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展示室内はロビーよりもさらにひっそりとしている。
「先生は一年前から、お体の具合を悪くしまして」館長が二人の後ろからささやいた。「車椅子と介護を必要とされたのも、ちょうどその頃からです。以前は、それはもう精力的に作品を発表なさっておりました。私は美大生のときから先生の作品を拝見し、また扱ってもおりましたから。今は、これが最後の展覧会にならないよう祈るばかりです」
知世は進みながら、順路、作品、そして館長の話それぞれに同等の注意を払った。最初の展示室は明るく、その空間を縁取る直線の一本一本をありありと見てとれる。そしてそこに、前衛的といえるモチーフの彫刻や絵画が数点、それらにふさわしい距離感と共に飾られている。
成沢の前には、広告紙でも確認されたあの紺色の裸婦像が置いてある。それを凝視する警部は、その唯一無二の曲線美を漏らさず目に焼きつけようとする熱心な研究家に見えた。ただし、その態度が純粋な興味によるのか、あるいは「例の五百円」に対する捜査を悟られまいとするためなのか、知世には見当がつかなかった。