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敷き詰められたタイルカーペットの上に、長机が二脚、平行に置いてある。その片方に、付添人を従えた鎧塚千鶴子が車椅子に座りながら向かっていた。
「この度は、ご足労感謝申し上げます」成沢が頭を下げると、花柄のスカーフを巻いた美術家の頭も微かに縦に振れた。
「鎧塚と申します。こちらこそ、警察の方々にわざわざお越しいただいて」
美術家の話し方は舌足らずな反面、闊達な印象を与えた。一方、体をゆったりとしたプルオーバーが覆っていて、全体の肉付きは判然としなかった。やはり急な動作をする筋力は、過去へ徐々に溶け込んでいるのかもしれない、と知世は声に出さず思った。
それから、隣に座っていた若い女性も凛として立ち上がった。
「中尾希恵と申します。どうぞお見知りおきください」女性は訪問介護により、美術家の日々の暮らしを支えていることを明かした。
やがて五人が着席すると、中尾が美術家の方を向き、「刑事さんが来てくれましたね」と愉しげに言った。老大家が同様に「私ゃ、何か悪いことしたかねえ」と答えると、それまで沈み気味だった空気が、笑い声で小さく揺れた。
「いえ、逆です」と成沢も頬を緩ませた。「実は最近、鎧塚さんの周囲で不審な動きが確認されまして。と言っても、大きな心配をなさる必要はございません」
警部はジャケットのポケットから折りたたんだ紙片を出し、美術家の前で見えるように伸ばした。知世は遠目からそれが、例の押収した『標的名簿』であるのをすぐに見抜いた。鎧塚の名がある行には蛍光の線が引いてあり、また他の名前は黒で塗りつぶされている。