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第二ラウンドの予感

「い、いててて…」

俺は顔に痛みを感じながら目を覚ました。

「やっと起きたわね、変態」

どうやら俺は柏木に殴られた衝撃で気を失っていたらしい。

「俺、どのくらい気失ってたんだ?」

確か俺は殴られてフェンスに打ち付けられたはずだったが、今は屋上に設置されているベンチに座っている。おそらく柏木が俺のことを運んでくれたのだろう。優しいのか優しくないのかよく分からないやつだな。

「さあね、三十分くらいじゃない?」

思っていたよりも時間は経っていない。太陽もまだ沈むことなく俺たちを照らしている。

「…殺人未遂だ」

「は?あんたが私の独り言を盗み聞きしてたのがいけないんじゃない。そ、それに…」

柏木は身を捩らせ、胸を覆うようにして腕を組む。

「と、とにかくあんたが悪いのよ。今日教室で少し優しくしたからって屋上までストーキングしてくるなんて信じらんない!」

「あのな、俺は松浦先生に頼まれて屋上の鍵を閉めに来たんだよ。中に人がいないか確認したら柏木がいて、呼びかけても気づかないようだったから近づいたんだ」

俺はその証明にズボンのポケットに入れていた鍵を取り出し、それを柏木に見せつけた。

「…」

柏木は都合が悪くなったのか何も言い返せずに唇を噛んだまま押し黙っている。

「はぁ、そういうことだから早く屋上から出てくれ」

俺は屋上を出るように柏木に促す。

「ちょっと待ちなさいよ」

「なんだよ、まだ何かあるのか」

「私の本性がこんなだったってこと、絶対誰かに言うでしょ」

「だから言わねーって。そんなことしても俺に得はないしな」

もし俺がクラスの連中に柏木の裏の顔を暴露したとして、それを信じる人間はごく少数だろう。いや、一人もいないかもしれない。入学して十日も経ったというのに友達の一人もいなく、まともなコミュニケーションがとれない男の発言を一体誰が信じるというのか。俺が何かを理由に柏木に逆恨みして、柏木を貶めるような嘘をついているなんてことになりそうだ。だから今日のことを誰かに話すメリットは本当にない。

「それにさっき言ったように誰にだって隠し事の一つや二つある。お前がクラスで八方美人してるのだって理由があってのことなんだろ?なら俺はそれを邪魔しない」

「は、八方美人とか言うなし」

「じゃあ十六方美人?」

「二倍すんなバカ!」

柏木はどこか落ち着かない様子で、このまま俺を帰していいのかどうかを悩んでいるようだ。俺の言葉を信じようとはしているが、それを受け入れられないといったところだろうか。柏木目線だと、下手したらこれからの高校生活がおじゃんになるかもしれないからな。気持ちは理解できる。ここは俺が助け舟を出すべきか。

「なぁ、柏木はまだ俺がお前の秘密をバラすかもって思ってるのか?」

「い、いや、そういうわけじゃないけど」

「じゃあこういうのはどうだ?俺も俺が持っている秘密を一つ、お前に暴露する。こうすることで俺たちはお互いがお互いの秘密を握っていることになるから、簡単にそれを周りに話せない。どうだ」

柏木は俺の提案を受けて少し悩んだあと、口を開いた。

「そ、それなら私も安心できるかも。でも嘘言ったら承知しないんだから」

「安心してくれ、そんなダサい真似はしない」

「…じゃあ、あんたの持ってる秘密とやらを教えなさいよ」

さて、秘密を教えるとは言ったが何を柏木に吐露するべきか。

この提案は俺が柏木の秘密に値するレベルのことを暴露して初めて成り立つものだ。ギリギリのラインを攻めて柏木が納得しなかったとき、俺はさらにキツい秘密を話すことを要求されることだろう。そうなれば余計な傷を負うだけだ。ならばここは、俺の一番の秘密を話して終わらせる。

「ねぇ、まだ?」

「待たせたな、心の準備をしてたんだ」

「そっか。じゃあ、話してもらえる?」

…ゴクリ。

俺は今からこの高校の人間には話すつもりのなかった自分の重たい過去のことを教える。まさか登校二週目で吐露することになるとは。一言で簡潔に、分かりやすくこのことを伝える言葉を俺は頭から自分の口へとゆっくり運んだ。

「じ、実は俺、こう見えてオタクだったんだ!」

拳には力が入り、言葉を吐き出す勢いで頭が下がって、俺の視線は地面へと向けられる。俺の言葉を受けて柏木がどんな反応をしているかが分からない。返事が返ってくることはなく、先ほどまで吹いていた風が一層冷たく感じられた。

