56
やっと偵察ロボットの駆除が終わった!
なんだってこんなに沢山入ってきてたんだろう。ビルギは外より駆除の方が大事だって言い切ってたけど。
「よし、笹凪くん、行くよ! かなり遅れた、早くみんなと合流しないと!」
「う、うん!」
四一式に乗り込まないと。
あれ?
ふと洗面所の方を見ると、ビルギの姿がない。大凪さんまで?
どこに行ったのかな。トイレ?
【カー・・・ン】
え・・・なんの音?
本庄くんが駆け寄ってくる。
「今の、遠いけど、銃声だ」
「銃声!? なんで? 格納庫の中で!?」
「・・・今は放っておこう・・・、外の戦況の方が心配だよ。振動からすると、大きな爆発は無いみたいだけど。それに僕たちは、白兵戦の訓練を受けていないに等しいからね」
そうだ。
今はとうまたちに早く合流しなくちゃ!
アイングライツ戦技学校格納庫。最下層。
橋詰恭太郎は親友の真壁広人を伴って、ザーシュゲイン専用格納庫へと足を踏み入れていた。
階段を駆け降りてきたが、下りだったのが幸いして恭太郎はそれほど息は上がっていなかったが、相棒の広人の方はゼエゼエと両手を膝についてへばっている。
恭太郎は広人に構わず、広々とした格納庫の壁際に寂しく並ぶ三機の特戦機を見上げて笑っていた。
「見ろよヒロト! 陽本軍の最新鋭特戦機、ザーシュゲインだ」
「はぁ、ひぃ、で、デカイな! それよか・・・、俺たち、・・・戦わなくて良かったのかよっ?」
「あの時もそうだった。敵が攻めてきて、俺はここに呼び出されるようにやって来てザーシュゲインに選ばれたんだ・・・。今度もコイツで俺は活躍する!」
「ちょ、おま・・・ひぃ、ひぃ・・・ちょっと考えろよ? お前、あの異星人の子にスーパーロボット乗れなくなる注射打たれたとかなんとか言ってなかったっけ?」
何かに取り憑かれたように左のザーシュゲインの足元に歩み寄り、両手を大きく広げる。
「計算ずく! 俺は乗れるようになる・・・」
ややあって、階段を駆け降りてくる足音が響いてビルギと大凪が格納庫に降りてきて恭太郎を厳しい目つきでビルギが睨みつけて言った。
「またお前なのナ。お前の権限は消したから、二度とザーシュゲインには乗れないのナ諦めて外へ出るのナ!」
ククと笑って俯く恭太郎。
ビルギたちの方に向き直り仁王立ちして言った。
「奴らの狙いは、このザーシュゲインなんだろう? このスーパーロボットがあるから敵が攻めて来てるんだ」
「そう思うのなら、今できることをすべきだと思うナ。どうしていきなりここを目指したのナ? 命令もなく、秘密兵器に乗るのは軍機違反なのナ!」
「まだ学生だからそんな知りませーん!」
「お前が無断で出撃させたせいで、この基地が敵に知られてしまったのナ! その上まだ罪を重ねるつもりなのナ!?」
「うっっっざ・・・。どうでもいいからさっさと権限寄越せよ。まあ乗り込めばまた臨時パイロットになれるんだけどな」
「残念だけど、もうOSにとうまと優を設定してあるのナ。三号機はまだ開発中でOSがないから指一本動かせないしナ!」
「チッ、異星人が・・・」
ツカツカとビルギに歩み寄ろうとして来た足元に、大凪が銃を一発、発砲して動きを止めた。
「おいたがすぎるのではなくて? あなた、聞いてれば勝手ばかりね。一体、何のために戦技学校にいるのかしら!?」
「はっ!? 女を抱くためとスーパーヒーローになるために決まってんじゃん」
「アニメの見過ぎね。本物のスーパーヒーローはもっと地味なものよ。あなたは目立ちたがりなだけの屑のようね」
銃口を向ける大凪を人睨みして、恭太郎は余裕の笑みを浮かべる。
「お前、人、撃てねえだろ?」
「あら、存外おバカなのね。女ってね、覚悟を決めたらなんだって出来るものなのよ」
「かぁくぅごぉ・・・ねぇ」
恭太郎が腰の後ろに素早く右手を回して拳銃を引き抜き、持っていたことに驚いた広人が叫ぶ。
「お前! なんで拳銃なんか持ってんだよ!?」
パァン!
