき、大体はろくでもない内容だ。今回ばかりは例に漏れてくれていいのだが。
「一応聞くが、何を考えたんだ?」
「この現状を変えるため、私たちがやることは…」
「別に溜めなくていいから。早く言えよ」
「ちょっと邪魔しないでよ!いい感じに決めようと思ったのに!まぁ、いいわ。ずばり、私たちが今やるべきことは、新入部員の獲得よ!」
うん、なぜそうなる。
言いたいことを言い終え、一人で気持ち良くなっている柏木に俺は言葉を浴びせた。
「あのな、俺たちが今困っているのは依頼が来ないことだろ?なんでそこで新入部員の獲得が必要になるんだよ」
「ちっ、ちっ、ちっ。甘いなワトソン君」
誰がワトソンだ。こんなへっぽこホームズ、誰も認めねぇぞ。
「私は依頼が来ないならもうそれでいいの。私が今嫌なことはこの放課後の虚無な時間なのよ」
「いやだから、その虚無な時間をなくすために依頼をだな」
「いや依頼はいいの。正直、仕事はしたくないし」
元も子もないことを言うな。
「つまり、私はこの放課後の時間、依頼が来ない間の虚しい時間をまずはどうにかしたいの。それには私の話し相手になってくれる新入部員が必要だわ!」
なるほど。どうやら俺と柏木の悩みの種は同じようで全く違うらしい。俺は依頼が来ないことで結果的に時間を浪費していることに悩んでいたが、柏木は依頼なんぞどうでもよく、楽しく時間を使えれば万事オーケーらしい。
「はぁ、別に止めはしないが、新入部員とやらはそんな簡単にゲットできるものだとでも?」
「私が本気になれば楽勝よ!それに、そのためにポスターを既に作って来たわ!」
柏木にしては準備がいい。ということは、こいつはこいつで本気らしい。まぁ、実際にこの放課後の時間ももう一人ぐらいいれば楽しくなりそうなのは事実だ。俺と柏木だけだと話題に限界があるし、ここ最近退屈ではあった。
「それで、どんなのを作って来たんだ?」
俺は柏木が制作したというポスターが少し気になった。
「ちょっと待って」
柏木がスクールバックの中をもぞもぞと漁る。その過程でぺしゃんこになったプリント類や、おそらく鼻をかむなりして使ったティッシュのゴミなどがバックから飛び出る。
「お前のバックは小学生のランドセルか」
「嫌な例えしないでよ。私のこれは四次元ポケットなの。必要なものから不必要なものまで完備してるわ」
「いや、たまにこれどこに使うのっていうひみつ道具あるけどさ。ゴミと同列に語るな」
「あ、あった。あった」
柏木はお目当てのポスターを取り出し、こちらに披露して見せた。
「てってれてってってー。芽衣ちゃん作、新入部員募集ポスター!」
俺は取り出されたポスターに目をやる。するとガタガタな線で描かれた謎のマスコットキャラクターが目に入った。
「何これ」
「何って高援部のマスコットキャラクター、援高ちゃんよ?」
いや、あの、ツッコミどころが多すぎてさばききれないんだけど。まず、マスコットとか言う割に絵が下手すぎて、一体何を書いたのか判別不可能なんだけど。ていうか、名前がもうまずいよね?なんで高と援を逆にしちゃたの。それだとまるっきり違う意味になっちゃうから。支援する側から、謎のおじさんたちから支援される側になっちゃうからねそれ。
「で、この潰れた文字はなんて書いてあんの」
マスコットからは吹き出しがでており、何やら文字が書かれているが潰れていて読めない。
「あーそれね。私たちと一緒に楽しいことしませんか?って書いてあるわ」
「こんな卑猥なポスター、高校に貼れるわけねーだろ!」
「どこが卑猥なのよ!ただ部活に勧誘してるだけよ!」
「明らかによからぬことに勧誘してるだろ!このままじゃダメだ。逆に注意書きでも書いて防犯ポスターみたいにしよう」
「ちょ、ちょっと!勝手に書き足さないで!」
俺は柏木の静止を振り切り、ネームペンで文字を書き入れていく。
「よし、これでどうだ」
「よこしなさい。一体何を書いたのよ。どれどれ…。『ちょっと待った!一時の感情に身を任せてはいけないよ。お父さんとお母さんの顔をよく思い浮かべてみて!』って、なにこれ!意味わからないこと落書きしないでよ!」
「これなら防犯ポスターとして掲示が許されるだろ」
犯罪の大半は衝動的に行ってしまったものだ。そこで一歩立ち止まって考える時間を与えることで未然に防ぐことが可能になる。
「こんなんじゃ新入部員なんて誰も来ないわ。甘い言葉をかけてあげるのよ!」
今度は何やら柏木がポスターに書き足していく。
「おい!これ以上変なことを書くな!」
「で、出来たわ。これでオーケーね」
俺は柏木からポスターを奪い、書き足された一文を読む。
「ちょっと貸せ。えーっと、『若いのは今だけ。その時間をどのように使おうが私たちの自由。ほら、こっちの世界は楽しいよ』」
もうなんのポスターだか分からないな。
俺はポスターの全体に目を移す。
「なぁ、これだとなんかバランス悪くないか?お前のセリフは左側に二つあるけど、俺のセリフだけ右側に一つだから余白が気になるぞ」
俺の問いかけに俺の後ろからひょこっと顔を出して、ポスターを覗かせながら柏木は答えた。
「あぁ、確かに。この際だから新田ももう一つセリフ入れてもいいわよ。変なことは書かないでね」
「分かった。つーかこれ、天使と悪魔の囁きみたいにしたらめっちゃ良くね?左は悪魔、右は天使みたいにして。俺天才じゃね?マジでセンス良くね?」
「それだわ。新田冴えてる。早速書き足して行きましょ。悪魔側はマスコットの見た目を変えちゃいましょう。それとやっぱり、高援部の勧誘だってことは明確に伝えたいから、下にでっかく部員募集中の文字は入れましょ。それから…」
こうしてポスターに色々付け足しを行う俺たちであった。
◇
そして、出来上がったポスターは…。
「なぁ、これ、一体何のポスターなんだ?」
「いや、新入部員勧誘のポスターよね。ほら下にでっかく書いてあるし」
「でも上には同じくらいの大きさで火の用心って書いてあんぞ。てかなんで天使と悪魔を身に宿らせたマスコットが消防服着てんだ。なんでこいつが犯罪防止の声かけしてんだ」
「まぁ、私たちらしくていいんじゃない?このポスター」
いや、どこら辺が俺たちらしいの?
「ま、まぁ、一応貼ってみるか。もしかしたら俺たちの意思を汲み取って誰かが来るかもしれないし、一応は高援部の宣伝にもなるだろう」
「え、えぇ。どうせなら昇降口前の一番目立つところに貼っちゃいましょうか」
「そ、そうだな。そうしよう。まぁ、今日のところはこれ貼って帰ろう。あと、これが俺たちが書いたってのは秘密な?絶対、バレたら職員室に呼び出されるから」
「わ、分かったわ」
こうしてキメラの如く異彩を放つポスターは校内で一番目立つ掲示板に掲示され、翌朝登校した生徒たちを震え上がらせた。