沈黙が怖い。俺の秘密を知った柏木が今どんな心境でどんな顔でどんな言葉を俺に投げかけてくるか。この沈黙の時間が長引けば長引くほど俺の恐怖は募っていく。それでも俺は恐る恐る顔を上げ、目線を柏木の方へ向けた。

「は?」

柏木は気の抜けた表情で一言呟く。肩に力は入っていなく、制服はずっこけ、拍子抜けしたような様子でこちらを見つめてきた。

「ど、どうした?これが俺の持ちうる最大の秘密なんだが」

俺の言葉に疑問を抱いたようで何かを考え込んでいるようだ。

おかしいな。俺の予想では「あ、あんたオタクだったのぉ!?」となるはずだったんだが。あまりの衝撃に面食らっているのだろうか。

「柏木、なんか言ってくれよ。そりゃあ、受け入れがたいことなのかもしれないけどさ」

柏木は姿勢を正し、乱れた制服を直すと口を大きく開いて息を肺にため込んだ。

「そんなの見れば分かるわ!この変態オタク!」

柏木の大声が学園中に響きまわった。

「あんたね、自分をどう思ってるのか分からないけど、どう見てもオタクよ、オタク。話しかけたときのキョドリ方とかまんまそれだし。もっと自分を客観視した方がいいんじゃないの?」

「何言ってんだお前。どう見たら俺がオタクに見えるんだ?ちゃんと身なりは整えてるし、体臭や口臭のエチケットだってちゃんとしてるぞ。高校デビューを成功させるために中学最後の春休みをすべてをっ自分磨きに費やしたんだ。俺のどこがオタクに見えるのか言ってみろ!」

柏木は俺の言葉に間髪入れずに反論してくる。

「身なりを整えるだの、エチケットがどうのなんてのはできて当然なのよ。そういうところじゃなくてあんたの態度からキモオタなのが透けて見えてんのよ」

…カッチーン。今、この人俺のことキモオタって言った?ふざけんなビッチめ。どっちが正しいか教えてやる。

「そういえばお前、さっき自分を客観視した方がいいとか言ってたよな?じゃあそういうお前はそれができてるのかよ」

「はぁ?出来てるに決まってるじゃないの。だから私はクラスでの人気を保持してるわけ。寝言は死んでからいいなさいよ、このマヌケ」

さっきから思っていたが本当に口が悪いな、こいつは。今日の休み時間に話しかけてきた女と同一人物だとは思えん。

「そうか。そんなお前にいいことを教えてやろう」

「な、なによ」

「俺は机で寝たふりをして休み時間を過ごしているから周りは俺を空気だと思って色んな会話をする。例えば、『柏木さんってさ、ちょっとぶりっ子っぽいよね~』『分かる~。所構わず乱入して愛想振りまいててさ、ちょっとしつこいっていうか。てかウザいみたいな』とか」

「ねぇ、やめなさいよ」

「『なぁ。柏木さんて可愛くね?俺、この前の帰りに手振られた。もしかしたら俺のこと好きなんじゃね?』『は?俺もこの前手振られて、スマホの画面見たら「また明日ね」ってきてたぞ。他の奴にも同じようなことしてんのかよ。なんかビッチぽくね?』とか」

「…やめて」

「『柏木さんってさー』」

「もうやめてよぉ…」

俺が授業中盗み聞きした会話を披露していると、柏木は泣き出していた。地面に座り込み大量の涙を流している。

「ちょ、柏木」

「バーカ、バーカ。うわーん」

柏木は15歳に相応しくない姿を露呈し、手に負えない状態になっている。

すると柏木は泣きながらおもむろに立ち上がり、飛び降り防止のために設置されているフェンスの方へ歩き出す。

「な、何するつもりだ」

「もういい、もう死んれやるぅ~」

「おい、早まるな。こっち戻ってこい!」

柏木は俺の静止を振り切り、フェンスをよじ登り始めた。

…やり過ぎた。盗み聞いた内容は本当だが、柏木にここまで効くなんて。これで死なれたら俺のせいになりかねない。いや実際そうなのだが。そうなれば俺は柏木芽衣を死なせた張本人として出頭を余儀なくされ、法の下に裁かれるだろう。そうなれば高校生活どころか俺の人生までもが水の泡だ。もちろん柏木にも死んでほしくはない。