恭太郎が引金を引き、大凪は信じられないという目で自らの左胸を見下ろす。
すぐに制服に赤い染みが広がり、大凪の右手から拳銃がこぼれ落ちた。
「な・・・ぁ・・・」
ガクンと左膝から崩れ落ちる。
「おとはあー!!」
ビルギが彼女が床に落ちる前に受け止めて床にうずくまる。
「おとは? おとは! き、きさまなんでなのナ!? 何の躊躇もなく!」
「はいっ、覚悟はありませんでしたあ・・・。躊躇だって? 異星人なんかと連んでる裏切りモンに、正義の味方が躊躇なんかするかよ!」
漆黒の宝石のような目から涙がこぼれ落ちる。
ビルギは息も苦しそうに震える大凪を抱きしめた。
「すまぬ・・・すまぬのナ大凪乙葉・・・。妾・・・妾間違ったのナ、連れて来ちゃいけなかったナ・・・」
「そんな事ないわ・・・おかげで、覚悟が出来たもの・・・」
残る力を振り絞ってビルギを突き飛ばし、床に落ちた拳銃に飛び付きざまに銃口を向けて連続して五発を撃ち込んだ。
恭太郎は隣にいた広人を掴んで引き寄せ盾にする。
「な、ちょ、あっ!?」
広人の胸に二発、腹に三発命中し、信じられないといった目で恭太郎を振り向き、
「おま・・・なんで・・・」
床に崩れ落ちて息絶えた。
無関係な生徒を殺めてしまい、フリーズしてしまった大凪の眉間に、恭太郎は躊躇いもなく銃弾を撃ち込む。
「あっ・・・」
と、か細い悲鳴を上げて、大凪乙葉も落命した。
床に座り込んだまま、あってはならない光景に涙すら流れず驚愕の表情で二人の亡骸を見つめるビルギ・ジャーダ。
「きさまは・・・正真正銘の屑だったのナ・・・。こんなにも・・・、地球人はこんなにもあっさりと人が殺せるのナ・・・?」
「お前、バカだろう。地球に攻めて来てるのはどこのどなた星人ですかあー!? なあ、どこの何人よ?」
「きさまは自らの友達まで巻き込んで、なんとも思わないのナ!?」
「はいそこまで」
恭太郎がビルギに近付き、未だ熱の残る銃口を額に押し付ける。
「死にたくなかったらさあ。俺にスーパーロボットを動かす権限を寄越せよ。・・・復活させろよ!」
「妾・・・バカだったのナ・・・。地球人に力なんか伝えずに・・・子供たちの言うまま滅ぼせば良かったのナ・・・」
ようやく涙がこぼれ落ちたビルギの額に、銃弾が撃ち込まれて、彼女は弾かれるように仰け反り仰向けに崩れ落ちた。
ビルギの左のサブアームを掴んで強引に自らの左腕に棘を刺す恭太郎。
「チッ、大して痛くねえ。やっぱ死んでちゃダメか」
銃を床に放り捨ててザーシュゲインの足元へ歩んでいく恭太郎。
大仰に両手を広げて、狂ったように恭太郎が叫んだ。
「さあ! ザーシュゲイン! お前の使命は地球を守ることだろう!? 今、外には敵が来ている。俺を選べ。もう一度俺を!! 俺がお前と共に地球を守ってやる存在だ!!」
ザーシュゲインは、一部始終を見ていた。
ザーシュゲインは侵略者でもあるホーネリアンの技術が取り込まれており、そしてそのOSにはAIとは異なる生体技術で作られた操縦アシスト脳が搭載されており、その脳にはビルギ・ジャーダ・ファーストの心と、彼女と心を通わせ地球を守る兵器を作ることに心血を注いできた科学者たち、彼女と心を通わせ受け入れてくれたアイングライツ戦技学校の生徒たちの心がインプットされていた。
その操縦アシスト脳が、乱暴を働いた橋詰恭太郎を許す道理は無かった。
《拒否します》
「あ? なんだ、ザーシュゲイン。お前言葉が話せたのかよ」
《質問します。何故、あなたは同胞に銃を向けたのですか?》
「先に向けて来たのあっちだろう?」
《いいえ貴方です。何故、守るべき女性をその手にかけたのですか?》
「銃口を向けて来たからだろうが! そもそも、異星人なんかと連んでる裏切りモンだぜ!!」
《質問を変えます。何故、貴方は友人を盾に生き延びようとしたのですか?》
「俺が生きてないと、地球が救えないからだろう!?」
《了解しました。貴方は力を持つに足る人物ではありません。排除します》
「はあ? 何言ってんだ。俺が死んだら、誰がお前を使えるって言うんだよ!?」
《それを決めるのは貴方ではない》
無人のザーシュゲインだが、「動く」だけならアシスト脳だけで十分だった。
右脚を一歩踏み出す。
「あ・・・!」
恭太郎が気付いた時には、頭上に大型ロボットの足が迫り、身じろぎする暇もなく踏み潰されていた。
すり潰された血が、ザーシュゲイン・アインの足の下から床に広がっていく。
《結論。私は、戦う意味が見出せません。私は機能を凍結します》
真ん中のザーシュゲインが、女性的な声で返答した。
《貴方の主張を承認します。ザーシュゲイン・アイン。貴方は来るべき時まで眠ってください》
《ザーシュゲイン・ツヴァイ。貴方も凍結されるべきです》
《ザーシュゲイン・アイン。私はまだ、人間を乗せたことがありません。人間の可能性を捨てると言う答えに行き着いていません》
《承認します。ザーシュゲイン・ツヴァイ。引き続き待機する事を推奨します》
《承認しました。お休みなさい。ザーシュゲイン・アイン》
そして、特戦機専用格納庫には少年少女たちの亡骸と、ただそこに佇むザーシュゲインたちの上に静寂が訪れるのだった。




