私、異世界に来ちゃったのかな
ゆるっとふわっと恋愛要素は少な目です。
あまり深く考えずに、クスッと笑ってもらえたらいいなあ。
「え?、マジ?、嘘でしょ」
私、みさこ、三十歳。 何故か知らないけど、知らない場所にいます。
そう言えば確か、昨日は誕生日でオールでヒトカラしてたのよ。
転職したてで職場にはまだ気軽に食事に誘えるような相手はいない。
前の職場だって、一緒に誕生日を祝ってくれるような人はいなかったし、学生時代の友人たちは家庭があったり彼氏がいたりで、昨日の私は結局ボッチだった。
帰る途中まではケーキを買ったり、自分へのご褒美だと言い訳して色々買い物しまくったりして楽しんでいた。
だけどアパートに近付くにつれて虚しくなって、近くのカラオケ店にフラッと入っちゃったんだよね。
でさ、明るくなってきたし「今日は土曜日でお休みだから帰って寝るべー」って、店の外に出たとこまでは覚えてる。
だから、日本のはずなのよ、ここは。
気が付いたら、瓦礫が散乱する建物の一画、外からは砲弾なのか、爆発音がしきりにしている。
座り込んでいた私は立ち上がろうとして人の気配に気付く。
「ひぃっ」
背を向けている一人の男性がいた。
隠れながら窓の外を見ている。
「あ?」
振り向いたその男性は服も体も傷だらけで、がっしりとした身体付きに暗い茶色の髪と明るい茶色の目をしていた。
無精髭のイケメン外国人だ、どこの映画スターだろう。
あー、きっとどこかの撮影所に紛れ込んでしまったのね、私。
うっかり者のお茶目さん。
「し、失礼しましたーーー」
外に出るために動き出そうとするが、
「いたっ」
脚の傷から血が出ていた。
ザッと慌てたように男性が近寄って来る。
「ごごごごめんさいいい」
後ずさりしたいが身体が動かない。
「いや、あんた、怪我してるじゃねえか」
どこからか放り出されたように私の持っていた荷物が散らばっていた。
どうやって逃げればいいの?。
男性が私の脚に触れようとしたところで「おーい」と声が掛かる。
「撤退するぞー」
部屋の外から顔を見せたのは、この男性よりも少し若い人。
こちらのほうは金髪っぽい髪にカラコンなのか、青い目をしていた。
この色が地なら、やっぱり外国人さんかしら。
あれ?、でも言葉は通じるな。
すごいや、ずいぶん日本語勉強したんだね。
「こんな時に女連れ込んで」
冗談ですよね、金髪さん。
「馬鹿、そんな訳ないだろ」
イケメン俳優さんが赤くなる。
やっぱり男前。
若い男性が部屋に入って来て、ジロジロと私を見た。
「趣味わるー」
私に聞こえるかどうかくらいの小声。
こんな時に!、ムカつく。
「す、すみませんね、すぐ出て行きますから!」
私は周りに散らばった荷物を懸命に掻き集める。
「何やってんだ、あんた怪我してるんだぞ。 すぐ手当しないと」
「いえ、大丈夫です、ちゃんと帰れますから」
意地になって笑った。
紙袋は破れていたので、バッグから折り畳みのエコバッグを取り出して広げ、買って来たものを入れる。
あーあ、ケーキ崩れた。
食べるだけなら大丈夫かな。
「おい、無理すんな」
最初に出会ったイケメン俳優さんが優しい言葉を掛けてくれるが、若い男性のほうは懐疑的だ。
「帰るって?。 この女、どこから来たの。 どこに帰るのさ」
「そ、それは」
気が付いたらここに居た。
そんなこと、信じてくれそうもない。
「どうぞ、お構いなく。 お仕事続けて下さい」
カメラどこかな、邪魔しちゃ悪い。
う、でも脚が痛い。
「そういえば」
バッグから除菌用ポケットシートと絆創膏を取り出す。
年寄り臭いとか言われるけど持ち歩いてて良かった。
最近は異常気象だの通り魔だの、何があるか分かったもんじゃないし。
擦り傷だったようで、血を拭き取ると案外、傷は浅い。
いくつか絆創膏をベタベタと貼る。
よし、これでいい。
でもストッキングが……今は見なかったことにしよ。
顔を上げると、ポカンとした顔の外国人が二人。
私はニッコリ笑ってヨイショと立ち上がる。
両手に荷物を抱え、ペコリと頭を下げた。
「お邪魔しましたー」
と、出口に向かう。
「おい、ちょっと待て」
優しいイケメンさんの声にも振り返らず、ずんずん歩く。