「もう、しょうがねぇな!」

俺は本日二回目の人生終了の危機を脱するべく柏木のもとへ向かう。

「失礼!」

フェンスによじ登る柏木の腰らへんを掴み、俺は力づくで柏木を降ろそうと試みる。

「ちょっと。触らないれよぉ~。もう私は死ぬの~」

柏木は依然、滝のように涙を流しており、フェンスの上へと歩みを進める。

「し、死ぬ必要なんてないだろ」

「だってぇ、だってぇ!」

「俺の言った内容は本当だが、あれだけだ。あんなことを言ってる奴はごく少数だろうし、お前になら華の高校生活なんて余裕でゲットできる。だから今すぐ上るのをやめろ!」

「ほ、ほんと?」

「あぁ、本当だ。すこし冷静になれ。お前は可愛いしコミュ力もある。軌道修正していけばお前を悪く言うやつなんてすぐいなくなるだろ」

俺の言葉を聞いた柏木はこくりと頷き、フェンスを上るのをやめ、ゆっくりとこちらに降りてきた。

ふぅ、なんとか窮地は脱したな。それにしても惜しいことをした。

もう少しでパンツ見えそうだったのに。

いかんいかん、何を考えているんだ俺は。ラッキースケベイベントはもう前半で起こしただろ。欲張りはよくない。

「どうだ、落ち着いたか」

「う、うん。ごめん」

柏木は泣き止み、眼に残った涙を制服の袖で拭う。

「ほら、ケツ汚れるぞ」

「あ、ありがと」

俺は地面に座り込んだままの柏木に手を差し伸べた。柏木はそれに掴まり立ち上がる。

泣きやんだらやけに素直になったな、こいつ。

ひどく泣いてまぶたを腫らした柏木を見て、思わず少し見惚れてしまった。これが庇護欲というものなのか、体が勝手に反応してしまったらしい。

いや、ない。こいつだけはない。俺の理想のヒロイン像とは大きくかけ離れている。

俺は頭で体を制御し、柏木に向き直った。

「ねぇ、あんたさ、さっき軌道修正すればお前を悪く言うやつも改心するはずって言ったわよね?」

「あぁ、言ったな」

「じゃあそれ、あんたも手伝いなさいよ」

「なんで俺が」

「別にいいでしょ。どうせ暇そうだし」

何もよくないのだが。というか手伝いって何をさせられるんだ?俺に対人関係で柏木に何かを与えることはでいないのではないだろうか。クラスの注目の的と存在が皆無のようなぼっちでは格の違いがありすぎる。もしかしてパシリとかですかね。

「焼きそばパンは買ってこないぞ」

「何それ。そういうところがオタクっぽいのよ。私が手伝ってほしいのは私が理想の女の子として学校で立ちまわれているのかを見ていてほしいってこと」

「なるほど、全く分からん」

「さっき、お互い自分を客観視できてるのかって話になったでしょ。新田が言ってたことが本当なら私もまだ自分を完璧に俯瞰しきれてないのよ。それならもう一人私をそういう視点で見てくれる人がいれば、もっとうまく立ち回れると思うの」

柏木の言いたいことは分かった。アピールしすぎてぶりっ子だのビッチだの言われることがないように柏木の行動を俺に見張れということなんだろうが。

「なぁ、それ俺でいいのか?」

俺が柏木のダメな行動にダメと言えなかったら意味がない。現在進行形で孤立している人間に任せていいことなのか。

「どうせ日頃からやることもないから人間観察でもしてるんでしょ?その点、人を見る目はある程度あると信用してお願いしてるわ。自分を見る目は壊滅的みたいだけど。それに他に頼める人もいないしね」

貶しているのか褒めているのか分からない。

「そうだ、放課後毎日ここに集まるってのはどう?そこでその日一日の反省点を洗い出すのよ。ここなら人も少なそうだし、良くない?」

「別に俺は構わないが、ひとつ問題があるな。屋上は放課後になると閉め切られるからここは使えない」

「え、そうなの?」

「あぁ、実際俺は屋上の鍵を閉めに来たわけだし。つか入学初日に松浦先生が学校のルールの一つで説明してたろ」

「えー、なんとかしなさいよ」

「はぁ、分かった。松浦先生に掛け合ってみるよ」

俺は渋々了承する。

「さすが私の見込んだ男ね、よろしく頼むわ」

今までのやり取りに俺を見込む要素なんて特段ないだろ。適当言いやがってこの女。

「もう今日は解散するか。そろそろ鍵を返しにいかないと松浦先生が心配しそうだし」

「分かったわ。じゃあ屋上の件、頼んだわよ」

そして柏木を屋上から帰したあと、俺は大きく息を吐き、ベンチにもたれかかった。

「はぁ、どうなることやら」

こうして怒涛の一日は終了し、俺が家に着くころには太陽が沈み切っていた。


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