柏木芽衣の失脚
おい、嘘だよな…?
柏木との出会いからおよそ一か月が経った。
そんな日の昼休み、俺は相も変わらず机に頭を埋め、ぼっちライフを継続していた。
そして俺の席の二つ前、俺と同じように不貞寝を決め込んでいる女が一人。
柏木芽衣、一か月前に俺が彼女の高校生活のために協力すると約束した人物である。
すると、不貞寝をしていた彼女の横の窓の向こうに二羽の仲睦まじい小鳥が止まった。
「チッ、しっし」
それを目撃した彼女は軽く舌打ちをしてから窓を勢いよく開け、二羽の小鳥を追っ払った。なんて哀れな姿なのだろう。あれ、どこかで見た光景だぞ。
なぜ彼女がこのような醜態を晒しているのかというと、話は約一か月前に遡る。
あれから俺は松浦先生に掛け合い、毎日の屋上の戸締りを条件に、放課後の三十分の間だけ、使用許可を得た。そしてその日から俺と柏木の二人だけの反省会が始まったのだが…。
反省会一日目
「お前さ、今は女子だけに絞ってコミュニケーションとったらどうだ?まずは気の許せる女友達をだな」
「あー、ちょっと今日は勘弁。疲れすぎてもう無理ぃ…」
「おい、まだ初日だぞ」
「うっさいわねー、少し休ませなさいよー」
反省会五日目
「なぁ、やっぱりお前が男に色目使ってるとか噂になってるぞ」
「はぁ⁉それ言ってたのどこのどいつよ。私はただお喋りしてるだけなのに!」
「それが同性からしたら印象悪いんだろ。入学したてなのに異性とばっか話してたらそう思われても無理はない。だから俺の言うことを聞いてだな」
「うっさい!私は私のやり方で行かせてもらうから」
反省会十五日目
「ねぇ!私が話しかけるとみんなどこかへ行っちゃうんですけど。なんで!」
「お前がしつこいからだろ。前にも言ったが、お前は無意味に世話を焼きすぎだ。係や委員会の仕事を片っ端から手伝ったり肩代わりしてたら逆に不審に映る。何か打算があってやってるんじゃないかってな」
「むきー!私は良かれと思ってやってたのに!私に感謝の気持ちとかないわけ?」
「本当に善意でやってるやつは見返りなんて求めないだろ。皆の予感は当たってたな」
「うっさいボケ!」
反省会二十五日目
「ねぇ、数学の宿題見せてくれない?誰も私に見せてくれないのよ」
「あぁ、じゃあ俺にも古文の課題教えてくれ。聞くやつがいないんだ」
反省会三十日目(現在)
「ねぇ、これ見てよ」
「あぁ、そのゲームなら俺もやってるぞ」
「いやいや、そうじゃなくてフレンドの数見てみて。0人なんだ。現実の私と同じでウケるわよね」
「ははっ、ウケるな」
ああ、本当に面白いな…。
「って、なんも面白くねーよ!」
俺はベンチから立ち上がり隣に座っていた柏木に叫ぶ。
「何よ急に怒鳴って、びっくりしたじゃない」
「何よじゃねーよ。今の俺たちの状況分かってるか?もう五月だぞ。なのに二人揃って傷口を舐めあうような馴れ合いしてるこの状況に少しは焦ろよ!」
「焦るも何も、もう全部終わったんだから関係ないじゃない。私はこのまま一人で自由気ままに生きてくの…」
「本当にそれでいいのか?友達も彼氏も作らずに一生で一度の高校生活を終えて。それで将来、楽しい高校生活だったって思うことができるのかよ!」
「そんなこと言ったってどうしようもないじゃん。私と新田は教室で浮きまくりで、そんな私たち二人で今更何ができるっていうのよ」
確かに柏木の言う通り、俺たち二人は教室で浮いている。この一か月間で柏木は化けの皮が剥がれ、そして俺は既に完成してしまった人間関係に割って入ることができずに、ぼっちを継続。そんな俺たちがクラスでできることは少ない。
それならクラスじゃなく、クラスの外へ目を向ければいいじゃないか。