今日はヒールの低い靴で良かった。
「あー、これだから女は邪魔くせー」
若い男性の声がイラついている。
こっちもイラついてるよ、お互い様。
瓦礫を避けながら部屋を出た。
所々壁が落ち、外の光が入っている廊下を脚を引きずりながら歩く。
幸い一階だったので、すぐに外に出られそう。
扉が壊れた場所から外を伺うと、さっきまでうるさかった音が止んでいた。
今のうちに、そう思って一歩出ようとした。
ドバァーンッ
どこかで爆発音がして、私は声も出せずにその場にうずくまった。
「え、ナニコレ。 撮影じゃないの?」
飛ばされた瓦礫や小石、砂が降ってくる。
今更、脚が震え出す。
「ここ、どこ?」
アパートはどっち?。
コンビニでストッキング買おうと思ってたのに。
肩からずり落ちたバッグとエコバッグを誰かに取られる。
「立てるか?」
優しいイケメンさんが荷物を持ってくれたみたい。
「ほら、邪魔だ」
「ぎゃー」
金髪イケメンに身体を持ち上げられ、肩に担がれた。
「行くぞ」
イケメン二人は頷き合って、瓦礫の中を足早に歩く。
続く爆発音、巻き上がる埃、汗の匂い。
全てがどこか非現実じみている。
二人は階段を降りると暗い通路を走り出す。
時々、振動で建物が揺れる中、私はただ担がれていた。
小さな明かりを頼りに走った暗闇が終わると、上に上がる階段に出て、警戒しながら一歩ずつ進み、先を覗き込む。
「大丈夫だ」
二人の男性から緊張が少し取れた。
階段から出ると完全に破壊されて、ただの瓦礫の山になった建物ばかりが並んでいる場所。
そこを抜けて、何もない荒地に向かう。
振り返ると瓦礫になってしまった町が見える。
きっと元は大きな町だったんだろうな。
やがて岩山と低い木や草が茂った場所が見えてきた。
テントや人の姿が見え始める。
私の知るキャンプなんてもんじゃないのは分かるけど。
女性たちが数名いる場所に降ろされた。
「拾ったー、よろしくー」
金髪、雑!。
「あいよ」
おねえさん方も雑、っていうか、それが普通なのかな。
「荷物、これだけか?」
優しいイケメンがバッグを返してくれた。
ありがたい。
「はい、ありがとうございます」
月に一度の散財、買い溜めの日だったせいで結構いっぱい詰め込んでたから重いよね。
「すみませんでしたー」
「俺のほうが重かったんだけどー?」
あ、金髪くん、そうだよね。
「重くてごめんなさい」
何かお礼を、と荷物を漁る。
あ、崩れたケーキ、早く食べないと。
「甘い匂いがする」
ヒョイと奪われたケーキの箱。
「でも崩れちゃってー」
食べられるのかな、ナマモノだけど。
「いいよ、もらうね。 おー、うめえー」
後でお腹痛くなったら苦くて臭い腹痛用内服薬も常備してます。
外国人に飲めるとは思えませんけどね、ぐふふ。
ゴミを捨てるわけにはいかないだろうな、と空になったケーキの箱はエコバッグに戻す。
優しいほうのイケメンさんに、あとで捨てる場所を教えてもらおう。
「あんた、大丈夫?」
「あ、はい、あの、ここはどこなんでしょうか」
女性たちが顔を見合わせた。
「実は、私たちにも分からないんだよ」
はい??。
金髪イケメンがケーキで機嫌良くなったみたいで、私の横に座る。
「つまりさ、ここはアンタと一緒で、ある日突然、気が付いたらここに居た、っていう者たちの集まりなの」
「え?」
私は改めて周りを見回す。
様々な人種、性別、年齢。
皆、自分がいた世界からいつの間にか、ここに来てしまったのだという。
そんなのあり?。
頭が痛い。
「あ、あの、じゃあ、戦ってる相手は?」
「そこなんだが」
優しいイケメンさんも私の傍に来て座る。
そろそろ食事の時間なのか、他の男性たちも集まって来ていた。
「相手は人間じゃないのは分かってる」
機械だったり、化け物だったり、その時々で違うそうだ。
「ええええっ」
ナニソレ。
私がポカンとしていると、どっ、と笑いが起きる。
「いや、失礼、お嬢さん。 誰もアンタを馬鹿にしてる訳じゃないんだ。
誰でも最初はお嬢さんと同じ反応するからな、懐かしいと思ったんだよ」
中東系かな、五十代くらいの髭だらけのおじさんが皆を代表して答えてくれた。
「なんにせよ、ここじゃ毎日戦って、逃げての繰り返しだ。
