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次の間では、美術館側の演出に違いないが、照明のほとんどが落とされ、それまでの雰囲気は一気に沈んだ。チラシにはなかった、どちらかというと悪魔的な造形が散見され、知世は言葉を失いかけた。中でも、壁にかかった陶製らしい巨大な人面が目を引き、そこで立ち止まった。
猟奇。まず、その言葉が知世の頭に浮かんだ。作品下部のプレートには「誘い」とタイトルが記されている。その顔面はファスナーで斜めに分断されていて、そこから、そのすき間をこじ開けるごとく、先の尖った数本の指が突き出ている。眼窩の片方は異様に大きく、その中に小さな同型の顔がはめ込まれている。合わせ鏡のようなその窪んでいく目を見ていると、無限の腐肉の底へ吸い寄せられるようにさえ感じる。これをあの華奢な女性が本当に作ったのだと思うと、違和感を散りばめた恐怖が胸に降りた。
「実は先生は」振り返ると、二人もそこにいた。館長がまた話し出す。「過去に流産なされたのです。三十代の頃だったでしょうか。画商をされていた旦那様との間に、子供を授かったのです。それはそれは、先生は楽しみにしておられました。男の子、女の子それぞれの場合の名前を、生まれる前から考えていたほどです。たしか妊娠初期ではありましたが、お子さんがお腹にいるまま亡くなったと聞かされたときの先生の悲しみは、もう言葉では言い尽くせなかったでしょう。この部屋の作品は」
館長はそこで両手を広げた。「その直後に生み出されたものなのです。それまでの生き生きとした作風は後退し、こういったいわば、『生』に対する絶望を反映する作品が多く作られました。ここには私もあまり長くいることはできません。哀惜をこらえる当時の先生の顔を思い出してしまい、居ても立っても居られなくなるのです」
そこまで言うと館長は、はっとして、表情からよどみを消した。「すみません。辛気臭くなってしまいましたね。次の部屋には、先生の新作もございますのでね」