「そこでなんだが、クラスの外に目を向けて見るのはどうだ?それこそ他学年にまで」
「でもまた同じようなことになるだけでしょ」
「なら当たって砕ければいい。たとえまた失敗しても、最後に俺たちと関わってくれた人たちが俺たちの一生の友達になってくれるかもしれない。ならやっぱり挑戦するべきだろ」
「この一か月間何もできずにうじうじしてた新田に言われても説得力ないわよ」
「柏木さん、チクチク言葉はやめようか。俺もそこは反省してるから」
痛いところを突かれて言葉を紡ぐ気力が削がれかけたが、俺は発言を続ける。
「だから柏木も俺と一緒に頑張ろう。同じ最底辺から駆け上がってやろうじゃないか」
「わ、私もそうしたいけど、一体どうするつもり?」
「安心しろ、俺にとっておきの秘策がある。今日松浦先生に許可も取ってきた」
「許可ってなんの?」
ここ数日間考えていた俺たちが現状から脱却する方法、それは…。
「それはな、俺たちで部活を作る許可だ!」
「ぶ、部活?部活って一体何の部活よ」
「その名も『高校生活支援部』、高援部だ!」
き、きまった…。今の俺カッコよすぎない?
「は、何それだっさ。てか何する部活なのか意味不明なんですけど」
「おい、さっきチクチク言葉はやめろって言ったよな?それにお前はもう高援部の一員なんだから言葉遣いに気をつけなさい。次言ったらぶん殴るからな」
「あんたの方が汚い言葉使ってるじゃない。てかなんで勝手に部員にされてるのよ!私そんな部に入部した覚えなんてないんだけど」
「昨日俺がお前の代わりに入部届を出しておいた。晴れてお前は誇りある高援部の一員と言うわけだな。うんうん、よかったよかった」
どうやらこの高校は部員が二人以上いれば部として認められるらしい。部費はこの部の活動が高校に貢献していると示せたなら支給されるみたいだ。さすがは私立高校、こういうところが緩くて助かる。
「ねえ、何もよくないんですけど。」
「まぁ、待て。これから俺のやろうとしていることの説明をしてやる。まずは高援部が何をする部活なのかを話そうと思う」
「はぁ」
「一言で言えばここ学園の何でも屋だな。生徒たちの依頼に応えて高校生活を支援する。部の名前のまんまだ」
「それで?それがどうやって私たちの高校生活に影響するのよ」
「まず高援部に依頼が持ち込まれるだろ?そして俺たちがそれを無事解決する。この過程で俺たちは依頼人たちとたくさんの交流を重ねるわけだ。そしたらそこで新しい人間関係が構築されるかもしれないし、たとえそうならなくても俺たちに不足している対人経験を積むことができる」
「なるほどね。依頼人は困りごとを解決してもらって嬉しい。私たちは依頼人たちと交流ができてwinwinってわけね」
そう、人助けをしながら俺たちも成長できる。うま過ぎる話だ。我ながら本当に冴えている。この発想力にこの行動力。なぜ今現在俺がぼっちであるのかを誰か説明してほしい。
「てか友達一人すら作れない割にこういう大それたことしちゃうのちょっと怖い…。犯罪者予備軍というか」
柏木はそう言いながら俺から離れるように後ずさる。
「奇遇だな。俺も自分の行動力には驚いていた。それとな、そういう危ない奴は何がトリガーになって暴れだすか分からないから変に刺激しない方がいいぞ」
「ひぇ。まぁ、新田みたいな小物なら大丈夫か」
「おい、言ったそばから刺激するなよ」
「はいはい、分かったっての。確かに新田は小物だけど、誰かにひどいことするような奴じゃないってことはこの一か月間で分かってるから安心しなさい」
「お、おう。分かってるならいいんだ」
たまにこいつは小恥ずかしいことを平気で言う。もしかして鈍感系主人公の血引いてたりする?
