2-7
「ここ数日、何度も現れる男性なのですが」エレベーターの中、館長がやや不安そうに口を動かす。「『鎧塚先生に会わせろ』と言って聞かないのです。先月、先生の展覧会がスタートしまして、初日に慎ましやかではありましたが、ロビーで先生によるご挨拶が行われました。滑り出しは順調に思えたんですが、その日の終わり間際、受付にその男性が来まして」
「それから毎日のように来ると」と成沢が挟む。
「そうなんです。先生の知人なら構わないのですが、やはり面識がない人物を通すわけにはいきません。暴力を振るう気配はありませんが、もし何かトラブルが起きた後では遅いですから」
一階ロビーには、外のチケット売り場とは別の案内カウンターがある。知世が見ると確かに、受付の女性の前で直立する壮年男性の姿が確認できた。
「いいお日和ですな」まず放たれた成沢の第一声であった。
男性はいかにも虚をつかれ、前の開いたチェスターコートを翻しながら振り向いた。年齢は五十前後、丸みを帯びたハットとシンプルな丸メガネは意識的なコーディネートらしい。確かに粗暴な印象はないが、切羽詰まった表情が相手へ無用の不安を与えそうではある。知世もここは刑事然として、そのように来訪者の佇まいを抜け目なく観察した。
「鎧塚先生にどういったご用件でしょう」
成沢は指をぼきぼきと鳴らしはしなかったが、十分それを想起させる泰然さをもって男性と向き合った。すると、警察手帳は要らなかった。男性は少なくとも、成沢は一般の観覧者ではない、と察したようで、くるりと身を横へ向けると、そのまま出口へ歩き去っていった。