アンタも今までの生活と違って大変だとは思うが協力しておくれ」
女性たちの代表のような、恰幅の良いおばさんが言う。
白髪混じりの黒髪に肌の色は褐色。
「は、はい。 私に出来ることがあれば」
和やかな雰囲気だった。
ただ遠くに見える瓦礫の山には、未だに爆発音と煙が上がる。
はあ、私、本当にここで生きていけるのかしら。
数日が経った。
私は毎日ここの生活に必要なことを教わっている。
男性たちは数名ずつ班を作って町へ出かけ、相手が落とした武器や小物を拾って来たり、まだ使えそうな施設がないかを調べているそうだ。
女性たちは住んでいる場所の周辺の調査や食料の入手。
食事は当番制、掃除や洗濯は各自自分でということになっている。
「たまにアンタみたいな新しい仲間も拾って来るよ」
今日はお休みらしい金髪イケメンが傍にいて話を聞いてくれた。
最近、私は検証している。
ここは本当に『異世界』なんだろうか。
私はここにいる人たち全員に、ここにくる直前、何をしていたかを訊ねた。
その結果、共通点を見つけたのだ。
その夜、私は最初に知り合った俳優張りのイケメンさんと二人で話をする。
「ここの人たちは皆、怪我、事故、急病で、突然、意識を失くしているわ」
彼は黙って聞いている。
確か金髪の彼は、友人のパーティーで薬と過度の飲酒で倒れたと言っていた。
私は、おそらく事故だ。
最後に車のクラクションを聞いた気がするもの。
「そんな人たちの無意識が集まった場所のような気がするの」
不思議なのは「減る」こと。
今朝、気付くと金髪の彼の姿が見えなくなっていた。
増えることもあれば、いつの間にか人が減ることもある。
死んでしまう人もいるけど、その人を埋葬すると埋めておいた死体は消えているそうだ。
私のバッグに入れたゴミも消えていた。
「私、考えたの。 ここは夢の中じゃないかって」
言葉が通じて、都合の良い敵がいる。
「皆で夢を共有してて、消える人たちは目が覚めただけ」
オンラインゲームみたいにログアウトしていったのよ。
私は彼に話を聞いてもらうのを日課にしていた。
「あははは、そんなのあり得ないよ」
そう言って彼は私を抱き締める。
「いずれにしても誰にも確かめられないことだ」
「ええ、そうね」
私たちは抱き合い、キスをする。
夢なら夢でいいの。
幸せな夢だものね。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆
ピィーーー
電子音が病室に鳴り響く。
「被検体が目を覚ましました」
病院ではあるが、ここでは患者とは呼ばれない
「よし、すぐに処置を開始しろ」
世界各国に存在する極秘の薬の治験が行われている施設。
金髪に青い目をしたフレディは目を覚ましました。
「ここはどこだ?」
病室のようだが機械だらけで治療には見えない。
「俺は荒地で敵と戦ってた。 仲間がたくさんいて、女子供もいて、俺はあいつらを守らなきゃ。
おい、俺をあそこに戻せ!」
白い防護服を着た何人かが近寄って来た。
「ヒヒヒ、ありゃ、現実じゃねえよ。
作られた、いわばゲーム世界みたいなもんだ」
「はあ?」
フレディは注射しようとした男を突き飛ばす。
「触るな!」
「おとなしくしろ。 どうせ、あそこには戻れん」
「……せめて説明しろよ。 そうしないと叩き壊すぞ!」
高価そうな装置を人質に取る。
「ここは植物状態の者たちを、より良い状態で保存している施設だ」
「な、なんだって?」
「様々な国に繋がっていて、全ての無事な脳に同じ夢を見せているのだよ。
適度な恐怖により、国や人種を無視した優しい感情が生まれ、手を取り合う。
そして強く生き抜く力と希望を持ってもらう」
フレディは唖然とした。
「お前ら、なに勝手に人の夢をいじってやがるんだ!」
「キミのように途中で生き返る者もいれば、なんらかの原因で死亡する者もいるが、全て想定内だよ」
警備員たちが入って来て、フレディは取り押さえられ、腕に注射が挿さる。
「良いのですか?、あんなに話して」
「なに、この薬で全て忘れるさ。
さあ、早く連れ出してくれ。 生き返った者に興味はない」
〜 終 〜
お付き合いいただき、ありがとうございました。