「本題に戻るが高援部の活動方針はさっき言った通りだ。ここまでで何か疑問点や質問はあるか?」
「そういえば部室はどこ使うの?旧校舎の空き教室とか?」
「あぁ、そういえば言ってなかったな。部室はな、ここだ」
俺は地面を指さして柏木の質問に答える。
「え?どこだって?」
「いや、ここだって」
俺は地面を指す手を上下させて柏木に部室の所在を伝える。
「いやいや、下は私たち一年の教室じゃない。放課後とはいえ部室としては使えないでしょ」
「そういうことか。あのな、柏木。俺たち高援部の部室はここ、屋上だ」
「はぁ⁉」
驚くのも無理はないか。たしかに俺も松浦先生に部室の場所を告げられたときは思考が停止したな。
「な、なんでここが部室になるのよ。大体部屋じゃないじゃない、部屋じゃ!」
「落ち着け、柏木。俺もそう思う」
「こんな話聞いたことないわよ、屋上を部室にしてる部活とか」
「まぁ、これにはちゃんとしたわけがあってな。どうやらうちの高校は部活動が盛んらしい。さっき言っていた旧校舎の空き教室だが、二つ三つの部活が一つの教室のスペースを分け合って使っているのにも関わらず満杯らしい。そこで松浦先生から提案されたのが屋上だったんだ」
ろくに高校見学もせずに進路を決めたせいでこんなことも知らなかった。私立高校だから部活動への熱量が高いことは予想してはいたがその数まで多いとは。
「確かに言われてみれば放課後も学校に残ってる生徒多いわよね。みんな部活やってたんだ」
「らしいな。ま、これから俺たちもその仲間入りというわけだ」
「とりあえず事情は把握したわ。それで顧問の先生はやっぱり松浦先生なの?」
「あぁ。他の部活の顧問もしているみたいであまり顔は出せないとは言ってたけど快く引き受けてくれたよ」
若い先生はただでさえ色々な雑務で忙しいと聞く。それにも関わらず俺たちの顧問を兼任してくれるとか優しすぎでは?いつか何かしらの形で恩返しをしなければな。
「そっか、それならよかったわ。他の厳しい先生だと幽霊部員にあたりキツそうだし」
「なんでお前は幽霊部員になること前提なの」
「冗談冗談。ちゃんと真面目に部活するわよ。それで、部として今後どうするかはもう決めてあるの?」
「あぁ、とりあえず校内の掲示板にポスターでも貼って回るつもりだ。それと二週間後の生徒総会終わりに部活動紹介があるらしい。そこに高援部も参加させてもらうことにした。新入部員の獲得が目的じゃないが、高援部の存在は知ってもらえるしな。参加しない手はない」
仮入部期間は終わったが、まだ部活に加入していない生徒もそこそこいる。そんな層を狙って、未だに新入部員を獲得できていない部活が希望して部活動紹介を行うといった感じらしい。
「へぇ、ちゃんと考えてんじゃんか。でもポスターかぁ。新しく私たちで作らないといけないわね」
「いや、もう作ってきた。パワポで適当にな。急ごしらえだから出来はあまりよくないが、本命の部活動紹介までの繋ぎだと思ってくれればいい。そのうちちゃんとしたポスターを作るつもりだ」
俺はスクールバックから紙の束を取り出して柏木に見せてみせた。
「し、しごでき…」
「俺が勝手に始めたことだしな。必要最低限のことはやるさ」
「じゃ、じゃあ今日はこれを掲示板に貼りにいけばいいの?」
「そうだな。今日は貼れるところに貼れるだけ貼って終わりだな。今日ポスターを貼って依頼がすぐ来るとは思えないし、本格的に活動が始まるのは明日以降になると思う」
「そっか。じゃあ手分けして貼りに行きましょ」
「そうしよう」
俺は手に持ったポスターの半分を柏木に手渡した。
「じゃあ俺は特別棟と屋外の掲示板を回るから柏木はここの校舎のを頼む。終わったらそのまま帰って構わない」
「分かったわ」
こうして俺たちはポスターを貼りに校内を回り、今日のところは解散となった。