第参記 蛹(さなぎ)
全身、ヌメヌメとした緑色の液が垂れていた。
「せ、先生••••く、苦しい」
意識があるのか?!
日向は体に付着した液をぬぐって大鏡器で覗いた。
これは!あの山蝉の体液と同じだ!血液も混じっている。
このままでは死ぬ。取り敢えず痛み止めを飲ませた。こんなことをしても何もならないが。
「佐平さんと共に山に行った漁師たちを連れてきてください」
「はあ?、わかりました」
漁師たちが集まった。奥さんが香草茶を出した。
「先生、佐平は?」首を横に振った。
皆が、がっくりとした顔だ。
あなた方に聞きたいことがある。「何だべ?」
山で小さな蝉のような昆虫に尿をかけられなかったかい?
皆がかけられたと述べた。「佐平さんも?」「んだ」僕もだ。
考えられるのは蝉の毒性だ。しかし、佐平以外は何ともないじゃないか。
何が違う?
「喋ってばかりいないで飲んで」奥さんが横から云った。
「おお」
「しかし、何だな、この家は香草が余っちゃうんじゃないか?」
「んだ、佐平は嫌いだからね」
「え?!」日向はハッとした。
先生!突然慌てて他の家の人間が入って来た。
「うちでも佐えす平と同じことが!」
「何だと?!」「助けてくだせい!」
先生!
日向は徐に立ち上がった。「奥さん、冷めた香草茶をください」
「は?あ、はい」
そして佐平の寝床に行った。「先生、何するべさ?!」
そして茶を体にかけた。「何するべ!!」
全身の神経が浮き上がりブルブルと暴れ出した。
バタン、バタン。もがき出した。ぐあああああーーー!!
な、何事だ?!
ぐあ、ああああーーー!!ドタンバタン!!
しばらくすると緑色の肌が消え、溶けるのも止まった。
な、何が起こった?ですか
「先ほど来た御仁、あなたの所の病人は香草嫌いですか?」
「んだ」
「では家に帰って病人に冷めた香草茶を全身にかけなさい」
「え?そんなことで治るんですかい?」
今はこの手立てしかない。えた香草を煎じた、もっと効く薬を調合しよう。
佐平は落ち着きを戻した。
「先生、どういうことだべ?」
日向は語り出した。
全てはあの山の蝉らしき蟲のせいです。蝉にしては小さいし、第一、真冬に飛び昆虫などいない。新種の蟲か?と思ったのでかけられた尿を調べると、それは体液だった。この体液が体に染み込むと不可思議な毒性を放つらしい。「なぜ、わすらは何ともねえのかいな?」
「香草です。香草を嫌うんです。あなた方はいつも香草を何らかで体に入れているんでしょう?」
「冬は茶や酒だな」「んだ、山さ入る前もいっぱい引っ掛けたな。香草酒だ」
「佐平さんは?」を奴は香草が嫌いだからただの日本酒だ」
「香草を体内に溜めたから助かったんですよ」
それに邑中に香草が植わっていることも幸いした。だから蝉は邑に来なかった。
何にしろ、ここには新種の危険な蟲がいる。須佐の帳簿に記しておこう。対策も。
とはいえ、根本の解決にはなっていない。縦横無尽のこの蟲を根絶やしにせねば。
日向は外に出た。
何かを呼んでいるかのように呪文を唱えている。
すると土中から幾多の蟲が這い出てきた。飛ぶ奴もいる。その数は数千匹。
「うわああ!何だべ!」邑の者たちは腰を抜かした。
「大丈夫。彼らは仲間です。人喰い蟲と云います」
「ひ、人喰い蟲ぃーーーー?!
日向の肩に乗る奴もいた。「人喰い蟲よ、僕の心を読め。敵はわかったな?では根絶やしいにしろ」
ある蟲は土中に戻り、飛翔するものは山へ向かった。
「先生、何、する気だ?」
「あの新種の蝉を喰い殺します。人間が殺虫剤を撒くと他の蟲まで殺してしまう。彼らは蝉しか殺さない。実に効果的です。あとは待てば善い」
この人はやはり須佐だ。こんな蟲まで子飼いなのか?邑人たちは日向に畏怖を持った。
しばらくすると山から「ヒューイ、ヒューイ」と鳴き声が聞こえた。断末魔のようだ。
お前たちが悪いのではない。本能のままに行動したのだろう。だが、人間に手を出せば容赦しない。
日向は香草を邑のあちこちに植えるよう指示した。香草嫌いには命を繋ぐことだと与えれば善い。近隣の邑にも伝えるようにと。
そう、人喰い蟲を放ったとしても根絶やしは無理だろう。生き残った蝉は逃げるだろう。
武角さまに相談しよう。
平次は寝入っていた。穏やかな顔だ。崩れた身体も戻りつつあった。
平次の家では持ち寄りで宴会が始まった。酒宴だ。
「平次が治る!須佐の日向先生のおかげだあ」
日向も楽しんでいた。見越しがついたので奥さんに煎薬を渡して明日発たねば。
酒宴は夜中まで続いた。酔った日向は寝床に横になって寝てしまった。
翌朝。
きゃあああああああーーーーーーーー!!!!!
その声で起きた。奥さんの声だ。
日向は飛び起きるとすっ飛んで行った。「どうしました?!」
奥さんは腰を抜かし、平次の寝床を指刺していた。
あ、あれ、あれ。
何が?日向も見やった。
うう!!!!こ、これは?!!!!
寝床に平次は居なかった。代わりに何か大きなものが横たわっていた。
これは蛹だ!